王弟の見送りパレード
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アーサーの言葉を聞き、一つ思い至ったが、そのタイミングで傭兵部隊全員に注目するように号令が掛かる。話は途中だったが聞かねばならない。ドロシーはフードを被り直し、ダンダリオンらやベラたちも御者席の側に来て、傭兵部隊を纏める兵士長の言葉に耳を傾ける。
「これより、補佐官殿より説明が入る」と、兵士長が前振りして一歩引くと、代わりに進み出たのは、左眼に眼帯をした青年だ。「あら、いい男ぉ」とキャシーがうっとりとする。青年はネイビーブルーの右眼で傭兵部隊をぐるりと見回した後、真一文字の唇を開いた。
「今回の作戦は、王国軍五十名と傭兵部隊三十五名の混合部隊で西の森に巣食う腐り狼の殲滅が目的となる。敵の数は正確ではないが、生存者の話では二、三十体。ニ度休憩を挟んだ後、西の森には昼頃に到着の予定で、そのまま作戦行動に移る。作戦は傭兵部隊を囮とし、森中を散り散りなって捜索。腐り狼の巣穴を見つけるか、腐り狼が出てきたら空に向かって合図を放て。王国軍は西の森付近を巡回し、合図を見つけ次第駆け付ける。以上だ。なにか質問は」
いきなり挨拶もなく、淡々と必要なことのみが語られる。だがそれは命令口調というより説明口調で、所々に間を入れていて聞き取り易く、語り慣れている印象だ。
補佐官の問い掛けに、傭兵達が話し出し、がやがやと騒がしくなる。どこぞの傭兵たちが声を張り上げた。
「そうするってーと、あんたたちはオレたちのお膳立てを安全な場所で待ってるってわけかい? 王国兵が聞いて呆れるぜ」
「そう思うならそう思っているといい。だが、正規兵と傭兵、どちらを庇護すべきかは歴然だ。諸君には安くない金を払っている。見合う働きをしてもらわないと、今後お前達を雇う意味がなくなるということは、頭の片隅に留めておくことをお勧めする」
「倒せるなら倒してもいいのか?」
「元来狼は集団行動をする習性があり、これまで報告されている腐り狼も集団で出現している。それを踏まえると、今回も複数で出る可能性が高い。一匹二匹倒した所で、すぐに増援が来るだろう。怪我をしたくなければ、大人しく命令に従うといい」
腕に覚えがある傭兵たちに向かって、一々一言余計である。少々性格に難が見られるようだ。質問した傭兵らに限らず、幾人かが機嫌を損ねた顔をする。
「何だよ、俺たち捨て駒扱いかよ」
「傭兵なんてそんなものだ。だから報奨金が高い。不満なら、国軍に入るといい」
言葉のさざ波の中、小さな呟きが近くから聞こえる。案の定エリオットだったが、すぐにダンダリオンに諭され、口を尖らせながら黙った。
「一言余計な所は、アーサーっぽいわね」
「ベラに同意」
「そうですか? 私、あんなに辛辣です?」
「まあ、あんたの言うことは的を得てるから、あの坊やよりはマシかしら」
「でも彼、超格好よくない? 見た目あたしの好みだし、隻眼でクールなところも魅力的ぃ〜」
「隻眼ならうちにもいるじゃない」
「ダンダリオンは好みじゃない」
「いや、好みと言われても俺が困る……」
「全く、キャシーは青いわね。男は見た目じゃなく中身よ。ね、ドロシーちゃん」
「なんで私に振った? 同意だけど」
「他に無いのであれば、説明は以上とし、このまま西門より出発となる。傭兵部隊は正規兵の後に続くように。けして隊列を乱さず、真っ直ぐ歩くことを心掛けてくれ」
ドロシーらが和気あいあいと話している間に補佐官が話を締め、早々に自部隊の元へと去っていった。最後まで厭味ったらしい青年であった。残された兵士長の号令の元、傭兵部隊がのそのそ動き出して整列していく。それを見たエリオットが慌ててダンダリオンの腕を引く。
「師匠! 早く、早く前に行きましょう!」
「俺はお前を弟子にした覚えはないぞ、エリオット」
「あ、す、すみません……。と、とにかく前に行きましょう! 前に行った方が」
「別に順番に優劣なんてないし、覚えがめでたくなるわけでもないんだから意味無いわよ」
「え? そ、そうなんですか? こういうのって、実力がある順に並ぶものじゃあ……」
「何それ。あんた、夢見過ぎよエリオット。皆自分が一番強いだと思ってるんだから、喧嘩になるでしょう? ま、こういうときは馬、徒歩、馬車ってのが暗黙の了解なのよ。だからあたしたちは一番後ろ。分かった?」
「でも、ししょ……ダンダリオンさんはっ」
何事か言いかけて、はっと自分の口を押さえるエリオット。ダンダリオンと会話相手のベラはキョトンとしているが、ドロシーは(矢張り)と一人納得。しかし口にはせず、胸の内に仕舞っておく。幌馬車の御者席にアーサーとエリオットが座り、残りは箱に乗る。
