儀式ー5
転生した瞬間から、私には前世の記憶があった。
前世の私は、いわば愛妾の娘だったのだ。
母は、教育費を受け取る為に最低限の食料などは用意してくれていた。
毎晩、甘い匂いを振りまいてどこかへ行き、帰って来ないことも多かった。
基本的に母のモノに触ると怒られた。
けれど、山積みになっている使わないモノは触っても良かった。
ぬいぐるみやお土産のようなモノなど。
ある日、母はゲームをプレゼントされた。
ゲームなど一切しない母は、他のプレゼントと同じく山積みにしていた。
そこから私のゲーム好きは始まった。
小さな町だったから、母親のことや父親のことで悪口や嫌がらせを受けるのは慣れていた。
ただ、ゲームだけが私の救いになっていたから。
高校を受けずにいると、本当の父親の部下が迎えに来た。
母は、初めて私を抱きしめて連れて行くなと叫んでいた。
連れて行かれた先は、とても大きな家だった。
離れに案内されて、そこで暮らすように言われた。
高校へも通うことになったけど、やっぱり私は蔑む対象だった。
半分血の繋がった兄と妹が2人いた。
妹は、遠巻きに私を蔑んだが兄は違っていた。
彼は頭がおかしかったのだ。
ある日、離れに戻ると彼は私の部屋にいた。
母は、私に干渉しなかっただけ良かったんだと思った。
日に日にエスカレートする彼の行為は、もう人ではないみたいだった。
顔は見ていないけど、誕生日にお金をくれる父。
1度だけ、学校を抜け出してゲームを買いに行った。
そこで~あなたを別世界へご案内いたします~というキャッチフレーズの「王子の囁き」を購入した。
1人の時間は、ゲームに熱中していた。
現実では、感情が死んだように感じていた私でもその時間だけは心が躍った。
特に私が憧れたのは、みんなに好かれていたライラだった。
彼女のように、特別な存在になれれば誰かが愛し認めてくれるのだろうか……。
高校の卒業が近づくと、家に呼び戻された理由を兄が話し出した。
父は、兄の行動に頭を悩ませていたそうだ。
世間体が大事な世界で、兄の行動が知れればとんだ恥さらしになってしまう。
そこで、私が家に呼ばれた……。
兄が、外で恥をさらさぬように。
万が一にでも、自分の娘を傷つけないように……。
期待していたわけじゃないけど、全てがどうでもよくなった。
母にとっては金づるで、父にとっては捨て駒。
「殺して」
自然と口から出ていた。
その後のことは覚えていない。
次に目が覚めるとこの世界だったのだ。
貧しい家に普通の両親。
一緒に眠る布団や、抱きしめられる温度には慣れなかった。
夢から覚めるかもしれないと、眠るのが怖かった。
ある日、司祭さまがやって来て私には魔力が目覚めると言った。
本当に、あのライラに生まれ変わったんだと実感した。
彼が転生させてくれたことを知り、私は心から感謝した。
「ゲーム通りに進むかは、君次第ですよ。」
そう言われ、彼が言うことには何でも従った。
笑顔の練習をしたり、必死にゲームを思い出してライラになろうとした。
魔力を目覚めさせる為だと言われて、手に術式を書かれた。
何時間も待ったりして、妖精に触るように言われた。
初めて見た妖精に興奮して触ると、彼らは飛べなくなってしまった。
何をしているかは知らなかったけど、良くないことだとは思っていた。
けど、「良くやった」と彼に言われると嬉しかったのだ。
学校に入学すると、全然思い通りにはならなかった。
アストレア家の令嬢を見張るように言われた。
途中で、マリーが転生者だと知り「王子の囁き」の話しをしたかったけど司祭に止められた。
仲間を見つけたみたいで嬉しかったけど、彼女は私なんかと違って愛されていた。
家族からも友人からも……。
必死で私がライラを演じても、何一つ上手くいかなかった。
みなが認める可愛い子は、マリーの妹のレニー・アストレアだったのだ。
ヒロインになることだけを必死に目指した。
でも、レニーが入学するとチェイス王子は彼女にしか関心がなくなった。
