第四章 語り部/経験者 ~その3ー1~
今回はひとつにするには割と長いかなと思い、区切りのいい箇所で分けました。
読みずらい部分が多々あるかもしれませんが、読んでいただけると嬉しいです。
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「先生、僕はあなたに負けましたか」
僕はそう訊ねる。
天宮は呆然と立つ僕を見て、流暢に抑揚をつけて答える。
「そもそもこの問題について、勝ち負けという概念が存在しているのであれば――負けだろうねぇ。私の完全勝利、兎音少年の完全敗北! いい暇つぶしにはなったさ」
「結構、迫真の演技をしたつもりだったんですがね」
「いいや、まったくだよ。指導者として点数をつけるなら赤点さ」
「そう、ですか」
「ああ。表情、口調、仕草、トーン、フィーリング、パッション・・・・・・その他諸々含めて感情が足りていないね」
僕は自分自身に落胆する。こうも僕は不出来だったのかと、落胆する。
肩から順に力が抜けていき、次第に目線も下へ移る。握っていた拳も開き、気分が徐々に暗くなるのを感じる。
真剣勝負で負けるとはこんな気分なのか。
いや、それよりも。ノアさん、原良先輩、木海月刑事・・・・・・みんなの期待に応えられなかった、努力を無駄にしてしまった。何よりもその事実が、僕のメンタルを引き裂き深くえぐった。
「結局、僕は適任じゃなかった、そういうことですね」
「厳しく言えば、その通りさ。だが肝を冷やしたりもした、本当さ! 物語の情報を洩らしたのは先生だ。そう突然言われたとき、流石の私もドキッとした。一体どこからその情報を入手したのかね? ノア少女からか?」
僕は一度だけ天宮と視線を合わし、その後俯くように、視線を下へゆっくりと動かす。
「いえ、原良先輩からです。僕が藍乃から聞いていた『担当の人から色々と話を聞いた』という情報と、原良先輩が見た天宮先生の行動から考え至った結果です」
「なるほど、桜道少年の推理か。たったそれだけの情報から、私が物語の情報を洩らしたと考え至るとは、夢にも思わなんだ。素晴らしい!」
「・・・・・・物語」
「ああ、そうさ。兎音少年も言っていたように、私は物語の機密情報を洩らしたと君らは推理した。そして――先ほどの質問の続きだが、私は一体何を探していたのだろうね」
天宮は立ち上がり、腕を後ろに組んで煽るような口調で訊ねる。口角を上げ、顔の表情筋は非常にリラックスしているようだった。
それもそのはず。
この場にはもう、盗撮器も盗聴器もない。すべてを看破し没収している。まだ電源はオンになっていても、証拠音声も映像も天宮の手で消すことができる。要は手中に収めた証拠品は、いつでも闇に葬れるということ。
勝ちを確信しないはずがない。
僕は意気消沈した声で答える。
「メモ帳か、あるいは日記に類するもの。ですよね」
「せーいかーい!」天宮は意気揚々と話す。
僕は天宮を見つめ、無言となる。
そして天宮はすべてを語ってくれた。
「実はね、私は英雄少女は絶対に主人公になると確信し、事前に物語について説明した。それを聞いて英雄少女はメモ帳を忘れたと言って、鞄から日記帳を取り出しそこにメモしていった。だが冷静に考えてみれば、まだ一般人である人間に私は情報を洩らしたことに気がついた。言い訳するようだが、そのとき軽く飲酒していてね、実に愚かだった」
天宮は手を頭部にあてると、首を振る。
まるで物語の主人公のように。
「たが心配はしていなかった。英雄少女は真面目で不用意に誰かへ話はしないと、私は彼女を信用していたからね。しかし残念なことに英雄少女は亡くなった。そうなればどうなる? あの日記が見つかり、問い詰められたら?」
僕を見て問う。
僕は沈黙で答えた。
「物語に関わる者が情報を少しでも洩らせば、疑わしき者でも罰せられる。罰せられなかったとしても、不名誉なレッテルが貼られるだろう。・・・・・・彼女の遺書や遺言からは幸運にもそのことは記されていなかったようだが、日記だけは違う。確実な証拠になる」
「だから藍乃の机をまさぐり、探したと?」
「その言い方は気に食わないが、そんなところだ」
「そして見つけた」
