貧民街に生きるということ
サブタイトル考えるのムズいなあ。
数字にしようかな()
思った通り、俯せに倒れているのはスリ少年黒蠅ことマホトだった。爪先で脇腹を小突く。
「おい、黒蠅。生きてるか?」
「……う……」
「生きてるのか。なかなかしぶとい」
身動ぎ、頭を上げたのを見てその場で膝を折る。大人の力で殴られ蹴られ、粗末な服が更に粗末になってはいるが、頭は守ったのか身体よりは傷は少ない。マホトは何が起きたのかわからなかったようで暫くぼんやりとドロシーを見ていたが、すぐにハッと目を見開く。
「……おま……きの、の……ブス……」
「ボロ雑巾のくせに達者な口だな」
「っう!! っでめ……、な゛にずんだ……!」
マホトの血の流れ出ている鼻っ面にデコピンを一発。今の彼にはそれだけでも大ダメージのようで涙目になり、それでも睨みを効かせながら起き上がろうと藻掻いている。中々に気骨のある子供だ。
「元気そうで何より。ちょっと見ない間に随分と男前になったなぁ? やっぱり子供の成長ってのは早いのかねえ?」
「う……うる、せぇ……ダレの……せいだと……」
「私の所為だって言いたいのか? 言い掛かりも甚だしいな」
「っいっ……!! さわんな、ブス……!!」
腕を掴むと暴れられたが、年端もいかない怪我人の力など知れたもの。問答無用で起き上がらせ、壁に背を預けるように座らせて触診する。素人判断ではあるが、折れている感じではない。
「ガリガリの割に丈夫な。両親に感謝しろよ」
「う、うるせえ……」
リュックを下ろし、中から使い古した包帯と革製の水筒を取り出す。中身は安物の酒だが、消毒液代わりだ。血が出ている鼻に布を詰め、流血している箇所に酒を掛ける。
「い゛っ!? も、もっとやさしくしろよブス!」
「黙ってろ黒蠅。叩き潰すぞ」
「オレをはえってよぶひぃいっ!!」
「男なら黙って耐えろ。……ん?」
ふと、マホトの右手に包帯が巻かれているのに気付いた。微かに痛み止めの軟膏の匂いもする。確か、昨日は巻いていなかった筈……と右手に視線を落としていると、それに気づいたマホトが吐き捨てられる。
「……おまえの、せい……だからな……」
「はあ?」
「っ、おまえが、かべにぶんなげたからっ……!」
「ああ……」
確かに、ぶん投げてはいないがマホトを壁に叩き付けた。どうやらその時の当たりどころが悪かったようだ。要するに、それで右手を痛め、それでも先程の三人組へのスリに挑み、見事に失敗、こんな目に遭った、と。それならば確かにドロシーの所為だと言える。
しかしドロシーは、マホトの涙目の怒りをふん、と鼻で鳴らしていなした。
「怪我をしてまで盗みなんか働こうとするお前が悪い。自業自得だ」
「なっ……!」
「というか少し黙ってろ。手元が狂って傷口抉り出すぞ」
「それ、くるってじゃなくてわざといでででで!」
小さな右手を握る手に力を込めると、ドロシーの本気が伝わってくれたようで、マホトは悔しそうに押し黙る。
「……あっ! ちょ、まて!!」
淡々と包帯を巻いていき、最後に胸元の傷の手当をしよう血の滲む上着を脱がそうとした手を、慌ててマホトに押さえられた。
「何?」
「こ、ここは、いい! やらなくて、いい!」
「……別にガキの裸見て興奮するような趣味はないんだけど」
「いい! べつに、いたくねえ!」
「あっそ。じゃあ終わり」
本人がいいと言うのなら無理強いすることもない。処置を終えて立ち上がると、一連の過程を背後で見守っていたダンダリオンが徐ろに口を開く。
「……ドロシー」
「なに?」
「この少年と知り合いだったのか……?」
「いや? 昨日初めて顔を合わせた」
「初めて……?」
「というか、昨日のスリやらかしたのコイツ」
「何っ? …………………………実は生き別れていた血縁者だったのか?」
