春告祭、当日
遅くなりまして申し訳ございません(-_-;)
インプットが疎かになってるから筆が進まない…もっと本読まないと。
各々素晴らしい装飾が施された絢爛豪華な馬車が、王城の広場に順次到着する。王城勤めの侍従たちが馬車の扉を開け、次々と来客を出迎えているが、全て迎えいれるのにはまだ時間が掛かるだろう。
そんな中、とある侍従が一台の馬車を迎える。馬車の家紋はナビル子爵家のもの。正確には先に一台到着しているが、別の侍従が担当していた。
侍従たるもの、本日の来客が何処の家で何人くるかということを把握しておかねばならない。城勤めの長い侍従の彼も、今日という日に備えて、来客リストを頭に叩き込んでいた。
高位から下位の、王国に所属する殆どの貴族が登城しており、普段は城に来ることのない美男美女だと評判の誰それや、腕っぷしが強いと有名なあの人、才媛と名高いかの御方等など、これまで噂でしか聞いたことがない人々が来城するとあって、侍従仲間内でどんな見た目をしているのだろうという話題で持ちきりだった。
中でも、戯曲や物語で有名な《悲劇の大地》グリエッタ男爵家の人間が初めて登城するという事で、グリエッタ男爵家の名前は特に話題に上がっていた。
四十年前に先代が叙爵し、移住して以来音沙汰なしだったので、現グリエッタ男爵家の人間の姿を知る者はいない。前情報として、現男爵は重い病気でベットから起き上がれないので、来るのは三人の子供たちということだけは伝えられていた。
一体、どんなのが来るのだろう。
貧乏貴族なんだし、かなり見窄らしいのが来るんじゃないか。
あんな何も育たない辺境に住んでいるのだから、ガリガリに痩せ細ってそうだ。
いや、狩猟や漁業で生計を立ててるって聞くし、逆に屈曲で野蛮そうな奴らなんだろう……好き勝手な推測が飛び交い、その容姿について賭け事さえ行っている輩もいる。
若者たちの間では皮肉をたっぷり込めて伝説上の貴族と囁かれている彼らが、懇意にしているナビル子爵家の馬車で来るというのは聞いていたが、まさか自分の前で止まるとは。
賭けの勝敗がいち早くわかると、侍従は緊張と期待を混ぜながら「ようこそいらっしゃいました」と、馬車扉を開け、頭を下げながらチラリと覗き見る。そして、自身の敗けを知った。
先に馬車を降りたのは、燕尾服を纏ったセイン。燕尾服はデザインは少し古臭いが、仕立て直され新品と遜色ない。
煌めく金髪を後ろに撫でつけたお陰で、輝かしい顔がはっきりと顕になる。間違いはなく、目の奪われるような美少年だ。馬車を降りた途端、昼間だというのにそこだけがより明るく照らし出したようで、周りにいた年頃の貴族令嬢たちが揃って頬を赤く染めた。
そんな熱い視線を物ともせず、セインは馬車に向かって踵を返し、次に降りる者を待つ。
間。
僅かだが、妙な間が生まれる。
「姉さん?」「お姉様?」とセインと馬車の中奥にいるパティの声が被った。その声に、どこか圧が感じられるのは気の所為だろうか。
義妹と義弟に後押しされ、馬車内中央に腰掛けていたドロシーが諦めたように動き出す。ゆっくり、ゆっくりと、無駄な足掻きをしながら。
そうして日の下に現れたのは、クリーム色のヒール、露出は少ないが鮮麗なレースがあしらわれたアメジスト色のスレンダーラインドレスを着こなし、長い金髪をハーフアップにした艶やかな長身の女……美女とまでは言わないが、平均よりは恵まれているといえるだろう。女を強調する化粧に彩られた顔に涼やかなグレイシャーブルーの瞳が無ければ、この華やかな女性が、自らを傭兵だと名乗るドロシー・グリエッタ男爵令嬢だと誰も思わないだろう。
薄暗い馬車から急に明るい外に出てきた眩しさから、手を目の上に持ってきて陽光を遮る。それだけだというのに色っぽく人の目を惹きつけた。
「姉さん」
馬車の階段を下りようとしたところで、ほんのりと頬を赤く染めたセインが手を差し出す。いつもならされない女性扱いに少し驚いたが、フッと笑って義弟の手を取る。
その赤い唇の蠱惑的なことと言ったら、普段の粗野な背格好からは想像もつかない。セインを含めた周りの男たちがほう……と、感嘆の吐息を漏らした。
そんな表情のまま、セインの耳に顔を近付けるドロシー。セインの心臓は今や、早鐘のように鳴らされ続けている。
「……頭が重い。動き辛い。布が薄い。耳が痛い。やっぱろくでもないな、この格好」
