王都到着
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ドロシーらがグリエッタ男爵領を出たのは、雪は降らなくなったが、今だ銀世界に覆われていた頃だった。グリエッタから王都ザッハまで徒歩で半月以上、馬車を使っても数日掛かるので、春告祭に間に合わせるには雪が溶けるのを待ったのでは遅すぎるのだ。春告祭に遅れてはいけないと早め早めに行動し、一行が王都ザッハに到着したのは、グリエッタを出て九日後だった。
引き籠もるように寒さを耐え忍んできた人々は、開放感溢れる笑顔を顕わに動き回っている。人や荷物を乗せた馬車がレンガで整備された大通りを闊歩し、大声を張り上げて商品を売り込んでいる商売人、道端で会話に花を咲かせる女達、遊んでいる子供、食堂の軒先で食事を楽しむ旅人些細なことで喧嘩を始める男たち――王都のメインストリートでは、様々な人間模様が繰り広げられている。そんな中をドロシー一行は歩いていた。
「あ、スゴイ! 見て見て! あそこで大道芸やってる!」
「え、どこどこ!?」
「ちょ、パティ、シャルティアナ。暴れないでよ、はしたない」
パティと、その向かい側に座るカーキ色の髪をもつ少女が馬車の窓から身を乗り出さんばかりにはしゃいでいる。パティの隣に座るセインが嗜めるも、二人は聞いておらず、その内に彼も道路脇に並ぶ芸人たちの技に見惚れていた。
「それにしても、予定よりも大分早く着いたね」
「本当に。これもドロシー様や護衛の皆様のお陰ね」
「いえ、マーティン様とレレイ様が何かと我々を気にかけてくださったお陰で士気が下がらず、段取り良く進んだお陰です」
パティらと反対側の扉側に腰掛けているカーキ色の髪の少女と似た容姿の青年と、彼の向かいに腰掛ける鮮やかな緑髪のふくよかな女性が、馬車の横を馬で並走するドロシーに話し掛ける。
今回の旅は、ナビル子爵家の馬車で王都に向かい、彼の家のタウンハウスで厄介になり、帰りも一緒という、最初から最後までナビル子爵家に厄介になる。春告祭の招待状と一緒に届いたナビル子爵からの手紙には、子爵家からのご好意が綴られていたのだ。姉弟がナビル子爵の庇護下にあるので何もおかしいことではないし、王都にタウンハウスがないグリエッタ男爵家には願ってもない申し出だった。
同伴しているのはナビル子爵長男であるマーティン・ナビルとその妻レレイ・ナビル、第五子のシャルティアナ・ナビル。あとは彼らを世話し、護衛する五人の子爵家の兵隊たちだ。ドロシーは護衛を兼ね、子爵から借りた馬に跨がり、兵たちと同じ行動していた。それについてはパティを先頭に反対の声が上がったが、可愛い義妹と義弟、大恩あるナビル子爵家の縁者を守るためだと説得し、なるべく馬車の傍を歩くことを条件に渋々受け入れられる。
当主であるナビル子爵と新しい奥方は先に王都入りを果たしており、他の二男一女は各々の都合で別行動。デイル少年は、魔物の所為とはいえ、長年仕えてくれていたリク老配達人を死なせた責任と素行不良を理由に、春告祭には不参加の烙印を押され、ナビル邸にて留守番命令を下されていた。
「我々って、君は本来ならこちら側の人間だろうに」
「あ。すみません、いつもの癖で。でも、お二人に言ったことは本当ですよ」
「まあ、ドロシー様ったら。わたくしたちなんて、ドロシー様や護衛兵たちに守られるだけで、何もしていませんわ」
