表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/40

破落戸と喧嘩

今回も長めです。


 人垣を作成する人々の背後でとん、と地を蹴る。その音が示す通り軽く地面を蹴り上げただけだと言うのに、ドロシーの体は人々の頭上を跳躍する。その身軽さと早さには目撃者がドロシーが消えたと錯覚する程だ。騒動を遠巻きに見ようと空いた穴の隙間に着地する時さえ音がない。「な、なんだ、おま――」と、自分達の近くに文字通り降って沸いてきた赤髪の女に、四人組の一人が誰何しようとしたが、次の瞬間にはドロシーの靴底が視界を覆い、彼は背後にいた仲間と共に吹き飛んだ。


 突然の出来事に理解が追いついていない周囲を尻目に、シャルティアナの腕を掴んでいた男の顎に掌底を繰り出す。顎は人体の急所の一つだ。それを無防備な状態で受けた男の眼は白目を剥き、膝から崩れ落ちる。一緒に倒れそうになったシャルティアナを受け止め、彼女が礼を言って顔を上げた時にはもうドロシーはいない。残りの男が「なんだよお前!」とパティを盾にしようとしたが、逆効果である。瞳孔が開いた氷色の眼で睨まれた男は、全身に浴びた殺意にひぃっ! と短い悲鳴を上げて身を竦ませる。懐に入り込み、パティを掴んでいる手を捻り上げ、背中に回す。腕を変な方向に曲げられて耳障りな悲鳴を上げている間にパティは座り込むセインと彼の側に寄り添うシャルティアナの元に駆け寄る。


「大丈夫か」


三人に問い掛ける。静かな怒りを含んだ声で話しかけられたパティらはビクッと大きく体を揺らしたが頷く。


「セインは立てるか? 何処か痛いところはないか?」

「だ、大丈夫……」

「お姉様っ! 後ろっ!」


 安堵したところでパティの声を聞き振り返る。蹴りを受けた二人が、抜き身のナイフを握って襲い掛かってくる。ドロシーは向かってくる二人に向けて、掴んでいた男の尻を蹴って突き飛ばす。靴跡を付けて鼻血を流している方はそれをくらったが、もう一人はそれを避け、罵声を叫びながら刃を振り下ろす。鋼の交わる音が響く。ドロシーは腰の愛剣を抜きながらそれを受けた。それだけでわかる。ナイフを出せば相手がビビると思い込み、まともに扱えない輩。そんな破落戸に負けるわけがない。五合打たずして相手のナイフを叩き落とし、ナイフを拾おうと屈んだ顔面に膝をお見舞いする。鼻が潰れ、歯が何本か折れて泣き喚く男が地面に転がった。次、と残数を確認すると、尻蹴られ男が雄叫びを上げながら猛進で突っ込んでくる。造作もなく避ける。


 だが、男の目的はドロシーではなかった。「テメェらのせいで!」と訳のわからない責任転嫁をしながら、懐からナイフを取り出してパティらに襲い掛かって行く。「しまっ……!」慌てて後を追おうとしたが、靴跡男が背後から迫る。往なそうとしたところで、ダンダリオンが靴跡男の首根っこを掴んで引き離した。抵抗しようとした男が振り仰いでダンダリオンを認識した途端、戦意を一気に喪失させた。後顧の憂いを絶ったドロシーは再び踵を返す。


「逃げろ!!」


 走りながら叫ぶも、意味は成さない。凶刃が、セインにしがみつくシャルティアナと、二人を庇うように抱き締めるパティらに落ちて行く。観衆から悲鳴が上がった。最悪の結果を誰もが予想したときだ。 


 観衆の中から飛び出してきた人影が三人の前に立ちはだかり、長剣を使ってナイフを叩き落とす。武器を叩き落とされた男は、「てめぇ!!」と尚も食って掛かろうとしたが、剣の切っ先を鼻先に突き付けられて固まった。突き付けているのは、顔をローブで隠している人物だ。


