パッパと書かねば
父は、何事も早い。
寝るのが早い。夜9時には寝てる。
起きるのが早い。朝4時には起きてる。
歯を磨くのが早い。シャカシャカ音がすごい。
髭を剃るのが早い。いつもほっぺから血が出てる。
新聞を読むのが早い。ぺらぺら捲ってるだけで読んでないのかもしれない。
着替えるのが早い。気づかぬうちにパジャマからスーツになってる。怖い。
食べるのが早い。食パンを2口で食べ終える。やばい。
家を出ていくのが早い。「行ってきます」を言い終える前に、家の外。
帰るのが早い。18時には家のソファーに座って、テレビを観ている。
そんな父が、最近小説を書き始めた。
どうしてって聞くと、
「書きたいことがある」って恥ずかしそうに笑った。
なんでも早い父が、小説を書くのはとっても遅かった。
そして、それに引っ張られるように父の生活はのんびりしていった。
深夜遅くまで机の上の原稿と向き合うようになった。
起きてくるのもそのせいで、朝7時くらいになった。
考え事をしてるのか、歯をしゃか・・・・・・しゃか・・・・・・・と亀が歩いてるように磨く。
そんな状態だからか、髭剃りを終えるといつも以上に血だらけだった。
新聞は読まなくなった。その替わりに、ハードカバーの小説を読むようになった。
着替えるのは早かったけど、ネクタイが曲がってたり、靴下を片方履いてなかったり、めちゃくちゃだ。
会社に遅刻しそうになって、食パンを口に咥えたまま、家を出ていく。
帰ってくるのだけは早い。18時には家に帰って、書斎に籠もった。
「書き終わったら、見せてくれるんでしょ?」
「いや、それは……良く出来たら、見せてあげるよ」
「じゃあ良く出来てるかどうかを、私が判断してあげる」
「」
筆が止まるのが、怖い。
やはり多くを残すには、時間が足りなかった。
彼女の日々を、永遠に引き延ばす。
それが私に出来る唯一だった。
玄関を開けるのが、怖い。
あの子が居なくなってしまってたらどうしよう。
早く書き終えなければ。
あの子の残滓がこの家にあるうちに。
終わり