「……僕のときめきを返してよ、姉さん……」
しかし、なんてことはない。口を開けばいつものドロシーだ。不満を囁くと、その内容に一気に萎れるセイン。
「ん? なんだ、セイン。こんなトウの立った女にドキドキしたのか? 可愛い奴め」
「そりゃあ、姉さんはいつも綺麗で素敵だけど、そんな人がこんなに着飾って化粧してたら緊張しない訳ないじゃないか」
「んー、冗談で言ったつもりだったんだけど、なんか凄い褒められた? 取り敢えず、ありがとう。セインもいつもと違って大人っぽくて格好いいぞ」
「本当っ? 嬉しいな……今日来た甲斐があった」
そうヒソヒソと話合う。傍から見れば年上の女に何事が耳打ちされ、頬を赤らめて喜ぶ美少年という、何とも人々の想像力を掻き立てる光景だ。
そんなところに、ドロシーに次いで馬車を降りたパティが義姉の腕に絡みつく。
その勢いにちょっと押されたドロシーがパティを見ると、桃色のドレスを纏い、カチューシャ編みとツーサイドアップを組み合わせ可愛らしく髪型を整えた天使と見間違うような美少女がそこにいた。あまりの美少女っぷりにドロシーは目が潰れるのではないかと目を細める。
「ああ……お姉様、素敵……綺麗……美人……美女……ああ、駄目、今のお姉様にピッタリな言葉がわからない……! ほんとに、なんて麗しいお姿なのかしら……! 女神ってほんとにいるのね……!」
「いや、違うよ、パティ。姉さんこそ女神なんだよ。だってこんなに魅力的で蠱惑的で神秘的なんだよ? こんなに妖艶なのに清らかさを持ち合わせ、一度見たら二度と忘れられないような存在感を放つ人間なんて他にいない」
「ははははは、パティ、セイン。二人とも、このパーティー会場の空気に当てられたな? ちょっと私には理解できないな」
キラキラと目を輝かせながらべた褒めのパティと、目が真剣なまま激賞しているセイン。それらを軽く引きながら流すドロシー。姿は変われど、通常運行だ。
そこに前の馬車から降りてきたシャルティアが近付いてくる。彼女はアップスタイルにしたカーキ色の髪をアイボリーの花飾りで留め、レモン色のプリンセスドレスを着ている。
「三人共、遠くから見てもとっても綺麗! ドロシー様、金色の髪もお似合いですわ!」
「ほんと? ありが」
「そう! そうなのよ、シャル! 髪の色までドロシーお姉様と同じだなんて、ほんとに夢のようで……! これでもう似てないだなんて言われないわ! ああ、もし願いが叶うなら、このままカツラがくっついムッ」
「パティ、そのことはここでは言わないようにって言ったよね?」
「ふあっ……ご、ごめんなさい、お姉様……」
指先でパティの唇を軽く抑えて制止すると、パティは思い出してシュン、と小さくなった。
ドロシーのこの金色の髪は、パティの言うようにカツラだ。
普段は傭兵としてあちこち飛び回っているドロシーだが、仮にも男爵令嬢。
先日の腐り狼討伐において、フードで隠していたので王弟や補佐官に姿は見られていないはずだが、戦いの最中で見られてたかもしれないし、何処でバレるかわからない。
別に令嬢が剣を持つということが忌避されている訳でも珍しい事でもないが、剣を持つなら国に仕えるべしとされるが通例だ。貴族なら尚更傭兵よりも国軍を進められる。
時間を拘束されるのも、国を優先するのも、得る金が減るのも、全て避けたい。
故に、ドレスと共に急遽カツラを購入したのだ。ドロシー的には黒や焦げ茶など、派手ではない暗色系にしたかったのだが、パティとセインにこんな機会は滅多にないから絶対コレ! と同じ髪色を選ばれた。耳には本来の髪色を知らしめるように柘榴色のイヤリングを着けている。ドロシーが耳が痛いというのはこれの所為である。
そうまでする理由は、腐り狼討伐から帰ってきたつい先日のこと。
『パティ、セイン、ただいまー』
『お姉様! おかえ……きゃああああああっ!?』
『姉さん! その腕の包帯は何っ?!』
『へ? ……あ』
『お姉様が、お姉様が怪我を! シャル! お医者様呼んで!!』
『待て待て待て! 怪我って言っても掠り傷だから! もっと酷い怪我したことあるから、これくらい平気だから、医者なんぞ呼ばんでいい!』
『はぁ? 何それ、初耳なんだけど』
『しまった』
色々あって、悶々としながら帰ってきたドロシーは、己の右腕に巻かれた包帯の存在をすっかり忘れて帰宅。
