メイドとクンツァイト。
シーツとかを干していると、服を引っ張られた。
「どうされたんですか?」
レニーさまが、チッチと一緒に私をみていた。
ニコニコしている……。
今度は、何をする気なのだろうか。
ほんとうに、活発で毎日動き回っている。
そう思えば、書庫に入り浸りなかなか出て来ようとはしない。
ミシェルさまも書庫に入り浸ってはいるが、上に登ったりはしない。
「ねぇ、街に行きたい。」
街に行くのは禁止されている。
旦那さまと前に出かけた時には、平民の子供と一緒に遊んでいて見つけた親が焦って、謝罪してくる羽目になったのだ。
もちろん、旦那さまは迷惑をかけたと謝罪しお詫びの品を送っていたが……。
「いけません。」
「でも……。どうしても行きたいの!」
服を握ったまま離そうとはしない。
「何か欲しいモノがあるのですか?」
あまりモノは欲しがらないので、珍しいけれど。
「わたしのじゃないの。」
一体どういうことだろう。
「とにかく、街にはいけません。」
黙り込んでしまった。
仕方ないな……。
「…奥様に聞いて、ダメだと言われたら諦めてくださいね。」
レニーさまの表情が明るくなる。
「うんっ!」
本当に、この方は学園に入学してやっていけるのだろうか。
ただでさえ、アストレア家は有名なのに。
すり寄ってくる令嬢や子爵もいるだろう……。
奥様がなだめたのだろうか。
レニーさまは、一緒に屋敷の中へと入って行った。
ローランさまは、ガオの尻尾で遊んでいる。
ほかの子供たちに比べると大人しく、すこしぽやんとしている。
旦那様が帰宅し、私は仕事に戻った。
アーティが出迎えに向かったので、私は食事を他のメイドたちと準備することに。
テーブルを整えて給仕室に戻ろうとすると、前から慌ただしい足音を立てながら向かってくるレニーさまの姿が見えた。
「屋敷の中を走ってはいけないと、言っているでしょう……。」
速度を落とさずに、私に突っ込んできた。
むしろ、私が受け止めるのを楽しんでいるふしがある。
「はい、これっ!」
レニーさまは、バレッタを取り出した。
「付けるんですか?」
髪の毛につけて欲しいんだろうか。
「ちがうわ。ロゼにあげるの。」
「えっ……?私にですか?」
ピンクの宝石のついたバレッタだ。
メイドなんかが付けるような品物ではない。
レニーさまは、ニコニコしたままどこかへ行ってしまった。
驚いていると、奥様が私の方へ来た。
「良かったら、つけてあげてちょうだいね。」
「いえ、でも……。」
いくらレニーさまがくださったとはいえ、私のような者がつけては……。
奥様は、私の手からバレッタを取って後ろに回った。
「これは、クンツァイトという石がついているのよ。レニーが作ったモノだし、あなたにとってきっといいモノだから……。」
石と言ったけど、宝石なんだろう。
レニーさまが、わたしのじゃないと言ったのはこういうことだったのだろうか。
「あれ、ロゼももらったんだ。良かったな。」
アーティがバレッタに気づき声をかけてきた。
「えぇ、アーティも?」
「いや、俺じゃなくて。マリーさまたちにさっきプレゼントしていたんだよ。」
そういうことか。
なんだか、ますます申し訳ない気がしてきた……。
「クンツァイトだね。ふふっ、さすがだな。」
「知ってるの?」
アーティは、クスクスと笑っている。
「自分で調べると良いよ。自由に使うように言われてるんだから。」
そう言ってさっさと行ってしまった。
知ってるなら、教えてくれればいいのに……。
仕事を終えてから、書庫へと向かった。
すると、マリーさまがブツブツと言いながら本を広げている。
あれほど、本が苦手だったのに。
でも、明日も学園に行かないといけないから、流石に眠った方が良いと思い声をかけた。
調べ物をすると言ったら、辞書を貸してくれた。
アストレア家の人たちは、私たちに優しすぎるのだ。
本に手をかざし、調べたいことを思い浮かべる。
確か……”クンツァイト”
本がパラパラと動き出し、ページが開いた。
”クンツァイト別名スポデューメン
純粋な愛・浄化・心の傷を癒す”
レニーさまは、きっと意味など解っていないのでしょう。
それとも、宝石言葉の意味を知っているのか……。
私は普段、コンタクトをして瞳を黒く見せている。
本当の瞳の色は、クンツァイトのように紫に近いピンク色。
だから、レニーさまに渡された時にとてもびっくりしたのだ……。
私の目は、この国でも珍しく透明度が高いこともあり高値で取引されていた。
両親の顔など覚えてはいないが、”気持ちの悪い目”と言い放たれたのを覚えている。多分、どちらにも同じ目のような人はいなかったんだろう。
目玉だけで取引されることもあるそうだが、私は幸い伯爵の子息に買われた。
その伯爵家は、アストレア公爵の商売を手伝っている家だった。
奴隷の私でも、知っているほどアストレア公爵は有名な人物だった。
いわば、国の表と裏の商売の一切を担っていると……。
私が買われてしばらくすると、伯爵家にアストレア公爵とアーティが来た。
子息は、アストレア公爵と親しくなれると思い彼に私を見せたのだ。
”珍しいモノを手に入れたんですよ。見てくださいこの瞳。よろしければ、お譲りしますよ。”
彼は、アストレア公爵が私を商品として気に入ると信じて疑わなかった。
もちろん、私も飼い主が変わるだけだと思いどうでも良かったのだ。
しかし、アストレア公爵は噂とは一切違っていた。
わざと裏の商売を広げているという噂を広めて、手を出した貴族たちを断罪していたのだ。
元々、私がいた伯爵家は資金を不正流用していたことで目を付けられていた。証拠を持ってきたアストレア公爵に、私を見せたことで廃嫡が決定したのだ。
廃嫡になった貴族たちは、最低限の土地と資金を与えられたそうだ。
この屋敷に連れて来られた私は、生活を保証されて十分に暮らしていけるだけの知識を与えられた。
私は、他のメイドたちも同じ境遇だったモノがいると知りメイドになることを選んだ。もちろん、この屋敷から出てまっとうな働き口を紹介してもらい街で暮らす人たちもいる。
初めて私を見た奥様は一切嫌な顔もせずに、「綺麗な瞳ね。前髪で隠れているのはもったいないわ。」と言ってくれた。
良い噂ばかりではないアストレア家だが、実際は優しい人たちの集まりだ。
コンタクトだって、奥様たちが用意してくれているけれど、聞いても答えてはくれなかった。
心の傷などとっくに癒えているだろう。
暖かい人たちに囲まれ、私はこのうえなく幸せなのだから。
私にもし、純粋な愛があるのだとすればレニーさまやアストレアの方々の為に使いましょう。
旦那さまは、縁談の話しなどを提案してくれることがあった。でも、私はここでレニーさまたちの成長を見ていたいのだ。私の服を掴み、走って飛び込んでくる優しい子から離れることはできないだろう……。
「どうだった?」
気づくと書庫の入口に、アーティが立っていた。
「…正直、何と言えばいいかわからないわ。」
「たぶん、感動とか感激しているんじゃない?」
確かに、そうなのかもしれない……。
「それ、もう必要ないんじゃない?」
「…うん。」
明日は、レニーさまが食べすぎるので隠しているチョコレートを出そう。