追い掛けてくる王弟
文字数減らす努力に勤しみ中。このままだったら完結まで何百万字になってまう…(-_-;)
元婚約者家族から離れ、パティとセインの待つ元のテーブルに戻ろうとする。
しかし、近くまで来て足を止めた。何故なら、パティとセインの周りにはシャルティアナらだけでなく、見知らぬ沢山の令息令嬢に囲まれていたからだ。あれを掻き分けて入っていく気力はない。二人が邪な輩に連れて行かれないように監視しておこうと、近くの柱の影に隠れる。そこからこっそり覗き見る限り、二人は笑顔で、周りと上手く喋れているようだ。
(パティとセインが幸せになる良縁が有るといいな)
支度金の他に、ドロシーがこの春告祭に出席したもう一つの密かな理由は、パティとセインの結婚相手探しだ。パティもセインも、その美貌の花は秘境グリエッタで枯れさせるのは勿体ない。
そもそもドロシーは、現当主である父が女神アルマナの元に旅立ったら男爵位を返上するつもりなのだ。どう転んでも貴族や当主の器ではないことをは自覚している。故に、グリエッタ男爵家を名乗れる間に、出来ることなら見た目だけではなく、二人の性格や生い立ち全てを受け入れてくれる相手と結婚してほしい。しかし、そんな相手はいるのだろうかと一抹の不安。
(……おえ)
ぷん、と香水の香りが鼻を突く。本来は良い匂いなのだろう。が、風に乗って運ばれてきたそれは幾重にも混ざり合い、悪臭と化した甘ったるさは吐き気を催す。
(同じ世界にいるとは思えない……。なんと言われようと、私は自然の匂いの方が好きだな)
扇を取り出し、鼻から下を覆い隠しながら臭いを飛ばすように小さく仰ぐ。死と隣合わせに立ち、鉄の匂いと泥臭さを感じていた日常に思いを馳せた。
(……んっ?)
不意に、弾かれたような小さな痛みが背中から全身を駆け巡り、小さく肩を跳ねさせる。何か背中に当たったのだろうかと視線を走らせると、人混みの中から頭一つ分抜き出た背丈の男の姿を発見する。星を散りばめたような黒い短髪、褐色の肌の見目麗しい男性――王弟マクスラウドだ。
「げっ……」
何故王族が、こんな下位貴族の集まる場所にいるんだ。そんな思いを込めて思わず吐いた悪態だが、幸いなことに聞き拾った者はいない。
マクスラウドは周りに群がる小鳥たちの囀りや求愛ダンスを、やや垂れ気味の切れ長の瞳かれ放たれる色香と形の良い唇から紡がれる甘い言葉で往なしているようだ。立ち止まることはなく徐々にこちらに近づいてきていた。
しかし、ドロシーが彼に視線を向けたとほぼ同時。マクスラウドはなんの前触れもなく顔を上げた。
バチッ、と音を立てたかのように合う黄金と青白の瞳。マクスラウドの顔から笑みが消えた。
「やばい」
思わず溢しながら咄嗟に柱の影から飛び出し、人集りの中に紛れて場所を移動する。
(見られた。バレたか? でもカツラも化粧もして全然見た目が違うんだから同一人物だとはわからない筈……)
真っ直ぐこちらを見たまま、何かに気付いたかのようなマクスラウドの表情。ドロシーが、ダンダリオンと共にいた女傭兵だと気付かれたのだろうか。
(そもそも私はフードを被っていたから、どうあがいてもわかるわけがない。でもじゃあなんで王弟は私を見て驚いていたんだ? 戦闘時に見られていた? そんなことある?)
軽い混乱を生じさせながら、目に入ったテラス窓から庭へと出る。パーティーはまだ始まったばかりなので、人気は全く無い。これでは逆に目立ってしまう。
(まずい、幾ら慌ててたからってこれは悪手だ)
チッと舌打ちをして戻ろうと踵を返したが、ドロシーが出たテラス窓付近の人集りの中から出てきたマクスラウドの横顔。キョロキョロと辺りを見回していた。
(追っかけてきてる?!)
どっと汗が出る。これまで感じたことのない、魔物と対峙したときとは異なる、ある種の恐ろしさを感じていた。捕まったら一体どうなるのか想像もつかない。逃げなくては。テラス窓は他にもある。そこから中に入ろう。しかし窓近くを歩いていたら見つかるかもしれない。仕方なく庭の木々に身を隠しながら遠回りすることにする。
やがて、大きな噴水が中央に設置された広場に到達。ドロシーは近くの茂みに身を隠しているが、噴水を挟んだ向こうに開け放たれているテラス窓を見つける。
あそこから中に戻ろう。茂みから身を乗り出しかけて、煉瓦が敷き詰められた舗装路を小気味よい音を立てて走る足音に気付く。慌てて頭を引っ込める。
茂みの切れ目から噴水方向を覗くと、思った通りマクスラウドだ。噴水の側にきて立ち止まり、周囲を見渡している。
「……いない」
(なんでそこで座るんだよっっ!? ホントはここにいるのわかってるんじゃないのかっ!? 怖いわっ!!)
