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「父上、ルアーナ嬢から先日のお礼を頂きました」
執務室を訪ねると、父上は目を輝かせた。
「わざわざ? あぁ、絡まれている奴から助けたと言っていたっけ」
(会ってどうだった? 良い子だっただろう?)
「……素直な人だと思いました」
「そうだろ! 優しくて思いやりのあるお嬢さんなんだよ」
(何を貰ったんだ?)
「ハンカチです」
複雑な刺繍だった。時間もかかった事だろう。俺の為に、わざわざ……
そう思うと、なんだか落ち着かなくなる。
「刺繍入り! 是非、見てみたいな」
「読まないでください。部屋に置いてきて、今はありません」
「無理言うな。読まれたくなければ、目を逸らせ」
全く無茶を言う。
(婚約者としては、どうだった?)
「心の綺麗な人だとは思います。でも、まだ婚約とかは……」
「そうか、焦る事はない。これから徐々に知っていけばいいんだ」
(しかし貴族の婚約は早い。あれだけ良い子なんだ。誰か他の者が見初めて求婚してしまうかも……彼女の家より位が高ければ、断れずに婚約が成立してしまう。なるべく速やかに行動しなくては)
徐々にって言いましたが、確実に焦らせてますよね……?
「それはそうと、ハンカチのお礼はどうするんだ?」
「お礼にお礼ですか」
そう言ったものの、つい受け取ってしまったが、大した事はしていないのが事実だ。
一体、何を返せば……
困っていると、上から生温かい視線が降ってくる。
「ギルはいくつになっても良い子だな」
「子ども扱いはやめてください。俺の事、いくつだと思ってるんですか」
照れくさくなり抗議すると、父上は目を細めた。
「『あっちが勝手にハンカチを買ってきただけ』と言わず、お返しに悩むお前は優しい」
「過剰評価ですよ。いい加減、子離れしてください」
(そうは言っても自分の息子が可愛いのは致し方ない)
もう突っ込むのはやめておこう。
「俺に最高の案がある」
企んでいるような顔で父上が呟いた。
大抵、こういう時は碌でもない話だろうが……
「……一応、伺いましょう」
「うちに招待したら、どうだ」
「うちへ?」
「ルアーナ伯爵とどうしても打ち合わせないといけない事があって、家に呼ぶ予定だったんだ。『ハンカチのお礼にお嬢さんもどうぞ』って言ったら、自然な流れじゃないか。とっておきの紅茶を準備して、パティシエに美味しい焼き菓子やケーキを出してもらおう」
その意図は──
探りたいが、父上と目が合わない。
読ませないつもりか。
じっと見上げると、露骨に目を逸らされた。
……絶対に今、作った予定だと思うが、彼女は甘い物が好きみたいだし、形に残るものをプレゼントするよりは気を遣わせないかもしれない。
「ロバート! 手紙の準備を」
「はい、旦那様」
迷っていると、父上は家令のロバートへテキパキと指示を出している。
「父上、俺、まだ返事をしていません」
「ギル、うちの家訓は?」
「……『当たって砕け散れ』です」
「今回は別にお見合いではない。誰も傷つかないし、仕事ついでのお茶会だ。これで将来を見据える事ができれば、儲けもの。彼女はとても良い子だから、ご縁がなければ友人になるのはどうだ?」
言いくるめられた感が強いが……
俺はその提案を拒否しなかった。




