リーゼロッテ教会
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馬車が止まると、御者が目的地に着いたことを告げる。扉を開けたのはドロシーと同じようなパンツスタイルに着替えたユナだ。ドロシーが先に降り、草臥れたシャツとズボンを着たセインが続き、シンプルで庶民的なワンピースを纏うパティとシャルティアナがそれぞれの手を借りて馬車から降りた。三姉弟は平気そうな顔をしているが、シャルティアナは自身の腰とお尻を撫でながら渋い顔をしている。
「ああもう、お尻が痛いわ……どうして野ざらしの木なのよ。ソファーみたいな柔らかい椅子にしてくれたらいいのに……」
「町馬車にそんな高望みしない。クッションがあるだけ良かったでしょうが。当たりの部類だよ、あれは」
新たな客を見付けて去っていく馬車は、子爵家のものではない。平民街に向かうと言うのに、家紋が入った馬車を使うのは変な勘繰りを入れる輩もいるので好ましくないのだ。故に、使用人の衣服に着替えた後、屋敷を出て徒歩で移動し、通りを歩く町馬車を拾ってやって来たのだった。
馬車の当たり外れはかなり極端で、いつ壊れてもおかしくなさそうな音を立てる馬車や常に激しい震動が襲ってくる馬車だってあるし、荒い運転をする御者もいれば難癖付けて料金を上乗せしようとする御者もいる。勿論ドロシーはそれらの馬車も経験済みだ。シャルティアナはお気に召さなかったようだが、今回乗った馬車はまた贔屓にしたい。
「それはそうなのかもしれませんけど~……。二人はよく平気よね……」
「グリエッタにある椅子は大体あんな感じよ?」
「そうそう。布が張ってあるだけのもあるけど、そっちは父さんとか村長用だからね」
「……今度の誕生日のプレゼントはクッションにするわ」
「ほらほら、通行人の邪魔になるから、いつまで突っ立ってないで行くよ」
道の端とは言え、三人分の人間が立ち話しているのは邪魔でしかない。しかも若者三人組の容姿は隠しきれない眩さと華やかさがあり、人々の注目の的になってしまっている。内心穏やかじゃないドロシーが促すと、三人も歩き出す。ちなみにシャルティアナの護衛のユナだが、なるべく四人で出掛けている体にしたいという主人のお願いから、つかず離れずの位置にいることになった。なんという忠義の臣だろうか。寡黙過ぎてコミュニケーションを取るのが少々大変だが。
最初の目的地は教会である。万物の女神アルマナを崇める王立教会は王都に幾つか存在するが、中でも連日沢山の人が訪れるのは平民街と貴族街の中間地点にあるリーゼロッテ教会だろう。ヴァーミリオン王家と共に建設されたので、百年の歴史がある由緒正しい教会だ。ちなみにリーゼロッテとは初代教会長の名前で、新たに教会が設立される時は初代教会長の名前が与えられる決まりとなっている。
平屋建てだが巨大な建物で、青い空に映える美しい白亜の外壁に、緩やかな三角屋根の上には女神アルマナの使いであるという翼の生えた獅子が二体、毎日訪れる多くの参拝者を見据えるように迎え入れている。
「うわぁ……!」
「ここが、リーゼロッテ教会……」
「おっき~! しかも人がたっくさん! すご~い!」
リーゼロッテ教会を前に、パティとセインがそれぞれ感嘆の声を漏らす。二人が王都に来るのは物心付いてからは初めてだった。幼い頃は王都で暮らしていた時期もあったのだが、姉弟の記憶にはその頃の思い出などない。ナビル子爵領にも教会があるのだが、こんなに大きくないし、グリエッタ男爵領に教会などあるわけもない。
ドロシーは仕事でちょくちょく来たことがあるし、シャルティアナもこの美しい建物を幾度か訪れていた。二人程の感動はないが、それでも圧倒的な存在感は健在で、来る度に身が引き締まる思いをしている。
「二人とも、止まらないでよ」
「参拝者の邪魔になるから、中で大声で喋ったり大きな音を立てないように」
「だってよ、パティ」
「はーい! ねえ、中はどんな風なのかしら? 外側でこんなに綺麗なんだから、すっごい楽しみ!」
「パティ、もっと声抑え……」
中に入る人々の流れに沿って、四人は開放されている重厚な両開きの扉から礼拝堂へと一歩足を踏み入れる。その瞬間、はしゃいでいたパティもそれを咎めるセインも言葉を失った。
清らかさを表したような白い空間に、高い位置にあるアーチ型の天井が美しい曲線を描いており、荘厳ながら優美な空間を演出している。大きな窓とステンドグラスがバランス良く配置され、差し込む柔らかな光が室内を照らし出し、包み込まれるような安心感を感じさせた。まるで、別世界に迷い込んだような感覚に囚われる。パティとセインは、こんな立派で美しい建物は見たことがないと目を奪われて立ち竦んでいる。その姿はまさに田舎者丸出しで、それを通路の真ん中でやっているものだから、周囲の人々はクスクスと笑いながら横を通り過ぎて行く。
