小さな傭兵団
もしかしたら異世界恋愛よりヒューマンドラマ寄りなのかなと思って移動してみた。
ドロシーがナビル子爵邸を出たのは、まだ太陽は地平線より深く、世界は薄闇に包まれていた頃だった。屋敷を空けることは昨夜の内に、私用で不在のロードレイク子爵の代わりにマーティンに告げてある。春告祭を目前として準備が終わってない状態なのであまりいい顔をされかったが、仕事に行きたくて堪らない様子から不承不承了承を貰った。これで行く先を告げていたら、説得には相当苦戦しただろう。出掛けにパティとセインの部屋に顔を出してみたのだが、昨日の事が余程負担になったのだろう、二人とも熟睡で、行ってきますの言葉代わりに額にキスしても目を覚まさなかった。
主人から話を聞いていた眠そうな夜番に裏口を開け閉めしてもらい、城を目指す。
人々が目を覚まし、朝支度を始めた平民街を歩く頃に、朝焼けが東の空を赤く染めた。朝焼けは西から雲を運んで来て、雨を降らせることがある。戦いの最中に雨が降らなければいいのだが、お天道様の機嫌など女神にしかわからない。(血の雨は降るけどな……なんて)などと、笑えない冗談を心の中で思う。東門に近付いたのもあって、ドロシーは顔を隠す為にフードを被る。少々怪しい出で立ちだが、これでも数日後には王の住まう城で春告祭に参加する身。まさか貴族令嬢が傭兵をやっているなどど露程も思わないだろうし、バレる可能性は低いだろうが、関係者に顔を見られない為に致し方がない。
足早に歩を進めたお陰で、鐘が鳴る前に城へと到着。王城を守護する城壁は二階建ての家程の高さで、内側を除き見ることはできないが、城壁の中を警備兵が哨戒しているのが窓から伺える。東側の一部分に設置された正門の前には二人の門番が立っており、フード姿のドロシーを見て訝しげな顔をする。当の本人は向かい側から歩いてくる見慣れた巨体を見かけて気持ち歩調を早めて歩み寄った。
「おはよう、ダンダリオン。まだ時間前だと思ってたけど、待たせた?」
「おう、おはよう。お前はいつも時間前行動をするからな。早めに来てたんだよ」
そう言ったタイミングで教会の鐘が鳴る。その音を聴き、顔を見合わせて笑う。
「そっか、わざわざありがとう」
「いや。そうそう、皆には追加で人が来ることは伝えているが、お前が来るということは伝えてないから、驚かれると思うぞ」
「え、そうなの? 別に隠さなくてもいいのに」
「まあ、折角だからな。それより、義妹さんたちは…」
そう話しながら、二人で壁沿いに南側へと向かう。王城は城壁でぐるりと囲まれているが、中は壁で二つに分かれている。東側にあるのが王族が住まう王城、南側には騎士や兵士が常駐する兵舎や訓練場がある。こちらにも門番がいたが、特に咎められることはなく、通用口の鍵を開けられる。見た目に反してにこやかなダンダリオンに対し、ドロシーは軽く頭を下げるだけで通用口を潜った。
門の中にはまず広場があるが、既に幾人もの兵士が集まっており、忙しなく準備に取り掛かっている。彼らの邪魔にならぬよう隅を通り、傭兵部隊が集合する一角へとやってくる。性別や背格好、使用する武器も全く異なる傭兵たちだが、流石国から依頼を受けた傭兵たちだけあって、各々並々ならぬ貫禄を感じられる。各々準備に勤しんでいる中を通り抜け、灰色の幌馬車が停まっている方へと足を進める。
幌馬車の御者席には、綺麗な姿勢で本を読んでいる男がいる。ダンダリオンの大きな足音に気付いた男はつと顔を上げ、ダンダリオンにと彼に連れられたフード姿のドロシーを見て、ずれた眼鏡を持ち上げる。
「おや……誰を連れてくるのかと思ったら、ドロシーでしたか」
「速バレっ!? アーサー、鋭過ぎない?」
いとも簡単な身バレである。思わず声を上げてフードを自ら剥ぐと、人の良さそうな柔和な顔立ちの中年――アーサーは、愉快そうに微笑みを湛えた。
「まあ、私の知ってる双剣使いなんて数少ないですし、その中でもダンダリオンが呼びたいと言う程縁深い傭兵なんて、貴女ぐらいですから。お元気そう、ドロシー」
「相変わらず察しがいいね、アーサーは」
「ドロシー!?」
