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(3) 07:55

 王国は広い。早馬で端から端まで飛ばしても、60日ほどかかる。


 俺たちは、王国の真ん中から若干西によった王都から、王国領南東の端、ウィークスの村からグラムの村まで、4か所の村の慰問を目指していた。最後の村の慰問まで、55日かかる見込みである。むろん、雨や道の具合によっては、もっとかかることも予想される。


 こんな危ない場所に、この人数で向かうのだ。俺は財務大臣の顔を思い出し、怒りを覚えていた。


 彼はあの後、自ら辞職願を提出し、領地に引きこもっていると聞く。何かショックなことがあったのか、屋敷に引きこもり誰とも会っていないようだ。そのため、口さがない住人たちは「お大臣様が死んだ」などと口にしているらしい。


 ところで、王国の東から南にかけては、魔族領と国境線を接している。また王都から直接南東に向かう道はなく、一度大きく東に迂回しなればならなかった。大きな山があるため、どうしても回り道になるのだ。


 そのため、魔族の国境線ぎりぎりを通る形になる。


 俺たちの行程はすでに28日を数え、ちょうど川を越えたら魔族領、というところまで来ていた。


 とはいっても、魔族に襲われることなどは起こらないと考えていた。この辺りは山が多く、道幅が狭いため、大きな軍勢を動かすのに向いていない。また、どちらの国も国境沿いの村には砦を設けている。小規模な軍隊では、その砦を落とすこともできないだろう。


「今のところ順調ですけどね、何があってもおかしくない場所にいます。気を引き締めていきましょう」


 コウセが、目玉焼きを口に運びながら言う。少し口からはみ出していた部分が、ちゅるんと吸い込まれていった。


「それにしても、怖いくらい静かな旅よね。魔族にも気づかれた様子はないし。やっぱり少人数というのがよかったのかな」


「多分そうだろ。魔族も、こちらがピリピリしていなければのんびりとしたもんだよ。平時は交易とかもできたりするしな」


 タンポポの疑問に、俺が答える。魔族との取引は、俺も何度か経験した。もちろん交渉は魔族語で行う。先方の商品を買わせてもらうのに、こちらの言語で条件を伝えるなど、愚の骨頂だろう。悪手ここに極まれりだ。


 魔族の工芸品は、好事家たちに高い人気を誇っていた。芸術品に対するセンスや考え方が、王国とは全く違うため、危険を冒してでも取引が成功すれば、いい値段になるのだ。


「むしろ交渉ができない分、山賊や魔物の方が怖いね」


「魔物は、どんな種類が出てくるんですか?」


 ソラが、ちょうど掬い上げた匙を口に運ぶところだった。このあたりの魔物か。


「虫系でいうとボールワームとヒカリグモがよく出ます。手ごわいところだと、ブルホーンベアはちょっと相手にしたくないですね」


 ボールワームは人の腰ほどまである巨大な虫だ。甲羅状の皮膚を持ち、丸まって突進してくる。馬より早く移動することができ、ぶつかられれば盾を持った戦士といえどもただでは済まない。


 ヒカリグモは木漏れ日のように見える糸を吐くクモの魔物だ。複数の糸をより合わせて強度を高めており、一人で旅しているときにはまってしまえば逃れる術はない。


 そしてブルホーンベア。頭部に牛のような角を持つこの魔物は、驚異的な膂力とその突進力が大きな特徴だ。一回の商人ごときでは太刀打ちできるはずもなく、冒険者ギルドや王国兵たちの間では、4人で戦ってちょうど互角、という意味で「ヘッド:4」と定義されている。


 この「ヘッド」、魔物や個人の強さを測るのにちょうどいいということで、王国では広く利用されている。ちなみにボールワームのヘッドは0.5、ヒカリグモは1となっている。王国最強の騎士と呼ばれるグッドネス卿で、大体ヘッド19といったところか。


「大丈夫ですよ。私たちにはタンポポもコウセさんもいます。二人とも、とても頼もしいんですのよ」


「ええ。任せてください。必ずお守りいたします」


 胸を張って言うコウセ。ちなみに昨夜、渉外部からの報告により、この近くにブルホーンベアがいるということはわかっている。今のコウセとタンポポではちょっと荷が重いが、まるっきり魔物が出ないのも不自然だろう。とりあえず弱らせたうえで、生かしておくよう伝えておいた。


「まあ魔物になんて出会わないのが一番です。戦うのは最後の手段ということで。もしも見つかってしまった場合には、精一杯馬車を走らせますよ」


「あんた本当弱虫ね。大船に乗った気でいなさいよ」


「船底に氷山がぶつかったりしなきゃいいけどね」


「ぶっ飛ばすわよ?」


 俺は軽くため息をつき、すっかり冷めてしまった目玉焼きをかきこんだ。





「あ、また来ましたよ」


 コウセが指さした先に、黒い鳩が飛んでくるのが見えた。足に紙を巻き付けている。同じような鳩は先ほどからひっきりなしに俺たちの馬車に訪れており、今は幌の上で羽を休めていた。鴉かと思うほど真っ黒な羽は、ブルール社、通称B社の伝書鳩だという証だ。