「……降参するんだ。すぐに衛兵が来る」


 低く落ち着きのある、それでいて惹き付けられるような声だ。声の張りから推察するに、どうやら若者のようだ。若者の言葉通り、人々を掻き分けながら衛兵が現れた。もう大丈夫だとドロシーも短剣を納め、パティらの元に駆け寄ろうとする。そんなドロシーの腕を隊長らしき衛兵が掴む。


「赤髪の女と男が喧嘩していると聞いてきたが、この状況を作り出したのはお前か」

「確かにそうだが、義妹たちを拐かそうとしたこいつらが悪い。正当防衛だ」

「義妹? ……それが本当だとしても、どう見ても過剰防衛じゃないか。取り敢えず、全員纏めて詰め所まで同行してもらう」

「待て」


 ドロシーの義妹発言に、交互に顔を見て不審思った隊長だが口にはせず、ドロシーの腕を引く。声を上げたのはフードの若者だ。彼はパティに手を貸して立たせた所だったようで、二人の手が重なりあっている。


「その人の言っていることは正しい。この暴漢たちは、こちらのレディたちに乱暴を働き、止めに入ったその人をナイフで襲ったのだ。一対四だ。これぐらいしても、過剰防衛には値しない」

「一対四? どう見ても三対四に見えるのだが?」

「……僕とあそこの彼は通りすがりだ。そちらの彼女が劣勢だったので手を貸したまで」

「怪しいな。とにかく全員詰め所に来い。抵抗はするなよ」

「ちょっーと待ったあっ!」


 若者にも衛兵が向かっていく。そこにまたも介入者が。若者と同じフードを被った二人組が現れて、一人が若者を庇い立ち、もう一人がドロシーと隊長の方にやってくる。かと思えば、「隊長殿、少々こちらへ」と隊長を連れ出す。先程張り上げた陽気な青年の声ではなく、冷めた女の声だった。隊長と女は少し離れた場所で声を潜めて話をしていたが、隊長が何かに動揺。かと思ったら顔を青くして戻ってくる。


「……今回は正当防衛として不問とする」

「え、でも隊長……」

「いいからっ、解放してやれっ」


 隊長の代わりにドロシーの腕を掴んでいる兵が不満の声を上げるが、隊長の強い言葉に渋々手を離す。ダンダリオンの周りにいた兵たちの顔は心なしかホットしているように見えた。


解放されるや否や、ドロシーは衛兵たちが伸びてる四人組を引き立てて行き、人集りに解散するように促している合間を縫って義妹達の元へ駆け寄る。


「セイン、シャル! 大丈夫か?!」

「う、うん……僕は大丈夫……」

「私も、大丈夫、です……」


 慌てふためきながら、立ち上がったセインとシャルティアナの体を上から下へと見て、転んでいたセインの肩に手を置いて顔を覗き込みながら尋ねる。しかし、何故だか煮え切らない答えに、二人の視線の先を見ると……。


「……あれ、何?」

「さあ……」


 少し離れた位置で、若者とパティが手を取り合ったまま見つめ合い、微動だにしない。そこだけ世界が切り取られたように空間が出来、ふわふわと輝くピンク色が二人を包んでいるやうに見えるのは気の所為だろうか。


「はーい、ちょっとごめんね~」


 まるでそんな二人の世界を見せないようにするかのように、横からフードの陽気な青年が現れる。細い眼が隙間から除き見えた。


「お姉さん、この子たちの保護者? こんな可愛い子達放置してちゃ駄目でしょー?」

「……誰だ、お前」

「あそこの二人の世界を作ってる人のなーかーま」

「そうか」

「え? それだけ? まあいいけど。キミも、可愛い顔してるけど男の子でしょー? 男なら身を挺してでも女の子を守ってあげないと駄目じゃないか~」

「……肝に銘じておきます」

「あ、今余計なお世話とか思ってるでしょ? 顔に出てるよ~。キミたち、お金持ちのお忍びでしょ? 格好は貧乏臭くても、髪とか肌とかでバレちゃうんだから、護衛ならちゃんと側にいてあげなきゃ駄目だぞ~」