「ドロシーだって?!」
幌馬車の箱から勢いよく顔を出したのは二人の女だ。一人は紫色のウェーブが掛かった長髪の顔に皺が目立つ女と、褐色の肌をもつニ十代後半くらいの女だ。二人とも、ドロシーの姿を見付けると、甲高い驚喜の声を上げてドロシーを囲んだ。
「やだー! ドロシーちゃん久しぶり~!」
「元気そうじゃない! あら、髪切ったの? 似合うわねぇ~!」
「み、耳が痛いからもっと押さえて、ベラ、と……ケイシー?」
「キャ・シ・イ! キャシーよ、ドロシー?」
「変えるならまるっと全部変えてよ。混乱する」
「やーねぇ、親にもらった大事な名前なんだから、ちょっとは大切にしないと!」
「大事なのにちょっとでいいとか意味わからん」
耳を押さえたドロシーをもみくちゃにしている二人は、紫髪がベラ、褐色肌がケイシー……否、キャシーという。キャシーは見た目こそ女だが、その服の下に柔らな部位は無く、硬くまっ平らな肉体と、見た目にそぐわぬ物が股座にぶら下がっていることをドロシーは知っている。本人は本気で女に成りきっているので、見た目も性格もドロシーよりも女らしい。
ダンダリオンの在籍している傭兵団はアーサーをリーダーとして、ダンダリオン、ベラ、キャシーの四人しかメンバーが居ない。かつてはドロシーも師匠と共に所属し顔見知りだし、ドロシーが現在進行系で貴族だと知っても態度を変えることなく接してくれる気のいいメンバーたちだった。
「もー、ドロシーちゃんったら、折角可愛い顔してるんだから、もっと笑顔でいないと! そんなにぶす~ってしてたら幸せ逃げちゃうわよ?」
「可愛くはない。無愛想なのは生まれつきだから仕方ない」
「もう、そんなこと言わないの! あ、そう言えば、この間行った村に、あんたに合いそうな男が居たんだけど、紹介するわよ!」
「や、興味ない」
「もう、つれないわねぇ! ま、そこがほっとけなくて可愛いんだけど!」
「わかる~! こー見えてツンデレだものね
ぇ~!」
故郷の村にも昔いたお節介おばさんの様相を呈するベラ。呆れた表情のドロシーの頬をツンツンと指先でつつくと、そのテンションに乗ったキャシーがドロシーの頭を撫で回す。かなりうざったいが、ドロシーの無愛想さを気に入っているというベラとキャシーには何を言っても無駄だ。念のため助けを求めて男たちをチラ見するが、ダンダリオンはドロシーの救助に気付いているもどうしたらいいかわからず困り顔だし、アーサーはニコニコ笑っているだけだ。
「いや、二人とも、もう……」
「あー!! お前ぇっ!!!!」
取り敢えずつつくのも撫でるのも止めてもらおうと思った所で、驚いたような大きな声に遮られる。
声の出所に視線を向ければ、古臭い鎧を纏った貧弱そうな少年が目を釣り上げてドロシーらの方向を指差していた。
「……くっつかないでよ。声も抑えないと周りに白い目見られるよ」
「はぁっ!? おまっ、この流れで俺を無視とか有り得ねえだろっ!?」
あからさまな見て見ぬ振りに、少年ががなりながら突っ込んでくる。ドロシーは兎に角煩わしそうに眉を潜めて、背の低い少年を見下す。
「喧しい。他人を指差すな。なんなんだ、ガキ」
「ガキじゃねーよ! 昨日、教会で会っただろーが!」
「教会で……?」
「……まさか、昨日お使い果たせないで帰ってきたのって、ドロシーちゃんと会ったからだったの?」
「だ、だって、ベラさん。こいつ、後から来たくせに、俺より先に帰ろうとしたから……」
「いや、昨日も言ったでしょ? 遅い列に並んだあんたの判断ミスだって」
「でも」
「でももだってもない。そもそも、教会で喧嘩売るとか常識外れもいいとこよ。あたしらの看板に泥を塗るつもり?」
「そ、そんなつもりは……」
「……あ、お前、昨日の馬鹿か」
そう言えば、喧嘩御法度の教会でセインに喧嘩吹っ掛けた馬鹿がいたとようやく思い出すが、それだけだ。顔なんか覚えていないし、記憶に留めておくつもりもなかったので、既にそんなことがあったことすら忘却の彼方だった。
「はぁっ? お前、昨日のことなのにもう忘れてんのかよ。頭悪いんじゃねーの」
