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(4) 11:38

 日が高くなり、ここらで一度食事をとることにした。道中が順調なので、最初の慰問先まであと二日といったところだろうか。


 比較的開けた場所を見つけたので、馬車をおり、馬をつなぐ。よく頑張ってくれてるよなこいつら。


 なでてやると、馬たちは気持ちよさそうに目を細めた。荷台からコウセに桶を放り投げ、川に汲みに行ってもらう。


 続けて馬用の飼い葉、俺たちの昼食用の干し肉、野菜、小麦粉を取り出し、飼い葉は馬たちに、干し肉と野菜は手早く切っていく。今回はスープにしよう。胡椒を利かせた、スパイシーなやつだ。


 胡椒は魔族の国でしか取れず、それゆえに超貴重品だ。黒、白、赤、青の4種類があり、それぞれ加工と熟成のタイミングによって色が変わる。肉の味に奇跡的な深みを与えるだけでなく、腐敗を遅らせるという効果があり、ホウリ聖公国では貨幣の代わりにも使用できる。味は貴族たちを虜にし、保存効果は船乗りたちから重用された。一応時間魔法というカテゴリの中に「時間停止」があるのだが、長い航海の間中、ずっと「時間停止」をかけ続けるのは無理がある。


 これだけ貴重なものだから、当然人間の中には悪いことを考える連中もいた。魔族の国から種を持ち出したのだ。


 が、その目論見はうまくいかなかった。畑にまいても芽が出てこない。人類の間では、魔族の国に漂う瘴気がなければ胡椒は育たないと言われていた。


 だが俺は知っている。胡椒自体、種から育てるのが非常に難しく、それゆえ魔族の連中は「挿し木」と呼ばれる技術を使い、胡椒の木を増やしているのだ。何で知ってるかって?買ったからね、魔族の国の胡椒畑を。


 はーい。というわけで今日はこちらの胡椒を、「ウソッ!」というくらいぶち込んでスープを作りまーす。材料を俺に手渡してくれるのはこちら!騎士団の中でも「この子に料理させてはいけない」と言われているのでおなじみ、タンポポさんでーす。まあ貴族の家の子だし、料理はお手伝いさんとかが作ってくれるんだろう。


「なんかものすごい悪意を感じるんだけど」


「気のせいでしょ」


 『料理させてはいけない』って、すげえ表現だよな。コウセが言ってたんだけど、ちょっとしたイジメになりかねないぜ。


「もう野菜切っちゃったのよね。私も切りたかったなあ」


「タンポポさんが野菜を切るんですかあ……?」


「なによその目。騎士団の訓練には敵地を想定したものもあるのよ。そのとき、私の作った料理がちょっと評判よくなくてね」


「なるほど」


「それで、練習したいと思ってたのよ。敵地だろうと、おいしい料理があれば元気も出るってもんじゃない」


 その心意気はいいね。頑張る若者は応援してあげたくなる。


「まだストックあるし、やってみたらどうだ?」


「えっ、ストックあるの……」


「今ならもう1本おつけします」


「でも難しいんでしょう?」


「それが簡単なんですよ奥さん」


「誰が奥さんか」


「まあやってみたらどうだ?俺がついてるし、アドバイスしてやるから」


 タンポポは思案顔で、俺、野菜、荷台の順番に視線を移動させていたが、やがて意を決したように荷台に向かい、ニンジンを持ってきた。


「やってみるわ」


「おう、頑張れ」


「まずはぶつ切りに」


「その前にまず皮を剥こうか」


「いいのよ。訓練では丸ごとだったもの」


「ええ……?」


「今日はスープにするのよね。野菜は、皮と実の間に一番栄養があるのよ」


 どこで知ったんだその知識。ニヤニヤしながらこっちを見るんじゃないよ。


「栄養以前の問題な気もするんだが」


「じゃあぶっつぶつに切っていきます」


「『ぶっつぶつ』って、すっごい不穏当な響きを孕んでるよな」


 うわっ、指先を丸めずに野菜に添えてるよ……。指までぶっつぶつにする気か……?


