傭兵仲間にして恩師にして
セインとシャルティアナは瞬時に喧嘩を止め、驚愕と恐怖に彩られたまま固まり、先に見たパティは短い悲鳴を上げてドロシーにしがみつく。
何事かと振り返り見れば、まず眼に入ったのは分厚い紅色の装甲に包まれた筋骨隆々の巨体。視界を上にずらすと、角形のごつい顔立ちの大男が立っていた。左半分の顔に刻まれた皺から推測するに、年齢四十代くらいだろう。それだけであればロードレイク子爵に通じるものがあるが、ロードレイク子爵よりも更にでかい上、その顔の左半分に三本の大きな爪で抉られた傷跡が生々しけ残っており、左眼は閉ざされている。パティらにはかなり刺激の強いものには違いないだろう。大男の背には彼の巨体に見合った金剛棒が背負われており、振り下ろされたら一溜りもないのは確実だ。
だが、ドロシーはそんなことをされるとは微塵にも思っていない。それどころか男の姿を認識するなり、無愛想と言われる顔に稀に見る喜色を表にした。
「ダンダリオン!」
「やっぱりドロシーだったか。髪を切ったんだな。一瞬誰かわからなかったぞ。……仕事中だったか?」
ドロシーが男の名を告げると、安堵したような息が漏れる。残っている左目が若者三人を一瞥した途端、セインとシャルティアナも慌ててドロシーの背後に隠れた。一見睨んだようにも見えるが、よく観察すればそこに気遣う色があることに気付くだろう。顔を伏せてしまった三人には最早わかりようがない。
ダンダリオンはドロシーの傭兵仲間であり、大先輩であり、短い間だが本当の師匠の代わりに指導してくれた人でもある。ドロシーが尊敬し、心を許している数少ない人間だ。こんな凶悪そうな見た目だが、自身の見た目が怖がられることを理解し、気を遣える程穏やかで優しい性格をしている。それでいて責任感が強く、一本筋の通った人柄であり、八徳に長けた彼を慕う者は多い。
「いや、この子たちは私の家族だ。前に話たことがあるよね?」
「ああ、故郷の……。義妹と義弟が一人ずつだと記憶していたが……?」
「あ、こっちのカーキの子は懇意にしてもらっている家の娘さん。話したことなかったっけ?」
「……いや、聞いたことがあるな。その、なんだ。すまんな、怖がらせてしまっているようだ」
「いや、全然気にしないで。寧ろ調度良かった」
「ん? どういうことだ?」
「こっちの話。ほら、三人とも。いつまでも怖がってないで、私の恩師に挨拶しな」
「お、おんし……?」
セインが恐る恐る顔を出す。顔色はかなり悪い。
「言っとくけど、ダンダリオンより怖い見た目なのはごまんといるからね。そんなにビクビクしてたら、これから行く予定だった場所には行けないよ?」
ダンダリオンの登場で行く気が削がれてくれたら僥倖だとほくそ笑む。パティはドロシーの服を握り締めプルプルと震えているし、シャルティアナは「うそぉ……」と絶望したような呟きを溢す。どうやら企みは成功しつつあるようだ。
「悪い、ダンダリオン。この子たち箱入り連中なもんで……」
「いや、いつものことだ。気にしていない。それよりもドロシー。今ちょっと時間はあるか?」
「勿論。パティ、セイン、シャル。あそこの店で甘いもの食べて待ってな」
先程得た収入の一部を、まだ勇気のあるセインに握らせる。三人はチラリとダンダリオンを見て、細められた眼――本人は笑ったつもり――と合った瞬間、蜘蛛の子を散らすように近くの飲食店に向かって走っていった。ユナに目配せすると、ユナは心得たように頷いて後を追っていった。
「ははは、元気がいいな」
「いや、本当に申し訳ない……。マジで箱入り娘のシャルは兎も角、グリエッタにはダンダリオンみたいな傷持ちはいるのに、何をあんなに怖がるのやら……」
「まあ、俺は図体は人よりもでかいし、悪人面だからな、仕方がない。取り敢えず、あそこのベンチでいいか?」
「や、反対側のベンチでいい? あっちだと、義妹たちが入った店が見えないから」
「おう、いいぞ」
