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対策会議・後

軽い性描写があります。


「それにしても、お前がそんな提案をしてくれるとは驚いたぞ。ゴゲン殿の依頼を断っていたから、関わりたくないのかと思っていたが……」

「そりゃあ、ゴゲン殿の依頼内容と金の釣り合い取れてなかったし。でも護衛任務なれば話は別。故郷に帰るだけで金が貰えるなんて、かなりオイシイじゃん。滅びつつあるけど、村の方にだって、カンナ殿みたいな若い働き手が来てくれたら助かるし、こちら側も一石二鳥なんだよね」

 

 「お待たせしましたぁ」と若い店員が二人の前に湯気の立つカップを置いた。ダンダリオンがカップが差し出してきたので突き合わせる。カン、と小気味よい音が響いた。

 

「色々考えてるんだな、ドロシー……。昔は割に合わなければ依頼主だろうが護衛対象であろうが平気で切り捨てようとしたり、己の力量も顧みず、面白そうだからという理由で依頼を受けたり、喧嘩売られた勢いで、一人で賊退治に行って返り討ちに遭っていたあの頃が嘘みたいだ……成長したなぁ」

「なにしみじみ語りながら人の黒歴史掘り起してんのさ。止めてよね、ジジ臭い」

「爺とは失礼な。まだお前の父親くらいの年齢だぞ、俺は。父親といえば、昔、カミーユと三人で歩いていたら親子に間違えられたことがあったよな。カミーユと夫婦に見られて嬉しかったなあ……」


 隠すこともしなくなったぞ、この男……と、遠い目で昔語りを始めたダンダリオンの脇腹を、恨みがましく肘で小突く。

 

「どっちかっていうと私と師匠が姉妹、ダンダリオンが父親に見られてたことの方が多かったけどね」

「東の海の向こうには神自身が統治している大陸があるって聞いたことがあるか? いや、大陸というよりは島国らしいが。そこには金銀財宝が山のように眠ってるんだとさ。凄いよな」

「は? ……うん?」

 

 何故いきなり話が飛んだ? それも御伽噺……と、不思議に思いながら酒に口を付ける。一杯目と違って味がしない。かなり薄められたか、それとも……。

 

「!! ダンダリオン、それ酒……!」


 若い店員が注文を間違えていると気付いた時には遅かった。

 

()()きのまものがちいちやくてふあふあのもこもこで、かわいく()なぁ。()きることならつれ()かえりたかったなあ〜。あの、あまくてとろとろしたあじはわすれ()れない、またた()たいな……あのまぁるくてもちもちした……」

「ちょ、待ってダンダリオン。魔物食べたわけじゃないよね? 魔石になるから食べられないもね? ね?」


 真っ赤な顔に満面の笑みを浮かべ、呂律の回らない舌が、見た目にそぐわない内容をペラペラと語り出す。


 酒を好みそうなダンダリオンだが、実はご覧の通り酒には滅法弱い。お湯で薄められた酒といえど、少しでも摂取すればあっという間にご機嫌な酔っ払いの出来上がりである。こうなってしまっては、一度寝て起きるまで元に戻らない。

 

 ドロシーは店員に声をかけて食事代をテーブルに置き、腕を取る。


「さ、食事も終わったし、部屋に行くよ? 早く立って」

「えー、ま()のみたり()い〜」

「酒は部屋でも飲めるから! なんなら甘くて美味しい焼き菓子も付けるから!」

「ほん()? ならいく〜」


 呑めないでしょうが! と思ったが、今の彼に突っ込みは暖簾に腕押し。ふにゃふにゃと楽しそうに笑いながら席を立つダンダリオンの足取りもふにゃふにゃである。自身より倍以上デカい彼を運ぶのにはかなり難儀するのだが、これ以上のキャラ崩壊を晒したくないし見たくない。腕を肩に回し、戦闘に赴く気概で部屋を目指す。

 

 途中、何度も転びかけたり、わんわんがどうだとか童歌を歌い出したりと幼児退行が進んで辟易としたが、傷付いた仲間を担ぐイメージを働かせ、階段も「はい右足、はい左足」と掛け声をかけてゆっくりと登り、なんとか部屋まで辿り着く。


