押しに弱い姉
サブタイトルつけるの苦手だけど、目安にしたいからナンバリングにしたくないという
本日も天気は快晴。春風が柔らかな花の香りが体内に染み渡る。正門の方に足を踏み出して、はたと腕を組む。
(夫人の言うことも一理あるな。あまり表立って行動するのは子爵家の評判に関わるかもしれない。というか、勢いでそのまま出てしまったから、一言出掛けること言わないとな)
裏門方面になら誰かしらいるだろう。方向転換し、裏門へと足を進める。当たりを見回しながら歩いていると、「ドロシーお姉様!」と庭園の方から声を掛けられた。パティ、シャルティアナが小走りで駆け寄ってきて、後からセインが歩いてくる。
「ドロシーお姉様! 来てくれてのね!
今からシャルのお気に入りの花壇を見に行くところだったの! 一緒に行きましょう!」
「や、悪いけど、これから出掛けてくるから、庭の探検はまた今度ね」
「出掛けるって、何処に?」
「教会と、細々とした野暮用」
「教会……。でしたら、うちの馬車を出しましょうか?」
「ありがとう、シャル。でも大丈夫。早くて夕方、遅くて明日帰ってくるけど、支援金が来る前には戻る心配しないで待ってて」
「……姉さん。念の為聞くけど、日雇いで仕事しに行くつもりだよね?」
「あ、やっぱわかる? 流石セイン」
「そんな格好してるのに、わからないわけないだろ」
あっけらかんとしたドロシーに、セインは頭を抱えてため息を落とす。容姿が優れていると悩ましげな姿も絵になるものだ。
「姉さん、春告祭は五日後だよ? まだ準備だって終わってないのに。怪我でもしたらどうするのさ」
「いやそこはちゃんとわかってるって。大体、私のドレスなんて無駄金使うんだから補填しなきゃ」
「わかってない。姉さんは全然わかってないよ」
(おっと?)
珍しい、とドロシーは不満と苛立ちを顕にしている義弟を目を丸くして見る。いつもはここにいる誰よりも聞き分けが良く、ドロシーの仕事に口を出すことは無かったのだが、一体どうしたのだろうか。彼の発言には、パティとシャルティアナも少し驚いた顔でセインを見ていた。
「傭兵業の一年分近くの報奨金が支給されるんだし、僕達の衣装代が浮いただろ。なんだったら今年一年働かなくてもいいっていうのに、どうしてわざわざ仕事しに行くのさ? 必要ないじゃないか」
「……あのな、セイン。もしかしたら勘違いしてるかもしれないから説明するけど、傭兵なんて、覚悟があれば誰でも出来る仕事なんだ。悪く言えば掃いて棄てる程いる。その中で依頼をもぎ取るのだって苦労するし、そもそも依頼があるから受ける、で終わりじゃないの。依頼をする側だって、仕事を任せる相手を選ぶんだ。それなりの額を払うんだ。任せるなら、確かな腕を持つ傭兵に任せたいと思うのが人間だろう。で、その信頼ってどうやって得るんだと思う?」
「それは……。……与えられた仕事をこなしていけば、自ずと……」
「その通り。私は何年も仕事して、ようやく大きな仕事をして大金を貰えるようになったんだ。でも、こんなにも努力して築いた信用でも
、一度の失敗で崩れ去る。特に人の生死に関わる傭兵稼業なんて尚更だ。信用を損わない為にも、少しでも努力駄目なんだよ」
「でも、姉さんはもう十年以上傭兵をしているなら、実力も実績もあるんだし、多少の融通が利くんだろう? なら、ちょっと休んでも何にも変わらないよ」
「変わらないことなんてない。これまであったものが、突然失くなるとどうなるかは、お前も知っているだろう ?」
その言葉に、セインがはっと息を飲んだ。己の失言と、ドロシーの含んだ台詞と冷えた感情に気付いた彼は、下唇を噛んで下を向く。
気まずい沈黙が流れる。些か居心地が悪くて、ドロシーは後頭部を掻き、一息吐いてから柔らかな金髪を優しく撫でた。
「ごめんな、少し言い過ぎた。だけど、お前達の為でもあるんだ。わかってくれるよな、セイン?」
「……………………………………………………………………わかった。ごめん」
たっぷり間はあったし、顔は上げられていない。あまり納得した様子は見られないが、返事を得られたので良しとする。
「良かった、ありがとうね、セイン。じゃあ……」
「わかった!」
ようやく出発できると思ったところで、元気いっぱいのパティの声が場の空気を一転させる。隣にいたシャルティアナが声をうわずらせながら尋ねた。
「な、何がわかったの、パティ?」
「私たちも一緒に行けばいいのよ! そうすれば、お姉様と一緒にいられるわ!」
間。
今の展開で、どうやってその考えに至ったのか、パティ以外にはわからない。
