ファーストコンタクト
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切れ長の瞳の中で輝く黄金は、ヴァーミリオン王家の血を引いている証。彼がこの討伐隊を指揮する王弟マクスラウド・ウィリアムズ・ヴァーミリオンだということは一目で理解できた。
確かにこの世のものとは思えない程美しいと、外見に拘りのないドロシーも思う。
星を散りばめたような波打つ短い黒髪と黄金色の瞳を持った、褐色肌の見目麗しい青年で、《黒獅子》という二つ名は彼の容姿から来たのがわかる。彼が纏うのは白銀色の繊細な模様が刻まれた華美な鎧で、その容姿と相俟ってまるで生きる芸術作品のようだ。巷で《女神に愛された男》と呼ばれるのと頷ける。
しかし、そんな玲瓏たる男にドロシーがフードの中から向けるのは軽蔑の眼差しだった。
(あれが、《千の愛を持つ男》)
《黒獅子大公》《女神に愛された男》の二つの輝かしく崇高な異名の他に、もう一つ、不名誉だがズバリなあだ名が存在する――それが《千の愛を持つ男》だ。
御年三十二歳を迎えるマクスラウドだが、若い頃――それこそ十代の少年と呼ばれる時代から女性関係に噂が絶えない。いや、噂どころか色んなタイプの女性と並び立って歩いている姿があちこちで目撃され、艶聞がまことしやかに広まっている。また、彼と愛し合ったと口にする女も後を絶たず、王弟自身も否定しないどころか肯定する。そこから付いたあだ名が《千の愛を持つ男》である。
兄である現王と王妃は学生時代に出会い、身分差を越えて結婚し、《アルマナの約束》で誓い合うほど仲睦まじいという。たった一人の女性を愛すると決めた兄と比較され、余計弟の女性遍歴の酷さが囁かれている。
勿論そんなやんごとなき人の遊び姿などドロシーは見たことがないが、ロードレイク子爵との酒の席でたまに聞く話である。流れてくる醜聞の多さと色香の漂う美貌を合わせると、噂はあながち嘘ではないのだろうと思わせた。
マクスラウドは、ドロシーとキャシーの前で立ち止まり、二人に視線を送った後、にっこりと笑って緩やかに弧を描いていた唇を開く。
「こちらにダンダリオン殿が居られると聞きました。お会いすることは可能でしょうか?」
低く、耳障りの良い甘やかな声である。物腰柔らかで言葉遣いも丁寧だが、名乗りも挨拶もしない様子は傅かれ慣れた人間のものだ。
キャシーが対応するからいいだろうとだんまりを決め込んでいたドロシーだったが、幾ら待っても隣が応答しない。見ると頬が赤く、うっとりと蕩けた目で王弟に釘付けになっている。ぎょっとして肘で突くも微動だにしない。一目でキャシーを魅了したマクスラウドの美貌にゾッとする。
(ダメだ、キャシーの目がハートになって使い物にならない……。というか、こいつ、ダンダリオンに何の用だ……?)
間違いなく、一度目の休憩時の騒動でダンダリオンが四英雄と知った誰かが告げ口だろう。たかだか一傭兵に、王弟が会いに来るなどそれ以外に考えられない。
伝え聞いた話では、ダンダリオンは王家の近衛騎士にならないかと勧誘を受けたこともあるという。再び彼を近衛騎士にスカウトしにきたのか、それとも《アルマナの約束》の悪影響で周囲に危険を及ぼしかねないダンダリオンを追放しに来たか。
彼の背後には城で見た隻眼の補佐官と数名の兵士が続いていた。兵士の方は兜で表情が見えないが、補佐官の方は無表情ながらかなり不機嫌そうな様子だ。
(これは、追放だろうか)
ダンダリオンを守らねば。
しかし、王族相手に剣を抜いたら間違いなく死罪。しかも自分だけでなく一族や傭兵仲間にも迷惑がかかる。今はいないと言って追い返そうか。いや、すぐバレるか戻るまで待つと居座られそうだ。どう考えても居ると言うしかない。だが。
(答えたくない)
親しげだが、甘い罠を潜ませて歪む口元にざわざわと妙な胸騒ぎが湧いて出る。白か黒かと聞かれたらグレーと答えざるを得ない、危うい立ち位置にいるようだ。
ジリ、と全身に筋肉に緊張を走らせる。
この場をどう乗り切るか算段中のドロシーのただならない空気を感じ取ったか、マクスラウドが少し訝しげな顔をする。が、すぐに万人を惹きつける微笑みを浮かべた。
「少々お話をするだけで、酷いことをするわけではありません。安心して下さい、シャイなレディ」
細められた黄金がいかがわしく光り、ウィンクを送られる。
瞬間、ドロシーの全身にぞわわわわぁっと鳥肌が立った。
着替え中、ムカデが数匹木の上から落ちてきて地肌を高速で這い回った時を思い出す。凄まじい嫌悪感に襲われ、鳥肌を削り取るように二の腕を服の上から擦ったわ。