「は? いや……赤の他人だけど」
「そ、そうか。……じゃあ……実は年下が好みで、一目惚れしたのか?」
「……はあ? 何、その巫山戯た質問……。なんで血縁者とか好みとかの話になったの?」
あまりの唐突でおかしな質問に間抜けな声が漏れる。だが、ダンダリオンは真剣な表情で腕を組んで片手を顎に置いて不思議そうにいた。
「だっておかしいだろう。ドロシーが家族でも友人でも仲間でもない奴を助けるなんて……。しかも、子供だろうが老人だろうが、死にかけていて助けを乞われようとも、他人であれば見捨てるお前が、手当てまで施すなんて信じられん。例えするとしても、前払いしてからだろう。こんなこと、天変地異の前触れか、魔王が復活するくらい有り得ない。一体全体どうしたってんだ?」
「真面目な顔でそこまで言う? 否定はしないけど」
「だろう? ……まさか、脅されてるのか?」
「そう見える?」
「全く見えん。じゃあ、どうして……。……もしかして、ようやく他人を助けることの尊さと気持ち良さに目覚めたか?」
「そんなことはない。まあ、強いて言うなら、こいつの母親を無碍にしたくないからかな」
「母親?」
「かーちゃん?」
ダンダリオンとマホトの疑問を含んだ声が重なる。つ、と細めた視線をマホトに向けた。
「私は昨日、本来ならお前が進んですべき謝罪と命乞いを、お前の母親にさせてしまった。幾ら親の教育不足だったとはいえ、母親にそれをさせるべきではなかった。だからお前を助けたのは、その代償ってことだ」
ドロシーの中で、『母親』という存在は飛び抜けて大きな割合を占めている。勿論他の家族も大事ではあるが、『母親』は群を抜いていた。
それはかつて、ドロシーが望んでいなかった婚約に、家族の中で唯一怒りを見せてくれた母ローゼリアの存在がきっかけだ。
普段は懐が大きく、多少のことは笑い飛ばすような闊達で優しい母が、勝手に婚約を押し進めた祖父と父に対して見せた苛烈な怒りは、被害者のドロシーですら泣きたくなるほど怖かったものだ。
この人には逆らってはいけないと思ったのと同時に、周りの大人の中で誰よりも子供のことを考えてくれている人だと理解したその時から、ドロシーの中でローゼリアの存在は、頂点に君臨する人となったのである。
もしもローゼリアが生きていたら、ドロシーの頑固で偏った生き方も変わっていたかもしれない。それほどドロシーの中で母親という存在は大きかった。
それ故に、赤の他人であろうと『母親』という存在には無意識ながら一目置いてしまう。ダンダリオンにすら『他人に容赦がない』と言わしめたドロシーがマホトの罪を許したのは、過去に母子共々土下座させた苦い記憶もさることながら、マホトの母親に土下座されたのが理由である。
「??? いみわかんねー」
「……お前を大切にしてくれてる母親を大事にしろってことだ。というか、昨日今日で何やらかしてるんだ? 折角私が失敗したときの恐ろしさを教えてやったのに」
「うっ! ぶ……ブスにはカンケーねーだろっ!」
「教えてやった……って、お前、子供相手に何をやったんだ?」
「身包み剝いでやろうと思っただけ。未遂だから安心して。殴る蹴るよりはマシでしょ?」
「マシ……なのか……?」
「忠告を聞かないからそんな目に遭うんだ。母親にも盗みはするなと叱られなかったのか? ああ、『また』とか言われてた時点でお察しだったな。お前くらいのガキが、そう簡単に親の言うことなんて聞くわけないもんな?」
「う、うるせー……!」
「図星か。お前さ、母親に悪いとは思わないのか? 親が子を売り飛ばすのが日常茶飯事の世界で、お前を見捨てずに必死になって育ててくれてるんだろ。そんな立派な母親の為に、これに懲りて母親を悲しませない全うな仕事しろ」