「おい、あのな。左手の指先は丸めたほうが……」


「はあ?そうしたら力が入らないじゃない。何言ってんの?」


「いや、もし手が滑った時に指切っちゃう」


「大丈夫よ。騎士団に所属して毎日剣を触ってる私に限って、剣が滑るなんてありえないから」


「それ剣じゃなく包丁……」


「うるさいわね」


 明らかにイライラした様子でタンポポが答える。沸点低すぎやしませんかね。


「ここはもうやっておくから、あんたは馬たちのブラシがけでもしてきなさいよ」


 追い出されるような形で馬車の方に歩いていくと、ソラがこちらを見つけ小走りで駆け寄ってきた。馬車の中が暑かったのだろうか、髪をアップにしている。可愛い。


「アデルさん、お料理はもうできたんですか?楽しみです」


「これはこれはソラさん。料理ですが、今タンポポさんが手伝ってくれています。戻ったら仕上げを……ソラさん?」


「タンポポが……タンポポが手伝っているんですか?」


「ええまあ。どうかされましたか」


「いえ……。昔、教会のお台所で、タンポポとクッキーを作ったことがあるんです。まだほんの小さな頃でしたが」


 そんなことがあったのか。幼い二人が一生懸命粉まみれになってクッキーをこねている姿を想像し、ほんわかとした気持ちになった。


「シスターに聞きながら、頑張ってこねて、焼いて。出来上がったのを食べたんです」


「どうでした?おいしかったですか?」


「味がしなかったんです。おかしいですよね。だって蜂蜜は入れていたはずなんですよ?何の味もしないんです。虚無です虚無。ふふふ」


 ソラの目が笑ってねえ。


「タンポポが手伝っているとなると……すごいことになりそうですね」


「いやははは、野菜を切ってもらうだけ……のはず……?失礼します!」


 俺はソラに背を向けると、鍋の元へと駆け出した。


 そりゃ走るさ。鍋の方から、嗅いだことの無い臭いがしてきたんだから。




 鍋をかき混ぜているタンポポ。何やら難しい顔をしている。おい、それ俺のコックコートだぞ。なんで勝手に着てやがる。


 鍋から漂う臭いがやばい。この距離でも破壊力抜群。不潔なオーガも裸足で逃げ出すレベルだ。


「何をしてるんだ?」


「見てわからない?」


 タンポポは左手に持っていた、ピンク色をしたブドウのような謎の物体を鍋の中にぶち込むと、ぐるぐると攪拌をする。なんだあれ……?あんなもの、うちの馬車に積んであったか……?


 今や鍋の中は『闇色』としか表現できない色になっていた。混沌の神様が全力で魔法を唱えても、この物体を作り出すことは不可能だろう。


「手伝ってあげてるのよ」


「見りゃわかるがそういうことじゃねえんだよ。お前さっきまで野菜切ってたよな?あれどうした?」


「鍋に入れたに決まってるじゃない。スープにするのよね?」


 こいつ何言ってんだ?と言わんばかりの目でこちらを見るタンポポ。違うんだ、問題はこの短時間で、鍋の中に浮かんでいるはずの野菜たちがすでに影も形もなくなっているってことなんだ。ぶつ切りにしたはずなのに。形がなくなるにしてももう少しかかるだろう。


 それに色だ。用意してあったのは野菜と干し肉と塩と胡椒くらいのはずなんだが、それだけでこんな色になるのか……?コウセが持ってきた水に、何か呪いでもかかってたんじゃないだろうか。


「なあ、これ」


「うん」


 タンポポが笑う。素敵な笑顔だ。


「あんなんじゃ味が足りないと思って、いろいろ足しておいた」


「おおおーい!」


「何よ、急に大きな声出して。わかるわかる、食材の心配でしょ?大丈夫よ、馬車に積んである食材には手を付けてないわ。ちゃんとそこら辺に生えてるのとか採ってきたから」


「おいおいおいおおおおおーい!!」


「そんな大声出さなくてもいいじゃない。しっかり食べられそうな色ツヤのものを選んだわよ」


「キュッ」


「『キュッ』って言ったぞ!今鍋が『キュッ』って言ったぞ!」


「言うわけないじゃない。しっかり絞めたわよ」


 絞めた……?そこらへんに生えているものを……?


「最初は塩だけで味付けしてたんだけど、バランスが悪くて。そんでいろいろ足したんだけど、どうも理想の味にならなかったのよね。そんで食材の種類が増えちゃった。そこは確かに反省してるわ。今後に期待ってところね」


「今後に期待……?」


「まあでも、一日30品目取るのが目安って聞いたことあるし。逆に感謝してもらってもいいのよ?」


 そういって胸を張る。どこから仕入れてきた知識なのか知らんが、合ってるだけに小憎らしい。しかし30品目……?野菜いくつかと豚肉のほかに、あと何が入ったというのか。


「大体、あんたがこないだ作ってくれた、なんだっけ?カレー?だって、同じような色だったし、中身が溶けてたじゃない。でもおいしかったでしょ」


 カレーか。あれはたしかに美味い。帝国が独自の海運ルートから仕入れているスパイスを配合し、粉にした「カレー粉」は、どんな食材も一流に押し上げてくれる。


 惜しむらくは先日使い切ってしまったことだ。こんなことになるなら、少しでも残しておけばよかった。


「男のくせに細かいこと気にしすぎなのよ。だから未だに独身なのよ。ねー?」


「キュッ」


 クッ……!鍋にまで馬鹿にされて……!


