二人の異なる価値観
誤字脱字報告ありがとうございます!
助かります(*´∀`)
※犯罪を助長するような事を主人公に言わせてますが、国からの補助も助けも難しいこの世界のことだけであって、現実世界では犯罪駄目絶対と思ってます。
そんなドロシーを少し驚いたような顔をした後、目を細めて口端を持ち上げたダンダリオンだが、不意にその視線が何かに気付いたようにドロシーの背後に向く。足が止まり、ドロシーも引っ張られながらも足を止めた。
一体何事かとそちらを見やる。二人が今歩いている通りを曲がると、そこには中規模の川が流れている橋があった。この川は王都の至る所を流れ、人々が使う生活用水である井戸の水もこの清流と繋がっている。
上には大きな煉瓦橋が掛かっており、多くの人か行き交っていた。両側の欄干には点々とベンチが置かれ、人々の憩いに一役買っている。
特におかしいものは見当たらない――と思っていた矢先、そう離れていない場所で不穏な動きをしている小さな黒い影を捉えた。
橋の欄干に体を預け、会話をしている若い男女がいる。格好の簡素さから双方王都で働く労働者のようだ。男はまるで役者のように大きな身振り手振りで話して女を笑わせている。その背後を鋭い目付きで睨み物陰に潜んでいる子供の姿があった。
「あ」
つい先刻、ドロシーにスリを働こうとした少年――通称“黒蠅”だ。
驚いた。この広い王都で、また相見えることがあろうとは。思わず声が漏れる。
「気付いたか、ドロシー。あの子供、間違いなくあそこで話し込んでいる青年の金品を狙っている」
「ああ、うん、そうだね……」
普段は周りに目もくれずに歩いているので、いつもなら気付かなかっただろう。気付いたとしても、他人事なので特に関わる気もなかった。
しかし、ダンダリオンにおいてそれはない。眉間に皺を寄せ、子供を睨んでいる。
「で、どうするつもり?」
「勿論、子供を止める。窃盗は犯罪だからな」
「ダンダリオンならそう言うとは思ってた……けどさ、あんな馬鹿みたいに尻ポケットに突っ込んでるあいつの自己責任じゃない?」
よく見ると、男の尻ポケットが膨らんで何かはみ出ているのがわかる。“黒蠅”の狙いは恐らくそれだろう。
「そうかもしれんが、犯罪が起きそうな現場を見つけてしまった以上、見過ごす訳にはいかない」
「本っ当にダンダリオンは生真面目だね……」
「真面目とそういう問題じゃない。青年の金は、青年が汗水垂らして稼いだ彼のものだ。それを横から奪うなんて許せることではない。ドロシーだって盗まれるのは嫌だろう?」
「そりゃあ嫌だけどさ。そこまで赤の他人の素性に思ったり、自分の身に置き換える必要ある?」
「では、ドロシーはあれを見過ごせというのか?」
「いや? 見なかったことにすればいいと思ってる」
「? 同じだろう?」
「全然違う。認識したのに何もしなかった事を『見過ごす』。何もなかったことにして思い出すこともしないのが『見なかったことにする』。私なら断然後者を取るね。家族や我が身に降り掛かる火の粉なら全力で払うけど、関係ない人のことに後からアレコレ後悔するなんて、時間の無駄でしかない」
ダンダリオンの口調が荒くなってきていたのに対し、ドロシーの言葉は静かで冷たい。ダンダリオンはポカンと口を開けたまま固まる。
「というかさ、ダンダリオンはあの子供の身の上は考えたりしないの? 見なよ、あのやせ細った体にきったない格好。ああいうことしないと生きてけない子供だっているんだって、知らない訳じゃないでしょうに。私らが依頼受けて仕事するように、あれが彼の『生きる為の仕事』なんだから、赤の他人の私らが邪魔するのはどうかと思うけどな、私は」
「っ……」
(……あ)
言い切って、我に返る。
褒められた性格ではないと自覚したばかりなのに、物凄い持論を展開してしまった。アレコレ言ってしまったが、最早後の祭り。
だが、ダンダリオンにも思うところがあったのだろう。返す言葉が見つからないようで、押し黙って下唇を噛んでいる。