「う、うるせーうるせー! オレとかーちゃんのことなにもしらねーやつがよけーなくちだすな!」
ブワッ、とマホトの三白眼から涙が溢れた。流石のドロシーもぎょっと目を見開いて動揺を見せる。しかしそれはすぐに呆れへと変わった。
「泣くなよ……。泣くくらいなら最初から悪さなんぞしなければいいだろ」
「うるせぇ! オレだって、ぬすみがよくないことしってる! でも、だって、ほかにできることがねーんだからしかたないだろ! まっとーなしごとってなんだよ! ねーよそんなの!」
「あるだろ、色々と。どっかの家や店の下働きとか、給仕とか。なんなら、荷物運びとか採取とかの簡単な依頼受けるだけでもいいだろ」
「しらねーよ! どこでできんだよ!」
「どこって……そんなことも知らないのか、お前」
通常、魔物関連の依頼は教会で、その他の依頼は街中にあるワーカーギルドや人が集まる飲食店などで受発注される。
流石に魔物関連の依頼は困難だろうが、王都内での仕事なら、マホトのような子供でもできる。故に、悪事に手を染めなくてもいい筈だ。
そうドロシーは思っていたのだが、宥め賺すようにダンダリオンがドロシーの肩に手を置いた。
「……あのな、ドロシー。確かに、教会やギルドなんかに行けば仕事の受発注ができるのは常識といえば常識だ。しかし、それも教えられなければ知らないまま。お前だって、ご両親やカミーユから教えてもらった筈だ。そうじゃなかったら、お前だって知らなかっただろう?」
「それは、そうだけど……。でも、教会もギルドも、ましてや飲食店もないグリエッタに対して、王都にはなんでもあるじゃん。教えなくても勝手に知りえそうなものだし、知らないなんてあり得る?」
「聞くに、この子は貧民街の子なんだろう? ……あまり、子供の前で言うことではないんだが……」
そう前置きしてチラッとマホトを見たダンダリオンだが、迷いなく鋭く放たれる眼光が貧民街に生きる者の定めを知っている者だと悟り、ドロシーに言い聞かせるように語る。
「お前はあまり王都に滞在しないから知らなかったのだろうが、王都では、『貧民街はろくでもない人間の溜まり場』と言う見方が、他の土地に比べてかなり強い。だから王都では貧民街の人間を雇わないし、まともに相手もしない。貧民街の人間が出来るのは、死体処理や物乞い、体を売ることくらいだ。きっとこの子の親も周りも、それがわかっているから教会やギルドのことは教えていなかったんだろう」
「な……!」
絶句。初耳だった。今までドロシーが他の土地で見てきた貧困層の人間は、キツイ労働作業が殆どだったが、曲がりなりにも太陽の下働いていた。
だから、まともな仕事に就かず盗みを働いていることを怠慢だと思い、母親に迷惑を掛けているマホトを見下げた奴だと蔑んだ。
しかし、その認識は誤りだったと諭される。
雇う側としては身持ちも経歴もしっかりした人間を選びたいのは当然だ。そもそも、他の土地と比べて在住者も来訪者もその数は段違いに多い。わざわざ貧民街の人間を雇わなくてもいいし、仮に雇ったとしてもそんなにも評判が悪ければ、王都では役に立たない可能性すらある。
万が一にも犯罪者を雇って面倒事に巻き込まれては洒落にならない。何かあってからでは遅いし、誰も補償なんてしてくれないのだ。だとしたら、最初から雇わない方がいいに決まっている。
幾ら他人事で興味も関心もなかったからといって、事情も知らないのに賢しら顔に語った自分が一気に恥ずかしくなる。
「……悪かった。私の考え方が間違っていたようだ」
己の知識不足を恥じ、素直に謝罪を口にした。
王都の貧民街の住人のイメージは穢○非○、他の土地ではあ○り○地区のイメージです。
お読みいただきありがとうございましたm(_ _)m




