アルマナの約束、或いは愛
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箱の中は居た堪れない空気で澱んでいる。天罰確定の男と、原因となってしまった男が同乗しているのだから仕方がない。
ダンダリオンは前方で巨体を縮めて小さくなっているし、その向かい側、箱中央でゴゲンも胡座を掻いて俯いている。アーサーはゴゲンの向かい側で無表情で鎮座し、ドロシーは後方部で足を伸ばして座っていた。
どれ位無言が続いただろう。ふと、ドロシーは自身がフードを付けっぱなしだった事に気付く。王国兵に顔を見られないようにする為に被っているのだから、箱の中でまで付けている意味はない。そう思って外す。クリアになった視 界の中で、ゴゲンが音に反応して顔を上げる。そして、あ、と小さく声を漏らした。
「お主……」
「え?」
「もしや昨日、リーゼロッテ教会で顔を合わせた女子ではないか?」
「……何処かで見たことあると思ったら、あの時の。その節は、どうも」
「いや……」
思い出すのは、セインがエリオットに絡まれたときに助け舟を出してくれた後列の男のこと。先刻感じた既視感の正体がわかって納得する。あの時は勇猛果敢そうな戦士に見えたのだが、大分ショックを受けたようだ、老けて小さく見える。
二人の会話を聞いてアーサーが不思議そうに問いかける。
「ドロシー、お知り合いだったのですか?」
「いや、知らない人。昨日一瞬顔を合わせたことがあるだけで、名前は今日初めて知ったし、素性も何も知らない」
「そ、そうですか……」
「……ドロシー殿! 頼みがある!」
突然、ゴゲンがドロシーに向かって額を床に擦り付けんばかりに平身低頭して見せた。その大音声と姿勢に、ドロシーとアーサーは大きく体を揺らして目を丸くする。
「互いの素性も知らぬまま突然こんな頼みをするのは非常識だとは百も承知! だが、今はドロシー殿にしか頼めぬのだ! 何卒、何卒聞き届けてくだされ!!」
「や、ちょっ、ゴゲン殿、声でかい。もう少し声抑えて……。とりあえず話は聞くので、頭上げてください」
「っす、すまん、かたじけない……」
ダンダリオンも何事かと顔を上げてこちらを見ているのが視界に入った。そっとしておいてあげたいので、慌てて頭を上げるように促す。些かゴリ押された感は否めないが仕方がない。頭を上げて居住まいを正したゴゲンに合わせ、ドロシーも姿勢を正して聞く体勢になる。
「……で、頼みとは?」
なんとなく、嫌な予感がするので渋い顔で尋ねる。
「う、うむ……。ドロシー殿は、リーゼロッテ教会で顔を合わせた女子を覚えておられるか?」
「えー……」
どうして皆、一度しか会っていない相手に対して覚えてるかどうか聞くのだろうか。どうでもいい赤の他人のことだ、覚えているわけがない。記憶を探りながら心の内でぼやく。そうしてなんとかゴゲンの側にいた身形の良い女を思い出した。
「確か、銀髪の若い子……でしたよね? 彼女がどうかしたんですか?」
「彼女の名はカンナ。彼女はわしのアルマナ――生涯唯一人の伴侶なのだ」
「え」
その言葉を聞いて、ドロシーは我が耳を疑い、ポカンと間の抜けた表情になる。
ドロシーが驚いたのは二点。
まず一つ。ゴゲンがカンナのことを『アルマナ』と呼んだが、それは《アルマナの約束》で将来を誓い合った相手の事を称するもので、相手に深い愛情を示している行為だ。そして彼は伴侶といった。つまり、ゴゲンとカンナは既に結婚しているということ。
もう一つ。ゴゲンは推定六十代、カンナは十代後半から二十代前半に見えた。その差、約四十歳。貴族ならあり得ない話ではないが、自由結婚が認められる平民同士で年の差婚はかなり珍しい。
しかも約四十歳。四十歳。四十歳……。その数字がドロシーの頭の中をぐるぐると駆け回る。目をパチパチとして二の句を告げずにいるドロシーに対して、ゴゲンは恥ずかしそうに顔を赤くして後頭部をガシガシと掻く。
「いや、お恥ずかしい。こんな老骨が、あのような愛らしい早乙女を嫁にしているなど驚かれるのも無理はない」
「あ、いや、失礼しました。まあ、世界は広いですから、そういう夫婦の形があっても良いのではないかと。私自身、年の差婚は有りだと思っているので」
誰とは言わないが、自分と相手の差を考えて思わず本音を漏らすと、ゴゲンはフ、と優しく微笑む。
「かたじけない。それで、ドロシー殿にお頼みたいのはカンナのことだが……実は、彼女はヤショダラでは奴隷身分でな」
「奴隷」
軽く眼を見張る。
ヴァーミリオン王国では、先代国王カルセイドの功績の一つとして奴隷制度は廃止されているが、ヤショダラ皇国では今だに横行している忌むべき制度だ。奴隷制度の歴史は、国がまだ沢山存在した時代に戦勝国が敗戦国の人間を労働力として使役したのが始まりだとされている。
今では形を変え、口減らしの為だったり借金の形だったりと身分老若男女問わず売買されていた。奴隷に落とされた人々は人間ではなく使い捨ての道具として酷い扱いを受けており、ヤショダラ先代皇家は廃止の方向で動いていたのだが、それが伝統派とも言える軍部の怒りを買った要因の一つだったと囁かれている。
