第一章 ハロー! ニューワールド!-2-
目を覚ましてから三日が過ぎ、龍馬は自らの処遇についての通達が無いまま、この世界のことについて勉強しながら過ごしていた。
そして今日も同じように過ごそうと目を覚ます。
「おはようございます」
「おはよう、メティーシア。悪いけど今日も行って来る」
そう言ってメティーシアから着替えとタオルの入った籠を受け取り風呂場へと向かう。
王帝が風呂好きと言うことで清掃時間以外は常に湯の張った大浴場に龍馬は向かっていた。
「いやー、朝から目覚ましに風呂に入れるのは嬉しいなぁ」
龍馬も以外と風呂好きで出来るなら毎日朝晩と風呂に入りたい性分でこちらに来て一番嬉しい誤算だと喜んでいた。
「初日は風呂が蒸し風呂だったら嫌だなーとか思ってたけどまさかの大浴場。ふっふっふっ」
怪しげな笑い声を上げながら気が付けば風呂場までたどり着き、さっさと服を脱いで浴場へ入りかけ湯をしてから軽く体を洗い湯船に浸かっていく。
「あぁー……。目覚めるー……」
などと馬鹿みたいなことをのたまうと湯船の奥のほうから誰かが近づいてくる。
「ずいぶんと満喫しているようだね」
ちらりと視線を向けるとそこには茶髪を濡らし、整えた顎鬚を擦りながら年相応の顔立ちをした緋色の瞳の釣り目がちで目つきが悪く見える男が居た。
「……! しっ失礼しました!」
思わず姿勢を正して敬礼をしてしまう龍馬。
「何だねそれは」
くつくつ笑うのは碧国の内政を取り締まっている内政官のアレックス・フォルトであった。
「風呂場だ。そう硬くなることも無いし基本は無礼講だ。王帝をのぞていね」
そういわれ龍馬は手を下ろし肩から力を抜く。
「すまないねゆっくりしたいところ、まさかこんな所でしかもこんな時間で君に会うとは思っていなかったから私も少し君と話をしておきたくてね」
立場的にはかしこまる必要は無いが先日偶々廊下ですれ違ったときの印象で怖い人だと思っていた龍馬は身構えてしまっていた。
「いえ、こちらこそすみません」
「何を謝っているんだ君は」
また独特な笑い方をしてアレックスは龍馬から離れたところで湯船に浸かる。
「王帝から話は聞いて居てね、仕事を探しているのだろう?」
見た目の割にはフランクな話し方をする人だと龍馬は思いながら問いに対して肯定する。
「そうか、では聞くが私の斡旋であれば城下町でも仕事を用意できるが何か希望する仕事とかはあるかね?」
そう言われて龍馬はふと思った。
仕事を、と言う話はしていたがどんな仕事がしたいかなんて考えたことが無いことに気が付き悩むんでいた。
やりたい仕事と出来る仕事は違う訳で今の自分に出来る仕事とは何かと。
「そうですね……。正直これと言ったと仕事が無いというか、僕に出来る仕事が何かと考えたら答えが出なくて」
アレックスはその答えに釣りあがった目を更に釣上げて怪訝な顔をする。
そもそも客人扱いでと言う話に対して自ら仕事をしたいと自薦したのだ、怠惰を貪る人柄ではないだろうと考えアレックスは不思議に思うが異界人、価値観の違いもあるかと龍馬の言葉に頷き返す。
「その心がけは素晴らしいだろう。だが、雇う以上君の働きぶりに給金が発生するのは理解できるだろう?」
はいと龍馬が答えたのを聞いてアレックスは続ける。
「だが、雇用側は最初から君に完璧な仕事を期待しては無い。何故だかわかるかな?」
「それは……。僕が素人だからですか?」
「その通りだ。どんな仕事でも最初から完璧に出来る人間は居ない。仕事によってやり方は変わり国によっても各省の部署でもやり方は変わる。それを学び完璧な仕事に近づける努力と結果に対して雇用側は給金を支払うわけだ。つまり、たとえば君が始めての仕事で失敗をしたり上手くいかなくても雇用側はそれを織り込み済みで雇う。まぁ要するにだ、やりたい仕事があればそれをしたいと意思表示をして欲しい、出来ることではなくてね」
そう言ってアレックスは笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。その、頑張ります」
励ましの言葉を飲み込み龍馬は笑顔に答えるように口にした。
「頑張るのはこれからだろう? しかして、なるほど……」
キラリと一瞬アレックスの目が輝いたように見えた。
「どうだろう、もし何もまだ決められないというのなら、そうだな……。昼過ぎ、昼食後に内政室の私のところまで来て見ないかね」
「えっ?」
「人材育成も私の仕事の一つでね、役人達にも行っている適正試験を受けてはみないか」
突然の申し出に龍馬は困惑するがアレックスの腹では突如現われた異界人の学術の具合を図るついでに掘り出し物であれば役人へ登用できないかと考えていた。
良し悪しどちらでも降って湧いた人材な訳で探すのに費用も掛かっていないしとアレックスはくっくっと腹で笑う。
「解りましたが、その読み書きが不自由でして」
「使用人と共に来ると良い、アレも宮仕えだ学はある」
世話役の使用人まで引き連れて仕事はさせられんが試験なら問題なかろうとアレックスは決め込み立ち上がる。
「さて、私の方はそろそろ失礼するよ。昼食後、来てくれたまえ」
そう言い残して内政官は風呂場から立ち去った。
「つ……疲れた」
だが、とてもありがたい話をおいて言ってくれたことには感謝して立ち去ったのをみて龍馬は風呂に沈んでいった。