第二章 今日から始める職業体験-2-
昨日より早く起きた龍馬はいつも通り朝風呂を浴びてから財務部のところへと向かっていた。
「おはよう、早いのね」
その道中で声を掛けて来たのはエリスだった。
「おはようございます。いきなり遅刻だけはしたくないと思いまして」
「いい心がけね。じゃあ今日も一日頑張りましょうか」
二人揃って財務部のところまで歩いていき、自らのデスクで書類を纏めたエリスが戻ってくる。
「さて、今日の業務予定だけれど、付いて来てくれるかしら」
返事をして龍馬はエリスのあとを付いていくとそこは山ほどの布袋が並べられた倉庫だった。
「ここは?」
「徴税省が集めた税を管理している倉で、ここでは主に麦などの食料を管理しているわ」
なるほどと納得して辺りを見回すが尋常じゃない量の麦袋が並び積み重なっている。
「あの、もしかしてこれを全部数えるとかそういうやつですか?」
恐る恐る聞くとエリスはニコッと笑って近くの机に資料を並べ、筆記具と白墨を置く。
「概ね正解よ。今日お願いしたいのは年ごとに区切られてる麦袋の消費量の確認と今年に入って徴税省から上がってきた麦袋の確認の二点。保管は十年間で古い麦袋はもうほとんど無いから古いほうから数えて行くと良いかしら。そういえば文字はどれくらい読めるのかしら」
「正直まだおぼつかない感じで、この資料だと文法はほとんどないから概ね問題ないですが、単語が読めないのが幾つかあります」
解ったわと言ってエリスは紙を用意して手渡してくる。そこにわからない単語をピックアップして紙に書いてエリスに教えて貰いながらそこに読みを書いていく。
「これで大丈夫かな?」
「はい、これなら後は数えて数字を書き込んで記録と照らし合わせて残りの数をこっちに書いていけば良いってことですよね」
「その通り、こっちの新しい麦袋の確認は徴税省からあがってきた数字と違いが無いか、あればどれだけ違うかを書いておくこと。ちなみに後で別の者が再確認するからあんまり気を張らずに出来る限りしっかりしておけばいいから、失敗なんて気にしないように。もちろん失敗しないほうがいいけどね」
じゃあ頑張ってねとまた頭を撫でてからエリスは倉庫を後にして、残されたのは龍馬ただ一人。
眼前に広がる麦袋の数に大きく息を吐いた。
「悩んでも仕方ない。数えていきますか」
どれも大まかな区切りで分けられ数えるのも難しくない並びになっているのは間違いないが如何せん数が果てしない。日が暮れるとまでは言わないがかなり骨が折れそうだと覚悟を決めて数え始める。
「ここが干上がることがあると大事な訳で、そうならないように日々管理して。ってあれ? これってさっきエリスさんは税だって言ったな。と言うことはこれはあくまで内政省管理の備蓄兼納税品ってことか。だとしたら他にも倉があるのかな」
独り言を口にしながら龍馬は古い麦袋を数えていた。
ほとんど無いと言っておきながら数千ほどの残っているじゃないかと小言を口にしたいが誰が聞いてきるか解らないと口を閉じて数を数える。
「現代の管理能力って本当にデジタルに依存してるよなぁ。目茶苦茶便利だわ」
アナログな数え方で在庫管理をしていると本当にそう思えてくる。
こういうやり方をすると本当に区切りでしっかり分けて管理しないと数えるのも大変だ。
しかしそこは流石国家管理、しっかりと区分けれ数えやすいように並べてある。それだけで大助かりでこれが民間、もくしは個人管理の倉で数えろなんて言われたら知恵よりも先に並べなおす肉体労働からだろう。考えただけでぞっとする。
百単位で区切られた枠からどれだけ減っているか確認して白墨って言われてるチョークで地面に数を記入して記録をする。