ベンチに移動し、隣合って座る二人。ダンダリオンが腰掛けると不穏な音を立てたがなんとか座ることができた。
「それにしても、本当に久しぶりだな。元気にしてたか?」
「見ての通り。ダンダリオンも相変わらずでよかったよ。一年半ぶりくらい?」
「そうだな。しかし、バッサリ切ったな」
「あー、とあるハゲ依頼主が私の髪でカツラ作りたいって欲しがってね。高値で買い取ってくれるっていうから売った」
「……まさかとは思うが、ワイズとかいう宝石商人じゃあないよな?」
「仕事上のことだから秘密。まあ、礼のサファイアは高く売れたとだけ」
「……まあ、いい。それよりも明日から二、三日予定は開いてないか? 手伝って欲しい案件がある」
「やる」
「待て待て。内容も聞いていないのに即答するな」
「ダンダリオンの頼みに、やらないという選択肢は無い」
「お前、俺に全幅の信頼を寄せ過ぎだろう」
「ダンダリオンを信頼できなきゃ、他の傭兵仲間なんて信頼できないって」
真面目な顔できっぱりと言い切ると、ダンダリオンを苦笑しながらドロシーの柘榴色の髪をクシャクシャと撫でる。武骨な手に似合わず、優しい動きだ。
正直、師匠よりも好ましく思っており、子供の頃は本気で結婚したいと思っていた相手だ。初恋である。しかし、親子程年が離れている子供に、ダンダリオンの気持ちが向くはずもなく……否、ダンダリオンの心が、いつも一方に向けられていたことをドロシーは気付いてしまった。どう足掻いても越えられない壁を前に、ドロシーの初恋はダンダリオンに気付かれぬまま終わったのだった。当時は破れた恋心に苦しんでいたが、時が薬となり、今はしっかりと気持ちを切り替え、尊敬する傭兵仲間として接している。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、何か用事があるからここに来てるんじゃないのか? お前がこんなに早く王都にいるとは思わなかったぞ」
「まあ、色々あって。戻った後に用事はあるけど、それまで帰って来れればいいし、こっちの都合は全然大丈夫だから気にしないで」
「まあ、まずは話を聞け。やるかどうかはその後に聞くからな」
ダンダリオンの役に立つのならと眼を輝かせんばかりに前のめりなドロシー。
彼の持ってきた話はこうだ。王都の西方のそう遠くない位置に森があるのだが、そこに魔物が群れで住み着き、通る人々を襲うようになった。王都が近いので、可及的速やかに殲滅する必要がある為、ヴァーミリオン王国の正規兵の一軍が向かうことになった。だが、隣国ヤショダラが怪しい動きを見せている情報を得ている上、今年の春告祭は建国百年を記念してほぼ全ての貴族が参加しており、王都に滞在している貴族は例年より多い。そこを狙われでもしたら、ヴァーミリオン王国は一貫の終わりである。国民の安全を守る為にも正規兵はあまり動かせない。そこで傭兵を雇い、足りない正規兵の埋め合わせをするということで、ダンダリオンが現在所属している傭兵団にもお声が掛かった……ということだった。
「なるほど。魔物の情報は」
「腐り狼の群れらしい。正確な数は不明だが、命からがら逃げ延びた奴の話からすると二、三十って話だそうだ」
「了解。報奨金は?」
「これくらいに、後は歩合だ。魔石に気を取られて殺られるなよ」
「それは勿論重々承知してるって。は~、流石王国の正式な依頼、金払いがいい。出発は明朝?」
「ああ。明日……」
「止めてください!!」
悲鳴のようなシャルティアナの声がダンダリオンの言葉を掻き消す。ハッとして腰を浮かせたドロシーが見た光景は、先程の店先で、柄の悪そうな四人組に絡まれている義妹たちの姿だった。少し距離が開いているのと人混みが邪魔でよく見えなかったが、何をされたのだろう、セインが地面に尻餅を突いて転がり、パティとシャルティアは二人の男に腕を取られている。その光景を目撃した瞬間、ドロシーは駆け出した。




