アルマナの約束、或いは呪い
明日から投稿に間が空きます。
ちょっと煮詰まってます(´Д⊂グスン
一度目の休憩は、三分の一程進んだ所にある川の辺りで行われた。王国兵、傭兵部隊が各々休憩している中、ドロシーはダンダリオンと共に、幌馬車を引く二頭の馬の労を労っている。
「よしよし、サン、リウ、いつも俺の巨体を運ばせてすまんな。遠慮せずいっぱい飲んで食えよ」
「ちょ、サン。相棒の分まで食べるなっ」
栗毛の馬は、ダンダリオンの撫でる手に嬉しそうに目を細めて嬉しそうに体を擦り付ける。
その隙を狙ってサンと呼ばれた鹿毛の馬は、相棒の餌箱に齧り付き、ドロシーが慌てて手綱を引いても、物凄い力で踏ん張られてびくともしない。
「こら、サン。まだ自分の分があるだろう」そうダンダリオンが声を掛けると、素直に身を引くサン。拍子抜けしているドロシーをちらりと一瞥し、小馬鹿にする様に大きな鼻息を漏らした。この馬ぁ……とドロシーの口元は引きったが、サンとリウを愛でているダンダリオンを見ると何も言えなくなる。
馬たちが食べるのは、ダンダリオン特製の野菜と大豆入りの餌だ。美味しい匂いを嗅ぎ付けた他の馬達が物欲しそうにこちらを見ているが、これはダンダリオンの巨体を運ぶ二頭に向けられた特別な食事。心根優しい彼は、自身の巨体を運ばせる馬たちに対して気遣いを発揮しおり、自分の財布に余裕があれば良い餌を与えるようにしているのだ。それがわかっているようで、二頭共ダンダリオンに一際懐いていた。
「もし」
そんな時、不意に声を掛けられる。声のはダンダリオンの背後からの聞こえてきたので、馬を挟んでそちらを見やる。筋骨たくましいの老傭兵。あれ? とドロシーが既視感を覚えている間に、老傭兵はダンダリオンに話しかけた。
「ご休憩中、失礼する。わしはゴゲン。ご覧の通り、歯牙ない老傭兵にござる。間違っていたら申し訳ござらぬが、貴方はダンダリオン殿では?」
「……申し訳ありませんが、何処かでお会いしたことがありましたか?」
ダンダリオンの言動に警戒の色が帯びる。肯定も否定もしなかったが、ダンダリオンの台詞はそうだと答えたようなものだ。自身の思った人物であると確信したゴゲンが興奮したように顔を輝かせる。
「やはり。いえ、直接的には会ったことはありませぬ。しかしながら今朝、城でお姿を拝見した時からずっと頭の中で引っ掛かっておったのですが、ようやく思い出しました。貴方は、あの四英雄のひと……!」
「言うなっ!!!!」
それは、いつも穏やかに快活に話す彼からは想像出来ないような物凄い怒声だった。近くにいた者は飛び上がり、馬たちは驚いて暴れ出す。間近にいたサンとリウも悲鳴のような嘶きを上げて前足を高々と持ち上げる。ドロシーは慌てて手綱を引いて落ち着かせようとするが、一人では無理がある。アーサー、ベラ、キャシーが慌てて駆け寄ってきて、なんとか事なきを得た。
サンとリウを落ち着かせた所で、ドロシーはダンダリオンたちを見る。ゴゲンは目を白黒させて固まっており、その口元は馬を撫でていた優しい掌であったのが嘘のように強い力で押さえつけられている。
しかし、もう遅い。ゴゲンは言ってはいけない言葉を大声で言ってしまっている。
「え、四英雄って、魔王を倒したあの……?」
「嘘だろ? あのでかいおっさんが四英雄なのか?」
「いやでも確かに、四英雄の一人はめちゃくちゃでかい男だったって聞いたことがあるぞ」
「四英雄の残りの二人は実はもう死んでるって噂だったけど、ガセだったの?」
四英雄。二十年前、人間と魔王の戦いを終わらせる為に、女神アルマナの命により異世界からやってきた一人の勇者と、選ばれた三人の男女を総称する言葉。しかし、世界を救った四人の名は本人たちの強い希望で、女神アルマナの威光によって人々の記憶から消されて形貌と功績だけが伝えられている。
何故姿形は残されているかといえば、全て忘れられてしまえば、彼らの存在は夢幻と同然となり、人々の記憶から完全に消されてしまうことを危惧した女神の計らいだ。