 俺たちが使っている馬車は、2頭立てのシンプルな幌馬車だ。用意しようと思えば、どこかのお姫さまが乗りそうな馬車だって用意するのはたやすいのだが、今回の旅はあくまでお忍び。辺境の地をゆく貧相な商人に見せかけねばならない。そのため、お世辞にも乗り心地が良いとは言えないこの馬車を用意せざるを得なかった。まったく不本意だよ。妹をこんなクソみたいな馬車に乗せなければならないなんて。


 御者を担当している俺とコウセの後ろで、ソラとタンポポは荷台に座り、ガールズトークに花を咲かせていた。いいねガールズトーク。俺はやったことないけど、あれでしょ?コイバナとかするんでしょ?「えー告っちゃいなよー」とかやったりするんでしょ?


「どれどれ……。おおマジか。ついに成功したか」


 伝書鳩が運んできている内容は、俺が経営権をもつ店や商会の状況を知らせるものだった。今読んでいるのは、アンプルール帝国の西にある港町のガラス職人が、これまでとは比較にならない透明度の高さをもつガラスの作成に成功したというもの。これまで使っていたケイ素に加え、鉛を入れるのがポイントらしい。厚みが増すことにより強度も高くなり、これまで以上に装飾を入れられる可能性が高いとのこと。


 宝石を除けば、ガラスほど光を反射する物質はない。そして、宝石とは違いカットが容易だ。より光を反射するカットを研究しすることで、シャンデリアやアクセサリーなどに革命が起こせるだろう。


 もともと、ガラスの名産地は帝国で、その生産方法は長らく門外不出とされてきた。帝国主催の晩餐会に出席した王国の貴族たちは、そこで供されるガラス製のシャンデリアやカップ、お皿などにため息をつくばかり。まれに王国の商人が仕入れることのできたガラス製の品物は、驚くほどの高値で瞬く間に売れていた。


 当然帝国も、自国の財産であるガラスの製法を守るべく、厳しい情報統制を敷いていた。王国の商人が工房ごと買い取ろうとしても、審査ではねられてしまう仕組みである。職人たちの手紙等もすべて検閲されている。


 そこで俺は、アンプルールで廃業寸前に追い込まれていたガラス工房に金を「貸した」。返済は無期限だが、その代わり製品の流通は全てこちらに任せてもらう。


 腕はいいのに商売が下手なマッツェンという職人が個人で経営していたその工房で作られた作品を、俺の会社のネットワークで捌く。あっという間に立ち直った工房は、現在マッツェンはじめ4名の作家が鎬を削っている。それぞれの職人によって、作品に個性が出るのが面白い。


 とりあえずシャンデリアを作ってみてほしい旨を手紙にしたため、今来た鳩の足に結ぶ。幌で少し休んだ後、彼らは送り主に手紙を返しに向かうことになる。


 どうやって移動している馬車に対し手紙を届けるのかって?匂いである。馬車からは伝書鳩が反応するある香木の匂いが出ており、あらかじめ彼らを調教しておくことで、移動していても手紙を届けてくれるというわけだ。


「それにしても、本当に順調な旅ですね。先ほどから、ボールワーム数匹がいたくらいで」


「おお。コウセもタンポポも見事に切り伏せてたな。騎士団では魔物討伐も請け負うのか?」


 白い歯を見せながらコウセが笑う。何してもさわやかだなこいつ。


「もちろんやりますよ。ただ、王都周辺の魔物はほとんど狩られていますから、遠征で年に何回かですが。この辺りは魔族領に近いわりに、遠征で行った時に対峙した魔物よりも弱いように感じています」


「そりゃコウセ君がレベルアップしてるんじゃないの?いいことだよ」


 今回戦ったボールワームだが、「なぜか」丸まってからの攻撃を行わなかった。丸まっていないボールワームなどただのデカい害虫である。結果として、まるで草を刈るかのようにボールワームたちは駆除されている。


「もっと強くなりたいです。皆を守れるくらいに」


 今通っている道は山の中にあり、すぐ傍は切り立った崖。崖の下には川。ここ数日は好天が続いたこともあり、木漏れ日の中、穏やかにせせらいでいる。


 幌の中でも何か話しているのだろうが、こちらには聞こえてこない。


 若者の真剣な横顔。しかもイケメン。絵になるよなあ。俺の頬も思わず緩む。いいじゃない。青春じゃない。


「もしピンチになったら、その時は任せるよ。しっかり守ってくれ」


「はい。タンポポは自分の身は自分で守れるでしょうから、聖女様、荷物、アデルさんの順で守ります」


「俺一番最後なんだ」


「間違えました。聖女様、馬、荷物、アデルさんの順ですね」


「移動手段なくなったら困るもんね。わかるよ、超わかる」


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