その人はよく知る人で
ようやく中盤の頭ってところです。
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「ああ……。一先ず、ここからは個人的な依頼内容になるからな、場所を移す。ゴゲン殿の病室に向かおう」
「わかった」
頷き、重そうに腰を上げたダンダリオンと並び歩く。先程の看護師が何か言いたげに視線を向けてきたが、無視して通り過ぎた。長い廊下の左右に設置された病室を幾つか通過し、とある部屋に近付くと、突然ダンダリオンの足が止まった。
「ダンダリオン? どうしたの?」
「……すまんが、まずはドロシーだけ行ってくれ。部屋は直ぐそこだ」
「え? いや、いいけど、なんで?」
「……俺が行くと、奥方殿が……」
「ああ……成程ね。わかった」
ドロシーにとっては魅力的なダンダリオンの風貌は、赤の他人には萎縮させ恐怖すら覚えさせるものだ。それが若い娘なら尚の事恐ろしく感じたことだろう。きっと一人訪れて、怯えられ話も出来なかったのだと推察する。ダンダリオンの指差した病室に一人顔を出す。
空気を循環させる為か、開け放した扉の向こうには爽やかな春風と陽光が煌めいている……筈だというのに、室内は暗く、重い空気に満ち溢れていた。出処は窓辺の寝台。寝台に横たわる膨らみと、椅子に腰掛けている小柄な後ろ姿がそこにあった。横になっているのがゴゲン、座っているのがカンナだということは察しが付くが、一番陽当りのいい場所の筈なのに、止めどない負のオーラが噴出されていて近寄り難い。
取り敢えず、木製の扉をノックする。反応はない。少し強めにノック。やはり反応はない。拳で強く叩く。大きな音を立てたというのにやはり二人は動かなかった。
「……ゴゲン殿のお部屋はこちらでお間違い無いですか?」
諦めて声を掛けると、まるで人形のように微動だにしなかった後ろ姿がピクリと反応する。ゆっくり、ゆっくり、少しずつ振り返ったカンナに、ドロシーは僅かに目を見張った。数日前、リーゼロッテ教会で見掛けた美しい面影は跡形もなかった。銀色の髪はボサボサで艶を無くし、腫れぼったい瞼と黒々とはっきりとした隈が死んだ空色の瞳を覆っている。
「…………………………………………?」
カンナはドロシーを見て誰? と言わんばかりの顔を傾げさせるが何も言わない。
「……あなたがカンナ殿ですよね? ……私のことは覚えていますか?」
たっぷりと凝視された後、ふるふると首を振られ、申し訳なさそうな顔をされる。
「でしょうね。会ったのは六日程前、リーゼロッテ教会で顔を合わせた僅かな時間だけ。覚えてないのも無理はありませんので、お気になさらず」
「…………………………!」
その言葉で思い出したのだろう。あ、と口が開いたがそこから声は漏れ出ない。違和感を覚える。
「……取り敢えず、話がしたいので中に入っても?」
頷くカンナ。これは極度の無口なのか、それとも話せないのか。
「……失礼ですが、カンナ殿は言葉が?」
ど直球に尋ねると、カンナの顔が縦に揺れ、長い襟に隠れていた首元を自ら顕にした。そこには痛々しい傷跡が残っている。奴隷時代の名残なのだろう。
(成程、面倒臭い)
こちらが喋らなければ会話が進まないという展開。他人と話す行為すら億劫に思うドロシーは内心頭を抱えた。
「……あー……私はドロシー。あなたの旦那である、ゴゲン殿の同業者です。ゴゲン殿に頼まれて、あなたの今後の事について話し合いに来たのですが、ゴゲン殿とは話せますか?」
幸いなことにゴゲンは生きていたようなので彼と話をしよう、と思いそう聞いた途端、カンナの目からぶわわっと大粒の涙が溢れる。決壊した川のように血色の悪い頬をびしょ濡れにしてしまった。
「はっ? え、ちょ、なんで?」
突然のことに余所行きの言葉遣いを忘れるドロシー。病室の外にいるダンダリオンに助けを求める視線を送るが、何故かダンダリオンは離れた場所で老齢の看護師に捕まって何事か小言を受けていた。
(困った。ってか、いきなり泣くなよな、面倒臭い……)
自身が泣かせたというのに、申し訳無さなど皆無なドロシー。煩わしさと苛立ちを覚え、一度小さく舌を打ち鳴らして病室に足を踏み入れた。妻が泣いているのだ、旦那に慰めてもらおう。呑気に寝ているゴゲンを叩き起こそうと寝台に近付く。
「ゴゲンど」
呼び掛けた途中で言葉が詰まった。
ゴゲンは寝ている訳ではなかった。目を見開き、充血した大きな目をこちらに向けている。眠っていると思っていたので驚いたドロシーだったが、話は早いと詰めた息を吐き出す。
「起きていらしたのですか。人が悪い。取り敢えず、生存していたようで何よりです。諸事情でダンダリオンに代わりお二人の今後の事を話し合いに来たのですが、話せますか?」