ゾクリとする甘美な声を聞いたキャシーは「ああ……」と悩ましげな吐息と共に、見送りの女たちのように立ち眩みを起こして崩れ落ちた。
「レディ、どうしました? 具合でも悪いのですか?」
そう言って、マクスラウドは倒れたキャシーの方……ではなく、拒絶反応真っ最中のドロシーに向かって一歩踏み出す。
「ひっ!」
出たのは短い悲鳴。マクスラウドが進んだ分後退る。そんな怯えた反応をされると思わなかったのだろう、マクスラウドは今度こそ驚きを隠しきれなかったようでフリーズする。
「ドロシー」
「っ!」
いつの間にかダンダリオンが箱から降りてドロシーの背後に立っていた。無我夢中でその大きな背中に隠れる。怯えた様子のドロシーを見、安心させるようにくしゃりとぞんざいに頭を撫でから、表情を引き締めてマクスラウドと対峙する。
「……お初にお目にかかりますわ。私がダンダリオンです。ただの傭兵に、なんの御用でしょう」
「っ、ダンダリオン殿! お久しぶりです!」
「は?」
ダンダリオンがそう名乗った途端、威厳のある近寄り難い雰囲気が一気に崩れた。
落ち着いた余裕のあった声音が一変。まるでお気に入りのおもちゃを見つけた無垢な子供のようで、身構えていたダンダリオンから間抜けな声が漏れる。
スタスタと無警戒に前進し、無作法にダンダリオンの手を両手で握り込む。
「もうずっと前のことで、お忘れかもしれませんが、当時十二歳の私はダンダリオン殿と戦場に立ったことがあるのです。そこでダンダリオン殿の圧倒的な強さとを目の当たりにし、私もこうありたい、こうなりたいと、憧れを抱きました。しかも……ああ、お年を召しても変わらぬその肉体、本当に素晴らしい! 僭越ながら将軍位に着かせてもらっておりますが、今だダンダリオン殿の足元にも及びません。こんな所で敬愛するダンダリオン殿にお会いできて、至極光栄の極み。きっと女神アルマナの思し召しでしょう……!!」
興奮しながら矢継ぎ早に言葉を浴びせるマクスラウドの顔は、成熟した大人の色香はどこへやら。キラキラと輝く目は純粋で、ダンダリオンもタジタジだ。
「か、閣下、落ち着いてください! それ以上はいけません。俺には《アルマナの約束》が……!!」
「何故ですか? 私はただ一途に、ただの傭兵であるダンダリオン殿を尊敬し、恐らくこの場で誰よりも貴方に心酔し、お慕いしていることを伝えているだけです。せっかくここでお会いできたのです、言葉にしないでいつ口にするのですか?」
確かに彼の言葉は『四英雄ダンダリオン』ではなく『ダンダリオン個人』へ向けられている。物は言いようというか、言葉運びが巧みというか。寧ろこの場合はダンダリオンの心配し過ぎと捉えられかねない。
ゴゲンの二の舞を恐れ慌てて制するも、マクスラウドはどこ吹く風。寧ろ堂々と思いを伝える様子は尊敬すら覚える。
「この任務が終わりましたら、是非城をお尋ねください。ダンダリオン殿の歩んできた人生と、これからの事も余すことなくお聞かせ願いたい。そして願わくば、貴方の側に置いていただきたい……」
しん……と妙な沈黙が生まれる。
なんと熱い熱量の籠もった告白なのだろうか。まるで想い人への愛の囁きのようだ。
いや、もしかしたら。これはひょっとしたらそうなのか。最後の言葉はどう考えてもそのものズバリでは。あの恋多き王弟の本命が現れたのか。様々な思いが錯綜する。
熱情を孕んで潤んだ瞳に見つめられ、ダンダリオンは石化していた。『この場で誰より』という言葉にムッとしたドロシーすらぽかんと口を開けて呆然としている。
鳥の鳴き声と、風が草を揺らす音が時間の経過を告げる。静寂を割いたのは、コホンと小さな咳払いをした隻眼の補佐官だった。
「閣下、落ち着いてください。貴方が恋多き男であることは周知の事実ですが、こんな大衆の面前で告白しては、相手の迷惑でしかありません」
「しかしだな、ルヴァン。長年思い焦がれていた御方にお会いできてこの張り裂けんばかりの喜びが勝手に溢れ出てしまったのだ。わかるだろう?」
「私にはわかりかねますね。ですが、そちらの方は確実に困っています。閣下は敬愛する御方の嫌がることをして楽しいですか? 嫌われますよ」
「……それは嫌だ」
「それと閣下。まずは名乗ることから初めてください。王族のくせに礼儀知らずなんて馬鹿にされてもいいのですか?」
「失礼しました、ダンダリオン殿」
「い、いや……」
まるで子供を諭す保護者だ。ルヴァン補佐官の言葉に冷静になったようで、キリッと顔を引き締めたマクスラウドはダンダリオンの手を離し、改めて自己紹介を始める。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい、申し訳ありません。マクスラウド・ウィリアムズ・ヴァーミリオンと申します。幼き頃よりダンダリオン殿には尊敬と憧れの念を抱いておりました。是非、城に来てダンダリオン殿の武勇をお聞かせ頂きたいのですが、如何でしょう?」
