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手紙

区切りいいところで区切ったら長くなってしまいました。

 その後、デイル少年は激痛と好きな人から拒絶されたショッで気絶。ま手紙はドロシーからグリエッタ男爵に届けられることになった。


 ちょっとしたダンスホール並みの広さがあるエントランスホールの階段を昇り、南側の一番日当たりの良い奥の部屋に向かう。かつては王女の部屋、今は領主の部屋と化している扉をノックすると、低く乾いた「どうぞ」の声を聞いて扉を開ける。


 室内はこの屋敷のどの部屋よりも広いが、かつての面影は広さと大きな暖炉、窓際に置かれた天蓋付きの巨大なベッドのみで、領主の部屋としてはかなり見窄らしい。唯一眼を見張るのは、暖炉の上だろう。そこには四枚の絵が並んでいる。額縁の中のそれは、彼らが生前最も活気に満ち、幸福を感じていた時期を記録していた。


 灰色の髪とドロシーと同じグレイシャーブルーの瞳を持つ厳格そうな年配の貴族が鞘に収められた剣を真っ直ぐ地面に突き立て、両掌を柄頭に置いている。グリエッタを開拓し、初めて老衰したナビル子爵令息に因んで【第二のラルゴ】と呼ばれた、ドロシーの祖父にしてエーミールの父ベルトルト・グリエッタ。


 窓際に立ち、黒い髪と瞳を持ち慈愛に満ちた柔和な微笑みを称える老齢の貴婦人はドロシーの祖母にして、エーミールの母。良妻賢母と慕われ、皆から愛されたリズベット・グリエッタ。


 燃えるような赤い髪と、アイスブルーの大きな瞳を持ち、意思の強い雰囲気を漂わせる美しい女性が椅子に腰掛け、嫣然と微笑んでいる。彼女こそ、ドロシーの母ローゼリア・グリエッタである。


 以上の三枚は、そこそこ豪華な額縁に入れられ、達筆で色鮮やかに描かれている。しかし、ローゼリアの横に飾られた肖像画は何故か格が低い。額縁は模様の無い木製だし、他の三枚に比べたら明らかに劣る腕前と言えるだろう。


 金色の髪をぴっしりと後ろに撫でつけた、鋭いフォレストグリーンの瞳の女性――パティとセインの母であるカチュア・グリエッタ。口を真一文字に結び、常に周りを睨みつけるような肖像画だが、ドロシーの記憶にある彼女はいつもこんな顔をしていたので、絵師もこう描かざるを得なかったのだろう。一応、書類上カチュアはエーミールと結婚しているが、とある事情によってドロシーとカチュアが共に過ごした時間はとても短い。故に、ドロシーは彼女を義母と呼べずにいるし、カチュアが幸せであったかどうか知らない。が、暖炉の上には、必ず四人分の平等にお供物が置かれている。置かれている供え物の内、色違いの小さなキャンドルはドロシーが買ってきたものだった。


 正妻と後妻で明らかに格差があるが、決して後妻イジメではない。これもまた家庭の経済事情によるものだ。ベルトルトを始めとした三人は祖父の知り合いである馴染みの絵師が居たのだが、年齢により逝去してしまい、駆け出しの絵師に頼むしかなかったのである。額縁も、金目になりそうな良さげなものは全て売ってしまっていた為、村人の善意で作ってくれたものだ。


 四人の絵画を横目に近付くベッドの上にはグリエッタ男爵領領主エーミール・グリエッタが上体を起こし、傍のロッキングチェアに腰掛ける深い皺が刻まれた老人を何やら話をしていたようだ。


 エーミール男爵は今年四十四歳を迎えたのだが、病に侵されている所為で体はもっと年を食っているのではと言われても否定できない程か細い。肌の色も青く弱々しく、まるで幽鬼のよう。目鼻立ちはドロシーを思わせたが、母親譲りの柔和な微笑みを浮かべる顔はドロシーには感じられない人柄を匂わせる。逆に傍らの老人は同じように痩せ細っているが全身から生気が満ち溢れており、隙間だらけの大きな口を開けて朗らかな笑顔を浮かべてドロシーを出迎えた。