曰く、勇者は黒髪と黒目、黄色の肌を持つ、何処にでも居そうな平凡な少年であった。しかし、彼の丸い大きな瞳には常に希望が輝いており、彼の周囲には優しい笑顔が溢れていたという。
聖女は金色の髪と蒼い目の、人形のような愛らしい少女であった。彼女の祈りと慈愛の心は、傷付いた人々の心身を癒やしていたという。
剣士は紅緋色の髪と瞳を持つ、燃え滾る炎のような女であった。勇者に剣を教えた人物で、戦陣を切って敵を薙ぎ倒す姿は、皆に勇気を与えたという。
戦士は、濃い緑の髪と同系色の目を持つ大柄な男であった。仲間の武器となり盾となり、道を切り開く不撓不屈の精神は、本当の優しさと強さというものを人々に教えたという。
ダンダリオンの髪はクロムグリーン、残っている右目はオリーブ色であった。
周囲の傭兵たちが囁き合う。真偽の程は定かではない。だが、ダンダリオンの態度はゴゲンの言葉の裏付けとなっているのではないだろうかと、それまで全く関心を示さなかったというのに興味と好奇を含んだ視線をダンダリオンに向ける。最早隠しようがない。
恐れと後悔を滲ませた青い顔のダンダリオンの頬を、冷たい汗が伝う。震える唇が重々しく開く。
「……貴方は、俺が何者か知っていると言うのなら、俺がそれを口にしないのは、《アルマナの約束》と《祝福》があるからとご存知の筈です」
嘆くように吐き出された言葉は、一瞬で場の空気が凍らせた。
《アルマナの約束》――それは、この世で最も神聖で重大な、不破の契約。女神アルマナの名で宣誓した言葉は、女神アルマナとの約束と見做され、破った者には当人が最も恐れる天罰が下される。誰でも何度でも宣誓出来るが、一度口にすれば取り消すことは不可能である上、約束を反故した場合の代償が大き過ぎる。使用するときは相当な覚悟が必要だ。
歴史上でも、様々な天罰が起こったことが語られている。ヴァーミリオン王家より前の王家は、《アルマナの約束》で誓いあった同盟国を、一族の為にと裏切った。その結果、一族郎党皆殺しに遭い、その血脈を絶やしている。
また、二十九年前に貴族の間で起き、多くの死者を出した流行病は、『教会は他者の為にあり、私利私欲を働いてはならない』という入会する際の《アルマナの約束》を破り、当時のリーゼロッテ教会長や周辺の貴族が私腹を肥やした為に起こったことである。関係貴族は病に苦しみ命を落とし、首謀者の教会長は最も渇望していた富と名誉を没収され、最下層の人間として辛く苦しい労役を課せられている。どんな酷い怪我を負っても重い病を患っても死ぬことは出来ず、今尚生きて重労働に勤しんでいるという。その他、庶民の間でも軽い気持ちで宣誓して、破滅した人々の話は多数存在していた。
若きダンダリオンの誓った《アルマナの約束》は、『四英雄だと口外することなく、四英雄だからと祭り上げられることなく、一個人として魔物の浄化に勤しむこと』――周りに英雄だからと持て囃されることない傭兵人生を歩むことを望み、そして叶えられた。
しかし、本来の《アルマナの約束》は、自分が果たすべく誓いであり、他人に強制するものではないし、背いた場合でも周りに飛び火するものでもない。故にダンダリオンの言葉に、周りが戦々恐々とする必要はない筈だ。それなのに何故周りの傭兵たちが驚愕し、何処か恐怖に染まった表情をしているのか。
それは、ダンダリオンの《アルマナの約束》が、特別な約束――女神からの《祝福》であると知っているからだった。
艱難辛苦を乗り越え、魔王を倒した四英雄に対し、女神アルマナは各々に望むものを与えた。その中でダンダリオンが与えられた報奨は、『彼の願いを妨げる者には罰を与える』というもの。これにより、ダンダリオンの願いは他人がダンダリオンを四英雄だと干渉した場合、その人物は《アルマナの約束》を破ったとして、天罰が下されることになったのだ。
このことについては王家が人々に布告し、口承されているので、若い者でも噂程度には知っている事柄だ。故に、長く生きているゴゲンならば当然の如く知っている筈。何故、彼は過ちを犯してしまったのだろうか。
老傭兵の顔は青を通り越して土気色に染まり、小刻みに震えている。それはけして口元を押さえられ続けているからではなく、これから己の身に天罰が降り掛かる未来を想像してしまっているからだ。
