グリエッタ男爵領
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確かに、グリエッタ男爵領に封じらることは死ねと同義語に扱われていたことは過去にあった。その地に王国を築いた者たちにとって暗黙の了解、公然の秘密である。
最北の領地であるグリエッタは大小様々な領地が生まれては消えていった歴史の中でも、直近に誕生した領地である。
発端は二百年程昔――フェリックス前王朝時代、当代王の末姫グリエッタ・フェリックスに起因する。
王女は歴史に名を残すほど傲慢な姫であった。財政を顧みない散財や豪遊は当たり前、男たちに次々と懸想してたらし込んでハーレムを築く、彼らの婚約者を害そうとする等、多くの悪行を残している。
最終的に兄王子らを差し置いて、自身に王位を譲るように迫るという過ぎたる地位を望んだ。その結果父王の怒りを買い、当時ナビル子爵領の一部であった王国最北端の大地に幽閉されることとなる。
そこは北方を海、他三方を山に面した陸の孤島であり、人が住めるような平らな地は徒歩圏内という狭隘な大地。山で道に迷った狩人によって偶然見つけられたばかりの未開の大地に王女を幽閉するというのだから、当時の王と家臣の怒りは相当のものであったとされる。それでも領地を見渡せる丘に豪華な屋敷を建ててやり、王女に加担した者たちを使用人として付け、食材も定期的に送って生活には困らないように手配はされていた。
しかし、王女は幽閉から僅か一年で亡くなっている。
王家は病死だと発表しているが、『王の命令によって殺された』『幽閉生活に耐え切れず狂って自殺した』『獣又は魔物に襲われた』など囁かれている。中でも『生活に耐え切れず狂ったので使用人に殺された』という説が有力とされているが、真相は定かではない。
以降、王は名の無かったこの地をグリエッタと名付け、罪を負った王族や貴族の幽閉地と活用する。贅沢な生活に慣れ切った貴族が幽閉地の生活に対応することができず寿命を縮めるというのはよく聞く話だが、グリエッタという地はそれに輪を掛けている。理由は三つある。
まず季節的な問題。山一つ向こうのナビル子爵領に寒風が吹く頃にグリエッタは既に雪が降り、他領が梅雨を迎える頃に暖かくなる。冬が早く長く、春が遅く短い気候で、作物を育てるには不向きな土地であり、食糧問題が発生した。
次に地理の問題。ナビル子爵領の最北に位置する隣村までは、山を越え谷を越え、森を越え川を越え、徒歩で早くても一週間かかる。屋敷以外何もない場所で外界と隔離された生活は人を孤独にせしめ、心身ともに弱らせるのには幽閉地としては優秀だろう。
最後に、自分を護るのは己の力という点。グリエッタに送られるような人物に付ける護衛はいない。他者に守られて生きていた者は勿論のこと、いかに剣に覚えがあろうとも、周囲に蔓延る獣と魔物の魔手から逃れ続けるのは容易いことではない。
そうした理由から幽閉された人々の死期は嫌でも早まることとなり、事実これまで封じられた貴族たちは軒並み早世しているのであった。
以上が『グリエッタ=死を望まれている』という構図ができあがった経緯である。
不吉な流れが変わったのは、前王朝が滅び、ヴァーミリオン王家が誕生して十年後のことである。ナビル子爵家から王妃が輩出されるのだが、子爵は王妃となった娘を通じてグリエッタを男爵領と定め、息子に割譲した。
子爵の息子は、貴族でありながら貴族らしい生活を好まず、平民との交流を好んでいた。このことが選民思想を持つ父の怒りに触れたのである。
領主としては自領から不名誉な二つを処分できて万々歳であっただろう。だが、意外なことにこの息子、市井で知り合った平民たちを連れ込んでグリエッタの開発に勤しんだのである。
狩りや漁を中心とした生活をすることで人の住める大地とし、偶然見つけだした食べられる野草を育て、歴史上初めてグリエッタで老衰した領主として歴史に名を残した。
しかし−−残念ながら、それからグリエッタ男爵領が発展したという事は無い。一応人が住める土地にはなったが、娯楽も乏しく発展も望めぬ地。希望の灯火も徐々に小さくなり、子爵息子の死から数年後には男爵領は王家に幾度目かの返上がなされたのであった。今は開拓者らの子孫が小さな集落を構えて生活しているのみである。
こうして今日に至るまで、グリエッタは『行ったら貴族として終わり』を始めとし、『悲劇の大地』や『試練の地』、果ては『地獄の領地』など数多の不名誉な名を背負い続けていた。
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