「お前みたいな、ただただ口喧しいだけの馬鹿なんてゴロゴロしてんだよ。昨日今日で覚えてもらおうなんざ自意識過剰にも程がある」
「んなっ!? な、な……!!」
野良犬を追っ払うようにシッシッと手を振ると、少年は顔を真っ赤にし、目玉を飛び出しそうな程見開いて体を震わせる。キャシーがやれやれと肩を竦めてドロシーの肩に手を置く。
「ドロシーちゃんたら、相変わらず仲良く無い子には容赦ないのねぇ」
「名前も知らないし、交流したこともない相手に優しくする意味ってある?」
「そう言われたらそうなんだけどねぇ。うん、エリオット。彼女と仲良くお話したいなら、まずは挨拶から始めなきゃ駄目よ?」
「なっ、何言ってんだよ、オカマ野郎! こんなブスと仲良くなりたいわけ……あ」
「……てめえ、今なんつった?」
途端にキャシーの女性の声帯から低く渋い男のものへと変声する。心做しか、容姿も変貌しているような気がするが……気の所為だろう。
「前も言ったよな? 俺にオカマっつったらどーなるか……」
「ひ、ひいいいっ! ご、ごめんなさい! つい口が滑っちゃって! ごめんなさい! 許してください!!」
オカマだなんだと性別蔑視は、キャシーに対して思っていても言ってはいけない言葉だ。前科があるのにまた言ったということは、こいつ、正真正銘の馬鹿なんだろうなとドロシーはキャシーに胸倉を掴まれて揺さぶられているエリオット少年を見て思う。
その時、あまりに騒ぎ過ぎたのだろう、「何事だ」と正規兵が数名様子見にやってくる。ダンダリオンが二人の襟首を掴んで引き剥がす。
「ああ、騒がしくしてしまって済みません。ちょっとした内輪揉めですが、すぐに止めさせますので」
「わざわざ来てもらっちゃって悪いね〜。うちのやんちゃ坊主たちったら、久しぶりに仲間と再会できたもんだからちょっと興奮しちゃって。しっかりしつけとくから、安心して戻ってくださいな」
人の良い笑顔を浮かべるアーサーと口達者なベラの二人がそう言うと、兵士たちは少し顔を見合わせて、「もうすぐ出発なんだから、面倒事を起こすなよ」と来た道を戻って行った。見事な連携プレーであった。
「全くもう……エリオット、無闇矢鱈と他人に喧嘩吹っ掛けない。君じゃあ、誰の相手にならないんだからね」
「なっ……!」
「アーサー、頼むからもう煽らないでくれ。すまん、ドロシー。ほら、お前はこっちに来い。荷物の確認するぞ」
アーサーの言葉にまた顔を赤くしたエリオット少年だが、少し申し訳なさそうな顔をしているダンダリオンに襟首を掴まれぶら下がった状態のまま幌馬車の箱の方へ消えていった。ベラもキャシーに軽い説教を始めている。
「……今の発言、煽ってました?」
残されたアーサーが不思議そうに首を撚る。
「聞く人によっては煽りだね。ってかアレ、なに? まさか新人じゃないよね?」
「いえ、正式には違います。単なるダンダリオンの追っ掛けでして、なし崩し的にうちに居る状況ですね」
「は? 追っ掛け?」
「はい。ダンダリオンの弟子になりたいから傭兵団に入れてくれと急に押し掛けて来たんですよ。お断りはしたんですが、どうしてもって聞かなくて……。断っても断っても付いてくるので、仕方なく見習いとして置いてるんです」
「ダンダリオンの弟子って……」
「ですが、達者なのは口だけで、いざとなったら逃げるか隠れるだけなので、雑用しか出来てないんですよ。正直な所、私達もほとほと困ってて、別の大きな傭兵団紹介すると言っても、うち以外は嫌だと言うんです。何故こんな少数の傭兵団に固執してるのやら……」
はぁ、と深い溜息を吐くアーサーは、ドロシーの知らない姿だ。エリオット少年に手を焼いているのは一目瞭然である。
「……多分だけど、あいつ、ダンダリオンのこと、知ってると思う」
「え?」
アーサーの言葉を聞き、一つ思い至ったが、そのタイミングで傭兵部隊全員に注目するように号令が掛かる。話は途中だったが聞かねばならない。ドロシーはフードを被り直し、ダンダリオンらやベラたちも御者席の側に来て、傭兵部隊を纏める兵士長の言葉に耳を傾ける。
お読みいただきありがとうございました(*´∀`*)