「シャル、ユナはどうした」

「あれ? ムシ?」


 護衛と言うワードを聞いて、シャルティアナの侍女兼護衛の存在を思い出す。問い掛けるも、シャルティアナはパティと青年の方を見てぼうっとしていた。


「シャル? ……シャル!」

「っひゃい!?……あ……」


 突然大声で呼び掛けられ、ひっくり返った返事がシャルティアナの口から飛び出る。視線が集中している中、そんな返事を返してしまったシャルティアナは口を押さえて顔を茹で蛸のように顔を赤くした。


「『ひゃい!』だって! 『ひゃい!』 うわ、めっちゃ可愛い~!」

「っ……!」

「ねえねえ、キミ、シャルちゃんって言うの~? 何処の家の子ー? 今度一緒にご飯でも……あだっ!?」

「女の子を泣かせながらナンパをしてるんじゃありません、馬鹿者。さっさと若様回収して帰りますよ」


 容赦のない打撃音が青年の後頭部から発せられる。フードの女だ。青年はともかく、この女には助けられた。その礼をしようと口を開こいたが、言葉を発する前に手で制される。


「礼は結構です。あなた方を助けたのは若様のついで。助けようと思って助けた訳ではないないので、感謝する謂れはありません」

「助けたことには代わりないんだからお礼言わせてあげたらいいのに、デボラちゃん、かったいでででで!」

「では、失礼します」


 デボラと呼ばれた女は青年に思い切り爪を立て、遠慮なしの引きちぎらんばかりの勢いで青年を引っ張って行った。


「で、シャル、ユナは……」

「お嬢様!」


改めてユナの所在を聞こうとしたところで、当の本人が人々を押し退けるようにしながら走り寄ってくる。息が荒い様子から、彼女が遠くから走ってきたのだと察し、ドロシーの頭にカッ、と血が上った。


「ユナ! 貴様、シャルの護衛だろう! 何故持ち場を離れていた!! お陰でこの子達がどんな恐ろしい目に遭ったと思ってるんだ!!」

「申し訳ございません!」


 側に来るや否や、腰を折って謝罪するユナを思い切り怒鳴り付ける。腹の底から響かせた怒声は、まるで太鼓の重低音のようにその場にいた人々の鼓膜を揺さぶる。それは作業をしていた衛兵すらも驚いて手を止め、たまたま近くいた幼児も泣き出してしまった程。こめかみに立てた青筋はドクドクと脈打ち、憤怒に染まる顔は牙を剥いた獣と重なる。それほどドロシーの怒り様は凄まじかった。近くにいるだけのセインとシャルティアナも自分たちが怒られているかのように泣きそうな顔で俯いている。


 そこに踏み込んできたのはパティだった。ユナを庇うように立つ。


「違うんです、お姉様! 私が悪いんです! お店でお話しした女の子が、お母様から貰った大事なハンカチを落としたのに気付かないままお店を出ちゃって、私がユナさんにお願いして届けて貰ったの! ユナさんは本当は行くのを嫌がったんだけど、私がちゃんとお店で待ってるからって、無理を言ってお願いしたの……! ごめんなさい! お姉様! ユナさんを怒らないで!」


 言って、頭を下げる。怯えながらも従者を守る為に、必死に謝罪する様子は誰もが心を打たれた。それは勿論、ドロシーも例外ではない。口許を引く突かせながら、心優しい義妹に掛ける言葉を考えるが、怒りの矛先を収められずにいる。


「パティ……だ、だけどな? 護衛ってのは主を守るのが役目で、うわっ!」


 自身の怒りの理由を伝えようとしたが、その試みは頭を掴む大きな手によって阻まれる。ダンダリオンだ。


「頭を冷やせ、ドロシー。まず、お前が穏便に事を済ますことが出来たら、あの子達は危険な目に遭わすことはなかったんだぞ」

「ダンダリオン……でもっ」

「そもそも、俺がお前を呼び止めなければ義妹さんたちと別行動をさせることはなかったんだ。責めるなら俺だろう。そこの娘さんは、上の者の命に従っただけ。責めるのはお門違いだ」