「あの大戦以降、わしはヤショダラで暮らしておった。三年前、男たちによって集って乱暴されているカンナを助け、それからずっと共に旅をしていたのだが……。その、初めは、わしの世話係という名目で、しかし、特に何かを命じていたわけではなく、彼女が安全に暮らせる場所を見つけてやれればと思って共にいたのだが……。そ、そもそも祖父と孫ほど年が離れている。わしはそんな気は全く無かったのだが、カンナの方はこんな爺を好いてくれて、一度告白されたときは、冗談か何かだと思って流しておったのだが、その後……その……夜這いをかけられ、気付いた時にはそのまま……」
「そのまま懇ろになって絆されたと。成程」
「ねっ……! いや、まあ、そうなのだが……」
夜這いという言葉がやけに小さく聞こえた。色々言い訳がましく説明され、最後は言葉を濁されたが、言われなくてもその程度なら理解する。ゴゲンの顔は首まで真っ赤で、襟元をパタパタと広げてかなり暑そうだ。
「お二人の関係はわかりました。それで?」
「そ、それで、カンナは元より、わしは今春にヴァーミリオン王国に戻ってきたばかりで、伝手を辿れるかどうかもわからぬ状況。故に、もし此度の戦いでわしの身に何かあったら、カンナは一人になってしまう。そこで、もし万が一わしの身に何かあった場合、ドロシー殿にはカンナの庇護者になって、わしの昔馴染みの元へ連れて行ってほしいのだ」
やっぱり。再び頭を下げたゴゲンに対して、ドロシーは頭を抱える。予感的中だ。
別に護衛任務を依頼されるのは構わない。だが、目的地もわからぬまま彷徨くなど、時間と金の無駄でしかない。
「まあ、話の流れでなんとなくそんな気はしてましたが。で、今さっき伝手がどうのと不穏な言葉を聞きましたが、その昔馴染みとやらの居場所はわかるのですか?」
「……いや、それは……」
「わからないんじゃあ話になりませんよ」
「む、無論、只ではとは言わない。カンナにはわしの全財産を預けている。昔馴染みが見つかるまで、当面の間はドロシー殿の負担にはならない筈だ」
「全財産って、お幾らですか?」
ゴゲンが大体……と提示した金額はそこそこ高いが、それでもドロシーが春から秋に掛けて稼ぐ平均収入には到達しない。ゴゲンも老齢故か、あまり稼げなくなっているのだろう。首を振って遺憾の意を表する。
「“当面の間”の“当面”が過ぎてしまったら、負担にならないどころか痛手になりますね。前金貰ったら更に目減りするし……っていうか、達成後の報奨金は? そのご友人の方が払ってくれるんですか?」
「……多分」
「……ご友人の方はちゃんと生きてらっしゃるのですよね?」
「……恐らく」
「……カンナ殿は戦えます?」
「いや……」
「……では、私が、彼女の食い扶持や宿代を稼がねばならないということですか」
「か、簡単な依頼ならカンナもこなせる。自分の生活費くらいなら稼げる筈だ」
さっきから曖昧な答えが多い。こういうのは通常であれば怪しいからと弾いて良い案件だ。ドロシーには家族の為領民の為、冬までの間に稼げるだけ稼ぐ大事な使命がある。下手な依頼に手を出して、手間と食い扶持と費用が増えるのは御免被りたい。
「ご存知かと思いますが、所在不明の相手を捜すのは戦いを専門とする傭兵の仕事じゃありません。人捜しが得意な者に頼んで、見付かったら護衛任務としてご連絡ください。都合が合えば引き受けます。というわけで、お断りさせていただきます」
「い、いや、待ってくれ。一度だけとはいえ顔を合わせている仲。全く見知らぬ間柄よりは、お互い安心できると思うのだが」
「いや、お互い安心って。別に私は金さえ払ってくれれば気にしませんけど!普通ほぼ初見相手に安心って委ねられるわけないと思うんですけど」
「ぐう……」
「というか、何故私をご指名で? 歳が近い女同士だから? それか、教会でのことをお考えでしたら、あれしきのことで恩着せがましいと言わざるを得ませんが」
「……全くその通りだ。女同士である方がなにかと便利であろう? 教会での姿を見て、お主なら必ず守ってくれるだろうとわしの勘が言っておるのだ」
「理由も根拠も薄いですね。守るのは家族だから当然ですし。カンナ殿の家族は?」
「あの子は十の頃に口減らしの為に奴隷商人に売り渡されたらしい。今更、帰るわけにも行くまい」
「まあ、そうだろうとは思ってましたけど……」
面倒くさい。そんな思いをたっぷり込めて溜め息を吐く。
ゴゲンがカンナの身の上話をしたのは同情を買う為だろうが、揺らぐドロシーではない。確かに聞けば哀れだとは思う。だが、だからといって肩入れしたいとは思わない。そんな境遇は彼女だけではないし、もっと酷い話だって耳にする。それを一々同情して手助けしていたらきりがない。
(というか、戦いに身を置いているのだから、いつ何処で死ぬかわからないのはわかっていた筈。今更残される人のことを考えてああだこうだして、みっともない……)
そう思うドロシーは抜かりない。遺書は毎年冬の間に書いて抽斗に入れてるし、稼いだ金の一部はヘソクリとして本棚に隠しており、いざという時に探すよう父エーミールとセイン宛の遺書に書いている。
(そもそも、発端はダンダリオンの秘密を口にしたこと。しかもダンダリオンを悲しませた)
ちらりとダンダリオンに視線を送る。こちらを見てはいないが聞こえてはいるだろう。固い横顔にはまだ哀愁が感じられる。その姿を見て、あれこれと考えるのを止めた。
「……カンナ殿はもう成人してるのでしょう? 一筆書いて、渡すくらいはしましょう。あとはもう自由にさせてあげれば良いのでは?」
主人公は懐に入れた以外の相手にはとことん冷めた女です。
お読みいただきありがとうございました!!




