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元婚約者とその家族

仕事で執筆遅れてます、すみません…。


 青年の名はアレックス・ワーグナーと言った。爵位は侯爵。ワーグナー家の歴史は古く、前王家から続くなかなかの名家だ。


 名門侯爵家と寒門男爵家という、一見なんの関係性もない両家。だがドロシーは彼を呼び捨てにした上に扱いがぞんざい、なのにアレックスはそれを咎めない。


 それが許される理由というのが、アレックスの祖父とドロシーの祖父は母親の違う兄弟であり、彼らの孫である二人は再従兄妹関係という事実だ。


 しかし、アレックスの祖父はドロシーの祖父ベルトルトを生家から追い出し、グリエッタ男爵家に封じた張本人。グリエッタ家からすれば彼の孫であるアレックスも忌まわしき対象なのだが、実はお家騒動による不仲は()()解消されている。


 その一端となるのがアレックスが発した『婚約者』というワードだ。


()婚約者です。といっても、その関係も一瞬で解消されましたけどね。誰かさんの行動で」


 大いに棘を含んで言ってのけると、アレックスは罰が悪そうに目線を下に向ける。


 祖父ベルトルトを追い出した先々代ワーグナー侯爵だったが、彼が病気によってこの世を去った後、彼の妻の計らいによりベルトルトと和解が成立。その和解案として提示されたのが、当時十二歳だったドロシーと十四歳だったアレックスの婚約だった。


 当時の事を思い出す。グリエッタの野山を駆け巡り、祖父や父から武道の手解きを受けて貴族とは全く無縁の生活を送っていたある日、突然祖父に出掛けるぞと連れ出される。


 余りにも突然のことに困惑するドロシーだったが、「王都で欲しい物買ってやる」と甘い言葉に誘惑されて承諾。

 しかし買い物に向かうどころか、王都にあるワーグナー侯爵家の応接室に連れてこられ。そこで婚約者だと紹介されたのが、二つ年上のアレックスだった。


 曰く、侯爵家と男爵家の因縁を簡単に説明され、両家の仲直りの証として結婚し、侯爵家の人間になるのだと。


 騙し討のように領外に出され、祖父の話も要領を得なかったドロシーだが、両親と離れて暮らして貴族と侯爵家の人間として行き方を学び、いずれ結婚させられると聞いた瞬間、応接室の窓からの脱走を試みたのは言うまでもない。しかしベルトルトは孫の性格をわかっていたのだろう。いつの間にか腰に結ばれていた縄で、逃亡は敢え無く失敗。「絶対嫌だ!」と騒ぎ立てるドロシーを尻目に、話は淡々と進み、両家の婚約は結ばれた。


 儚げな美少年という言葉がピッタリだったアレックス。フワリと微笑んで、「宜しくお願いするね、僕の可愛い婚約者殿」と、甘やかなセリフを口にした。


 その笑顔にドロシーは絆された……ということは全く無く、「なにこの蹴ったら折れそうなひょろさ」と、第一印象をサラリと言ってのけ、祖父からゲンコツを食らった時の痛みは未だに覚えている。


 兎に角、不本意ではあったが、祖父の監視もあり抜け出せないまま、暫定婚約者と一つ屋根の下で暮らすことになった十二歳の春。この年は、ドロシーにとって最も過酷な一年であったといえる。


 しかしこの婚約は、様々な事情により一年足らずで破談している。


「お父様っ。ここにいたんですね」


 アレックスの背後から小柄な少女が彼の腕に飛び付く。ふわふわな銀髪の髪とアレックスと同じ青い目――顔はあまり似ていないが、アレックスの娘のようだ。年はまだ十代前半くらいだろう。パタパタと足音を立てながら歩いてきた様子や、父親とは言え腕を絡める姿など、子供とはいえあまりマナーが宜しいとは言い難い。


 父親の前に見たこともない女がいると気付いた娘は、途端に警戒に眉を顰めてアレックスの腕を掴む手に力を込める。


「……お父様。誰ですか、この人」

「えっと、この人は僕の……」

「まさか、愛人だとか言わないですよね?」

「は?」


 令嬢の突飛な発言に、思わず声を漏らすドロシー。


「お母様という者がありながら不潔です。最低です、お父様」

「と、とんでもない! 僕が愛してるのはマリエッタだけだよ!」

「本当?」

「本当だとも!」

「でも、お母様がちょっと離れた隙を狙って、女の人に声を掛けるなんて怪しいです」

「り、リリー……違うんだって……」

「違うというなら、証明してくださいませ」

(まるで浮気現場を見られた恋人だな。っていうか、事情話そうとしてるんだから喋らせてやれよ……)

「あたし、覚えてるんですからね。前もどこかの未亡人に言い寄られてたじゃないですか。あの時あたしとお母様がいなかったら、お父様は大変な目に遭うかもしれなかったんですから。あれからあたしたちが周りからどれだけ嗤われたと思って」

(やっぱりやってたんかい)

「お、落ち着いて、リリー。その話はこんな所でしちゃ駄目だ。もう何年も前のことで、終わってることなんだし……」


 熱くなってる娘の口を慌てて塞ぐアレックスだが、時既に遅し。周りの人々は白い目だったり嘲笑だったりと冷たい視線を投げかけている。


(こんな大勢の前で、自分の家の醜聞垂れ流すって、この娘大丈夫か……?)