先程まで物珍しそうにしていた周りの連中も、《アルマナの約束》を思い出したように顔色を変えていた。
詳しいことを、ドロシーは知らない。ドロシーが加入した頃には殆ど過去の出来事となっていたからだ。知っているのはダンダリオンが四英雄であったことと、それ故に多くの仲間を失った後悔と哀哭を未だに引きずっているということだけ。
知った切っ掛けは、思い出したように恨みを持った者が現れ騒ぎ立てた時。ダンダリオンの所為で親を失ったと嘆く襲撃者は、襲いかかった直後に亡くなっている。
周りの大人から耳にタコが出来そうな程聞かされてはいたものの、話半分に聞き、半ば空想上の人物だと思っていた相手が隣にいただけでも驚きなのに、天罰が目の前で起こった瞬間は目眩を起こすほどの衝撃だった。
事情を聞きたくても聞き方が分からなくて、あたふたしていたドロシーに、全てを語らず『幾ら周りに左右されない人生を歩みたいからといって他人を巻き込むべきではなかった。全部、女神の報奨を受け入れた俺の過ちだ』と、痛みを堪えるような泣き笑いは今でも忘れられない。
アーサーらはダンダリオンが女神から選ばれる前からの仲間であり、彼が戻った後もずっと側にいる。それ故に、彼の背負い続けている苦悩を知っている。彼らから、かつて大所帯だったこの傭兵団の数を減らしたのは《アルマナの約束》が原因であること、それによってダンダリオンの身に起きた災難は少なくないことを聞かされた。それは暗に、死にたくなければ何も語るなという脅しと、ダンダリオンにこれ以上罪を背負わせるなという忠告であった。
それを聞いて、当時十五歳でダンダリオンに片想い真っ最中だったドロシーが思ったのは、『人類を救った功労者に酷すぎる仕打ち。報奨どころか処罰じゃないか。ダンダリオンほど実直で思いやりのある優しい男が、どんな罪を背負えばこんな罰を受け、今尚苦しまなければならないのか』ということだった。その気持ちは今も変わらない。
ドロシーは周囲を見渡して、アーサーら仲間の沈痛な面持ちと、他人からの化け物でも見るような目の多さにチッと大きな舌打ちをする。悪いのはダンダリオンではなく、女神アルマナだというのに。彼を化け物扱いするなんて許せないし、ゴゲンの軽率さにも腹が立つ。
重苦しい空気を切り裂いたのは、休憩の終わりを告げる角笛の音と出発を告げる声だった。傭兵達は弾かれたように荷物を纏め、そそくさと逃げるようにその場を後にする。
アーサーが二人に近寄って、ダンダリオンの白くなった手に自分の手を重ねた。
「……ダンダリオン、いい加減手を離しなさい。ゴゲン殿も、その状態での行軍は無理でしょう。馬車へどうぞ」
言われるがままダンダリオンはゆっくりと手を離したが、血の気を失った手はダラリと下げ、無言のまま踵を返して幌馬車に入っていく。ダンダリオンの手のひらの跡が残るゴゲンはどこか間抜けだが、全く笑えない。ゴゲンは無言で頷き、アーサーに支えられながら幌馬車に乗り込んだ。ベラとキャシーが御者席に向かったので、ドロシーは荷台に乗り込む。
「……やっぱり、ダンダリオンさんはそうだったんだ。俺の思った通りだ……」
箱の中で一連の騒動を見ていたのだろう、出入り口付近にいたエリオットが、何故か誇らしげな顔をしてブツブツと呟いている。
やはり、彼は何らかの手段でダンダリオンが四英雄だと知ったのだ。教会でセインに対して謎に高圧的な態度だったのも、必要以上にダンダリオンを持ち上げようとするのも、こういうことだったのだ頷ける。
歪んた笑顔に苛立って、幌を下ろす前にエリオットを外に蹴り出した。ビタン、といい音がしたが、草の上に落ちたお陰で無傷のようだ。
「いっ……! ……ってぇな! 何すんだよ!?」
「定員オーバーだ。お前は歩け」
「はっ!? なんでお前に指図されなきゃ……!」
言い切られる前に幌を下ろす。外では開けろ開けろと騒いでいたが、馬車が歩き出すと諦めたようで聞こえなくなった。
お読みいただきありがとうございました!