「お話中失礼します。ただいま戻りました、父さん、オルドー村長」

「ああ、お帰り、ドロシー」

「おお、お嬢様! 今日は早いご帰宅ですな。もしや、大物でも捕れましたかな?」

「残念ながら。別のものが捕れてしまいまして、泣く泣く帰宅です」

「別のもの?」


 にこにこと目を細め笑う好々爺は、グリエッタ唯一の集落であるラルゴ村の村長オルドーだ。年齢はなんと九十歳。平均寿命が五十年と言われる中、かなりの長寿である。足腰は弱っているが、どんと構えた存在感はエーミール男爵よりもしっかりとしていた。「そりゃあ残念じゃ」と笑う村長の横で不思議そうに小首を傾げるエーミールに、リク老配達人の最期の配達物を差し出す。事情を説明すると、エーミールもオルドー村長も一気に顔を曇らせた。


「そうか……リク殿が……」

「なんと哀しいことか……。若い者がこの老耄よりも早く死ぬとはなあ」

「村長にしたら皆若者だろうけど、リク爺もそこそこの年齢ですからね? ……まあ、運が悪かったとしか言いようがありません」

「……そうさのう」

「……兎に角、ありがとう、ドロシー」


 目に悲しげな色を浮かべて、エーミールは手紙を受け取る。骨と皮ばかりの指で丁寧に皮袋から取り出されたのはニ通の封筒。一通はナビル子爵からだったが、先にもう一つから読むようにと宛名部分に書いてある。もう一通の封筒は真っ白な上質紙に、四方を金箔で縁取られた豪奢な封筒だ。ドロシーも仕事上でも見たことがない生まれて初めて見る豪華な手紙。


「宛先はちゃんと僕の名前だね……誰からだろう?」


 彼にも心当たりはないようで不思議そうに呟く。訝しげな表情をしていたエーミールだったが送り主の名前を確認する為に裏返した瞬間、しょぼくれていた目が見開かれ、驚愕に呼吸を詰まらせて苦しそうに咳き込んだ。


「父さん!?」

「だ……だいじょうぶ……ちょっと……驚いただけ……だから……」


 慌てて駆け寄り、骨の目立つ背中を何度も擦る。村長が水を注いだカップをドロシーに手渡し、落ち着きを取り戻した父にゆっくりと飲ませる。一体誰からの手紙だったのだろうかとシーツの上に放り出された封筒を見やれば、封蝋すら金色に染められ、そこには女神アルマナの想像上の横顔が刻まれている。この国で女神アルマナの彫られた印を使用し、彼女の髪の色を思わせる金色を使えるのは王家のみ。つまりこれは、ヴァーミリオン王国王家からの手紙だということだ。それに気付いたドロシーはエーミールの口の周りに水を散らした。


「……偽造?」


 まずドロシーが思ったのはそれだった。


「こ、こら、ドロシー。不敬だよ」

「いや、だって、生まれてこの方グリエッタ男爵家宛に王家から手紙なんて来たことないし。父さんは見たことあるの?」

「いや、僕だって無いよ。でも、うちに偽造された手紙なんて送ってもなんの得にもならないだろう」

「確かに。配送代の無駄で損にしかならない。なんだろう、どっかのバカがグリエッタ男爵家が騙されるか賭けでもしているとか……」

「そうだとしても、偽造は大罪だよ。そんな危険を賭してまでうちを乏しめる価値あると思う?」

「無いね。じゃあこれ、本物ってことになるんじゃあ」


ドロシーもエーミールも、この手紙が本物かどうかと言われたら確信は持てない。だが、王家の印の偽造は、処刑が主な刑罰として重罪に処される決まっている。悲しいかな、自分たちの立場を深く理解している親子は、最終的に本物ではないかという結論に至ってしまう。渋い顔を見合わせる親子を他所に、一人呑気なオルドー村長は平然とした様子で中を透かし見るように手紙を天井に掲げる。


