セインの趣味
一話3000字台を実行中。
パティといると地味になりがちなセインにちょっとだけスポットがあたります(ちょっとかい)
春告祭翌日。
朝食を終え、自室に戻ったドロシーは、グリエッタ男爵領に帰る準備をしていた。と言っても、ドロシーの荷物は愛用のリュックに入る程度のものしかないので、リュックに衣類等を積めるだけで終わる。あとは春告祭の為に買ってすぐに売るつもりだったドレス一式なのだが、ナビル家の面々が「ドロシー嬢が大人になって初めて着たドレスなのだから記念に取っておきたい! いや、そもそもドロシー嬢着たものを売りに出すなんて以ての外だ!」と熱い説得に押され、ナビル家に飾られることとなった。
絶対に要らないと思うし、後から後悔するだろうなあと思ったが、買ったときとほぼ同額の値段で買い取ってくれたので、店に売るより儲けが出たので何も言わないでいる。
それを終えると、ドロシーは着替えを始めた。今着ているものは、ナビル子爵邸で過ごす用の質と見栄えの良いシャツとパンツだ。これから、ドロシーは平民街に向かうつもりなのだ。こんな上質な衣服を着ていたら貴族か裕福な家の女だと絡まれるのは間違いない。
壁に掛けていたいつもの草臥れた衣服を手に取り、履き慣れたパンツに足を通す。
そこで部屋の扉を叩く音。
「姉さん、僕だけど。入っても大丈夫?」
「セイン? いいよ。入っておいで」
「失礼しま……うわあああっ!?」
入室したセインだが、ドロシーが衝立から体を出した途端に顔を真っ赤にさせ、両掌で顔を覆う。それもその筈、ドロシーの上半身は薄い肌着一枚だ。体の線をぴったりと浮出しているので、ドロシーの鍛えられた女の肉体美が晒されていた。
「ちょ、ねねねね姉さん!? なんて格好してるのっ!?」
「え? ああ……素っ裸じゃなく、ちゃんと着てるから問題ないでしょ」
「問題あるよ! ふ、普通見られた姉さんが恥ずかしがるべきなんだよっ!?」
「恥ずかしい……? 他人に見られたれ恥ずかしいというか怒りが湧くが、家族に見られても別に気にならないかなぁ。っていうか、一緒に水浴びも風呂も入ったんだから、今更恥ずかしがってどうすんの?」
「そ、それは子供の頃の話だろ!?」
「そんな昔でもないでしょうが……」
「と、兎に角早く上着着てよ!」
「はいはい。ソファーに座って待っててな」
年頃の男の子は大変だなぁと思いながら上着を羽織り、ボタンを止める。
「う、ううん、僕これから出掛けるから……。姉さんも出掛けるの?」
「うん? 言ってなかったっけ? 先日の仕事分の報奨金を受け取りに、平民街に行ってくる。多分、夕方には戻ると思う。セインはどこに行くの?」
「初耳だよ。僕はヨランと一緒に、王立図書館に行ってくるんだ。で、もしよかったら姉さんも一緒にどうかなって思ったんだけど……」
ヨランとは、アディス子爵令息の名である。着替えを終え、剣帯とリュックを携えて衝立から出る。ほんのりと顔の赤いセインはまだ扉の所に立っていた。ドロシーの傭兵スタイルを見て肩を竦める。
「残念だけど、またの機会みたいだね」
「悪いね。パティも一緒に行くの?」
「パティは行かない。昨日はしゃぎ過ぎてまだ眠いから、二度寝するんだってさ」
朝食に殆ど手を付けず、夢現状態だった義妹を思い出し、苦笑する。
セインが開けてくれた扉から部屋を出て、玄関に向かった。
「折角だから、途中まで一緒に行こうよ。二人だけなんて滅多にない機会なんだし」
「うん? うーん……じゃあ、お願いしようかな」
「やった! 言ってみるものだね」
一瞬途中までとはいえ貴族の馬車で平民街に向かうのは……と一瞬躊躇したが、確かにいつもパティも一緒で、二人だけということは珍しい。頷くと、輝かしい顔から発せられる輝きが何倍にも増した。
エントランスホールに行くと、扉の前に白髪の執事が立っている。彼はこの屋敷の先代執事長だ。年を理由に引退し、サリスに執事長の座を譲っていたのだが、先日のやらかしにより、サリスはナビル子爵領の屋敷で再教育が行うことになり、一時的に彼が執事長に戻されている。
前もってセインが告げていたのだろう。ドロシーとセインに向かってにっこり笑って頭を下げる。
「ドロシー様、セイン様、馬車の準備は出来ております」
「ありがとう、シエル。けど、残念なことに姉さんは途中下車するから」
「おや。では、ドロシー様は……その格好から推測するに、平民街に向かわれるので?」