 返し忘れていた部屋の鍵を使って解錠、二人が同時に通るには狭い扉をなんとか潜って蹴り閉め、ようやく二つ連なるベッドに巨体を押し付けた。


「ふう〜……!!」


 重い荷物を下ろした開放感に大きく息を吐き、血流の滞った肩をグルグルと回す。そんなドロシーの負担を知らず、ダンダリオンは大の字になってケラケラと笑っていた。少しイラッとしたが、酔っ払いを相手にしても意味はない。


 小休止、とテーブルに合った水差しの水を頂きながらガタガタと揺れた窓を見る。風が吹いてきたようだ。未だ雨は降り止んでいない外は徐々に暗さを帯びて、軽い嵐の様相を呈していた。


(ダンダリオンがこの調子じゃ、明日まで報奨金は貰えない。出直す……のは面倒くさい。どうせ明日からグリエッタ行きのアレヤコレヤ準備しなきゃならないし、今日はソファーで泊まらせてもらうか)


 ソファーに置いていた荷物を避け、背凭れに体を預けて天井を仰ぎ、ふう、と息を吐いて脱力。階段が近いせいで一階の騒がしい声が遠く聞こえてくるが、煩わしいほどではない。


 横になって眠気が来たのだろうダンダリオンが「う〜」と唸りながらベッドでもぞもぞしているだけの静かな室内。


 その静けさを破ったのは、やたら大声で話しながら階段を登る男女の声だった。あまりの声の明瞭さに、眉間にシワを寄せながら扉の方を見やると、閉めたと思ったそこが少し開いている。面倒だが、開けっ放しにしておくわけにはいかない。やれやれと立ち上がり、閉めようとしたところでぴたりと動きを止める。


 調度隙間から見える視界の先、廊下のど真ん中で、男女が睦み合っている。男のなすがままにされながら「やだあ、もう、こんなところでぇ」と甘い声を上げて男の背に手を回している女と、「久しぶりに二人になれたんだ、いいだろ」と女の胸元やスカートに手を入れ、柔らかな体を揉みしだき、唇を貪る男。


 別に、こういった光景は珍しいものではない。大抵は周りへの配慮も兼ねて売春宿で事を為すのがものだが、そんなことは全く気にしない奔放な輩もたまにいる。


 どうやらこの男女も後先考えず盛り上がってしまい、引けなくなってしまったようだ。雨風が強いのでそれも後押しになってしまったのだろう。男女は慌ただしく動きながら荒い呼吸を繰り返していたが、男の方が辛抱出来なくなったようで、女を抱え上げ、自分の部屋の方へと早足で去っていった。


 喧しく閉まった扉の音を聞いて、我を取り戻す。慌ててこちらの扉も閉め、しっかりと鍵を掛けた。


 ドロシー自身、何度かこんな濡れ場を目撃している。


 公然の場であられもない姿を晒し、間抜けな動きをし、嬌声を上げている姿には、仲間内から「なんつー顔してるんだ」と突っ込まれるくらいの嫌悪しか湧かなかった――……今までは。


「…………………………」

 

 鍵を閉めた姿勢のまま、微動だにしないドロシー。強張った表情を浮かべているが、顔は耳まで真っ赤になり、心臓はバクバクと高鳴り全身からだらだらと汗が流れ落ちていた。


 ゴゲンとカンナの年の差夫婦の馴れ初めを聞いたときに口にした『既成事実』という言葉が蘇る。


 ダンダリオンとドロシー――『男』と『女』が揃った鍵付きの部屋。ドロシーの頭の中で、先程の男女のやり取りが自分たちに置き換えられ、猛烈な羞恥心に襲われていた。


 同じ部屋で寝ることは、傭兵団時代に無かったわけではない。しかしその時は別室とはいえ周りに師匠や他団員もいたし、そもそもドロシーから仕掛けるということは頭になかった。


 だが今はどうだ。条件が揃っている。あとは、踏み出す勇気だけ――だが。


(な、何を馬鹿なこと考えてるんだ私は!! そ、そもそも、ダンダリオンは酔っ払って寝ているんだ! 寝込みを襲うなんて、恥知らずなことはできな)

「……おい……」

「っ!?!?!?」

 