「ほーう? これが王家が使う封蝋印ですかな? いやいや、大層立派ですなあ。それで、中身は領地没収? それとも、とうとうグリエッタ男爵家のお取り潰しですかな?」

「うぐっ……」

「オルドー村長父さんの心臓が止まってしまうので茶化すのは止めてください。その時がきたら父さんの知らせないで事を終わらせますから」

「いや、何をする気? そこは知らせてくれるかな。僕にだって色々考えることがあるんだから……」

「そう? わかった。で、どうするの、父さん? 先に私が読もうか?」

「そうしてもらえたら有り難いんだけど、いいのかなぁ……リク殿はちゃんと僕に読んでほしいんじゃないかな……」

「自分が配達した手紙で心臓止められちゃあリク爺も浮かばれないでしょう。死んで早々、女神アルマナの元で再会なんて、リク爺も御免被ると思うけど」

「それは僕も嫌だな……よし、ドロシー、一緒に見てくれるかい?」

「父さんがそれでいいならいいけど、ちゃんと覚悟しておいてよ? 急に心臓止めるとか止めてね」

「わかってるよ。努力する」


 一体どんな内容なんだ。エーミールは不安を感じてしてるが、寧ろグリエッタ男爵領を四十年近く保たせている方が奇跡に近い。王家もすっかり忘れていて、不意に思い出して領地返上を告知してきた可能性も無くはないだろう。元々無いに等しい地位に未練は無いが、暮らす家が無くなるのが何よりも困る。もしもの時は親戚の伝手を頼ることは出来るが、病人は歓迎されないだろう。今でも穀潰しなのに、これ以上子供たちの迷惑にはなりたくなかった。


そんな親心を知らず、ドロシーは父親程心配はしていない。エーミール同様地位に拘りはないし、そこそこの収入と仕事があるのでなんとかなるだろうと考えている。娘の心配は手紙の内容によって起こる父親の体調変化だ。先程みたいに異常をきたしたら気が気でない。


 至極真面目な顔で頷き合う二人の顔は間違いなく親子である。オルドー村長から手紙を受け取り、緊迫した雰囲気を醸し出す親子の傍で、オルドー村長はかっかっかと笑いを浮かべながら茶を啜った。もしも本当に爵位返上であれば、快く村に迎える心構えである。


 ゆっくりとエーミールが封蝋に手をかける。丁寧に剥がし、鼻腔を擽る仄かな花の匂いは現王妃が愛する鈴蘭の香りだろう。中には二つ折りの便箋が一枚。上質な手触りの便箋を前に、心音を高鳴らせる。「じゃあ、開けるよ」とエーミールの掛け声に頷いて、便箋を開く。


 果たして、そこに記入されていたのは【春告祭】開催の知らせと、参加してほしいという旨が慇懃無礼に書かれていた。領地返上の文字はどこにも無い。一気に押し寄せた安心感に大きな安堵の溜息が二人から零れる。


「なんだ、春告祭のお知らせか。びっくりさせるな、もう」

「良かった……まだここに住める……」

「はて? 春告祭とはなんですかな?」


 オルドー村長が不思議そうに尋ねてきたので、エーミールが答える。


「春告祭は王都で行われる、王家主催者の祭典なんですよ。()()忌まわしい戦争の終結後から始まった記念の祭典ですので、もうかれこれ二十年になりますでしょうか。テーマは、【厳しく辛い冬を超え、春の訪れを喜び、離れ離れになっていた仲間との再会を楽しむ】というもので、普段あまり王都に居着かず、自領内にいる各地の領主も呼んで、領地の状況報告をするんです。更に言えば【結婚支援による人口の増加並びに地域の活性化】を目的にしていまして、各々の家族を連れて交流会を開き……」

「平たく言えば、顔見知りと飲み食いしてお見合いに勤しむ金持ちの道楽です」

「成程。分かり易い」

「……いや、まあ、簡単に言えばそうなんだけど……」


 長年グリエッタ男爵家と共にいるオルドー村長が知らないのも無理はない。そんな誉れ高い祭典に、グリエッタ男爵家が参加したことは一度もないのだ。


 短い暖かな季節は村民一丸となって畑仕事に精を出し、冬ともなれば男達は豪雪の日以外は海か山に向かう。女達は家事や子供の世話の他に、ドロシーが傭兵稼業の合間に買ってきた反物を使って鮮やかな刺繍を施した小物、木工品を作成する。これを春に出稼ぎに出たドロシーが方々の店に卸し、税金や越冬資金に充てられた。勿論男爵家の面々も、病人であるエーミール男爵は以外はそれに加わる。そうして一致団結し、ようやっと生活できるグリエッタ男爵家が、パーティーに行くなど夢のまた夢――いや、言語道断だ。幸いなことに、王家も因縁浅からぬグリエッタ男爵家は特別待遇しているらしく、参加を強制されたことはない。


