儀式ー6
ドサッ(ライラが崩れ落ちる音)
ビビアンたちが悲鳴を上げた。
司祭の部下は、ライラの首を斬ったのだ。
アザレアの花に血が広がっていく。
次は、私の番なのだと思うと足が震え出した。
「王族の前で何をしているかわかっているのか?これだけの目撃者がいるんだぞ。」
チェイス王子が司祭に言った。
確かに、私はともかくチェイス王子やビビアンたちが見ているのに。
儀式が成功したところで、王族に囚われるのは確実だろう。
「王族にどれほどの力があるんです?――勘違いしているのは、そちらの方だ。」
司祭がチェイスを見つめる目は、今まで見た彼の表情とは全く違っていた。
「そもそも、この3人の祖先はあなた方王族に苦しめられたのをお忘れですか?――能力を公にするなと言われている理由は?ライラが自分の能力を知らなかった理由は?」
黙り込むチェイスに、司祭は追い打ちをかけた。
「あなたには、関係のないことです。――それに、ライラさまの止血をしないのであれば私は協力いたしません。」
代わりに答えたのはレニーだった。
「あなたの母も、王族に苦しめられた犠牲者なのですよ?」
「…止血を。」
確かに、お母さまが魔法を使わなくなったのは王族が原因だった。
レニーのことを隠しているのも……。
「構いませんが、私は傷口を塞ぐ程度しかできませんがね。」
司祭は、ライラの傷口を塞いだ。
「まだ、息はありますけどこのままでは彼女は死ぬでしょうね。」
司祭は、淡々と死を口にした。
もしかしたら、彼女は最初から聖女の器になる気だったのかもしれない。
そんなことを願うほどに、前世で辛い思いをしていたのだろうか……。
「私が器になれば、姉とライラさまを助けてくださいますか?」
「レニーさまっ!おやめください。」
フィンが大声で叫んだ。
「フィン、手から血が出ているわ。――ビビアンさま、手当してくださいませんか?」
「レニー嬢、何を考えているんだ。――君はっ……。」
チェイス王子の悲痛な叫びが、胸に突き刺さる。
「私は、そんな方法で助けられてもうれしくないわ。――レニー、あなたなら……。」
イヤーカフを外して、全員を攻撃すればいい。
私たちが巻き添えになったとしても、司祭を倒すことができるハズ……。
「逃げることはできません。――結界を解く方法は、彼が持っているはずですから。」
「ふふっ、思ったよりも鼻が利くようですね。――そうですよ、私しか聖脈を操る方法は知らないのですから。」
聖脈……?
「聖脈を使う結界は特別でね。――全く、苦労しましたよ。」
「それで、約束できるのですか?」
司祭は、にっこりと微笑んだ。
「約束しましょう。――あなたが器になるのなら、彼女たちを救うと。」
「レニー、こっちを向きなさい。」
ヒロインなんてどうでもいい。
妖精王の言ったように、この世界は現実で彼女は私の妹なんだから
器になんかさせてたまるか……。
「おやおや、無理に魔力を発動しようとすれば、腕が痛くなってしまいますよ。」
レニーは振り向いた。
「お姉さま、体に傷がつきます。――やめてください。」
困ったように微笑んだレニー。
「わたしは……おねえちゃんなのよ。――守れなかったと後悔するくらいなら、死んだ方がマシなのよ!」
「……マリーお姉さま。(信じて)」
レニー……?
口パクだったけど、何か企んでいるの?
いつものように、微笑んだ彼女は再び司祭の方を見た。
「美しい姉妹愛ですね。――では、姉を救う為に石碑の横へ立ってください。」
レニーは、髪の毛の入ったビンを受け取り黙って指示に従った。
司祭が私の方を見て微笑む。
彼の部下は、私の腕を斬った。
痛いけれど、そんなことはどうでもいい。
私から流れた血が、アザレアの花の下を進んでいく。
術式が隠されていたんだわ……。
「さぁ、時間です。」
一気に空が暗くなり始めた……。
「……もしかして。」
「おや、前の世界で見たことがあるのですか?」
太陽が、月によって隠れだした。
日蝕が始まったのだ。
「さぁ、髪の毛を手に持ち、石碑に魔力を注ぐのです。」
レニーは、ビンから髪の毛を取り出すと石碑へと手を伸ばした。
アザレアの花たちが不気味に光り出した。
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「旦那さま……。」
「…これが狙いだったのか。」
辺りが暗くなっていく。
魔術師たちの儀式を行うには、絶好の機会だ。
月が太陽を覆う時、最も魔力が強くなるとも言われている。
「間に合わないのか……。」
結界を作っているのは石碑だが、元は国に流れている聖脈の力を強めているだけだ。
どこかに弱い部分があれば、もしくは直接聖脈に全員の魔力をぶつけることができれば……。
「しっかりするんだ。――お前の娘たちは、きっと諦めてはいない。」
「……はい。」
頼りになる兄で心から尊敬している。
兄か自分か、などという決断を迫られたことはない。
あの子たちが、今そんな選択肢を強いられているのかと思うと……。
「いたずらっ子のレニーさまが、司祭の言うことを正直に聞くハズはありません。」
「……そうだな。――レニーはいつも驚かせてくれる。」
司祭を驚かすようないたずらを、あの子が思いつけば……。
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「ふふっ、ついにきたぞ。――私の努力がついに、報われるのだっ」
司祭が大声を出して笑い出した。
「あなたの部下は知っているのですか?――生き返らせたい人物が、聖女ではないことに。」
「何の話です?」
レニーが笑いだした。
私も、チェイス王子たちも唖然としている。
「ふふっ、持っているハズがないでしょう?――聖女の髪の毛なんて。」
司祭の部下たちが顔を見合わせ始めた。
確かに、神話に登場するような聖女の髪の毛をずっと保管していたというのだろうか。
「聖女なのですから、教会が形見を持っていても不思議ではないでしょう。」
「まぁそうですが……。――ビビアンさま、大昔に術者たちが化け物を生み出したという話しを聞きませんでしたか?」
レニーは、ビビアンの方を見た。
「えぇ、でも……。」
「……もしかして。」
チェイス王子が呟いた。
何の話をしているか全くわからない。
「初めて蘇生術を行った者たちが使ったのが、聖女の遺体だったのですよ。」