 理性と本能の狭間で必死に足掻いていた真後ろから低い声が響く。文字通り飛び上って驚いたドロシーが振り返るより早く、二本の巨腕に背後から抱き締められる。


「……何処に行くつもりだ……」

「ひっ!?」


 少し怒ったような低い声が耳元で囁かれた途端、全身にこれまで感じたことのない痺れが走った。


「っ、ちょちょちょ! だ、ダンダリオン! 寝惚けてる! 寝惚けてるから!?」

「……何処に行くつもりだ……」

「い、行かない行かない! どこにも行かない! だから離して……!!」


 不可解な感覚に疑問と恐れを抱き、逃れようとジタバタと暴れたが、ダンダリオンの腕はピクリとも動かない。ひいい、と涙目になっているドロシーに追い打ちを掛けるように後頭部に顔を埋められた。


(ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!! 待って、髪を洗ったのいつだ!? 覚えてない! 絶対臭い!! 死ぬほど恥ずかしい!!!!!! 死ぬ!!!!!!!)


 最早ドロシーの頭頂部から爪先まで、赤く熱を帯びていない箇所はない。頭の中は言葉にならない言葉が飛び交い、まともな思考は働かず、見えない煙が吹き出ていた。


 だから、ダンダリオンの片腕の拘束が解かれ、自身のポケットを弄った彼が何かを取り出したことに気付かなかった。

 あわあわと大人しくパニック状態に陥っているドロシーの眼前に、盗人から取り返した革袋がぶら下げられる。


 ドロシーの縛めを解いたダンダリオンは、両手で革袋の口紐を解き、自身の掌に中身を落とした。


 ころん、と転がり出たのは二つ。緑色の石が付いた小さな指輪と、赤色の石が付いた大きな指輪。

  

「……()()()渡せなかったから……今度こそ……」

(……()()()() あの時って何? いつの話?) 


 意味のわからない台詞に、混乱していた頭が少しばかり冷静さを取り戻す。こんな贈り物をされる機会があっただろうか? 思い当たる節はない。


 左手を取られる。赤い髪にすり、と頬を擦り付けられながら、緑色の指輪が薬指に通された。

 

「……俺と一緒になってくれ……()()()()……」


 ――浮かれていた頭も心も、一瞬にして終わりの見えない、深い谷底に突き落とされた。


 真っ白になった頭が、勝手に培った防衛本能を突き動かす。


 カクンと頭を前に倒し、間を置かずして後ろに向かって思い切り振りかぶる。

 ガツン、と激しい衝撃。ドロシーの後頭部が、ダンダリオンの鼻にめり込んだ。


 大きな音を立て、巨体が崩れ落ちる。宿が少し揺れたような気がしたがそんなことはどうでもいい。


 倒れたダンダリオンは鼻から血が流れているが、拭う様子もなければ瞼を開ける様子もない。 


 気絶か、寝落ちか。床に大の字になったダンダリオンは、規則正しい寝息と共に意識を手放していた。


 その無垢で無様な寝顔を、ドロシーは無表情で見下ろす。 


 後頭部がズキズキと痛むが、お陰でしっかりと目が覚めた。


(わかっていた。わかっていたのに)

 

 最初から、自分に付け入る隙間がなかったことは、わかっていた。ダンダリオンが欲し、その身に掲げたいのは柘榴色の赤ではなく、紅緋色の赤だったということは、火を見るより明らか。


 それでも少しでもチャンスがあれば……一緒にいれば……、と期待していた。完全にのぼせ上がっていた。


 そして、現実は非情である。


 無意識に握り込んでいた左手を持ち上げる。薬指の第一関節まで差し込まれた指輪は、それ以上先に進むことは出来ない。

  

「師匠、指小っさ……」


 呟き、指輪を抜きら倒れた拍子に転がった赤い指輪と革袋を拾い上げ、元に戻す。それを眠る巨体の上に放り投げ放置。そのままソファーに転がり、瞼を閉じる。


「……恋だの結婚だの……クソ喰らえだ……」


 これまでしてきた全てが滑稽で愚かしく思えてならない。忌々しげに吐き捨てた言葉は、闇に消える。

お読みいただきありがとうございました♪

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