10
「やぁ、ルアーナ嬢。それ、美味しそうだね」
話しかけると、彼女はすぐに振り向いた。
チョコレートを食べようと口を開けていたところで、バッチリと目が合うと、彼女は動きを止めた。
(植物園の時の王子! やだわ。大口を開けてるのを見られちゃった。口元にチョコレート付いてないかしら。会えたらいいなとは思っていたけど、心の準備が……)
──会いたいと思ってくれていたのか。
思いがけない心の声に緊張してしまう。
「せ……先日はありがとうございました」
パッとフォークを下ろすと、ルアーナ嬢は気まずそうに皿をテーブルに置いた。
そうか、お礼を伝えたくて……?
ドキッとして損した。
(私の事、覚えてくださったなんて……あ! 髪色のせい? ピンクの髪だから? 珍しい髪色で良かったわ)
「いや、大した事はしてないよ」
やっぱり、この子の心の声は騒がしいな。
(普通はあんな風に人助けできない。それを『大した事ない』なんて。気を遣わせない為……? 流石、王子! 今日も相変わらず輝いてるわね。本当に素敵)
いや、王子じゃないから。
赤くなりそうで、一旦目を逸らす。
「お陰様であれから学院でも絡まれなくなったんです。レヴァイン様のお陰です」
「何もされてない?」
「シアン様だけではなく取り巻きの方達も大人しくなって、毎日が穏やかで平和になりました」
そうか、下手に関わってしまったから、逆に目を付けられたりしていないか、少し心配していたんだ。
ほっとすると、彼女は笑顔になった。
(心配してくれたのかしら。優しい! 将来はこんな優しい人と結婚したいわ。格好良い顔を毎日拝めるのも最高ね! ……まぁ、でも遠い世界の人だけど。今日も侯爵家のご令嬢に囲まれてたし、私みたいな子どもに興味もないでしょ)
い……今、結婚って言った……?
本心? それとも……
うっかり読んでしまい、目線が泳ぐ。
「俺も同じチョコレート貰おうかな」
「甘い物、好きなんですか?」
「……普通」
なんとなく照れくさくて、チョコレートを口に放り込む。
(『普通』なんて嘘! 男の人なのに甘い物好きなんて珍しい! あ……また照れてる。可愛い!)
だから男に『可愛い』って何。俺の方が年上なんだけど。別に照れてないよ。なんとなく恥ずかしいだけで。
「こっちのクッキーも美味しかったですよ。くるみもドライフルーツもジャムも最高でした」
クッキー全制覇。ずっと食べてたのかな……
「じゃあ、くるみにしよう」
我慢できず笑ってしまうと、異様な視線が刺さった。
振り返ると、令嬢達に見られている。
(何あの子! どこの子⁉)
(ショック! レヴァイン様の笑顔なんて初めて見たわ!)
(いつもクールな彼が自分から話しかけに行った⁉)
(どんな話をしてるのかしら! 悔しい!)
まるで怨念のように、思考が飛び込んでくる。




