遺書
先日お世話になったとある神社の神主さんが亡くなり、周りで再び厄災がおきはじめたのでこれまでのことを記録していこうと思う。このことを誰かに話すのは初めてなんだが、あらかじめ断っておくと相当ヘタクソな文章だと思う。
俺にはなにぶん時間がないんでな、早速はじめよう。
俺が中学2年の頃の話だ。東京で生まれ育った俺は、ほぼ毎年夏休み期間を利用して、東京から離れた田舎にある母方の祖父母の家に一ヶ月程度行っていた。両親は共働きで忙しかったので行くときと帰るときだけ親父の運転する車で送ってもらっていた。
その祖父母の家のある山あいの集落には人が少なく、いわゆる限界集落とよばれているものだ。しかし、田んぼや山に囲まれたその景色は、東京のコンクリートジャングルを生きていた俺にはとても珍しく感じていたので、毎年祖父母の家に行くことをとても楽しみにしていた。祖父母は毎年俺という孫をこれでもかというぐらい可愛がってくれていた。
祖父母の家の前には県道が走っており、裏には川が流れていた。川を渡って数分歩くとすぐ山になる。山に挟まれた県道と川を登ってしばらくすると、険しい峠になっていて、祖父母の家があるこの集落は峠までの道で最後の集落となっている。
祖父母の家に行くとたいてい俺は近所に住んでいる俺と年の近い佑樹、里美の三人で沢遊びや虫とり、探検ごっこ、集落の大人から行ってはいけないと言われている峠にあるお稲荷さんで肝試しなどをして遊んでいた。しかし、集落にはもう1つ行ってはいけない場所があった。家の裏にある山の麓にある集落の人がお参りなどをする神社だ。正確には神社の裏にある山なのだが、この神社ではお盆に刻印祭と呼ばれる祭りを毎年やっていた。この神社を管理しているのは里美の父親だ。この神社の裏にある山は先ほどのお稲荷さんよりも大人たちが口を酸っぱくして入ってはいけないと言っていたので俺たちも何があるのか気になってはいたが、周囲には有刺鉄線が張られていて入ることができなかった。神主である里美の父親にも何があるのか聞いてみたことがあるが、その度にはぐらかされていて聞き出すことができなかった。
毎年刻印祭のときには、神主が有刺鉄線についている扉に入って5·6時間ほど何かをやっているので俺たちは山のなかには何があるのか知りたくてしょうがなかった。
8月のある日、俺たちは裏にある川で水を掛け合ったりして遊んでいた。夕方が近くなると明日の予定を考えていた。
「明日はなにして遊ぼうか?」
「私は昼過ぎから神楽の練習があるから午前中ならあそべるよ!」
神社の跡取りとして育てられている一人娘の里美は毎年祭りで神楽を舞うことになっている。
「そういえばもうすぐ刻印祭だよなぁ。ところで、俺にやってみたいことがあるんだけど聞いて貰えるか?」
「「いいぜ(よ)」」
このとき佑樹がこんなことを言わなければあんなことにはならなかったのにな。
「あのさ、誰にも言わないで欲しいんだけど、祭りの前日の8月14日の夜にさ、神社の裏の山に三人で言ってみないか?」
「おいおい、あそこは入っちゃ駄目だって言われてるだろ?」
佑樹の提案は当時の俺からしたら魅力的だったが、体裁的にも一応否定しておく。
「だからだよ。お前は大人たちに入るな入るなって言われてて山ん中どうなっているのか気にならないのか?」
「でもその日は私の家族たちが出入り口を見回ってるわよ。私はやめた方がいいと思うわ」
「ふはははは。二人からそういわれると思って、昨日のうちに山の有刺鉄線に少し穴を開けておいたのさ」
「それに、山の中に、《祠》があるのを知ってるか?一昨日俺の両親が話しているのを少し聞いたんだけどさ、その祠はこの集落ができる以前からあったらしくて、《何か》を封印してこの集落を守っているらしいぜ」
「だったらなおさら駄目じゃないか! あと、《何か》って、何だよ」
「なんだよ~~。和希は怖がりさんなのかな?」
いい忘れていたが、俺の名前は和希だ。話は戻るが、このときの俺はへんなプライドが邪魔をして思わず「行く」といってしまった。これが俺の生涯の過ちとなってしまった。
8月1三日の夜、神主が集落の人を召集した。刻印祭の準備はもうほとんど終わっていた。みんなを集めた神主は一通り注意点などを話したあと重要な話があった。
「今年の祭りでも私の娘が神楽を舞う。完璧な出来になるだろうからみんなも心して見てくれ」