 こんこんと染み込ませるように言って聞かせるダンダリオンの穏やかな言葉と視線に答えに窮する。


 言われて見ればその通り……いや、ダンダリオンは悪くない。自分が側に居ればパティらが変な輩に絡まれることはなかった。自分がダンダリオンの話を聞く選択肢を選ばなければパティらが店に行くことはなかった。義妹たちに手を出した破落戸に手を出さなければ……いや、これに後悔はない。全て一撃必殺で白目を剥かせてやればよかった。今度からそうしようと心に決める。


 兎に角、根本的な事として自分がパティらから離れることを選んだ結果が今だ。ユナを責めるのは間違っていた。急速に冷えていく頭と共に体の力が抜けていく。それが分かったダンダリオンもドロシーの頭から手を離した。罰が悪そうな顔でユナに向き直る。

 

「……怒鳴って悪かった。済まない、ユナ」

「い、いえ、命とはいえ、お側を離れたのは私の判断。ドロシー様のお怒りも当然です。此度の不手際について、如何様な罰も受けます」

「いや、あんたは主人の命に忠実は護衛だ。何も悪くない。罰を受けるというなら、パティたちを離れることを選んだ私が受けるべきだろう」

「わ、私はドロシー様もユナにも罰は与えませんわ! そもそも、私が命じたのですから、悪いのは私です!」とシャルティアナ。「い、いや、それだったら、僕があいつらを上手く往なしていればこんなことにはならなかったんだし……」とセイン。何故か自分に非があると公言し始めた。


「キミたち、なーに庇い合いしてるの。変なの~」


 そこを呆れながら突っ込んだのが細目の男。後ろにフードの若者と女が続く。


「ってか、キミ凄いね! あ~んなに怖いお姉さんの前に立つなんて! こんなに可愛い上に勇気があるなんて、オレ感心しちゃったよ~。パティちゃんだっけ? 今度オレとデートしない?」

「礼を言うのが遅れて済まない。義妹たちを助けてくれてありがとう。本当に感謝している。この借りは必ず返そう」

「あれ? また無視された? 酷くない?」

「いや、困っている者、弱き者を助けるのは当然の事だ。気にしないでいい」

「若様まで!?」


 ナンパしている青年からパティを庇いつつ、ドロシーは若者に声を掛ける。見えているのは眼鏡の下半分、シャープな顎ラインと形の良い唇、筋の通った鼻だが、それだけでも随分と端正な顔立ちをしているのが分かった。その唇が緩やかに弧を描いたままパティに向けられると、彼女の顔がポンッ、と一気に顔が赤くなった。若者が何か言おうと口を開くが、フードの女が遮った。


「それでは、我々はこれで。若様、時間です。早急に戻らねば大変なことになります」

「あ、ああ、うん……わかった。それでは、レディたち。また、何処かで……」


その最後の一言はパティに向けて言われたのは気のせいでは無いだろう。身を翻した青年に対し、「あ……」とパティが心細そうな声を漏らす。追い掛けるように身を乗り出したが、フードの女に睨まれて踏み止まった。何かに耐えるように胸元で手を握り締め、俯く。その間にフードの三人組は雑踏の中に消えて行った。


「……じゃあ、俺はこれで。ドロシー、明日、教会の鐘が五回鳴る頃に城門へ来てくれ。迎えに行く」

「……了解。なんか、ごめん」

「気にするな。じゃあな、義妹さん方。気を付けて帰るんだぞ」


 当の本人たち以外でそこにいた者たちは、まるで悲恋ものの芝居を見ていた気分になってる。そんな空気に耐えきれず、ダンダリオンが一足先にこの場を離れた。

 残されたドロシーたちも、何ともむず痒くも口にするにへ憚られる空気の中、悶々としながら帰路に着いたのだった。

読んでいただきありがとうございました\(^o^)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