公爵令嬢と天使のような少女。
グラントリア国の第一王子として、茶会への出席は義務のようなモノだ。
しかし、こういった場は苦手で仕方がない。
まだ子供なのに、色々なパヒュームの匂いが混じり吐き気さえ覚える。
「ごきげんようチェイス王子。今日はお招きいただきありがとうございます。」
ヴィンセント公爵の娘か。
確か……リリアンとビビアンだったハズ。
毎度茶会に出席し、ヴィンセント公爵に連れられて城にもよくやって来る。
ヴィンセント公爵は、ことあるごとに婚約の話を持ち出すし正直うんざりしている。
父は、元々王位継承権がなかったので自由に恋愛し婚約者を決めた。
同じように好きに選んでも良いと言われているが……。
「ごきげんよう。楽しんでいってくれ。」
正直、そんなことよりも第一王子として覚えることや、やることがたくさんある。
「兄さん、もう少しだけ愛想よくしたら?」
「そうですよ。あまりにも、顔に出すぎです。」
弟のロベルトと宰相の息子ドナルドは、にこやかに令嬢に接している。
次から次へと来る令嬢全員に、愛想を振りまくなんてできるハズがない。
「僕は、何かお菓子を取って来ますね。何がいいですか?」
「…チョコレート。」
ドナルドは、クスクス笑いながらお菓子を取りに行ってくれた。
ペラペラと話す内容は、最近買ってもらったモノや身に着けているモノのことか、お世辞……。
それにしても、ドナルドがなかなか戻って来ない。
何をしているんだ。
「…遅い。」
「ハハッ、少しマリー嬢たちと話していたら遅くなってしまいました。」
皿に乗っているチョコレートが少ない……。
「あぁ、少しアストレア家の次女にあげたんです。」
俺のチョコレートが……。
そういえば、アストレア家の令嬢はまだ挨拶に来ていないな。
アストレア公爵は、父の旧友で信頼されている人物だ。
婚約の話を父が振った時に、そういえば娘は一生独身でも構わないと言っていたような……。
他の公爵とは少し違っているし、何より敵に回すべきではないと子供の俺でもわかる。
流石に退屈になってきたな……。
「少し、抜ける」
「えっ、兄さん。」
ドナルドを自分が座っていた席に座らせ、引き留めるロベルトを無視して抜け出した。
宰相の子供のドナルドなら、狙う令嬢は少なくないだろう。
何より、この庭園に入れる機会は少ない。
古い本で見た場所がどうしても気になっていたんだ……。
たしか、こっちの方だったハズ。
どこの令嬢だ?王家にしかないあの本の内容を知ってここにいるのか?
「何をしている?」
アストレア家の長女のマリーは、妹を探しているだけのようだった。
アストレア公爵の神獣が、本で記された神獣の住処への入口の前で動かない。
まぁ、彼女の妹がその中にいるわけもないし、探さずともすぐに見つかるだろう。
変に手を貸して、勘違いされても困るからな……。
去って行こうとすると、凄い光が後ろからさしていることに気づいた。
思わず声を荒げたが、逃げられなかっただろうか……。
目を開くと、髪の毛がふわふわした少女が大きなネコのようなモノを抱いて立っていた。
一瞬、彼女の後ろからさす光のせいで天使か何かかと思った。
それよりも、うそだろ……。
その子は、マリーの妹のレニーのようだ。
神獣の住処に入っただけでなく、それを抱きかかえて出てきたのか?
自分でも気づかないうちに、小さな彼女を質問攻めにしていた。
確か、まだ学園にも入学していなかったはずだ。怖がらせてしまっただろうか……。
アストレア公爵の子息の双子ミシェルとダニエルがやってきた。
彼らは、学校でも比較的目立つ存在でドナルドと仲が良く、ロベルトの同級生だったはず。
マリーもそのまま去って行くかと思ったが、彼女は残ってくれた。
「報告されるのですか?」
第一王子として話すべきだとは思うが、レニーのことを考えれば話さない方が正しい気がした。
それに、ここで信用を失えばアストレア公爵と父の仲もどうなるのかわからない。
絞り出した言葉は、個人的に聞かせて欲しいという言葉だけだった。
これでは、警戒されてしまうかもしれない……。
しかし、マリーは後日学園で話してくれると言ってくれた。
多分、約束を破ったりはしないだろうが、神獣が目撃しているのでアストレア公爵にも伝わる可能性が高いだろう。
あの人は、自分のような子供を信用してくれるのだろうか。
「僕たちに令嬢を押し付けて、どこに行っていたの?」
ロベルトとドナルドが、庭園の方へ来ていた。
「入り口は、見つかりましたか?」
2人は、同じ本を読んだので神獣の住処のことも入り口のことも知っていた。
弟と兄弟同然に過ごしているドナルドに上手くウソがつけずに黙り込んでしまった……。
「僕たちも、行ってみようよ。」
3人で、再び神獣の住処の入口の前へと訪れた。
やはり、何も起こらないか……。
「何を隠しているんです?」
「いや、……今は話せない。」
2人に隠しごとをするのは、心苦しいがマリーとの約束通り誰にも話さない方が良いだろう。
納得はしていないようだったが、2人は何も聞かずにいてくれた。
あの神獣の情報が、他の本に載っているだろうか。
「もう、お開きにしますか?」
ドナルドが、私の方を見て尋ねた。
確かに、茶会どころではないし、第一婚約者を決める気もないからな……。
「そうだな。」
それにしても、天使などいるハズがないのに一瞬でも勘違いするなんて、今更ながら恥ずかしいな。
口に出なくて良かった……。