集められた人も神主もドッっと笑った。俺のとなりに座って話を聞いていた里美は小声で
「やめてよお父さん、恥ずかしいじゃない」
と言って顔を赤くして照れていた。そのときの里美はとてもかわいかった。
8月14日の昼過ぎ里美が神楽を見て欲しいというので佑樹と二人で見に行った。時間にして2·三分ほどだったが、その時間が俺には永遠にも見えた。時間を忘れてしまうほど、里美の舞う神楽は美しかった。
そして夜。俺は懐中電灯と役に立つかもと少しの塩を持って里美の家に忘れ物を取りに行くと嘘をついて家を出た。塩を持っていったのは単純に怖かったからだ。待ち合わせ時間の9時に三人とも揃った。
「揃ったな。じゃあ行こうか」
俺たちは佑樹を先頭に有刺鉄線の穴を目指して進みはじめた。有刺鉄線の周りを里美の一族が見回りをしていたので見つからないように進み、数分後俺たちは穴に着いた。確かに有刺鉄線に穴が空いているのがわかったが、この前に開けたと佑樹は言っていたが、鋭利なもので切断されたと思われる断面はどうにも最近のものとは思えなかった。その穴は小さく、ほふく前進をしないと通れなかった。佑樹と里美も穴を抜け、俺も背中を有刺鉄線に引っ掻けながらも穴を抜けた。
「ここからどうするんだ?」
「ここから南西に山を登っていけばつくはずだ」
佑樹が手元のコンパスを懐中電灯で照らしながらそう言った。
「夜の山って不気味ね」
俺も同意見だ。周りからは虫や獣の鳴き声が絶えず聞こえてくる。木々が生い茂っており、月明かりも届かない暗闇の中を俺たちは懐中電灯を灯しながら進みはじめた。
歩き始めて2時間くらいたっただろうか。俺たちはくたくただった。ほとんど無言で歩き続けていると、不意に木々が途切れ月明かりが届くようになった。同時に空気が重くじめじめとしだし、嫌な感じがするようになった。獣や虫の鳴き声はいつの間にか止んでいる。開けた場所の中心には小さな祭壇があり、その奥にしめ縄に囲まれた祠があった。その祠には何か細長いものが何枚も貼られていたが遠かったのでよくわからなかった。
「おっ、おい佑樹!」
「佑樹くん!?」
佑樹は突然なんの躊躇もなくずかずかとしめ縄のなかに入っていき俺と里美はあわてて声を上げた。しかし、いかにもな雰囲気を纏っているしめ縄を越えてまで止めようとは思わなかった。佑樹は少しの間祠を眺めていた。祠を眺めているはずの佑樹の瞳は何も映していなかった。
佑樹が祠に貼ってあった何かを剥がした。
「€%<'@€$&!?¥**^#/₩」
その刹那周りの温度が一気に下がった。そして、どこからともなく叫び?が聞こえた。
「おいっ。佑樹大丈夫か!」
崩れ落ちた佑樹に声をかけるが反応はない。埒が明かないので俺は中に入って佑樹を連れ戻そうとした。倒れている佑樹の目を見てゾッとした白目がなくなり、目全体が黒くなっている。ふと佑樹が手に握っている先ほど剥がしたものが目に入った。それは紙のようなものだった。祠を見ると貼られているものは多少古くなったお札だった。佑樹が言うには集落ができる前からあるはずなのになぜこんなにも新しいのだろう。そう思いながらお札をよく見ようとしたとき、再び空気が変わった。さっきは少し肌寒くなったぐらいだが、今度のは違っていた。全身が凍るような寒さで鳥肌がたった。そして俺の後ろに誰かの気配を感じた。
「和希くん、うっ、後ろ。」
里美の震える声がした。恐る恐る振り向くと白い服を着た髪を腰までおろしている女と目があった。女の目は血走っており、口は耳まで裂けており、濃密な殺意が感じられた。
「ヒッ……」
人間驚くとウワァァやキャァァなんていう悲鳴なんて出ないようだ。俺は初めて純粋な憎悪、殺意、害意により、気づかないうちに失禁していたようだ。太ももをはう生暖かい液体で我に返った。漏らしたことに感謝するのは後にも先にもこれが最後だろう。俺は佑樹を置いて祠から離れ、真っ青になっている里美の手を引き走りはじめた。
「…………っ」
里美は無言のまま俺に手を引かれるままについてきた。めちゃくちゃに走っている途中で草や木の枝などが刺さってきたが、痛みよりもできる限りあの女から離れたかった気持ちが強かった。
どのくらいの時間がたっただろうか。いつの間にかズボンはすっかり乾いていた。あの女は追ってきていなかった。目の前には神主が有刺鉄線のなかに入るための扉があった。俺たちは叫びながら扉を叩いた。