「ああ、鞄の中ではなく、引き出しの中にあったのは運がよかった。処分しようかとも考えたが、英雄少女が生きていた証を捨ててしまうには惜しい。死者への冒涜にも感じたのでね」
「じゃあ、日記は」
「私の自宅だよ。ここに隠しても良かったが、兎音少年のような好奇心溢れる者に見つかってしまっては、元も子もないのでね」
「そんなことを・・・・・・、ペラペラと喋ってもいいんですか?」
天宮は眉尻を下げると呆れたように、何を言っているんだ? という表情を浮かべた。
ひとつ息を吐き、自身の後頭部を撫でる。
「先に君が言ったんだぞ、二人っきりだと。それに兎音少年がこの機器を取り戻せば万事解決だと考えているのなら、不可能だ。私は渡さないし、返ってきたころには何も残っちゃいないさ」
「そうですか・・・・・・でしたら、これから僕が話すことは敗北者の戯言だと思って聞いてください」
「何だい? 話してみなさい」
「僕は一言も、〈物語〉とは言っていません」
「は?」
天宮はまたしても、何を言っているんだこいつは、という表情を浮かべる。
そして僕は、今までの雰囲気を払拭するように胸を張って話す。
「僕は『機密情報を洩らした』という話と『藍乃の机をまさぐっていた』という話しかしていません」
「ああ、それがどうかしたか?」
「ですから、物語に関連するような事柄を挙げていただけで、〈物語〉という単語は一言も発していないんですよ」
「だーかーら? それが? どうかしたかい?」
「先生は自ら認めたんですよ。物語の機密情報を洩らしたのだと」
「たしかに話したが、だから何だ。録音をしているわけでもないだろうに」
「いえ、してますよ? ほら換気扇の部分」
僕は合計四個あるうちの、入り口付近にあった換気扇を指さした。
天宮も僕が指をさした換気扇を見て、目を開きハッとする。
「下の方に気を取られ過ぎて、上には注意が向かなかったみたいですね。僕の眼鏡もペンもマジックミラーも、ブラフです」
「これは」
「そうですよ。換気扇が回っていないのはカメラを設置しているからです。僕の協力者にやってもらいました。もし、回っていないのが故障しているからと割り切らず、あの鏡のように疑問を抱いてしまったらきっと取り外すだろうと思いまして。なるべく下に関心が向くように頑張りました」
天宮は驚きの表情を魅せると歯を食いしばり、冷汗をかいている。
僕はその様子を見てにんまりと笑顔を浮かべる。
それも嫌味たらしく、愉悦に浸るような笑顔だ。
この瞬間を見るために、別に話したくもないことを話していたんだ。ぶっちゃけ、前半の話などどうでもいい。まあ、全部が全部どうでもいいわけではないが、手短には済ませたかった。
僕は天宮とのごっこ遊びに負け、意気消沈した。という事実が欲しかっただけだ。
茨咲さんがくれた情報はあくまでも、僕が天宮に負けるために用意したもの。あの場面では天宮を追い詰めるよりも、僕が負けるよう仕向けたかった。それは木海月刑事がくれた眼鏡もペンも同様。
三人には申し訳ないが、全部僕が負けるための準備だ。
あからさまに落ち込む僕を見て、天宮はきっと満足して気分良くなるだろう。そうすれば、自信家で自己愛の強い天宮は別に話さなくてもいいことを、ぺちゃくちゃ喋ってくれるだろうと踏んでいた。
案の定、天宮は色々と話してくれたし、墓穴も掘ってくれた。
「でも、君はたしかに」
「ええ、落ち込みましたよ。でも演技です。元々僕はネガティブなんで、この手の演技は得意なんですよ。〈役学〉でもこの演技だけは褒められました。先生? 今の演技は何点でした?」
天宮は苛立ちを隠しきれないのか、僕を睨みつける。
僕はどこ吹く風か、知らん顔をする。
「先生もこれで、疑惑から確犯へと変わりましたね。疑わしきは罰せ、その疑いが確信に変わったとき。先生はもう、お役御免かもですね」
「貴様! これで出し抜いたつもりか!」
もう〈兎音少年〉とか〈君〉とは呼ばず、〈貴様〉か。
相当嫌われてしまったな。否、僕も嫌っていたからお互い様か。
「いえいえ、とんでもありません。僕は最初っから先生と取引がしたかっただけですよ」
続く――
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