いつの間にか、二人の間に距離が出来ていた。
暫く重苦しい沈黙が流れる。通行人が幾人も二人を避けて通り過ぎた。
「……えっと、あの、ダンダリオン……」
「……無理だ」
取り付く言葉も思いつかないまま思い切って声を掛けると、普段の彼には似つかわしく無い小さな声が返ってくる。
「え?」
「……お前はそうかもしれない。だが、俺には無理だ。一度見てしまった以上、俺は見なかったことにはできない。ここで何もしなかった方が後悔する」
「あ……」
言うやいなや、ダンダリオンは少年の元に向かっていく。去る背中に伸ばしかけた手が虚空で止まった。
一人ポツンと取り残されたドロシー。伸ばした手を戻し、深いため息とともにくしゃりと髪を掻き上げる。
惚れている相手に、なんてことをしてしまったのか。
その理由は唯一つ。ドロシーの大切な人物に、“黒蠅”と同じような道を歩んでいた者がいたからだ。
ダンダリオンにとっては“黒蠅”と青年はこれから起こる犯罪の加害者と被害者であり、被害者は守るべきものなのだろう。だから理由も根拠もなく青年に肩入れしている。正義感が強いというのも考えものだが、人として間違ってはいない。
だが、ドロシーにとっては親しい人物からそうせざるを得ない人生があることを見聞きしてしまっている以上、ダンダリオンのように割り切ることが出来なかった。
「……師匠なら、どうしてたかな」
詮無きことを呟く。カミーユの考えることなど、ドロシーには想像もつかない。もう一度深い溜息を吐いて、ダンダリオンの後を追う。
事件はまだ起きていないようだが、青年と“黒蠅”の隠れている場所は近くなっている。ドロシーがやられたように一気に距離を詰め、逃走されでもしたらダンダリオンでは“黒蠅”に追い付けない。
それならそれでいい。兎に角ダンダリオンは青年の財布を守れて満足するだろう。さて、どうなるか……と、ゆっくり目で歩き、様子を伺う。
話が一段落したのだろう、男女は欄干から離れ、ドロシーらとは反対側に歩き出す。
“黒蠅”が動いた。物陰から出て、人混みに紛れ込む。
鬼気迫りながら早足のダンダリオンに、周りの人が道を開ける。
それでは“黒蠅”に気付かれるのでは……と心配になったが、“黒蠅”は前ばかり見ているお陰で気付かない。
“黒蠅”が男の背後に来る。
細い腕が持ち上げられ、手が尻ポケットへと伸び――。
「おい」
地の底から響くような低い声と共に、“黒蠅”の肩に大きな手が置かれた。
間に合った。間に合ってしまった。ちっ、と舌を打つ。それが何に対してしたのかは、ドロシーですら無意識でありわからない。
だが次の瞬間、予想外のことが起きる。
捕まったと思っていた“黒蠅”はサッと身を屈めダンダリオンの手から逃れた。
身を低くしたまま、ダンダリオンの股の間をトンネルのように駆け抜ける。
その際、ダンダリオンのベルトにぶら下がってた革袋が掠め盗られたのをドロシーは見逃さなかった。
ダンダリオンの物に手を出した。ドロシーが首を突っ込まない理由が無くなる。
こちら側に向かってきた“黒蠅”の前に出る。
突然飛び出して来たドロシーに“黒蠅”がぎょ、と目をひん剥いた。
捕まえようと手を伸ばす。しかし“黒蠅”は寸でで足を止めた為、ドロシーの手は空を切る。
“黒蠅”はそのまま方向転換し、向かったのはなんと川。なんの躊躇もなく川に向かって飛び込んだ……かと思ったが、“黒蠅”が着地したのは石が組まれた川岸。高い位置から落ちたとは思えない速さで駆け出す。
を追い、欄干から跳ねる。周りから悲鳴のような声が上がったが気にしない。
こちらも見事な着地を決めたが、やや足に衝撃。しかしこのくらいの痛みは屁でもない。
「ドロシー!?」?
「後から合流する!」
後ろを見ずに叫び、“黒蠅”の後を追った。
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