「まだちょっと味のバランスが悪いのよね……。これを入れたらどうかしら」


 そういうと、タンポポは背中側からオレンジ色の果物のようなものを出した。ドブのようなにおいがする。


「うわくっさ!お前、これなんだよ!」


「失礼ね。臭くなんかないわよ」


 わかった。こいつ鼻がおかしいんだ。そうとしか思えない。


「あら、ミミカの実じゃないですか。懐かしい」


 言い合っている俺たちの後ろから現れたのはソラだ。コウセはと探すと、俺の代わりに馬にブラシをかけてくれている。あいついいやつすぎないかな。


 ミミカの実か。王都では主に、子供のおもちゃとして、この身をすりつぶした薬が「ミミカジェル」として売られている。すりつぶすだけなので安価だ。


 半分に切って中の実をほじくりだすと透明になる。


 この実の効果は単純で、できたジェルを顔に満遍なく塗り、誰かを思い浮かべると、その人の顔になるというもの。ちょっとした衝撃で顔から剥がれてしまうため、子供同士でまねっこするときによく使われている。


 俺が子供の時はこんなもの使って遊ぶ暇なんかなかったし、商売を始めてからは儲からないものには意識のかけらも向けなかったからなあ。


「小さいころ、すりつぶしてよく遊びましたわ。シスターになり切ったりして」


 ふふふ、とソラが笑う。


「で、その実をどうしようとしてましたの?」


 鍋を見てるソラの目が、見たことないくらい冷たいものになっている。怖え。


「え?味を整えようとしたんです。もう少しでたどり着きそうな気がするんですよね」


 そう言うと、躊躇なくミミカの実を鍋へとぶち込む。


 たどり着くってどこへだ。美食の向こう側へか。


「まあそうでしたの。ところで私、少し馬車に酔ったみたいで……。申し訳ありませんが、休んでいてもよろしいでしょうか……。お食事は皆様で召し上がってください」


「そ、そうですか……。聖女様、無理はなさらないでくださいね」


 がっかりするタンポポ。その瞬間、俺は見た。あからさまにホッとした顔のわが妹を。気持ちは痛いほどわかる。俺も今ここに魔物が襲い掛かってきて、食事どころじゃなくならないかなと期待してる。


「ええ、ありがとうタンポポ。少し休めばよくなると思うの」


「じゃあ、聖女様がよくなるまで、ちゃんと取り分けておきますよ!」


「えっ」


「いやタンポポ。行程的にちょっときつくなっているから、そんな時間はない。ソラさんには悪いけど、さっさと食って出発しないと、食料が尽きることにもなりかねない。残念だけど、ソラさんには一食抜いてもらおう。急がないと」


 実際のところ、行程は順調に進んでおり、なんならちょっと早いくらいなのだが、それは言わない。妹を守るためなら、お兄ちゃんなんでもするよ……!


「そ、そうですか!そうですよね!あー残念です!無念だなー!」


「ほら、聖女様もこう仰っているのに!ちょっとくらいの遅れが何ですか!気合で乗り越えましょうよ!」


「……」


「いいかタンポポ。俺は国王からお前たちのことを任された。予定通りに目的地に送り届ける約束をしたんだ。約束ってのは商人にとって何より重い。気合とかじゃないんだ」


 俺の真剣なまなざしに、タンポポが気圧されたかのように目をそらす。


「わかったわよ……。聖女様、本当に無理はなさらないでくださいね」


「ええ、ありがとう……」


「ソラさん。荷台の左側の箱、上から3つめに干し芋が入ってます。もし具合がよくなったら少しお腹に入れておいてください」


 夜までは長いですから、というと、彼女は花が咲くような笑顔を見せた。


「本当にありがとう」




 ソラが馬車の方に向かっていくと、タンポポがこちらに向き直る。


「コウセを呼んできましょう。3人だから。たっぷり食べてね。残すのももったいないし」


「キュッ」


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