「お誘いは有り難いのですが、この依頼が終わった後に急ぎの依頼がありますので、今回は辞退させて頂きます」
「え!? じゃああたしが行くあたしがごぶっ!!」跳ね起きたキャシーの顔面をダンダリオンの張り手が炸裂し、キャシーは箱の後部までぶっ飛んでいった。「馬鹿」とベラが倒れてピクピクいってるキャシーに送っている。
「そうですか……残念です」
意外な事に、マクスラウドは素直に引いた。しかしその顔は物凄く悲しそうで、見ていると罪悪感が湧いてくる。
「ところで、そちらのフードを被ったレディの体調が悪そうなのですが、大丈夫ですか?」
突然話題が自分に向けられ、ドロシーはギクッと肩を揺らしてダンダリオンの背中に顔を隠すようにしがみつく。
「ええ、大丈夫です。彼女は少々内気なもので、王弟様のご尊顔を拝見して緊張してしまったのでしょう。気にかけて頂きありがとうございます」
勿論嘘だが。
「そうですか……。レディ、驚かせてしまって申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、王都に戻ってから食事でも」
「閣下、時間です。ご挨拶も告白も失敗に終わったのですから、さっさと戻りますよ」
流れるようなナンパをルヴァン補佐官が堰き止める。え、王弟の言葉を遮るなんて不敬では? と思ったが、王弟自身も兵士達も咎めない。寧ろ兵士達はホッとしている気配がする。これが彼らの日常なのだろうか。
「仕方がない。では、ダンダリオン殿、またいずれ」
マクスラウドは名残惜しそうな顔で会釈し、踵を返す。それに兵士達も続いたが、ルヴァン補佐官だけが残った。
「お騒がせしました。しかし、そちらは一度目の休憩でも騒ぎを起こしたようですね。これ以上騒ぎを起こさないように」
「んなっ……!」
ダンダリオンの前で軽く頭を下げるルヴァンは慇懃無礼だが、棘のある言葉を吐く。聞きとがめてドロシーがダンダリオンの後ろから飛び出した時には、ルヴァンは既に踵を返してマクスラウドたちの後を追っていた。
「……なんというか、凄い人だったわね、色々と」ベラが近付いてきて呟く。
「ああ……ドロシー、大丈夫か」
「う、うん……」
「というか、あんたが怖がるなんて珍しいわね。どうしたの?」
「いや……怖いというか、気持ち悪かった。寒イボやばい」
「あんな美形捕まえて気持ち悪いってあんた……。にしても、あの坊っちゃん、昔から綺麗な子だと思ってたけど、成長したら魔性の男になったわね……」
そういうベラの顔は真っ赤だ。人生経験豊富なベラですら王弟の色香に当てられたようで、手でパタパタと風を送っている。
「え? あ、そうか、ベラは王弟を見たことあったんだっけ」
「そうよ。あの戦いで、魔王の神殿までの道を作ったのはヴァーミリオン王国とヤショダラ皇国の連合軍だからね」
「王弟もその軍に居たって訳か……ってか、十二歳で戦場って」
「あの時は老若男女、戦えるものは皆武器を取って戦った。そうしなければ、俺たちは滅んでいたかもな」
ダンダリオンが遠い昔に思いを馳せていると、「あ、あの……」と不意に声をかけられる。声の主は見知らぬ中年傭兵。
「俺も、ダンダリオンさんのファンなんです! 握手してください!」
誰何する前に腰を直角に曲げ、手を差し出して叫ぶ。ぽかんとしている間に、その中年傭兵を皮切りに他の傭兵たちも集まってくる。
「私も、尊敬してます!」
「父ちゃんから話を聞いて憧れてました!」
「ちょっと色々と怖くて遠巻きにしててすんません! ありがとうございました! 色々と!」
皆、言い放っては、ダンダリオンに握手を求めて、応じられるとはしゃぎ、お礼をしながら踵を返してゆく。
どうやら王弟の登場は、傭兵たちのもやもやを吹き飛ばしてくれたようだ。
単純な話、《四英雄》とそれに関連するワードを避ければ良いということに気付いたようで、己の好感をダンダリオンに伝えていく。勿論まだ遠巻きにしているものもいて、全員が全員良い感情を向けているわけではないようだが、それでも沢山の感謝と賞賛を貰っているたダンダリオンは戸惑いながらも嬉しそうだ。
(いい仕事をしてくれたんだな、王弟。そこはちょっと感謝だわ……気持ち悪いけど)
こうして二度目の休憩にも一騒動あったが、良い具合に幕を下ろしたのだった。
他の人の視点も入れたいなぁと思いつつ、タイミングがはかれない。
今回もお読みいただきありがとうございました!
次の更新は明後日かもです。