傭兵部隊がベラの言っていた通りの順番に整列し終えると、兵士長は既に列を整えた王国軍に向かって高く挙手。それを合図に、王国軍の進軍が開始された。
城の西門から貴族街を通り、そろそろ平民街に入る頃。ドロシーは箱の前方で横になっていたが、突如として振ってきた大きな歓声に驚いて、飛び起きて短剣の鞘を掴む。
「は? え、何? 敵襲? 鬨の声?」
「落ち着け、ドロシー。見送りの人々の声だ」
「は? 見送り?」
近くにいたダンダリオンに肩を抑えられ、ゆっくり腰を下ろす。言われて幌の隙間から外を見れば、貴族街にも関わらず平民たちが通りの左右に別れ、王国軍の進軍に歓声を上げている。
「……近場の森に行くのに、わざわざ見送りなんかするの?」
「まあ、確かにする予定は無かったし、特に告知みたいなこともしてなかったようだが、何処からともなく噂が流れたみたいでな……」
「噂?」
「ん? 言ってなかったか? 今日この軍を率いてるのは《黒獅子大公》だぞ」
「はぁっ!? 黒獅子大公って……王弟っ!?」
ドロシーが驚くのも無理はない。大公の名が示す通り王族に籍を置く者であり、けしてこんな些末な魔物討伐を率いるような立場ではない。
ヴァーミリオン王国王弟の名は、マクスラウド・ウィリアムズ・ヴァーミリオン。その姿は、女神アルマナの寵愛を受けし者と囁かれる美しさだという。
現国王ガルシア・ゲルググ・ヴァーミリオンの義弟に当たり、現在は国王と王都を守る役目を担う守護軍の将軍位に着いている。艶美で色めき立つ容姿とは裏腹に、戦場ではその腕と知能で数々の功績を上げ、人々から《黒獅子》と二つ名を付けられる程畏怖と尊敬の対象とされている存在だ。
「なんで、王弟が……まさか」
嫌な予感に、ダンダリオンを見上げる。少し困ったような顔をした後、ポンポンとドロシーの頭を撫でる。
「いや、ドロシーが考えているようなことはないだろう。もしそうなら、とっくに会いに来ているからな」
「そう……なのかな。そうだといいんだけど……」
「大丈夫。心配するな」
ドロシーの不安を余所に、ダンダリオンは歯を見せて闊達な笑顔を浮かべた。そんな裏表のない表情を間近で見せられたら。一度心臓が大きく跳ねる。諦めた感情が浮上してきて、ドロシーの頬を赤く染めた。
「ねぇねぇドロシー! 来てきて! 外見てみてよ!」
「っ、な、何?」
ほわほわとした柔らかな空気が、キャシーの声で掻き消される。これ幸いと箱の前方から後方へと移動し、幌を捲るベラとキャシーの横に並ぶ。そこには凄まじい光景が広がっていた。
通りに立つ女達の悲鳴のような歓声、喜声、そして奇声――王弟の美貌に当てられて倒れている女、拝めたことに感動して泣いている女、果ては王弟様は自分を見ていた、いや自分だ等と不毛な争いを起こしている女達があちこちで見られている。なるほど、パレードをしている訳はないのだが、麗しの王弟を見ようと大通りには沢山の人が詰めかけていたのかと気付く。
「うっわ……まるで戦場じゃん……怖」
「王弟様の人気凄いわよねぇ〜! 今回、王弟様が指揮するって聞いてあたしちょー楽しみにしてたのよぉ〜! もしかしたら今日、お近づきになれるかも! お声かかったらど〜しよ〜!」
「内容によっては引き止めなきゃ私らの首が飛ぶから全力で止める」
「大丈夫! 王弟様ってソッチもイケるって噂あるから!」
「マジか」
「確かにあたしも昔一度会ったことあるけど、本当に綺麗な顔をした男の子だったから、下手したら有り得なくないかもしれないねぇ……」
「え!? ベラ、王弟様と会ったことあるの!? 凄い凄い! なんで?」
「あ、いや、会ったというか、同じ戦場で戦っただけで、言葉を交わしたことはないのよ。誤解させて悪いね」
「なーんだ、そうなのね。ってか、ドロシーも一応男爵令嬢なんだから、王弟様と話したことないの?」
「あるわけない。っていうか、生まれてこの方貴族らしいことなんか一つもしてないし、まず貧乏末端男爵家が王族と関わるなんて以ての外」
「そっかぁ。じゃあ、今回が初王族ってことなのね。良かったじゃない! もしかしたら、見初められて結婚できたら、とてつもない成り上がり物語よ!」
「全然良くもないし嬉しくもないし見初められたくない。王族なんかと結婚したら、命が幾つあっても足りないって。あんなキラキラした裏でドロドロしてギチギチの世界なんて、真綿で首を絞められながら手足を鈍ら刃で切り落とされる並の拷問じゃん」
「いや待って何それ怖すぎ」
「全く、夢が無い子だねぇ」
そんな風に女たち(?)が姦しく話している合間に、王国軍は王都の内外を遮る門を潜る。王国軍は一路、西の森を目指すのであった。
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