大好きなドロシーが帰ってきたと喜びも束の間、包帯にいち早く気付いたパティは悲鳴を上げてパニックになるし、セインは怒りながら詰め寄るしで、軽い騒ぎになったのだ。
以降、パティとセインはこれ以上義姉がどうにかさせるまいと、子爵邸に居るときは殆どずっとドロシーから離れなかった。
流石に支度金を携えた使者の相手をするときは離れてくれたが、その時以外はパティは常にと言っていいほどドロシーの腕に絡みつているし、セインも付き人のように側にいて、ドロシーを監視し続け、かなり異様な光景がナビル子爵邸では繰り広げられていた。
流石に春告祭を前に無理を通して仕事に行って、怪我をして帰り二人を悲しませた責任を感じないわけがない。ドロシーは姉弟と一緒にいれて嬉しさ半分、心配させてしまって申し訳なさ半分といった気持ちでそれを受け入れ、更に詫びとして言われるがままに甘んじて受け入れた結果が今である。
シャルティアナに続き、燕尾服のマーティンとカーリーヘアにベージュのエンパイアドレスを纏ったレレイが腕を絡ませながらやってくる。
「しかし、本当に見違えたね。ドレス一つでこうも変わるとは、驚きだ」
「本当ですわ。ドロシー様ったら、あまりにも綺麗なものだから、わたくしの方が気後れしちゃって……もう少し痩せる努力をするべきでしたわ」
「何言ってるんだ、レレイは世界一可愛いよ」
「まあ、マーティン様ったら。私のようなふくよかな女を好きになるのは貴方くらいですよ」
「その包み込むような温かい柔らかさが、僕がレレイに魅了される一つなんだけど……君がどうしてもというなら、協力はする。けど、個人的には減らさないで欲しいな……」
「マーティ様……」
「レイ……」
物凄く自然な流れでいちゃつき始めた子爵家長男夫婦を、止める猛者はいない。
ドロシーのドレスを選んだのはレレイだ。貴族専用のドレスショップで、ドロシー、パティ、レレイと侍女三名に加えて女店主を交えて朝から昼まで着せ替え人形にされた結果、満場一致で可決されたこのドレスは、背が高く引き締まった身体のドロシーにはぴったりだ。
また、ドレスに合うような化粧を侍女たちにレクチャーすべく、ドロシーに化粧を施した熟年の女店主も『ここまで変身する女性は初めて見ました』と絶賛していた。まあ、幾ら数多の令嬢を相手にしてきた店主でも、傭兵の格好から変身させるのは初めてだったようなので、そのギャップ差に驚くのは当然と言えるだろう。
「おいおい、マーティン。仲が良いのはいいことだが、こんな所で見せびらかさないでくれ」
「旦那様の言う通りですわ。いつまでもこんな所で立ち話なんて迷惑ですし、目に毒ですよ」
最後にやってきたのはロードレイク・ナビル子爵とその妻アリス。質実剛健な出で立ちのロードレイクに対し、アリスはこの場において誰よりも派手で、露出の多い赤いマーメイドドレスと豪奢な宝石を至るところに装着している。ロードレイクに便乗し、義母らしく諌めてはいるものの、アリスのその物言いには棘がある。「も、申し訳ありません……」とマーティンに庇われるレレイは恥ずかしそうに謝るが、アリスの登場で場が一気に白けてしまった。
不意に、ドロシーはアリスとバチリと目が合った。
瞬間、二人の背後で、二人にしか聞こえない轟音と稲妻が走る。
「調子に乗るなよ、小娘」と、微笑んでいるが笑っていない目で伝えてくるアリスに、ドロシーはただフン、と鼻で嘲笑う。調子に乗った覚えのないので引く要素が思い当たらないドロシーは実に堂々としている。アリスの持つ木製の扇がミシリと音を立てた。
それを聞き咎めたロードレイクが、場を仕切り直そうと、ゴホンと大きめの咳を吐く。
「さあ、いつまでもここにいたら、パーティーが始まってしまう。面倒だが、中に入ろう」
「ええ、行きましょう、旦那様」
まるで何事もなかったかのように、ロードレイクに付き従い入城していく姿は、流石荒波に揉まれ続けた女である。
マーティンは不安そうな顔をしている妻の髪を撫で安心させると、シャルティアナも伴って父夫妻に続く。
その後を、ようやくグリエッタ三姉弟が続いたのだが、その姿はどう見ても女主人に囲われた若い姉弟にしか見えなかったのは、当人たちにはついぞ知られることはなかった。
お読みいただきありがとうございました!




