去る者は追わず
GWは激務でした。遅い投稿ですみません(´Д⊂グスン
――尾行されている。
ドロシーがそう思ったのは馬車を降りて間もなく。それが確信に変わったのは、賑やかな平民街のメインストリートを歩いている時だった。一定の距離を、つかず離れずで付いてくる気配が背中にひしひしと伝わってくる。
(はてさて……つけられるような悪いことをしたかな。まあ、悪いことをしなくても逆恨みされるときはされるけど。考えられるのは……)
一、スリ。貴族街から来たのを見られて、金目の物を持っていると思って狙われている。
二、逆恨み。何処かで何かをやらかし、狙われている。
三、城の関係者。昨日、庭から戻ったのを見て、王弟を襲った女の関係者と思われ見張られている。
四、パティとセイン、若しくはナビル子爵家の面々となんらかの関わりを持ちたい奴に狙われている。
(多分、三ではないと思うんだよな。変装取ったから別人だし、城の密偵にしても気配丸分かりだし。二は……一と四よりは無きにしもあらずだけど記憶にない。残り一と四だったら、一の方が可能性は高いかな)
監視や詮索といった感じはせず、明らかに何かを狙っている。怪しまれない程度に止まって確認してみるかと歩を緩め、立ち並ぶ出店の商品を確認している風を装う。尾行者は少しずつドロシーとの距離を詰めてきていた。何店舗かそうして冷やかした後、そろそろ尾行者の姿が見えるかなと色とりどりの果物が並ぶ出店の前で足を止めた。
「いらっしゃい! 新鮮で甘い果物だよっ! 姐さん、お一つどうだい?」
「ああ、うん、そうだね……」
店番をしていたふくよかな中年女が元気良く話しかけてくる。適当な返事をしながら来た道を横目で見るが、タイミング悪く、列を成した行商の馬車が横行する。視線が途切れた。見失ったか、合間を探し回り込んできているのか。
「見たところ傭兵だろう? これなんか、滋養もあるし、日持ちするから携帯食にはピッタリだよ」
「滋養……」
言われて、これから報奨金を受け取りに向かう先が、アーサーらが入院している療養院であることを思い出す。なのにアーサーたちへの見舞い品を何も準備していなかった。報奨金を受け取りに行くのがメインだが、流石に手ぶらではバツが悪いのではないか。傭兵団メンバーの為なら少しの出費なら惜しむ金でもない。折角だからこれを買おうとリュックを背から下ろして口を開ける。
意識が尾行者から僅かに外れたその刹那。
ほんの数歩の真横から物凄い速さで詰めてくる気配。
ぶつかる寸前で咄嗟に身を引いてそれを避けた。
目が合う。真っ黒で汚い格好をした小柄な少年だった。避けられると思っていなかったのだろう、赤い三白眼が大きく見開かれていた。少年は覚束ない足取りで二、三歩進み、そのまま倒れるかと思ったが、踏ん張りきったように持ち直す。ドロシーをギロッ、と思い切り睨み付けると、すぐに身を翻して人混みの中に消えていった。
この間、十数秒。一瞬の出来事だったが、女店主がぽかんと口を開けたまま目を瞬かせていた。
「……驚いた。姐さん、アレを避けるなんて凄いねぇ」
「……今の小汚いの、知ってるのか?」
「ここいらじゃちょっと有名なスリのガキさ。小さいしすばしっこいもんだから、いつの間にか側にいて、知らない間に金目のもんがすっぱ抜かれちまう。で、真っ黒で汚いから《黒蠅》って呼ばれてるのさ」
やっぱり一番だったか。子爵の馬車を降りたのを見られ、目をつけられたに違いない。もし気づかなければ荷物を丸ごと奪われていた。確かに、あの身のこなしでは、雑踏の中に紛れ込まれたら捕まえるのは至難の業だっただろう。
「でも、あたしの見てきた中であの小僧から金を守ったのは姐さんが初めてだよ。もしかして名うての傭兵かい?」
「……有名な傭兵だったらあんたも知ってるよ。まあ、今日は運が良かったんだろう」
「あら、失礼。まあ、なかなか面白いもん見せてもらった礼だ。一個オマケするよ」
「じゃあそれ五つとおまけ一つ貰おうかな」
「あいよっ」
買い物を終え、目的地へ歩き出す。黒蠅と呼ばれた少年の気配はもうない。
(正直、予想以上に早かった。悔しいな。年は取りたくないもんだ)
もっと上の年齢層の前で言ったら怒られそうな言葉である。
過酷な環境下で養われた索敵能力と素早さを売りにしていたのだが、一瞬の油断があったとはいえ、子供にあそこまで一気に距離を詰められるとは思わなかった。修練の賜物か、それとも天性の才能か。
(才能か。そういえば、師匠は元気かな)
根っからの自由人で、思い立ったら即行動をモットーにしている師匠とは、ドロシーが家族の為にヴァーミリオン王国に定住すると決めた為に別れた。『ドロシーには自分の技を受け継ぐ才能がある』と言われて師弟関係を結んだのは懐かしい思い出だ。
