余計な一言
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「で、デイルです! こ、今年の春に、ナビル子爵様と再婚したキャロルの息子です! お屋敷で顔を何度か顔を合わせております! このデイル・ナビル、貴女にお会いしてくてこの辺境の大地まで馳せ参じました! どうか僕と結こあだっ!!」
パティの手を取ろうとしたデイルの脳天にドロシーの肘鉄が降り落ちる。問答無用の一撃。稲妻が直撃したかのような衝撃に見舞われたデイル少年は雪に顔から突っ込んだ。
「え……? 会ったことがある……?」
「ほら、パティ。君たちの集まりに混ざろうとしてくる変な奴がいるって皆言ってたろ? それが多分彼だよ。僕も最初の挨拶以外でこんな間近で見たのは初めてだけど……」
「えっ!? そうなの!? そんなのいたの!?」
「いたよ。何で当事者の君が知らないんだよ」
完全に忘れて驚いているパティに呆れた眼差しを向けるセイン。そんな会話がされてることなど何故か気付かず、デイル少年が飛び起きて、無謀にもドロシーに食って掛かる。
「ひ、酷いですよ、僕とパティ様の仲を引き裂くなんて!」
「喧しい、気安くパティに触るな。というか、お前がナビル子爵の新たな養子?」
「そ、そうです! 僕はナビル子爵の第四子デイル・ナビルです! パティ様とは一緒に暮らしていた仲なんですよ!」
「誤解される言い方止めろ。セインも一緒にいるろうが」
ナビル子爵はパティとセインが貴族としてのマナーや礼儀を学びに行儀見習いとして出向いている先なので、大変世話になっている御仁だ。ドロシーは貴族のあれやこれやが面倒で、令嬢として顔を合わせることはないが、子爵とは知らない間柄ではない。その為、家族構成も知っている。新たに加わった四男というのがパティに熱を上げているとセインから聞いた時はパティは可愛いからなと鼻が高くなったが、目の当たりにすると冗談ではない。さり気にプロポーズしようとしたことも聞き捨てならない。
二人の交遊関係に口を出す気はないが、交流するならばもっとしっかりとした相手を選んでほしいのが義姉心である。そこまで考えたが、ぼろぼろな姿のデイルに対し普段と変わらないどころか無関心そうな二人の様子を見て、あ、興味ないのね、と察して内心ほっと胸を撫で下ろす。
「成程、『隙あらばパティがいる令嬢の集いに混ざりたがる痛い奴』ってお前のことだったか」
「い、痛いっ!? だ、誰がそんな出鱈目を!? 僕はただ、パティ様とお話をしたかっただけで……」
「僕だよ。というか、親しくもない令嬢の名前を呼ぶなって教わらなかったのかい? まあ、だから周りからナビル子爵の養子として認められずに下働きの仕事をしてるんだろうけどね」
「せ、セイン君?! 僕のいないところでそんな悪口を言っていたんですかっ!?」
「ああ、ちゃんと僕の存在に気付いてたんだ。パティにしか声を掛けてないから見えてないかと思ったよ。ま、悪口というか、事実だろう。女の子のお尻ばかり追っ掛けてて、本当に君って痛いよね」
「う……」
「というか、君、一体何しに来たんだい?」
「手紙の配達だってさ」
ドロシーが答える。辛辣な言葉を吐いていたセインはすぐにピンと来たようだ。呆れを含んだ眼差しをデイルに向ける。
「ふうん? パティに会いたくて自ら届けにきたのか。うまくいけばまた暫く同じ屋根の下なわけだしね。気持ち悪い」
「あ、いや、えっと、その……」
「ついでに聞くけど、なんでそんなボロボロな訳? どうでもいいけど」
「あら、本当。気づかなかったわ」
「じ、実はですね! 山越えの最中、魔物の襲撃に遭ってしまって。僕も必死に応戦したんだけれど、敵も強くて、こんな無様な姿になってしまったんです。魔物は逃がしてしまったけど、致命傷を与えたから心配することはありませんよ、パティ様!」
「よくもまあ助けた当事者がいる前で嘘吐けるな。お前がどういった経緯で手紙を届けに来たかは知らないけどな、今お前がここにいるのはリク爺さんの犠牲の上にあることを忘れるな」
「……お前、まさか……」
「え、リクお爺ちゃん、どうしたの?」
川のように流れ出る詐称の数々に、侮蔑をふんだんに含んだ眼差しを向ける。デイル少年は有頂天になって忘れているようだが、彼の行いで一人の人間が帰らぬ人となったのだ。あまり調子に乗らせないよう、釘を刺す。
その言葉で、セインは顔馴染みの老配達人ではなく、デイル少年がここにいる意味を悟り、義姉同様冷たい視線を送る。パティはすぐには把握できず、義姉を見、弟を見、困惑した様子でデイル少年を見た。
デイル少年は何か反論しようと口を開くが、三つの責める視線が向けられて言葉を詰まらせる。
これは後日セインが彼から聞き出したん話だが、デイル少年がグリエッタ男爵家に向かいたいと言ったのは愛するパティに会いたいが為だったし、実はナビル子爵の屋敷から出たかったのもある。貧乏男爵家の妻の子、四人目の男児、しかも血の繋がりはない。ある程度成長して実父の面影のあるデイル少年に可愛げなどある筈もなく、他人行儀な義父と興味関心もない義兄弟たち。実母は手にした幸運を逃さない様にと必死になっている。そんな自分に身の置き場はなかった。