私がヒロインにも関わらず、悪役になるはずの令嬢たちも彼女と仲良くしていた。
シナリオ通りに何一つ進まなかった……。
「聖女になる気はあるか?」
ある日司祭に聞かれて、私はすぐに返事をした。
けれど、王様たちはなかなか認めてはくれなかった。
司祭さまが留守にしている日に、私は彼の地下室へ忍び込んだ。
そこには、たくさんの本や術式などが張り巡らされていた。
読めない程、古い文字などもあった。
本を手に取って、私は使えそうな術式を探した。
シナリオを少しでも、ライラルートに戻そうとしたのだ。
人の印象を変える魔法があったから試すことにした。
でも、変わったのはモブキャラの令嬢たちだけだった。
司祭さまは、ある日急にレニー・アストレアをもう1人の聖女候補として発表した。
「どういうことなのですか?」
「あぁ、聖女のことですか?大丈夫ですよ。安心しなさい。」
不敵な笑みを浮かべる司祭さまは、まるで別人のようだった。
街外れの復興で注目を浴びたレニーを見るのが悔しくて、自分も人助けをしていると言った。
すると、取り巻きたちが勘違いしてレニーが私の案を奪ったと言い出した。
他にも、彼女たちが勝手にレニーに突っかかったりしたせいで、チェイスには嫌われどんどん事態は悪化した。
司祭さまの言葉を信用できずに引っ込みがつかなくなった私は、街外れまでレニーたちに会いに行った。
子供たちに囲まれる彼女は、私が憧れたライラのようだった。
結局こっちが言い負かされてしまい、司祭さまに呼び出された。
「儀式には、必ず君たちが必要なんですよ。愛されるためなら、どこまで出来ますか?」
本当は、私を聖女の器にしようとしていることを知った。
司祭の後ろには、部下たちが私を捕らえる準備をしている。
「―――器になれば、今度こそ私は……。」
誰かに必要とされ、愛されるのだろうか……。
この世界でも、誰も私を愛してはくれない。
もし、器になることで愛されるのならば……。
これこそ、悪魔の取引だろう。
私は、司祭さまの手を取ったのだ。
「やはり、君を選んでよかったですよ。」
アストレアの令嬢が犠牲になろうとも、他の人に体が乗っ取られても構わないと思った。
再び、誰にも愛されずに死ぬくらいなら。。。
儀式の当日、気丈に振舞うレニー・アストレア。
彼女は、いつも正しいと嫌というほど実感する。
人を愛し、愛されて育ってきた子。
私の手に手錠がかかるまで、司祭さまを信じていた。
どんなに酷いことをさせられていたとしても、彼が褒めてくれるならと……。
私を器に選んでくれるのだと。
でも、彼が話している表情で薄々気づいていたのだ。
彼がレニー・アストレアを通して誰かを見ていることに……。
そして、その表情を浮かべるのはあの女性の名前を口にした時だけだと。
彼が生き返らせたいのは、聖女なんかではない。
こんな場所へ来るまで、気づかなかった。
私の目の前にいるこの子は、真っすぐ私を見てくれていたのだ。
ライバルなんて、バカみたいな言葉を本気で言ってしまえるのだ。
マリーがヒロインに選んだ女の子は、確かに選ばれるべき子なのだろう。
つくづく自分が嫌になる。
素直に第2の人生を歩み、彼女たちと接していたのなら……。
「――どうせ死ぬのなら、本当に彼が復活させたいのは……。」
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エンバーが気づいた、司祭がしようとしているのは、この世の理を変えてしまう。
「王さまっ!ご報告が……。」
「ムーア、何やら騒がしいようだな。」
もちろん、彼だって石碑の結界には気づいているだろう。
「エンバーの術式を体に受けて、ここまで来たのか?」
「はい。私が彼女に頼んだのです。」
他の妖精たちが、消耗しきった魔力を回復しようとしてくれた。
「レニーとマリーが危ないのです。――彼女を、復活させるつもりなのです……。」