聖女とは2
「皆さんが求めている聖女がなんであれ、私はそれにふさわしい人間ではありません。」
ライラは、淡々と話しを始めた。
「この国には魔法があり、私たち2人の光の魔力は特別なモノです。――しかし、神にも聖女にも救えないことがあるんです。」
ライラの目には、うっすらと涙が浮かぶ。
彼女は、前世でどんな生活を送っていたのか。
石碑の時の様子を見れば、良い人生とはいえなかったのかもしれない。
「ほとんどの物語では、主人公はピンチの時に神様などが救ってくれて、悪役は倒される。――ですが、これは現実で……。どれだけ叫ぼうが、祈ろうが神が助けてくれるわけではありません。」
レニーは、話しをするライラを見つめる。
「私には、皆さんの願いを一身に受け止められるほどの器はありません。――ですから、聖女を辞退させて頂きます。」
ライラの発言で静まり返っていた場が、再びざわめいた。
人々は、ライラ嬢が辞退したことでレニー嬢が聖女になると感じたようだ。
しかし、レニー嬢は本当に聖女になる気なのだろうか?
(ライラさま、そのまま立っていてくださいね。)
レニーがライラの耳元でささやいた。
「期待して頂いて光栄なのですが、私も聖女を辞退させて頂きます。」
レニーは、にっこりと微笑んだ。
「ライラさまのおっしゃったように、光の魔力があっても皆さんを救うことなどできません。」
レニーは、口に指を立てて話し始めた。
誰もが、彼女に注目する。
「信仰心は大切で自然に命に感謝することを忘れてはいけません。――ですが、神様も万能ではないでしょう。」
レニーは、マリーの方を見て微笑んだ。
「人を助けるのは、人なのです。――ですから、会ったことのない神様よりも聖女よりも、皆さんには頼りになる人たちがいるのではないでしょうか?」
レニーが振り返ってチェイスを見た。
まさか、このタイミングで俺に引き継げと言うのか……。
(本心のみお話しください。)
レニーがチェイスの耳元でささやいた。
そういうことか……。
「国に不満を待っている人もいることだろう。至らぬ点があることも承知している。――より良い時代を作る為、王子として皆に力を貸して欲しい。」
人々がざわつく。
こんなことで怖気づいてしまうようじゃ、グラントリアを統べることはできないだろう。
「どうか、我々が築く国のこれからを見ていて欲しい。」
レニーは、マリーたちにステージへ上がるように指示をした。
「街外れの方は知っているかもしれませんが、文字の読み書きや薬草の作り方や畑の耕し方やレシピなど色々なことを教えたのは、ここにいる皆さんです。――もちろん、他にもいますが。」
国民たちも徐々に状況を理解したようだ。
「もちろん、これからも広めていくつもりでいます。――ね、チェイス王子?」
知っていたのか。本当は、一番に知らせるつもりだったが……。
「あぁ、これからも我々は国民の生活をより良くする為に尽力する。――かねてから計画していた、学校を建てることも決定した。」
レニー嬢を見ると、満足そうに微笑んでいる。
全く、ますます頭が上がらないな……。
「教会に意見箱を設置する。気軽に使ってくれればいい。」
これは、レニー嬢にも言っていなかったことだ。
少しは彼女が驚いてくれると良いが……。
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「ライラなぜ、会いに来たんだ?」
どこかスッキリとした表情の彼は、私の知っている人とは別人みたい。
「聖女にはなれませんでした。――ふふっ、本当に嫌になりますね。」
私がこの世界に転生した時点で、ヒロインはすでにあの子だったんだろう。
「そうか。我々の完敗だな。――巻き込んですまなかった。」
見事なまでの完敗だろう。でも……。
レニー「あなたは、聖女にふさわしくないわけではありませんよ。――それに、今度は諦めてはいけません。約束です。」
前世を知っているのか……。
そんなハズはないだろうけど、何故か安心した。
「巻き込んで頂けて良かったです。――でも……。」
「どうした?」
レニーのような子がいるなら、攻略対象に転生してみたかったかもしれない。
「いいえ。何でもありません。」
「きっと、この時代なら……。幸せになれるだろう。」
本当に、この世界でなら幸せになれるかもしれない。
ドン
鈍い音が響いた。
「えっ……?」
振り向くと、衛兵が倒れている。
「ライラ、逃げなさい!」
ライラの口が塞がれた。
体の震えが止まらない……。前世でも感じたことがある、これは恐怖だ。
「くくっ、警戒する必要はない。――可哀そうなエリオット、計画が失敗して残念だったな。一緒ににがしてやろうか?」
「結構だ。今すぐ、彼女を離せ……。」
エリオットが、凄い形相で睨みつける。
「そうか、では邪魔者は消えよう。――平和ボケしたこの国で、せいぜい長生きするんだな。」
「……誰なんですか?」
誰かに似ていたような気はするけど……。
「ライラ、今すぐ城の人間に知らせろ。――それから、あの子に結界を張らせるんだ。きっとできるはずだ。」
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帰宅すると、待ち構えていたお母さまとロゼは、レニーを見て驚いていた。
無茶なことをしたことがフィンによってバレ、こんこんと説教されることに。
「ねぇ、ネブルとリネィを飼ってもいい?」
レニーは、2匹をお母さまに見せた。
「まったく……。少しは人の話しを聞きなさい。――いいけど、この子たちチッチと仲良くできるのかしら?」
神獣を飼うと言ったレニーもだけど、お母さまの対応も少しズレている気が……。
「何を食べるのでしょうか?――少し体が大きいようなので……。」
2匹をまじまじと見ながら、ロゼが言った。
ダニエルとミシェルも私を同じことを考えているようだ。
「とにかく、レニーも姉さんも今日はゆっくり休んだ方が良いんじゃない?」
「確かに、ミシェルの言う通りね。――疲れたでしょうから、今日は早めに休みなさい。」
レニーに傷を治してもらったからだろうか、不思議と体は疲れていない。
それよりも、転生のことを話すべきかもしれない。
「お母さま、私……。」
アイリーンは、マリーの頭を撫でた。
「あなたは私の大事な娘よ。今までもこれからもね。」
気持ちがこみあげて、何も言うことができなかった。
部屋に戻ると、レニーが来た。
「入っても良い?」
ドアからひょこっと顔を出す仕草は、何年も前から変わらない。
「えぇ、もちろんよ。」
レニーがじっと私の顔を見つめる。
前世のことが聞きたいのかしら……。
「……前の世界に戻りたい?」
うつむきながらレニーが尋ねた。
「えっ?」
前の世界……。
いつも謝る両親と真っ白な病室。
「もし、お姉さまが望むなら……きっと方法を探し出すわ。」
珍しく、弱々しいレニーの声を聞くとなんだか落ち着かない。
ここに居て欲しいと思ってくれているんだろう。
「ふふっ、レニーこっちを見て?」
目に涙が浮かんでいる。
全く未練が無いとは言わないし、両親に元気な姿を見せれたらとも思うけど……
「……私が戻りたいと思うのは、いつだってあなたたちのいるこの場所よ。」
レニーの目が大きく見開いた。
レニーは、マリーに思いっきり抱き着いた。
本当に、この世界に生まれてよかった。そう心から思える。