悲鳴の正体は、一体誰の!?
私は、産まれた時から両親がいない。
私は、産まれて直ぐに孤児院の前に捨てられていた。
私には、家族はいない。
私の事を探してくれる人もいない。
誰も、私に会いに来てくれる人もいなかった。
私は、18歳までここの孤児院にいたの。
血は繋がっていないけど、私には兄や姉、弟、妹ができたわ!
ココに居る先生たちは、私のお父さんお母さんになってくれた。
私は、一人じゃない!
たくさんの家族に支えられて生きてきたの。
みんな“私の家族よ”
・・・でも18歳になり、私は初めての一人暮らしをはじめる。
私は、何処の不動屋さんがいいのか探していたのだけど?
何となく、ふらっと見つけた不動屋さんで部屋を決めたの。
古びた、昔ながらの不動屋さん。
お店から出てきた男性も、年配の人だった。
『おやおや? お嬢さん、家を探しているのかい?』
『・・・あぁ、ははい。』
『どんな部屋がいいの?』
『狭くてもいいから、たくさん人が居るところがいいです。』
『お嬢さんは、変わってるんだね? 賑やかい所がいいのかい?』
『はい!』
『勿論! そういう部屋もありますよ、見ますか?』
『はい。』
おじいさんが、車に私を乗せて部屋を見せてくれた。
外観は、かなり古びているけど? 中はキレイにリノベーションされて
いて凄くきれいな部屋になっていたわ。
両隣に住んでいる人達も、若い男性でバンドマンや水商売の若い女性
が住んでいて、賑やかな声が聞こえてくる。
『おじいさん! 私、ここの部屋に決めます!』
『・・・えぇ!? 本当にいいのかい?』
『はい!』
私に迷いはなかった。
おじいさんは、何度か私にこの部屋で本当にいいのか?
確認していたけど? 私は気にもしていなかった。
おじいさんは、私に隠していた事を言わなかったからだ。
この部屋が、【事故物件】だったと、、、。
でも? かれこれ10年以上前の話だし、私に話さなくても
いいと思っていたらしい。
私は、直ぐにその部屋に引っ越してきた。
両隣のバンドマンの男性と水商売の女性に簡単な挨拶をして
私は、自分の部屋に戻った。
荷物の整理をしながら部屋にモノを置いていく。
私は引っ越してきた次の日には、バイト先を引っ越してきた家の
近くで探していたわ。
ずっと今まで貯めていた貯金は取っておいて、バイトで家賃や光熱費
を払っていく予定にしていたからだ。
私は、孤児院の中でもしっかり者として見られていたわ。
それが、今も抜けないの。
・・・ここに引っ越してきてから1ヶ月後。
夜眠っていると? 何処からか男女の会話から突然悲鳴が聞こえる
ようになったわ。
どんな会話かと言えば? 晩ごはんを夫婦なのか? 二人で楽しく
食べていると? 玄関のチャイムがなった、ドアを開けてみると?
いきなり3人組の男が家の中に入ってきて男性を殺してしまう。
奥さんは泣き叫びながら逃げようと必死だったが男性の力には勝てず
そのまま首を絞められて亡くなった。
この会話は、毎晩のように聞こえるようになっていた。
私は、心配になりこの部屋を借りた不動屋さんに電話で聞いてみる。
『・・・あのう? この部屋で男女の声が聞こえてその後、何者かに
夫婦なのか? 殺されてしまうような会話が私が寝ている時に
聞こえるんですが? それに、赤ちゃんの声も、これって、どういう
ことなんでしょうか?』
『・・・そうですか、スミマセン。』
『えぇ!?』
『そこは、“事故物件”です。』
『事故物件?』
『でも? その事件があったのは18年前です! だから今では
その部屋も事故物件として扱ってないんです。』
『・・・そんな、』
『スミマセン、貴女が借りる前に何人かその部屋を借りた方がいますが
何にも問題がありませんでした、ですから貴女にお貸ししたんです。』
『・・・・・・』
『どうされますか? お引越ししてもらってもいいんですよ。』
『・・・い、いえ、』
『えぇ!?』
『なんだか不思議なんですが、この部屋で起きている事は他人事じゃ
ないというか? 不思議なんですけど、もう少しこの部屋に居ます。』
『・・・そうですか、また気が変わったらご連絡ください。』
『・・・あぁ、はい。』
私は、何故か? この部屋の事が気になり......。
この部屋で、過去に遭った事件について調べてみた。
そうすると? ここに当時住んでいた若い夫婦は、産まれたばかりの
女の子がいたそうだ。
まさかと思い!?
私は、孤児院に行って私がこの孤児院に赤ちゃんの時に置き去りにさ
れた時の事を、一番古い先生に聞いてみた。
そうすると? 私の本当の下の名前を教えもらう。
私の下の名前は、【七菜香】という名前だったらしい。
新聞の記事に、赤ちゃんだった女の子の名前も【七菜香】だった。
殺されたのは? そう、“私の本当の両親だったのだ!”
新聞の記事に、赤ちゃんだった私の首にかけられていたモノと今も
私が大事にしているネックレスが一緒だった。
その時、着ていた服も当日私が着ていた服だった。
今思えば、ふらっと見つけた不動屋さんで即決で決めたこの部屋。
全ては全部、繋がっていたのかもしれない。
私は、両親の想い出の場所と思うようにして。
今でも、この部屋に住んでいるです。
最後までお読みいただきありがとうございます。




