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その時、ノックの音がして、現実に戻る。
「ティアラ、服を整えといて。俺が出る」
慌てて体を離し、小声でティアラに声をかけてから、ドアの方へ走る。
ドアを開くと、そこにはメイドが立っていた。
「ご歓談中に申し訳ございません」
(あらあらあら〜ギルバート様ったら! 唇に口紅が移ってる! お楽しみのところ、お邪魔してごめんなさいね)
楽しそうな声が聞こえ、ハッとする。
しまった……!
焦っていたせいで、そこまで気が回らなかった。
「ちょうど奥様がご帰宅されたのです。ティアラ様にお会いしたいと、言伝を預かっております。いつでも大丈夫なので、お帰りまでに顔を見せてほしいとの事です」
(このまま行っても楽しそうだけど、奥様に口紅のついた唇を見られたと気付いたら、後々、気まずいわよね……でも、なんて言おうかしら?)
メイドは何やら真剣に考え込んでいる。
「そ、そうか。今から行こう。母上は今どこに?」
「サンルームでお茶をされております。ギルバート様、髪が少し乱れていますので、お鏡を見られてからの方が良いかと……私、ここで待っております。ティアラ様もお化粧直しをされるでしょうから、ご準備ができましたら、お声掛けください」
(私ってば、できたメイドね! ギルバート様のお立場を守り、そっと事実に気付かせる。メイドの鑑だわ!)
メイドはやたら鼻高々だった。
いやいや、髪はいつもメイドが直してくれるから自分でやらないし! ティアラだって同じだよ。
随分、強引に繋げてきたな……
(勿論、奥様には内緒にしといてあげます!)
とびっきりの笑顔を向けられ、苦笑いを返した。
それはどうも……
仕方なく、ティアラの待つ所へ戻り、二人でこっそり色々直した。
「マリアンヌ、今日も綺麗だね」
「ふふ。ありがとう。あなたも素敵よ」
サンルームには母上だけではなく、父上もいる。いくつになっても二人は仲が良く、距離も近い。
「旦那様、奥様。ギルバート様とティアラ様をお連れしました」
メイドが声をかけると、母上は振り向いて、顔を緩ませた。
「公爵閣下様。夫人様。先日は母の誕生日にイヤリングを贈ってくださり、ありがとうございました。とても喜んでおりました」
ティアラが淑女礼を取ると、父上が「喜んでもらえて何より」と答えた。
「あら。帰り際でも良かったのに。ティアラ、今日はお土産があるの。あなたの好きそうなケーキを見つけたのよ。シフォンケーキというんですって。ふわふわらしいわ。座って! 二人にもお茶の準備を」
母上はメイド達に頼んでいる。父上もケーキの箱を覗き込み、にこにこしている。
「まぁ! 楽しみです」
和やかにお喋りをする三人を見て、気が抜けた。