噴水の縁に腰掛け、くしゃりと髪を掻き上げ溜息を吐いたマクスラウドに突っ込みそうになる口を両手で抑える。
ドロシーとマクスラウドとの距離はそう離れていない。腐っても相手は軍人、しかも将軍。下手に動けば気付かれてしまうだろう。
見過ぎていても視線を感じるだろうと瞼を閉じ、耳を澄ませて王弟の動向に集中する。心を沈め、呼吸を小さく最低限にし、身動きせずに嵐が過ぎ去るのを待った。
(……王族がいつまでもこんなとこにいるわけにもいかない筈。王弟が居なくなったら、最初のテラス窓からセインたちのところへ……)
「あの……」
第三者の声にはっと目を開ける。マクスラウドの前に女が立っていた。長いゴールドアッシュの髪のせいでドロシー側からは顔が見えない。
「……何かご用ですか?」
「あの、王弟様、もしよろしければわたくしとお話をしませんか?」
「申し訳ありませんが、もうそろそろ中に戻らねばなりませんので、ご希望には添えません。では、良い時間をお過ごしください」
「あ、お、王弟様、お待ちくださいませっ!」
名乗りもせず、距離をぐいぐいと詰めて迫る女。礼儀知らずも良い所だが、マクスラウドは然程気にした様子もなく立ち上がり、近くのテラス窓に足を向けた。あしらわれた女はそれでも王弟に縋ろと後を追う。
突如現れた女のお陰でマクスラウドが立ち去るのを見て、ドロシーは安堵の息を漏らす。女がマクスラウドを引き付けてくれれば、確実にパティたちの元へ戻れる。二人の動向を見張る。
「王弟様、お願いです、お待ちになっ……ああっ」
か細い叫びに、女の体がぐらりと揺れた。数歩先を歩いていたが、声を聞いて振り返った王弟がすかさず手を伸ばす。
その時だった。バランスを崩し倒れそうになっている筈の女が、自身の頭に手を伸ばした。彼女の長い髪を纏めていた細長い銀細工の髪留めが太陽光に反射して光る。
その光景を、ドロシーは見たことがあった。かつて共に旅した仲間が、「日常的に所持しているものを武器にするといい」と笑って髪飾りを見せてくれた記憶が蘇る。
ドロシーが動いたのはその記憶が蘇ったのと同時だった。
ここからでは距離がある。飛び出しても間に合わない。投擲だ。咄嗟に耳に手を伸ばす。イヤリングを力任せに外し、茂みから立ち上がって女に向かって、狙いを定めて投げつける。
赤い宝石は勢い良く女の手に直撃。小さな悲鳴と共に女は鋭い切っ先を持つ簪を落とした。その光景を見て、マクスラウドは一瞬で状況を理解する。女の手首を掴み、背中に曲げて撚る。
その姿を確認すると、ドロシーは茂みに隠れながら元来た道を全速力で引き返した。
(……何故、助けてしまった?)
駆けながら疑問が過ぎる。従来のドロシーであれば見捨てるような光景、金にもならない人助けだった筈。幾ら相手が王族でもその意志は変えるつもりはなかった。
だというのに、ドロシーは無意識にマクスラウドを助けた。あれ程毛嫌いした男をだ。
(……幾ら気持ち悪いとはいえ、相手は王弟にしてこの国を守る将軍。私の心の奥底の片隅にあった愛国心がそうさせたんだろう)
そう結論付ける。
しかし、いつもの自分とは異なる行動に違和感が否めない。
(そもそも、あの女はなんだ? 暗殺者か? それとも弄ばれた女? 前者ならまだ許せるけど、後者だったら痴情の縺れに頭突っ込んで馬鹿じゃないか私。いや、でも、暗殺者だとして理由が痴情の縺れなら矢張り余計な事に足を突っ込んだわ……)
人知れず会場に戻り、特に天真爛漫なパティの動向に目を光らせていたが、ドロシーの頭の中は先程の出来事が占めて心ここにあらず状態だ。
結局、初めての春告祭は食事すら堪能しないまま過ごし、そのまま終わりを告げたのであった。
尚、終始姿を見せなかったドロシーに対して、パティとセインがお冠であったのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございました(*^^*)