数分後、音に気づいた神主が慌てて助け出してくれた。俺と里美が山から出てきたため、祭りにきていた集落の人が俺たちの周りに集まった。俺たちは恐怖と助かったという喜びで声が出せなかったが、俺と里美の服がボロボロだったことと、山から出てきたことから大体の見当がついたらしく周囲がざわざわとしていた。俺たちは集落の大人に囲まれながら神社の本殿に連れていかれた。本殿には俺たちを囲んでいた大人以外の集落の人が集まっていた。本殿の空気はとても重かった。
「手始めにお前たちに纏わりついている邪気をh……」
何かいいかけていた神主の言葉を遮り、やっとのことで俺は声を絞り出した。
「神主さんっ。まだっ、まだ佑樹が中に……」
「なんだと!? それは本当か!」
サーッと神主と近くにいた佑樹の両親の顔色が変わった。
「そんな……佑樹が」
そのまま佑樹の母親は失神し、父親の方は放心状態になってしまった。
「急いで誰か山へ行って佑樹を連れてこいっ!」
神主の声で何人かの男たちが本殿を出て走っていった。
「お前たちは三人で山へ入ったのだな?」
神主の問いに俺と里美は無言でうなずいた。
「そうか……佑樹のことはあいつらに任せたから、お前たちの邪気を祓うぞ。辛いことを覚悟しておけ」
それから神主は俺と里美の身体中に塩をかけたあと日本酒、酢を飲ませた。そして神主は2人の背中をバシバシと叩きはじめた。叩かれはじめてものの数秒でものすごい吐き気がこみ上げてきた。まず俺が、次に里美がゲーゲー吐いた。本殿に取り付けてある水銀灯に照らされて、たった今吐いたものが明らかになった。ゾッとした。
里美は水銀灯に照らされて多少白っぽくなっている灰色の髪の毛を吐いた。そして俺が吐いたものはおびただしいほどのお札だった。それを見て再び吐き気がこみ上げたが、胃が空っぽになったのかゲーゲーいうだけでなにも出てこなかった。俺たちはその後白装束に着替えさせられて軽いお祓いを受けた。着替えの際ポケットに入れていた塩が出てきたのだが、真っ黒に変色している。
「何が起こっているのかは後で必ず話す。今夜は何が起こってもこの小屋から絶対に出るんじゃないぞ」
お祓いが終わった後神主に連れられて本殿の横の小屋に入れられた。神主が言うには女は真夜中に活発化し、自分の姿を見た俺と里美を追ってきているらしい。歴代神主たちが封印をしてきたその小屋はこの世から隔壁された空間になるらしい。俺たちを追ってきている女は小屋までは来れるが、別の空間にいる俺たちには手出しできなくなる。奴は朝を嫌うそうらしいので、朝までこの小屋にいて、今夜をやり過ごすのだ。その小屋には窓がなく扉が閉められたら真っ暗になってしまった。よっぽど疲れていたのかいつの間にか眠ってしまった。
目が覚めた。外から足音が聞こえてくる。里美も起きたようだ。
「和希くん……」
俺の白装束の裾を握っている。里美の目は恐怖の色に染まっている。ただの足音ならこんなにも怯えない。音が不規則でとても人間が歩いているとは思えない。
ザッ……ザザッザ……ザザ………ザッザッザザッ……………
その足音はこの小屋の周囲をぐるぐる回っているようだ。足音が扉の前で止まった。
「おーい怖かったら出てきてもいいんだぞぉ」
その声は神主の声に聞こえた。その声につられてフラフラと扉の方に向かう里美を引き留めて俺は無言で首を振った。この小屋の扉にはごつい南京錠がついていた。鍵を閉めたのは神主のはずだ。つまり鍵を持っているのは神主だ。扉は神主しか開けられない。
「こいつは神主ではない」
俺は小声で里美に言った。里美も少し冷静になったのかその事に気づいたようだ。二人で扉から離れるように後ずさった。背中に何があたった。小さな神棚だった。
「出てきてもいいんだぞぉ~出てきてもいいんだ……出てぇ来てもぉ~いいbでひ$&@でgs$#もu!@?hcjよ……」
声がだんだんと崩れていく。声に加えて扉を叩く……いや殴るような音が聞こえてきた。俺は普段は神など胡散臭いと信じていなかったが、このときばかりは必死に神に祈り続けた。
いつの間にか気絶していたようだ。木造の小屋の隙間から光が差し込んでくる。俺は隣で眠っている里美を揺り起こした。
「おい!里美!朝だ!」
「…………っ」