そして最後にその数を足して計算してやれば自ずと答えは出てくる。
「単純作業とはいえ、やっぱり結構しんどいかも」
音楽でもあれば違うのだけれどもと無いものねだりを一人ごちて作業を続ける。
「あっそうだ」
無いなら自分でと思い立ち覚えている歌を歌いながら続きに取り掛かって行く。
そうして気が付けば日がすっかり昇りきり、エリスが昼がてら様子を見に来た。
「お疲れ様です。どうかしましたか?」
「お疲れ様、そろそろ昼食の時間だから呼びに来たのだけど進み具合はどうかしら」
「えーっと、一番古い十年前の麦袋の保管数と九年前の保管数が一通り確認済みですね。今は八年前の分の計算中です。あとちょっとで合計が出るので実質八年目も終わりって所です」
エリスは目を丸くして龍馬の処理した資料に目を通し、少し言葉を詰らせた。
実は今年度の徴税分以外の確認はすでに済んでおりアレックスの考えた龍馬に対する処理能力の見極めの一環であった。
そしてその能力はアレックスの予想よりも少し上を行っていた為、エリスも驚きを隠せなかったが、運よく龍馬は計算に集中しているようでその様子は見られずに済んだ。
『午前中で八年目までの確認が終わってる。数字にも間違いは無いしこの子凄いかもしれない』
「エリスさん。なにか間違ってますか?」
怪訝な顔をしているエリスに龍馬は少しばかり不安になり声をかける。
「えっ? いえ、問題ないと思うわ。それより八年目の計算は終わったのかしら?」
「はい。計算はあってるので数え間違いが無ければ完璧です」
若さゆえかしらと間違いないと言い切るその胆力にエリスは少し微笑む。
「じゃあ、一段落着いた所で昼食にしましょうか。今日は私が奢ってあげるから好きなもの食べに行きましょ」
「いや、それは悪いですよ」
「若いのだから遠慮しないの。ほらほら、行くわよ」
龍馬の肩に手を置いて後ろからどんどん押していくエリスに龍馬は仕方ないと諦めて昼食をご馳走になることにした。
その後、城下町でエリスと昼食を食べた龍馬は再び倉の中で山ほどの麦袋と格闘していた。
「今何時だ」
一緒にこちらにやってきた腕時計に目を落とすと、時間は八時を刺し数え終えたのは五年目までの麦袋の数。
「流石に疲れた。そういえば今日は何時までとか聞いてなかったな」
またエリスが来てくれる言っていたからそれまではと思っていたが思ったより遅くまで数えていたようだ。
時折休憩は挟んでいたが初日にしては中々悪くないのではと一人笑みを浮かべて頷く。
一人満足しているところに慌てた様子のエリスが現われた。
「よかった、まだ居てくれた」
そんなエリスに龍馬は立ち上がり挨拶をしてどうしたのかと聞く。
「いえ、ちょっと私の方の仕事が立て込んで遅くなってしまって待っててくれたみたいね。ごめんなさい」
「そういうことですか。いいですよ、どうせ仕事が終わっても部屋で勉強するか寝るかしかしてませんし」
そう言って龍馬は自分の暇な時間の使い方に疑問と言うよりは呆れを覚えた。
もう少し楽しめることをは無いのかと自問自答をしたくなるがエリスの前で失態をさらすわけにも行かずとりあえず無駄な思考は仕舞い込む。
「本当にごめんなさい。今日は上がってもらって構わないわ。後片付けはしておくから」
「報告はどうしましょう?」
「明日も同じ作業をしてもらうつもりだから明日聞くわ、朝は今日より遅くていいからここに来て頂戴」
「わかりました。じゃあ、すみませんお先に失礼します」
「えぇ、お疲れ様。いい夢を」
そう言ってエリスは軽く龍馬の頭を撫でて机の上を片付け始め龍馬は撫でられた頭をさわりながら自室に向かう。
「……やっぱり子供扱いだ。まぁ、悪い気はしないか」
そういいながら龍馬は口元を綻ばせた。