そんな時に出会い、笑いかけてくれた美しい少女パティ・グリエッタ。花の妖精のように愛らしく、鈴を転がすような可愛らしい耳障りの良い声に、デイル少年は一目で虜になっていた。彼女の側にいたくて、何度も話し掛けに行ったが、その度に周りに止められて、注意され、叱られてら部屋に軟禁されたのだって少なくない。それでも諦められなかったというのに、冬の間はグリエッタ姉弟は冬の前に自領に戻るというではないか。
何ヶ月もパティと同じ空気を吸えないなんて気が狂いそうだった。そこで彼にとっては幸運だったのが、数年に一度あるかないかの稀にしかないという手紙の配達。嫌がる老配達人に無理を言って連れてきてもらったのだ。
しかし、彼の幸運はここまでだった。グリエッタに向かう山中で滅多に出ないと聞いていた魔物に襲われ、老配達人が自身を犠牲にしてまで託された手紙を受け取りもせず、一心不乱に逃げ出した。しかし逃げ切れず、鳥女の凶器に玩ばれ、もうダメだと思った時に出会ったのは、がめつい女狩人――この女には、僕の姿が見えていないのだろうか? 魔物に襲われ、右肩は肉も骨も砕かれている。そうすぐには死なないが、放置されれば出血多量か、凍死か、もしかしたら餓死の可能性もある。普通こういう時は、一も二もなく応急処置を施し、命の保証ができてから礼を請求するのではないのだろうか? 全く腑に落ちない。
そう思ったのが仇となり、見捨てられかけたが必死の懇願でここまで連れてきて貰えた。そうしてプライドをかなぐり捨ててようやく出会えた我が女神パティ・グリエッタ――だというのに、彼女の前で恥を晒されている……というのが一連の流れだったらしい。
話は現在に戻る。
今更屈辱感が湧き出てきて、デイル少年の顔を羞恥と怒りで赤く染め、ドロシーを睨みつけた。
「っ……! し、子爵家の子息である僕を助けて運んでくれたと思って見逃してましたけど、平民如きが不敬だぞ! それに、パティ様とセイン様を呼び捨てにするなんて無礼にも程がある! このことは男爵様にきちんと報告し、しかるべき罰を受けてもらうからな、覚悟しろよ!」
「は? お前ふざけ」
「ちょっと! 何言ってるのよ!」
セインが怒りの声を上げるを遮るように、パティが声を荒げて割って入る。
「ドロシーお姉様はわたくしの大好きな愛するお姉様よ! どこの誰かもわかんない貴方なんかよりずっとずっとずーっと大事な人よ! 失礼なこと言わないで!」
「え? ぱ、パティさま? え?」
恐らく、のほほんとした愛らしいパティしか知らないのだろう。デイルは愛しの君から直情的な怒りの感情を向けられてあからさまに狼狽し、パティとドロシーを交互に見やる。
「お、おねえさま? パティ様がよく話していた、女神アルマナのように美しい姉って……」
「……女神なんか見たことあるのか、パティ?」
「え? ないですけど?」
なんでそんなことを聞くんですかと不思議そうに小首を傾げる義妹。じゃあ一体何を以てして美しいと言われたのかさっぱりわからない。が、納得のいく答えが返ってこないことはわかっているのでその話題を止める。
「あと、言っておくけどグリエッタ男爵の実子は姉さんだけであって、僕とパティは血の繋がりも何も無いからね」
「えっ!? こ、この野蛮人が、グリエッタ男爵の子供!? っていうことは、パティ様の姉妹……?」
セインの言葉に信じられないと目を皿のようにするデイル少年の表情を見下ろす。
事情を知らなければ全く似ていない義姉妹に驚くのは無理もない。別に隠しているわけでもグリエッタの名を恥じているわけでもない。ただ名乗るの経験上非常に面倒なことを知っているのだ。
世間一般の考える『美しい、可愛い、輝いている、いい匂いがする、洗練された所作をする』等の貴族令嬢のイメージとは酷くかけ離れているのはドロシー自身自覚している。
今だって手作り感溢れる安っぽい防寒着、獲物を狩る腕、淡々と短く語るはすっぱな物言い、ぱっとしない容姿はどう考えても貴族の御令嬢には思えないだろう。家名を名乗ると『本当に貴族?』『貴族令嬢がどうして?』『冗談(嘘)を言うな』の、大体この三種類の何れかから問答が始まる。その説明を何度も何度もしている内に面倒が極まり、今では名乗るのは必要に迫られた時だけと決めていた。ちなみに、決めて以来必要となったことはただの一度もない。
片や、穏やかな春の陽光の煌めきと芽吹いたばかりの若草を思わす美しい少女と少年。
片や、身も心も凍らすグリエッタの大地のような冷酷で野蛮な女。
「ぜ、全然似てない! これのどこが女神!?」
「な、なんですってー!?」
「あ」
パティの足がデイルの左足を力いっぱい踏みつける。たかが小娘の足技など痛くも痒くもないだろうが、パティの靴裏には滑り止めの棘が装着されているのだ。魔物にボロボロにされたデイル少年の履いていた革靴には穴が開いており、その隙間を狙ったかのように数多の棘が突き刺さる。
デイル少年の本日ニ度目となる激痛による絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。
ありがとうございました。