(6) インターミッション1
馬車は往く。
僕は御者台に座り、山道を進んでいた。日は高い。
馬たちは先ほど小休憩をとったためか、いつもより速足だ。アデルさんのアイデアでだったが、素晴らしい効果が出ている。
そのアデルさんは、後ろの荷台で聖女様、タンポポさんとともに寝息を立てていた。
昨夜はアデルさんが見張り当番だったので、この時間の馬車の操縦は僕がやっている。
しかし、本当に不思議な人だ。
今も、当たり前のように聖女様と肩を並べて寝ている。普通なら恐れ多くてできないことだし、実際僕なら無理だ。
でも彼はそれを当たり前のようにやってのける。でも、恋人とするようないやらしさはない。なんていうか、そう、まるで兄妹のようだ。
手綱を軽く引く。このあたりはあまり人通りがないのか、道が悪く、細くなっていた。カーブで脱輪しないように、注意深く馬を進める。
この慰問について、最初に聞いたときは何の冗談かと思った。
商人とその徒弟に扮し、辺境の村を慰問する。そんな雑な慰問聞いたことがない。
それに護衛の数。通常、少なくとも中隊の護衛が付く聖女の慰問。それなのに、今回護衛につくのは騎士団から二人だけだという。
その任務には、聖女様と年の近い僕とタンポポさんが就くのだそうだ。一体どういうことなのか。もっと大人の人がいたほうがいいんじゃないか。これでは、万が一魔族の軍勢に出会ったらひとたまりもない。
騎士として、白の聖女は一度見たことがある。強く掴んだら折れてしまいそうなはかなさを持った、まだほんの少女。あんな子に旅をさせるのか。
そしてタンポポさん。小隊が別なので、彼女と任務で一緒になるのは初めてだった。訓練ではよく見かけていたが、迫力ある体の使い方をするな、というのが印象に残っていた。
ていうか聖女様の護衛で僕って。タンポポさんは女性だからわかるけど、なぜ僕が。
どうなってるんですか、という僕の抗議の声をよそに、ひげの騎士団長はそれには答えず、顎のあたりを撫でまわしながら言った。
「魔族との国境近くだからな、あちらさんを刺激しないようにってことだろう。まあ、田舎だし、出ても精々猪くらいだろ」
それでも敵わなかったら逃げ帰って来いよ、といって団長は笑った。
聖女様もタンポポさんも女性だし、旅の最中どうしたらいいんだ。そんなふうに身のふるまい方を考えているうちに、出発当日になった。
旅の当日、僕らを連れていく商人という人物を紹介されて、すべての謎が解けた。
30くらいの、冴えない風体の男性だったのだ。名前はアデルさんというらしい。なるほど僕が必要になるはずだ。この男が旅の途中で変な気を起こしたとき、食い止める人間が必要になる。それが僕だろう。
商人としての能力も疑問だらけだった。なにしろ稼ぎもあまり良くないらしく、そのため王都などの主要な土地ではなく、僻地での商売をメインにしているらしい。
およそ徒弟など持てそうにないが、確かに聖女のカモフラージュにはこれ以上ない適役だろう。こんな稼ぎの悪そうな商人、山賊だって狙わない。
聞けば、僕たちを連れていくことでいくらかの報酬が支払われるらしい。
「俺みたいな商人には、貴重な収入源だからね」
そう言って笑った。
本当に苦労してるんだな、と思う。その時に荷台も見せてもらったが、とても高値では売れそうにないものばかりが積んであった。
大きめの亀の甲羅とか、変な形をしたニンジンとか、木彫りの像とか。続々出てくるのは、絶対売れないだろうというものばかり。あんまり商売のセンスがないのかもしれない。
極めつけは、めちゃくちゃ大事なのだろう宝箱に保管されてるものを頼み込んで見せてもらったら、中には変な形の葉っぱが数枚だけ。
「いったいこれって何なんですか?貴重なものなんですか?」
「え?あ、あー……。いや、これはその……そう!あれだよあれ、ちょっと珍しい形の葉っぱだから、きっと好きな人がいるだろうと思って!」
「それで宝箱にわざわざ入れてるんですか……?いや、あの亀の甲羅とかも売れそうにないものですけど、もっとましなもの入れてくださいよ。宝石とか入ってるかと思いました」
アデルさんは何か口の中でもごもごとつぶやいた後、ひきつった笑みを浮かべて言った。
「ま、これが俺の限界ってところかな」
その後、「商人用の服装だ」と、僕らに渡されたのは粗末な革の鎧。タンポポさんは「なんでこんな汚い鎧なんか」と文句をつけていたけど、僕にはわかってる。彼は彼にできる精いっぱいのことをしてくれていることを。
早速騎士団の鎧を脱ぐ。
「タンポポさん、そんなに言わないでください」
「コウセ、あなたそんな簡単に……!騎士団員としての誇りはないの?」
「もちろん誇りを持ってます。タンポポさん、騎士団は弱きを助け、強きをくじく国と民を守る組織です」
「え……ええ、そうね。そうだけど、どうして急に?」
「アデルさんがどんな思いでこの鎧を準備したか想像してみてください。あんな売れそうもないものばかり抱えて街から街へ。二人分の鎧を用意するのだって相当苦労したに違いありません。もしかしたら借金とかしたのかも!そんな思いで用意された鎧を着ないなんて、僕の、いえ、騎士団の正義が許しません!」
アデルさんが何か口をパクパクさせているが、きっと感動のあまり言葉も出ないのだろう。結局、タンポポさんもアデルさんが用意してくれた鎧を着ることになったし。めでたしめでたし。
旅が始まると、アデルさんはその見識の広さと知識の深さで、僕たちをサポートしてくれた。本当に、どうしてこの人が成功していないのだろうか。商品を見る目「だけ」がないのだ。本当に惜しい。
特に料理の腕が絶品だった。騎士団でろくなものを食べていなかったせいもあるが、少なくとも野営で出てくるレベルをはるかに超えている。何度も思った。商人やめて料理人として生きていけばいいのにと。
聖女様もタンポポさんも、彼の料理にはいつも舌鼓を打っている。タンポポさんなんか、騎士団では「舌殺し」と恐れられるほどの味音痴で料理下手だ。僕は知っている。彼女が当番の時、みんなして食事を残していることを。
そんな彼女でもわかるレベルのうまさというのは、だからこれはもうすごいことだと思う。なぜか対抗心を燃やしているが、やめてほしい。ここは騎士団ではないのだ。少人数だし、料理を残そうものならすぐにわかってしまう。
こないだもひどかった。何を血迷ったのか、アデルさんの作った料理に余計なアレンジをしてしまったのだ。「もっとおいしくしてやる」とか言っていたらしい。
「らしい」というのは、じつはこの辺の記憶があいまいだからだ。気が付いたら、アデルさんが隣にいて手綱を握ってくれていた。
こういうところのサポートにそつがないのが彼らしい。
そのあと、夜には二人で焚火を前にして話をした。彼は、僕に恋人がいないのかを気にしていた。
恋の話なんか、したことなかった。
なんだろう。あの時もそうだったけど、ちょっと胸がどきどきする。
そっと胸を押さえる。最近、サラシでも隠し切れなくなってしまっている。大丈夫だとは思うが、「一緒にお風呂」なんていうシチュエーションは避けなければならない。
恋かもしれない。そう思ってるのは本当だ。ただよくわからない。最初は興味本位だったのだから。このざわつく気持ちは何だろう。
後ろで眠る横顔に向けて、声にならない声を出す。想い人に向けて。
「アデルさん……。どうしてくれるんですか。こんな気持ちを押し付けて」