「……いや、あのな、パティ。傭兵ってのは戦えることが大前提なんだから、パティには絶対無理なの。付いてきたら怪我だけじゃ済まないんだからね? わかるよね?」
「でも、前にお姉様言ってたじゃない。日雇いのお仕事って、危ないものだけじゃないんでしょ? なら、私たちにも出来る仕事あると思うんだけど」
確かに、ドロシーは傭兵を名乗っている者として荒事依頼ばかり引き受けているが、中には薬草採取といった簡単な依頼や、ベビーシッターや荷物運びなどのお手伝い募集もある。確かにそれらであれば危険性は伴わない。これらの事はパティとセインと共に暮らし始めた頃に話したことがあったのだが、まさかパティが覚えているとは思わなくて、意表を突かれたドロシーは固まってしまった。
「折角お姉様と王都に来たんだから、少しでも一緒にいたいもん。ね、セインもそう思うでしょ!」
「パティ……。君ってば、年に一度は良いこと言うよね」
「えへへ。セインに褒められちゃった」
「え、今のって褒めてたの?」
「え、褒めたんじゃないの?」
「ちゃんと褒めたよ。じゃあ、そうと決まれば準備してこないと」
「待て待て待て。誰も連れてくとは言ってないんだから勝手に話を進めない」
「どうして? 私たちはお姉様と一緒にいたい。お姉様はお仕事に行きたい。なら一緒にお仕事に行けば、お互いの望みが叶うんだから、解決じゃない?」
「……え、パティ、急に頭良くなってない? どうしたの? お姉ちゃんびっくりなんだけど」
「まあ! お姉様にも褒められちゃった! 今日はとても良い日ね!」
「今のって褒めたってことでいいの?」
「多分。ほら、頭が良くなったって見直された訳だし」
あまりの衝撃に思わずとんでもない事を口走ったドロシーの台詞を、セインとシャルティアナが顔を突き合わせて小声で審議している。何故かはわからないが、ドロシーは少しばかり不利な方向に立たされたことを感じた。
「で、でも、貴族三人が平民街に行ったら注目の的になって仕事どころじゃないでしょうが」
「いやですわ、ドロシー様。ちゃんと着替えますって。屋敷には私達と同じくらいの背格好の使用人がいますから、彼らに借りますわ」
「いや、でも、着替えたとして隠しきれない貴族のオーラが出るから、絶っ対変な奴らに絡まれるよ?」
「その時はドロシーお姉様が守ってくれるでしょ?」
「そりゃ勿論。死ぬ気で守るよ。だけど、相手にもよるけど、一人で三人守るのは流石に辛いものがあるから……」
「じゃあユナも連れて行きます。これでどうでしょう?」
そう言ったシャルティアナが向けた視線の先には、少し離れた場所に立つ侍女がいる。彼女はナビル子爵領から付いてきた護衛兵でもあった。確かドロシーよりニ、三歳若いが、彼女の実力は共に旅をした時に見知っている。
「まあ、それなら……でも、可愛い末娘を勝手に連れ出されたらお父上がなんと言うか」
「あら、うちのお父様なら色んなことを経験しなさいってタイプなので、ドロシーお姉さまとユナがいれば喜んで送り出すと思いますよ。ほら、世の中には可愛い子には旅をさせろっていう言葉もあるじゃないですか」
「良くわかんないけど、そうそう! ねー、お姉様ぁ〜。いいでしょ〜? 絶対邪魔しないからぁ〜」
「ドロシー様~、私からもお願いします~」
甘えるようにドロシーの腕に抱き着くパティとシャルティアナ。端から見れば両手に花なのだが、ドロシーからすればそれは只の捕獲だ。
正直に言えば、シャルティアナの言葉はドロシーも完全同意である。
ドロシーの傭兵業は、おおよそ十一年前――十三歳の頃に始まった。物心着いた頃から祖父と父、そして【師匠】の教えを受け、剣の腕にはそこそこの自信があった。だが、仕方の無いことながら、世間は十一歳の女の子の腕など信用しない。初めの頃は幾度となく侮られ、馬鹿にされ、虐げられたもので、酷い時には囮にされたこともあった。師匠や良識のある人々が居なければ死んでいたなんてことも一度や二度じゃない。とても辛く苦しくて、何度も心が折れそうになったが、その度に家族のことを想い立ち上がり、死ぬ気で数多の苦難を乗り越えてきたのだ。故郷の厳しい生活も、過酷な傭兵生活も、全て経験して乗り越えたからこそ。否定出来る訳がない。
言い返す事もできず唸るドロシーの前に、セインが立つ。
「往生際が悪いよ、姉さん」
「せ、セイン……」
「世の中何が起こるかわからないんだから、今後の為にも僕たちに社会勉強をさせるべきなんじゃないかな?」
にっこりと微笑むセインの笑顔は、眩しいくらい光輝いている。対して、ドロシーは「負けた」と小さく呟いて項垂れた。
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