「うちなんて報告する領地財政もないし、会いたい仲間もいない、そもそも祭典に参加する為の支度金もないから、ずーっとナビル子爵が代理で報告してくれてる筈。なのに、何故今年に限って呼ばれるんだ?」

「うん、どうやらヴァーミリオン王家誕生百周年を記念して、王国の全貴族を呼んで盛大に祝うつもりらしいよ。しかも驚くことに、支度金も出してもらえるみたい」

「は? 支度金?」


 ほら、と指先で示される。成程、その通りの事が書いてある。これまで見たこともない桁の額の援助金を支給すると書いてある。しかも返済不要と記載され、最後には王の直筆サインと王印までしっかり押されている。どう考えても貧乏貴族に対して破格過ぎる好待遇ではないか。「支度金とはなんと太っ腹! 流石、ヴァーミリオン王家ですなぁ!」とオルドー村長は感服しているよう通り、普通であればこれは一も二もなく了承する案件だが、ドロシーは違った。


胡散臭(うっさんくさ)っ。幾ら記念しての式典って言っても、わざわざ金出して末端貴族呼ぶ? 絶対裏があるでしょ、これ」

「それは……わからないけど、僕達の預かり知らないところで色々あるんだよ、きっと。僕達には関係ないさ」

「んな呑気な……」


 父親の安楽思考に呆れつつも、ドロシー自身確証がないので強く出れない。

 情勢を鑑みるに、思い付くのは、近隣諸国――特に南にあるヤショダラ国への牽制だ。ヤショダラ国は六年前に内乱が勃発。軍部の謀反に合い、多くの王族が処刑された。現王は叛乱軍のリーダーであった男で、噂では武闘派の愛国主義者であり、近隣諸国を侵略して国を大きくしようと企んでいると聞く。特に去年、前王家の王子が捕らえられて処刑されたことで、ヤショダラの侵略戦争は本格始動をするのではないかとまことしやかに噂されている。そんな彼の国がまず狙うとすれば、隣に位置するヴァーミリオン王国であることは馬鹿でも見当がつく。


 だとすれば、ドロシーも他人事ではない。愛する家族もいるし、何だかんだ言っても生まれ育った故郷だ。他国の人間に土足で踏み入られるのは好ましくない。腐っても王家に仕える貴族にして、一王国民。意向には従うべきだ……とは、ドロシーも思っていることには思っている。だが、気は進まない。


「……これって、私も出なけりゃ駄目……だよね?」

「当たり前でしょ。君が長女なんだし、僕の代理は君になるんだよ?」

「ですよね……。いや、でも、ご存知の通り、私はもう十年以上貴族社会から離れてるから、礼儀や流行りはさっぱりだし……」

「必要最低限のマナーは覚えているだろう? 流行りとかなんとかは……ほら、ナビル子爵の次女の子かにお願いして教えてもらえばいいんじゃないかな。それか、長男君のお嫁さん」

「シャルティアナ嬢は世代も好みも違い過ぎるし、レレイ様は元々そんなに社交界に得意な方ではないだけど」

「そうなの? まあ、兎にも角にも招待状には名前が書かれているんだ。不参加にするなら、ちゃんとした理由を報告しないといけないよ」

「父さんの病気を理由に断れない?」

「それは流石に無理じゃないかなあ。僕はこんな身だから行けないとしても、君はグリエッタ男爵家の長女として、僕の代理で出席してもらわないと。逆らったら屋敷を追い出されるかもしれないし……」


