第二章 今日から始める職業体験-1-
通達が届いた翌日、朝一番からアレックスの元へと向かい、内政室に居た。
ちなみにメティーシアは同行せずあくまで龍馬の研修期間であるため、今後メティーシアに頼りっきりと言うわけにもいかないからだ。
「すまない。待たせたかな」
そう言ってコップを二つ手に持ってアレックスが現われ龍馬の前に座り片方のコップを差し出し、龍馬はそれを受け取る。
「いえ、今日からよろしくお願いします」
「こちらこそ期待している。それはそれとして飲みたまえ、少し話しをしてから業務へ移ろう」
用意された茶を一口飲んで息を吐くとアレックスが少しばかり悔しげな顔で語る。
「私としてはここで君には働いてもらいたかったのだが、外交官のオーリックの奴に君の事を気づかれてね。迂闊だったとしか言いようが無い」
どうにも外交官のオーリックと言う人物と仲が悪いらしいことだけは伝わってきた。
「あぁ、君には落ち度は無いから安心したまえ。さて、業務内容についての話をしようか」
その後アレックスから業務内容を確認して龍馬は内政官の室外で待っていた一人の女性に声を掛けられる。
「斑鳩龍馬君でよかったかしら」
視線をそちらに向けると長い髪をポニーテールで纏めた灰色の髪の女性が立っていた。
「はい。貴女はエリス・クレインさんでしょうか」
瞼が下がり気味で、背はちょっと高めで優しげな雰囲気のお姉さんといった風貌で普段年上の女性に接点が少なかった龍馬少し緊張していた。
「えぇ、今日から二週間よろしくね」
軽い挨拶を済ませて二人は内政省の部署へと向かい、それぞれで龍馬の紹介と挨拶をして回る。
「あのクレインさん」
次の部署へと向かう途中で龍馬が声をかける。
「エリスで構わないわ。それで、何かしら?」
歩きながら答えるエリスに龍馬は問いかけた。
「結構色々な部署を回りましたけど、僕が実際に職務を行うところとは大きく違うというか接点の少なそうなところまですべて回る必要ってあるのかと思いまして」
内政と言うだけあって部署も様々あり端から端までとなると半日はほどは必要になるだろう。
そこまでして全部回らなくてもと龍馬は思い口にした。
「そうね、普通はどこかの部署に配属になったら関連部署にだけ挨拶回りするくらいかしら。でも、斑鳩君はこの後どの部署に振り分けされる決まっていないし、アレックス様のちょっとした根回しって所かしら? 最も他の省に配属される可能性もあるから無駄になるかもしれないけれどね。あっ、次はここね」
これも仕事なのだと割り切り龍馬は大人しくエリスの後ろをついて周り今日の業務時間の終了時刻まであいさつ回りをしてアレックスの元まで戻ってきた。
「お疲れ様、すまないね色々と歩き回ってもらって」
そう言いながら尋常じゃない量の書類を片手間の様な勢いで処理していく。
「いえ、これも業務ですので」
皮肉とも取られかねない言葉を口にしてから龍馬はしまったと口を押さえた。
「くっくっくっ。中々言うじゃないか、拗ねないでもらえるとありがたいな」
強面な見た目に反して気さくな態度を取るアレックスにほっとしながら肩をなでおろす。
「拗ねてはいませんが、少しだけ疲れました」
人生であんなに人前で挨拶ばかりしたのは初めてかもしれない。
「そうか。では、今日はこの辺りで終わりにしておこうか。明日からは本格的な業務を任せようと思っている。内容は明日もエリス君を付けるから彼女から聞いてくれたまえ。そうだ、出勤は財務部のところへ行きたまえ。そこへエリス君を向かわせるようにする。時間は今日と同じで構わないよ」
「わかりました。では、失礼します」
「あぁ、しっかり休みたまえ」
部屋から出て外が少しだけ薄暗くなった為、明かりの燈された廊下を歩いて自室に向かう途中でエリスにばったり会った。
「あっ、お疲れ様です」
「あら龍馬君、今日はもう終わりかしら」
頬を緩めて笑みを浮かべるエリスにドキッとしつつ答える。
「はい。エリスさんは?」
「私はこれからアレックス様のところへ」
明日の予定の話かと思うと簡単に察することができたはずのことに龍馬は自らの浅はかさに苦虫を噛み潰した思いになる。
それを汲み取ったのかエリスは微笑して龍馬の頭に手を置き、ぽんぽんとした。
「まだ若いのだからそんなに肩肘はならなくてもいいのよ。それじゃあ私は行くからゆっくり休みなさいね」
そう言い残してエリスは龍馬の来た道を歩いていく。
「子供じゃないんだけどなぁ」
なんて言ってる間は子供かと自嘲して自室へと向かう足取りは少しだけ軽かった。