師匠と禁術
あぁ、懐かしい夢だな……。
暖かいこの手が大好きだった。
「エンバー、もうできたのかい?……すごいじゃないか。お前はきっと、私よりも凄い術師になれるぞ。」
世界で一番すごいと思っていた人。
いつも、私に驚きと発見をくれた優しい人だった……。
薬草の匂いや、壁に貼られた術式……。
毎日色々な術を勉強し、薬草を混ぜて薬などを作っていた背中を見ると安心した。
「師匠、みてください。私も加護を得たんです!」
「……そうか。私にも会わせてくれるかい?」
思えば、あの時からルッソは私を利用する気だったのかもしれない。
それか、光の魔力が目覚めた時にはすでに……。
その日を境に、私の大好きだった研究室は一変した。
怪しい術式が張り巡らされ、人々の為と言っていた薬の研究を辞めたのだ……。
「いつになれば、妖精に会わせてくれるんだ?」
「ムーアは、あまり研究室が好きではないようなので……。」
今思えば、彼はこの時すでに妖精のポーションの存在を知っていたのかもしれない。
「では、お前が傷つけば妖精も姿を現すのではないか……?」
大好きだったあの手が、とてもおぞましいモノに見えたのだ……。
魔力を暴走させた私は、気が付くとルッソの腕が使い物にならないほどの傷を負わせていた。
「大丈夫だ、エンバー。君は目を閉じていろ……。」
ジェイソンが私を抱きしめ、ひたすら大丈夫だと言っていた……。
アレクセイたちが監視する中、アイリーンが何とか治療をしたが傷は完全には治らなかった。
投獄されたルッソに会いに行ったが、もう私の知る師ではなくなっていたのだ。
「もう少し……。もう少しで不死身の体を作り出すことが……。」
王たちによって断罪されたルッソは、牢屋から忽然と姿を消した。
中には、血で書かれた術式だけが残されていたのだ。
「…バー。エンバーってば!」
顔をペチペチと叩かれ目を覚ました。
目を開けると、ムーアが心配そうにこちらを見ていた。
「眠るなら、きちんとベッドで休みなさいよね。」
「ふふっ、そうだな。だが、少し調べたいことがあるんだ……。」
本当にヤツは、1人で牢屋を抜け出したのだろうか。
あの時は、向き合うのが怖くて避けていた。
でも、本当は何か手がかりがあったのかもしれない……。
いや、待て……。
「ムーア、あのルッソを捕らえた日、部屋に誰が来ていた?」
「えっ、ん~ジェイスンとアレクセイとキーラとアイリーンでしょ?あとは、アンガスと……。」
ふふっ、そうかあの男ならヤツを利用しようと考えるかもしれない。
「まさか……。」
「あぁ、たぶん。そのまさかだよ。」
奴は、いま城で拘束されているはずだ……。
コツコツ…コツ(地下室を降りる音)
特別に許可を出してもらったが、素直には答えないだろうな……。
「おい、聞きたいことがある。」
「ふふっ、美貌は健在のようだな。なんだったか…そうだ、華の貴公子?ククッ」
相変わらず、嫌なヤツだな。
落ちぶれても王族ということか……嫌味なほどに気品は失わないのだな。
「お前、ルッソを覚えているか?」
「…あぁ、あの頭のおかしくなった爺さんか。」
顔色一つ変えないか……。
やはり、こいつではないのだろうか……?
「ふふっ、あの老いぼれを俺が逃がし禁書を与えてやったと?」
「……違うのか?」
こちらを射抜くような目。
話していると、主導権があたかもこいつにあるような気分になる……。
「今更罪が増えようと俺には関係がないがな。あの禁書を、あいつに渡せばどうなるかぐらいわかっているさ。」
確かに、こいつは権力や戦力に走ったが……。
ルッソに禁書を渡せばどうなるかわからぬほど、バカじゃない。
「それよりも、面白い娘がいるそうだな。お前にとっては……姪になるのか。」
「……あの子たちにもアイリーンにも絶対に近づかせはしないぞ。」
どこで話しを聞いた……?
ずっと閉じ込められていたのではないのか。
いや、こいつがずっと大人しくしていたのだろうか……?
「おいっ。」
ガシャン!(牢屋が揺れる音)
「ふふっ、エンバー・ウィッチ。相変わらずの臆病者だな……ふふっ、帰るがいい。興が冷めた。明日、アレクセイをここへ呼べ。面白いことを聞かせてやろう。」
「エンバーさま。もうお引き取りください。」
私は、確かに臆病者だった……。
ルッソのことで心を閉ざし、アイリーンたちから逃げたのだから。
「大丈夫かっ?」
「…ジェイソン。なんで来たんだ。」
ジェイソンが走ってきた。
ヤツも、ろくに眠っていないハズだ……。
「なんでって、心配になったからだ。」
「大丈夫だ。それよりも、明日アレクセイにディアスの元へ行けと言ってくれ。」
心配そうに見つめるこいつの目が苦手だ……。
「わかった。送ろうか?」
「騎士団長様、そんなことはしていただかなくて結構だ。」
これで、いい。
今度こそ、私はアイリーンたちの役に立たないといけないんだ。
こいつといると、冷静になれない……。
「エンバーって、ほんとうにバカだよね。」
「どういう意味だ?」
ムーアは、呆れたようにため息をついた。
無駄になるかもしれないが……。
念のため、調べておこうか。