「うん。何事も無ければ夕方に戻るから、宜しく」
「畏まりました。御者に平民街に向かうよう指示致しましょうか?」
「いや、真っ直ぐアディス子爵家に向かってくれていい。別れ道で下りるから」
「畏まりました。御者にはそのような伝えておきます」
シエル執事長の開けた扉の向こうに馬車が待っている。
二人が馬車に乗り込むと、「いってらっしゃいませ」とシエル執事長が深々と頭を下げて見送る中、馬車はナビル子爵邸を後にする。
「にしても、王立図書館とは、セインの勉強好きには恐れ入るね」
向かい合わせで座る馬車の中、ドロシーが切り出す。
三姉弟の中で、一番頭がいいのは間違いなくセインだ。セインは四歳のときに、パティと今は亡き母親と三人でグリエッタ男爵領にやってきた。初めこそ見知らぬ人ばかりの場所にビクビクしていたセインだったが、幼子らしく柔軟な思考と旺盛な好奇心で直ぐに周りと溶け込み、色んなことを興味を持つ彼は親子三人の中で一段と早くグリエッタで暮らすための知識を蓄えていった。
それから一年と経たずにドロシーがグリエッタから出たので伝え聞いた話だが、セインは文字の読み書きも計算もあっという間に習得。暇さえあれば屋敷にあった蔵書を読み進め、八歳の時分にはもう新しい本は無いのかと強請っていたという。因みにドロシーはグリエッタ邸の少ない蔵書の十分の一すら読み終わっていない。
「グリエッタともナビルとも比べ物にならないほど沢山の本があるって聞いて、一度行ってみたかったんだ。姉さんは行ったことあるの?」
「無い無い。本なんか読んでも金にならないし、私にとっては時間の無駄だからね」
「そんなことないよ。本に書かれた知識を応用すれば、姉さんの戦い方や、グリエッタの生活が格段に楽になるかもしれないんだから」
「そんなもんかねぇ」
「そうだよ。例えば、魔物の特徴や弱点なんかを先に知っておいたり、その土地の地形を知っておけば戦法を考え易いし、戦闘も有利に進められるでしょう? 先人の知識を借りさえすれば、百人の兵が万の部隊に勝つことだってできるんだからね」
「うーん……?」
正直、素直に成程確かにとは思えない。ドロシーはこれまで全てぶっつけ本番、体当たりで戦い術を覚えた。頼ったのは師匠や傭兵仲間の経験談くらいのものだが、聞いたことのない予想外の行動を取られることも少なくない。体験者の話すら当てにならないときもあるのだから、いつ誰がどの程度の経験を以て書かれたのかもわからない本なんて役に立つのだろうか。後者の話は眉唾ものだと思っているが。
「あ、姉さん。僕の言ってること信じてないでしょう」
「いや、まるっと信じてないわけじゃないさ。現にグリエッタでの生活は、初代から始まり、先人たちが書き綴った日記から得たわけだしね」
「でしょう? 読書は案外馬鹿にできないんだよ。あ、明日は空いてる? 一緒に図書館に行こうよ」
目をキラキラと輝かせ、前のめりになって迫るセイン。普段はお転婆なパティがいる為か大人びているのに、今日は十五歳の少年そのものだ。
「い、やあ〜……買い物とかなら付き合えるけど、私は大人しく本を読むのも本から知識を得るのは向いてないからなあ。図書館は遠慮するかな」
「じゃあ、今度僕と一緒に本屋巡りしようよ。あまり本に集中できないっていうなら、物語や冒険譚、あとは個人的に航海日誌辺りがオススメかな。知らないことが沢山書いてあってさ、凄くワクワクするんだ。世界が広がって、あらゆることが新鮮に輝いて見えるよ」
「は、はあ……まあ、うん、本屋巡りならいいけど……」
「えっ? いいのっ?」
「え? あ、うん、たまにはセインの趣味に付き合うよ」
「ありがとう、姉さん!」
あんなにノリノリで講説していた割に、了承されると思わなかったのだろう。ドロシーの予想以上に大喜びしているセイン。全く興味も湧かないし買う気もないが、嬉しそうなセインの顔を見たら水を差すのも悪いと思いながら、無邪気に喜ぶ義弟を微笑ましい目で見つめていた。
それから間もなく、馬車が停車し、別れ道に到達を御者が告げる。
「じゃあ、私はここで。楽しんできなよ」
「うん……名残惜しいけど、仕方ないね。姉さんも、くれぐれも気をつけてね」
まるで留守番を命じられた子犬のようなセインに胸打たれつつ別れを告げて、ドロシーは馬車を降りて平民街に向かって足を進めた。
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