「ちょ、パティ、セイン、恥ずかしいから早く来てよ」そんな二人に気付き、顔を赤くしたシャルティアナが小声で叱り付けて手を引いて歩かせた。そういえば、自分も初めてリーゼロッテ教会を見たときはこんな感じだったなと過去の自分に思いを馳せながら、ドロシーは先に進んだ三人を追う。
通路の両脇には長椅子が何列も並び、沢山の人々が祈りを捧げている。最奥の祭壇には、万物の女神アルマナを象る巨大な石像が立っており、慈愛に満ちた笑みを振り撒いていた。
「そっちじゃない。こっちだ」シャルティアナが女神像の前にまで行きそうになったので、途中長椅子を途切れさせて出来た通路へと曲がり、その先の扉へと進む。そちらの方向には他にも人が向かっているが、あまり柄の良くなさそうな者が多い。三人がちょっと不安そうな面持ちで顔を見合わせる。
「姉さん、何処に行くの? この人たちって……」
「“魔石”の交換さ。殆どは私の同業者だよ」
「同業者ってことは、みんな傭兵なの?」
「全員じゃないよ。身形の良い連中もいるだろう?」
ドロシーの言葉に従って周りを見渡して見れば、確かに貴族のような身綺麗な格好をしている者もいるし、騎士のような鎧を着込んでいる者もいる。その一方で一般人のようなラフな格好をしている者もいて、多種多様な老若男女が見てとれた。
魔石とは、生命力の潰えた魔物が変化した物だ。
始まりは、創世の時代。
かつてこの世界は魔王率いる魔物たちが支配していた。しかし、魔王の支配に苦しむ人々を救うべく、女神アルマナが立ち上がり、魔王と魔物は浄化され、世界は人間のものとなったと伝えられている。
これはもう遥か昔に起きたことではあるのだが、気の遠くなるような昔のことで、人々の間では魔王も魔物も伝説上の生き物とされていた。
だが、僅か百五十年程前、大陸全土を巻き込んだ忌むべき戦争が起きる。
国々が群雄割拠し、争い続けていたこの時代に、突如として悍ましき見た目の生物――魔物と、それを引き連れた魔王と自称する存在が現れる。魔王は大陸の中心に存在した女神アルマナを崇める本神殿を破壊し、そこを拠点として世界を手中に収めようと目論んだ。
戦時中で疲弊していた多くの国々は魔王の手中に落ち、戦争時よりも沢山の命が奪われた。そんな状況を打破すべく、残っていた国々は魔王に立ち向かう為に手を取り合う。奇しくも、人間同士の醜い争いは魔王の出現によって収まったのだった。
初めこそ追い詰められていた人々であったが、徐々に魔物と戦う術を身に着けていく。だがそれでも魔王と人々の戦いは終わらず、一進一退の攻防が百年以上に渡って続いた。
そんな戦いも、今より二十年前に、女神アルマナに遣わされた異世界の勇者と、女神に選ばれた三人を合わせた四人――後に≪四英雄≫と呼ばれる一団によって幕を下ろされる。突如として現れた彼らの快進撃と、彼らに続いた連合軍の力で、魔王はいとも簡単に斃されるのであった。しかし、魔王が死んだというのに魔物は残されたまま。
勇者はその人望と功績から、人々に大陸を統べる王になり、魔物の掃討に尽力するように求められたが、自分が女神から命じられた役目は魔王を倒すことだけという事で、元の世界に帰ることを希望し固辞。
彼は人々に、『魔王と魔物が現れたのは人々が戦争を起こし、大地が血によって穢れた所為だ』と告げた。
魔王は戦乱によって死んでいった者たちの命の集合体であり、魔物は死んでいった者たちの怨みの念。魔王が死んだ今でも魔物が消えないのは、死者の生者に対する妬みが一人歩きしている所為なのだ。
『数多の命を奪った上で生き残った者たちが、果たさなければならない罪滅ぼしとして、この世界の人間が魔物を倒して浄化しなければならない。それが女神の思し召しだ』と説いた。
その言葉を聞き入れた人々は、『もう二度と戦争をしない。自分たちの過ちの結果である魔物を責任を持って浄化していく』と勇者と女神アルマナに誓う。
人々の誓いを聞き届けた勇者は、仲間の一人であり、恋人でもあった≪聖なる乙女≫と共にこの世界から去っていった。
四英雄の残りの二人は、いつの間にか姿を消し、その後の消息は掴めていない。だが、今も何処かで魔物を浄化しているのだろうとまことしやかに語られている。
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