そう尋ねるも、ゴゲンの震える唇からは微かな唸り声のようなものが漏れただけ。訝しむドロシーの手を、カンナが引いた。視線を向けると、枕元の棚に置かれていた石板と石筆を持つ。どうやらこれがカンナの意思表示の方法のようだ。何か書いたあとドロシーに石板を見せる。
『だんなさまは からたがうごきません』
『おはなしは わかってくります』
『しやべれません ごあんは たぺれます』
幼子のような拙い文字で、衝撃的なことが書かれていた。
「体が動かないって……本当ですか?」
ゴゲンに視線を移す。ドロシーの問い掛けに頷くように瞬く瞼。どうやらきちんと動かせるのは目元だけで、表情すら変えられないようだ。開いたままの口から垂れた涎が乾いた唇を濡らしている。その姿は頭をやられておかしくなった人間そのもの。
ドロシーの全身から血の気が引いた。なんという生き地獄だろうか。意識はあるのに体が全く動かせず、与えられた寿命を全うするまで寝たきりになるなど想像を絶する苦痛に違いない。間違いなく死んだ方がマシだ。
(でも、死のうにも自らでは行えないし、殺してほしいとも伝える術がない)
ゴゲンの口から溢れた涎を拭うカンナは、拭き取ったそこに自身の唇を落とす。その行為が何を意味するのか、ドロシーには検討もつかないが、彼女がゴゲンを見捨てるという選択肢が無さそうなのはなんとなくわかる。二人の姿がアーサーとベラと重なった。
(女神アルマナ……ここまでするか、普通……)
たかだか四英雄と口にしただけで、当人にも周りにもあまりに容赦の無い天罰ではないか。改めてかの神の鬼畜っぷりに嫌悪と恐怖を入り交じらせながら天井を仰ぎ、その先にいるであろう相手を睨む。
(……そんな相手にダンダリオンは宣誓しちゃってるんだから、ゴゲン殿の知り合いは何としてでも探さねばならないよな。となると、なんとか知り合いとやらの情報引き出せないか……)
視線を戻す。カンナがまるで飼い主に甘える猫のように頬と頬を擦り寄せている。何やってんだコイツ、と思いながらごほん、と咳払いを一つ。
「お取り込み中悪いが、こちらはゴゲン殿の依頼を果たしたい。カンナ殿、万が一のことが起きたらとゴゲン殿から何か聞いていたり、預かっているものはありませんか?」
「…………………………!」
カンナが寝台下に置かれていた荷物をゴソゴソと漁り出す。彼女のものであろうショルダーバックからなにかを包んだ革布を取り出し、中を開く。そこには短冊折に居られた手紙。表部分には、達筆な文字で『カリーナ殿へ』と書かれていた。
(……カリーナ? いや、まさか。カリーナなんて、さして珍しい名前でもない)
聞き覚えのある名前に、ピクリとこめかみが動くが、頭を振って否定する。
「……カリーナというのが、ゴゲン殿の知り合いなのですね。カンナ殿は、この方にお会いしたことはありますか?」
こくん、と首が縦に動く。
「……どんな人でした?」
『あかいかみの おばちやん』
『とつも げんき』
『ごはん いぱい たべる』
『ちひさひいと』
書いては消して、カリーナという人物の特徴を挙げる石板を見せられる度、ドロシーは徐々に脱力していった。
「……その人、馬鹿みたいにどでかい剣を使ってませんでした? なのに猪みたいに先陣切ってく人じゃなかったです?」
「!」
驚いた顔でコクコクと肯定される。手元の石板にさ『おおきいけん』と書き途中の文字があった。
ものの見事にドロシーの知る人物と特徴が一致している。世界が広く万人が存在しようとも、『赤い髪の小柄な大剣使いの女』など、あの人しかいない。いやでもまさか。
「……ゴゲン殿は、そのカリーナという名前が仮の名……偽名だということはご存知ですか? はいなら一度まばたきしてください」
もしもドロシーの知っている人物であるのなら、『本名は違うけど!』とバカ正直に伝えているに違いない。恐る恐る確認すると、『なんで知っているのか』と言わんばかりに目が開かれ、瞼が一度瞬かれた。
ああ、もう。ほぼ確定的に明らかだ。しゃがみ込み、頭を抱える。
「うっそだろう……まさか、あれは虫の知らせだった? どうしよう、ダンダリオンに伝えなきゃ駄目……? いや、駄目だよな、うん、女神怖いし……。ええ、でもまさかこんな偶然あるの……?」
ドロシーの悶々とした独り言を呟いていると、チョイチョイと袖を引かれる。顔をあげると、微笑んだカンナが石板を見せてきた。
『ちよつと とろしいに にてる』
カンナにとって、それは褒め言葉だったに違いない。
しかし、ドロシーにとっては決定打でしかなかった。
カリーナ。しかしその名は仮の名であることはドロシーはよく知っている。
何故なら、その偽名を考えたのはドロシーだから。
しかも『仮の名だからカリーナでよくないですか?』と適当に。
カリーナ。
彼女の本当の名はカミーユ。
ドロシーの師匠にして、ダンダリオンのかつての恋人であり、今尚想い続けている唯一の女性であった。
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