飛び起きた里美が辺りを見回す。しばらくあたりを見回していたが、すぐに胸を撫で下ろした。
複数の足音が聞こえてきた。自然と俺と里美は身を固くした。……ガチッ。扉が開いた。扉をあけたのは神主だった。後ろには大人たちも控えていた。無事な俺たちを見てホッとしていた。
神主に本殿に連れていかれた。
「これから話すことは到底信じられないだろう」
そう前置きして神主は語りはじめた。
「この集落ができる前にある村があった。その村はこの集落と同じように農作物と畜産業で生計を立てていたが、一年に一度家畜と村人から一人、贄としてお前たちが見たであろう小さな祭壇に捧げていた。とある年、贄に選ばれた村人は1人で山の祭壇に向かった。祭壇が見えてきたが何かいる。そいつは長い髪を腰までおとし、耳まで裂けた口で事前に準備されていた家畜を檻ごと生きたまま貪り食っていた。そいつは村人に気づくと、「今年はお前か」と不気味に笑いながら近づいてきた。村人は恐怖のあまりその場から必死に逃げ出した。当然村中から非難されたが、村人は「あれは神ではない。バケモノだ」と必死に訴えた。そのただならない様子に村長は男数人引き連れて見に行った。村長たちが目にしたのは不気味な女の姿だった。その風貌故に男たちが殺そうとしたところ返り討ちにあい村長を残して全滅してしまった。その後女は山を下っていき村人を皆殺しにしてしまった。命からがら逃げた村長は、ある有名な神社にことの顛末を話し助けを求めた。その神主は霊力はとても強くあの女をどうにかできると思ったが、女の力が強すぎて封印するのがやっとだった。神主は封印と同時に喰われた村人の供養として祠を立てた。そして毎年8月15日に封印が弱くなるため、分家に神社を任せ、本家神主一族はこの場所に移住し、この集落をつくったのだ。初代神主は弱くなった封印を強化する儀式を一族に伝え、子孫たちは毎年儀式を行ってきた。これがこの集落の歴史だ」
「今朝早くお前たちが通ったという穴を見てきた。あの穴はあけられてから……数年は経っている。おそらく佑樹は数年前一人で潜り込んで魅いられたのだろう。佑樹は今朝早くに戻ってきた男たちに祠の前で死んでいたと報告を受けた。次はお前たちの番だ。お前たち二人は早急にこの集落を出ないといけない。強くなりすぎた厄災は少しのことで因縁ができてしまう。あいつはその因縁をたどり二人のところに来るだろう。昨日のように毎晩あの小屋に泊まるわけにもいくまい。私がこの集落で食い止める。私が生きている間はこの場所に引き留めていけるだろう」
その後俺たちは慌ただしく荷物をまとめさせられ、神主の一族の車に乗せられ俺の家に連れていかれた。車窓から、見送りにきた祖父母、里美の家族を見たのはこれが人生最後となった。佑樹の両親が遠くから恨めしそうにこちらを見ていたことは印象に残った。祖父母が話を通していたのか俺の両親は里美を歓迎していた。俺と里美はいつ何時も神主から渡された御守りと聖水を持ち歩いていた。
俺と里美は東京ですくすくと育った。ただ祖父母が亡くなっても、里美の親族が事故で亡くなったときも葬式には行かせてもらえなかった。
社会人になって数年。神主からもらった御守りと聖水が壊れた。俺は察した。神主が亡くなったのだと。プルルルルル。携帯電話が震えた。里美だ。
「和希くん……御守りが……」
「あぁ。おそらく神主さんが死んだんだろう」
しばらく俺は電話口で里美を慰め続けた。同時に、もうすぐ死んでしまうのかもしれないと考えていた。
一週間後里美が死んだ。死因はわからない。会社に数日来なかったことを心配した上司が里美宅へ行ったら亡くなっていたそうだ。里美が死んでから最初に話した厄災が起き始めた。始めのうちはポルターガイストと呼ばれる現象が起こるだけだった。日を重ねるうちに、激しさを増していった。夜中に物音が聞こえたり、通勤中に物が落ちてきたり。酷いときにはトラックが突っ込んできたこともあった。ついには庭先にあの女が立っているのが見えた。俺は気づいたよ。これは俺を殺すまで止まらないと。俺はあの集落に行くことに決めた。両親には悪いが、俺はおそらく死ぬだろう。だが、俺が行かないとこの厄災は終わらない。そんなに気がする。だからこの文章を遺書代わりに置いておく。
p.s. 親父、お袋。先に逝く馬鹿で愚かな親不孝息子を許してくれ。
読んでいただきありがとうございました。