 追い出されるだけで済むだろうか。下手したら王家に反意有りと難癖付けられて重い罪を着せられそうだ。そう思ったが、父親の心臓を思って敢えて口にはしない。


 行きたいか行きたくないかと言われたら、全く以て行きたくない。しかし、支度金はかなり魅力的だ。春になると傭兵稼業が始まるが、数多の傭兵たちとの依頼争奪戦があるし、報奨金も支度金とは比べ物にならない程安い。支度金で買ったドレスも売ればそれなりの金額になる筈だし、生活のことを考えれば嫌でも行くべきだ。これまで傭兵として様々な仕事をこなしてきたのだ。今更社交界で嘲笑われることなど屁でもない。


 しかし――ドロシーの心の内には黒い靄のような直感が湧いている。何か、嫌な予感がする。ここで折れてはいけないような気がするが、断る理由がない。葛藤して、自然と眉間に皺を寄り、唸り声が漏れ出るドロシーに対して、静聴していたオルドー村長が口を開く。


「まあまあ、ここであれやこれや考えても、避けられぬのなら行くしかございませんでしょうや? それに、お嬢様も良いお年。聞けば、国中の貴族が顔を合わせるというではありませんか。お嬢様にも良い出会いがあるかもしれませんぞ」

「村長……いや、まあ、確かにそうなんですけど……既に私は嫁ぎ遅れですし、貰ってくれるのは訳アリと後妻希望者くらいなんで、グリエッタには絶対来てくれませんて。ってか寧ろ、この年で未婚なんて、パティとセインの結婚に影響出るんじゃあ」

「グリエッタの名前だけで十分、二の足踏まれるさ。まあ、それならそれでいいよ。名前や地位を気にしない、心構えの素晴らしい相手を選別できるしね」

「父さん、前向き……」

「破格の条件だというのに、そこまで渋られるとはもしやお嬢様、実はもう良い相手がおられるのでは?」

「えっ!? そうなの?」

「申し訳無いですけど、そんな浮いた話は一切ありません」

「本当? ドロシーなら山みたいな巨大な男連れてきても、夜盗みたいな柄の悪そうな男連れてきても父さん怒らないよ?」

「いや、そこは怒りましょう? 一応貴族の娘なんだから」

「ドロシーなら、見た目は悪くても心の綺麗な人連れてきそうだから。見る目があるって信じている」

「そんな信用されてるの……。いや本当に、全く一切そういった相手はいないから」

「そっか……残念」

「全くですな!」

「まあ何だかんだ言いはするけど、今回のグリエッタ男爵家は僕の代で終わりにするから。本当に気にせず自由恋愛していいからね」


 にっこりと頼り無さげに微笑むエーミールだが、父の顔でありながら貴族の顔をしている。そうは言われるものの、ドロシーは自分の性格上、良い人を見つけても結婚に漕ぎつけるまで相当な時間を要するだろうという事は自覚していた。どちらかというと、可能性はパティとセインの結婚の方が断然早い筈だろう。孫を抱かせてやれればいいのだろうが、現状皆の生活を支えるのに手がいっぱいだ。貴族令嬢としても女としても自身の結婚は絶望的で、情けないやら申し訳ない気持ちが溢れ、それは表情にも表れる。

 

「……長生きてくださいよ、父さん」

「勿論、孫の顔を見るまで頑張るよ」


 血管の浮き出る節くれだった手を取り、自身の生命力を送り付けるように包み込む。エーミールは何も言わずにっこりと微笑んだままドロシーの手を優しく握り返した。


 後に、春告祭に出ることを聞いたパティとセインはと言えば、「お土産買ってくるからね!」と村民たちに語り、パーティーのことよりも、ドロシーと一緒に王都に出ることを喜んでいるようだ。結婚相手が見つかるかは些か不安が残るが、かくして、ドロシーとパティ、セインの王都行きが決定したのである。


 グリエッタ男爵領。不遇の大地に暮らすグリエッタ男爵家と村民たちだが、全員が一丸となり、一つの大家族のように生きている。貧乏ではあるが、ドロシー・グリエッタは、暖かで幸せな人生を歩んでいた。


 いずれ、爵位を返上することになるまでこの生活がずっと続くのだと、ドロシーを始め男爵領の面々は微塵にも疑っていなかった。


長文でしたが、ご覧いただき、ありがとうございましたm(_ _)m

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