(しかしまあ、師匠の技を受け継いだ記憶は全く無いけど。学ばせて貰うことは多かったから、感謝はしているが、あれは適当に上手い言葉で煽てて世話役にしたかったんだろうな)
思いを馳せていると、療養院に到着する。
清潔感のある白い平屋型の建物には、陽の光が沢山入るようにと窓が沢山設置されている。圧迫感の無い柵が敷地をぐるりと囲み、緑の庭園を、看護師が付き添う患者たちが自由に歩き回っていた。
門から建物まで伸びる煉瓦道を進み、療養院の中に入る。まずは受付でアーサーたちのいる部屋を聞こうと思っていた矢先、ロビーに設置されているベンチに見覚えのある巨体が肩を落として座っていた。
「……ダンダリオン?」
「……おう、ドロシー。来たか」
重い。空気も声色も重い。上げた顔は土気色に疲弊していた。
「ちょ、ダンダリオン、顔色めちゃくちゃ悪いけど大丈夫? 具合悪い?」
「いや、ここ数日色々あってな。なかなか眠れなくて睡眠不足なだけだ。大事はない」
「色々って……まさか、アーサーたちの身に何か……」
「……あったといえばあったが、生死に関わるようなことじゃあない。安心しろ」
「なら良かった。アーサーたちに会える? お見舞い持ってきたんだけど」
「……あいつらはいない」
「え? なんで?」
「つい先日、俺たちの傭兵団は解散と相成った」
「……は? え? かいさんって……解散!?」
「院内ではお静かに」
思わず出た大声に、受付の女がギロリとドロシーを睨みつけ鋭い声で注意を受ける。ドロシーが慌てて口を抑えると、「外で話すか」とダンダリオンが立ち上がる。頷いて見せて、ダンダリオンの後に続いた。
「……で、私のいない数日の間に何があって解散に至ったの?」
手近な空いてるベンチに腰掛け、早速切り出す。
ダンダリオンの元を訪れたのは、西の戦いが終わり、王都で別れてから僅か五日後のことである。その間に何があったのか。竹馬の友であるアーサーがダンダリオンから離れたということがドロシーにとっては驚きだった。
「なんと言っていいか……取り敢えずまず、アーサーとベラだが、アーサーの右腕の怪我が酷いものでな。もう動かないかもしれないらしい。で、ベラが田舎に連れ帰って……っと、アーサーとベラのことなんだが」
「それはもうなんとなく知ってる」
「そ、そうか。いつの間に……。俺はその時に言われて知ったんたが、教えられてたのか?」
「いや、まあ、なんとなく。右腕のことも、衛生兵から聞いてたけど、やっぱり駄目だったんだ」
「ああ。それで、ベラの田舎に連れて行って静養させると言って、二人はそのまま傭兵を引退することになった。アーサーは怪我が治ったらまた戻るつもりだと言っていたが……まあ、ベラが許さないだろうな」
「……キャシーは?」
「キャシーは王都に戻った翌日、故郷の知り合いが訪ねてきて、重要な用事があるから傭兵団を抜けると言い出してな。報奨金を分けたその場で別れた」
「重要な用事が何かは知らないけど、十年近い付き合いだってのに、随分とまああっさりと去って行ったね」
「かなり切羽詰まった様子だったから、余程大事な急ぎの用だったんだろうと思ってな。そもそもうちは去る者は追わずだから、仕方ない。あとはエリオットだが、アーサーたちが出立した次の日に消えていた」
「あいつはどうでもいいけど、無理言ってダンダリオンたちにくっついて弟子入り志願してたくせに居なくなったんだね、あの根性無し」
「……まあ、自分一人になって怖くなったんだろう。サンとリウは餞別としてアーサーたちに譲って、俺は見ての通り一人になった。そういう訳で、傭兵団はなし崩しで解散した訳だ」
あっけらかんと言ってのけているが、無理に笑っているのがわかる表情である。ドロシーとて傭兵団に思い入れがないわけでは無いが数年しか居なかった身で、今は抜けた身だ。設立当初からいたダンダリオンの気持ちなど推し量れるものではない。
正に青天の霹靂。あんなに和気藹々と、今後の事を意気揚々と話し合っていたというのに。
(……今後?)
はたと気付く。
馬車の中で話していたのはゴゲンとカンナのことだ。ゴゲンの身に何かあった場合又は何かある前に、ゴゲンの知り合いを捜してカンナを預けるという依頼。
「ダンダリオン、傭兵団解散したってことは、ゴゲン殿とカンナ殿とのことはどうするの? というかまずゴゲン殿は?」
「……ああ、それなんだが……。実は、ドロシーに頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと……?」
お読みいただきありがとうございました♪