優雅に微笑んで謙遜するレレイだが、実際の所、多くの貴族たちは何もしないで文句ばかりぼやいている中で、ナビル家はし過ぎている方だ、ナビル子爵領は、どちらかと言えば辺境と言われる土地なので、何事も自力で自活できるようにするようにと幼い頃から心得を学ばされていたお陰であろう。マーティンは雪溶けで緩んだ地面に車輪を取られた時に馬車を引っ張り上げるのに手を貸そうとしたし、狩りもテントの設営も協力的であった。シャルティアナも周囲に生息している木の実やキノコなど集めるなど手伝ってくれるものの、まだまだ勉強不足故か、食べられないものを持ってくることがしばしばあった。しかし周りに教えられ、素直に聞いている姿は流石ナビル家の血だと思わされたものだ。他家から嫁いできたレレイも、侍女を兼ねてる護衛兵と共に料理をして労うなど、常に周りを気に掛けていた。常に見下されている傭兵からすれば、マーティン達の所業は慈愛に満ち溢れ、彼らの為に頑張ろうとする気持ちになる。マーティンとレレイの言う通り、春告祭までまだ一週間の猶予がある。元々三日早く着く予定にしていたのだが、士気も足取りも下がらず寧ろ早めに来れたのは、マーティンらの人柄のお陰だとドロシーは思っている。
敷き詰めるような家々が建ち並ぶ平民街を馬車はゆっくりと歩く。建物が徐々に疎らになっていき、商人など裕福な平民が暮らす区域を通り抜け、やがて広大な敷地を有し、塀で囲まれた貴族の屋敷が点在するに到達する。その一角に、ナビル子爵家のタウンハウスが在った。うず高く積まれたレンガ塀の先端には鋭い突起物が設置され、侵入者を拒む。格子状の門の向こうには、風格のある豪勢なニ階建ての屋敷がどんと構えている。小気味よい車輪の音と馬の蹄の音は、屋敷の玄関前で綺麗に止まった。それと同時にドロシーも馬を止め、慣れた動きで下馬する。護衛兵の一人が馬を下り、足場をセットして馬車の扉を開けた。マーティンが先に降り、妻に手を貸す。レレイが降りるとセインが降り、シャルティアナに手を伸ばす。シャルティアナは少し照れ臭そうに頬を赤く染め、セインの手を取って馬車を降りた。最後に残されたパティ。キラキラと目を輝かせ、ワクワクと期待した表情で扉の外を見ている。そこに現れたのは、したり顔で唇の片端を持ち上げて笑うドロシーだった。
「お手をどうぞ、お姫様」
「お姉様……! かっこいい〜!!」
目をハートにし、ドロシーに抱き着くパティ。受け止めたドロシーは、義妹を優しく抱き上げ、そっと地面に置いてエスコートする為に細く柔らかな手を取る。
「あー! パティったら、ずるいっ! 私もお姫様扱いしてほしい! 次はやってよね、セイン!」
「あれはお姫様じゃなくて子供扱いって言うんだよ。年下に子供扱いされて嬉しい? いや、でも、君にはぴったりかもね」
「ちょっと、それどーゆー意味!?」
さらりと小馬鹿にされて、シャルティアナは顔を赤くして食って掛かるが、セインはどこ吹く風だ。これではどちらが年上かわからない。そんな微笑ましい光景を、領主長男夫婦は「仲良しだねえ」と微笑ましそうに目を細めた。
マーティン夫婦を先頭に、玄関前の階段を上がると、それを合図に重厚な木製扉が内側に開く。中ではタウンハウスを預かっているであろう執事が、頭を下げて主家の人間とその客人を迎え入れた。
「マーティン様、レレイ様、シャルティアナお嬢様、お帰りなさいませ」
「やあ、サリス。出向かえご苦労様。父上から話を聞いていると思うが、今回はグリエッタ男爵家の御姉弟を滞在させる。彼らは私達の大切な客人だから、くれぐれも宜しく頼むよ」
「かしこまりました。グリエッタ男爵家の皆様、本日はよくおいでくださいました……」
マーティンと言葉を交わしたのは四十代半ばくらいの執事だ。にこやかな笑顔を入ってきたドロシーたちに向けた。シャルティアナと並ぶセインを見、パティを見、ドロシーと目があった瞬間に目を見開いたかと思えば、眉間に皺を寄せて不快を顕にする。
「失礼ですが、そちらの女傭兵殿。ここはかつて王妃を輩出した由緒正しい名門貴族、ナビル子爵家のお屋敷。一介の傭兵如きが敷居を跨ぐことなど、あってはならないことです。謝礼は後程お渡し致しますので、即刻ご退出をお願いします」
気持ち改行を入れてみました。