「兎に角、うちは愛人も恋人も必要ありませんので。早々に立ち去ってください。今後お父様に近付くのは、あたしとお母様が許しませんから」

「リリー!」

「あなた? リリーシェナ? 一体何を騒いでいるの?」


 余りの言い草に、流石アレックスが声を荒げる。そのタイミングで質素なドレスに身を包んだ黒髪の儚げな美女が父娘の背後から現れる。顔立ちが娘――リリーシェナによく似ていたので、一目で母親であると察しがつくだろう。


(マリエッタ・ラフター伯爵令嬢……いや、今はマリエッタ・ワーグナー侯爵夫人か)


 瞬間、ドロシーの脳裏に過去の忌まわしい記憶が過る。彼女こそ、アレックスが元婚約者になる原因となった人物であった。


 ワーグナー侯爵家で暮らし始めて一年。始めこそ何度も脱走を試みて、貴族にも妻にもなるものかと断固拒否の姿勢を貫いていたドロシー。だが、根気よく優しく接していた侯爵家の人間と、どんなにドロシーが冷たくあしらっても側にいようとするアレックスに絆され、気は進まないけど……と、この状況を受け入れつつあった。それでもたまにはと面倒な勉強や花嫁修行から逃げ出し、人が寄り付かなそうなポイントを見つけ、サボっていた夏のある日。


 誰もいないと思っていた裏庭で、重なり合う二つの影。アレックスと、婚約者の幼なじみの姉だと紹介され、淑女作法を教えてくれていた三歳年上の令嬢――マリエッタ・ラフター伯爵令嬢が睦み合う姿を目撃。


 頭が真っ白になったドロシーだったが、それも一瞬。「これは好機!」と切り替えるのは早かった。行為に夢中になっている二人に近付き、脱ぎ散らかされた衣服を奪取。衣服は人目に付き易い玄関前エントランスホールに放置。それを見付けたのは、なんと侯爵家に立ち寄っていた他家の人間。何故こんな所に二人が着ていた衣服があるのだと、事情を聞こうと二人を呼ぶが見当たらない。ちょっとした騒動となって捜索された結果、二人は裸で途方に暮れていたところを発見された。


 勿論、侯爵家もベルトルトも激怒。両家の和解の為に結ばれた婚約だったが、アレックスの不義理の末破談。晴れて自由の身になったドロシーは意気揚々とグリエッタ男爵領に帰ったのだった。


(確か、甘い言葉には裏があると学んだのはあの時だったな……)


 因みに、婚約の事は父エーミールは事前に知っていたが、母ローゼリアは寝耳に水だったようだ。どうやらベルトルトから『親戚付き合いが復活した家と交流させてくる』としか聞いていなかったようで、帰って愚痴ったドロシーから婚約の話を聞き大激怒。


 大人の事情に子供を巻き込んだベルトルトとエーミールはローゼリアの逆鱗に触れ、暫く家庭内別居状態となった。


 以降、ベルトルトとワーグナー侯爵家は多少交流があったようだが、彼の家のことはローゼリアから完全に遮断されたのでなんの情報も入らなくなった。そもそも、もう興味も関心も湧かなかったし、それどころではなくなる事態に陥ったこともあり、今日まで彼らがどうなったかなど微塵も考えなかった。


(結局、結婚前の娘を傷物にされたからとアレックスとマリエッタは結婚したんだろうな。で、なんだかんだで子供まで拵えた訳か。家庭円満のようでよかったですこと)


 後半は勿論嫌味である。


「お母様っ。お父様ったら、酷いんです。お母様というものがありながら愛人と話していたんですっ」

「だから違うって! マリエッタ、信じてくれ、僕は浮気をしてないし、愛人を作ってもいない!」

「あら……でも貴方、一度ならず二度も三度も浮気したじゃないですか。もうお忘れなの?」


 父の腕から離れ、母の元に駆け寄るリリーシェナ。年の頃を見るに、もしかしたらあの時の子供の可能性もあることに気付き、虫唾が走る。マリエッタは娘の話を聞き、困ったように溜息を吐きながら旦那を見るが、その黒い瞳は酷く冷めた色をしていた。


(その数字には私も数えられてるのだろうか……。思えば、この家と関わってからうちの家族の凋落が始まったような気がするな)


 言い争っている間に消えよう。


 ふ、と気配を消して音もなく人混みに混ざる。アレックスたちが気付いた時には、ドロシーの姿はどこにも無くなっていたのであった。

今回書いたドロシーの過去は別でちゃんと書いたほうがいいのかと考え中。


お読みいただきありがとうございました!


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