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第一章 ハロー! ニューワールド!-1-

青年はゆっくりと瞳を開き、ぼんやりとする思考に目を擦り息を吐き上半身を起こす。


そしてぼやけた視界が鮮明になり左手に顔を向けると一人の女性が椅子に座りこちらを見ていた。


「おはようございます」


ニコッと笑い丁寧にお辞儀をされて青年は反射条件でおはようございますと返す。


「お目覚めになられた直後で申し訳ありませんが少し席を外させていただきます」


そういうと彼女は丁寧な動作で音も立てず部屋を出ていた。


「……?」


何もかもが意味不明で青年の頭上にはハテナマークが飛び出している。


そもそも何一つ思考が追いつかない。目が覚めたら見知らぬ女性に見知らぬ部屋で頭はぼんやりしたまま。今度は落ち着いて大きく深呼吸をして頭の中をすっきりとリセットする。


「俺は斑鳩龍馬、十八歳。性別は男、八月七日生まれのA型で出身は日本の関西地方。うん、頭はおかしくないし自分のことも理解している」


なら何これは?


えーっと、順を追って思い出そう。引越ししてきて荷解きのためにカッターとついでに食品を購入して家に帰ったら中で黒い球体が浮いてて急にそれに吸い込まれて、死んだなぁーと思ってたら血なまぐさい匂いが鼻を通り抜けて自身がミンチにされたと思って気を失ってから記憶が無い。


つまりそこまでは覚えている。と言うことは死んだのか俺は?


じゃあここは信じがたいが天国なのか?


辺りを見回すようにキョロキョロと視線を動かす。


死んだにしてあまりにも実感がなく、まだ死んでいないとすると?


真っ白な中に金箔か何かで彩られた壁に初めて見るくらいでかい鏡と天幕つきのベッド。


お城かなー?


いや、ふざけている場合ではないと髪を掻き揚げて息を吐く。


「だから……、えーっと、つまり、その。これは……」


異世界に召喚されたとかそういうニュアンス?


安直な思考にたどり着く情けない答えに酩酊感を超えて吐き気がしてくる。


それと同時に腹が大きな音を立てて鳴り響く。


どうやら吐き出せるものは無いようだと馬鹿げた安堵をして空笑いしていると誰かが戸を叩く音がして

返事をする。


「失礼致します」


先程の女性がトレーに食器を載せて戻ってくると龍馬の腹が再び悲鳴を上げる。


優しげな笑みで小さく笑う女性に龍馬の目は釘付けになっていた。


さっきは思考がはっきりしていなかったからその人を見てどうこう思う余裕も無かったが今度は違う。はっきりとした思考が今までの想定を肯定したからだ。


端整な顔立ちで小柄な身長に大きめの胸部がアンバランスで魅力的に見えヴィクトリアンメイド服を着込み立つその人は、端的に言えば愛らしい美人と言うべきか。だがそんなことは龍馬にとっては些細なことだった。


何よりも目を惹き付けたのは淡い青紫色の長い髪の先を三つ網で結った髪型に髪と同じ色の瞳。


ウィッグの様な不自然さは無くカラコンの様な深みも無い天然の自然な人体の一部として成り立ったそれに龍馬は納得せざる負えなかった。


人の持つメラニン色素からは絶対にありえない色をした髪と瞳が嫌でも異世界であることを示唆している。


「私の顔に何かありましたか?」


「えっ? あっいや、なんでもないよ」


ついつい答える龍馬はふと、言葉が通じていることに違和感を覚えるがまぁこんなことになったわけだからそれくらい融通が利いてくれないと本当に手の打ちようがないというか理不尽すぎるとあえて考えないように納得する。


不思議そうに女性は首をかしげてベッドの近くのテーブルにトレーを置いて龍馬の様子を窺い訪ねてくる。


「食べられそうでしょうか?」


胃を抑えながら龍馬は料理のほうに視線を向けて内心ほっと一息つく、見たところただのパンと水に野菜のスープらしきもので食べられそうなもので安心する。


「はい」


そう言って龍馬はベッドから降りると体がふわっと安定しないことに驚くが何とか椅子に座れる。


「四日ほどお眠りになられてましたのでご無理はなさらずに」


「四日も寝てたのか」


確かにそれは腹も減るし体も弱っているだろうと龍馬は納得して水を一口飲む。


味なんてしないはずなのにひどく美味かった。今度はパンをちぎり口にして、野菜のスープにも手を付ける。弱っているときに優しくされるとコロッといってしまう気持ちが初めてわかった気がすると龍馬はハハッと笑った。


「どうかなさいましたか?」


なんでもないよと龍馬が首を振り否定して食事を続けた。


横目でその女性のほうを見ているとある程度の状況把握にはたどり着ける。


すべて仮定になるが龍馬は自分の状況が異世界に来てしまったという最悪な状況に対して立場に関してはそれほどまでに深刻ではないと言い切れるほどには推測できている。


もし本当に最悪な立場ならベッドなどに寝かされず今頃死体として何処かに転がっているはずだと、こうして食事まで用意させ見張りの使用人をつけるほどには裕福なお人よしの貴族か豪族の屋敷に拾われたと想定するのが妥当だろうと結論付けて次の問題について思考する。


どうやってこの先生きていくかという問題だ。


学も高校程度で技術も無ければ特技も裁縫程度、せめて衣食住を最低限満たせるほどにはしたいがここで雇ってもらうというのも難しいかなどと考えている間に用意された食事に手を付け終える。


「ご馳走様、おいしかったよ。色々ありがとう。遅くなったけど俺は斑鳩 龍馬、君は?」


聞きなれない名前に困惑している様子も見せずに女性は名前を告げた。


「私はメティーシア・ホーランドと申します。メティーシアとお呼びください」


「解った。早速で悪いんだけどちょっと聞きたいことがあるんだ」


龍馬は少しでも状況を把握するためにメティーシアに問いかける。


「今の状況が理解できていないんだ。知っていることがあったら状況を説明して欲しい」


質問に対してメティーシアは解りましたと答えて咳払いを一つして状況を語った。


「龍馬様のお立場は私共の不手際により異界への扉が開いてしまい、その扉に吸い込まれてこの世界にやってきた漂流者の様なものです。我々、碧国といたしましては龍馬様を客人としてお世話させていただく用意があります」


つまり、不手際に寄る負債の返済としてある程度の生活保護は保障するということなのだろうと龍馬が考え、碧国とは国の名前かなと思い思慮を止めて国と言う言葉に引っかかりを覚える。


あれ、ここもしかして国のお城なのか?


想定していた以上に状況が良さそうで内心安心して問いに対して質問を返す龍馬。


「大まかなことは理解したけどその漂流者を何も無く養うって言うのはあまりにもそちらに利が無いように思えるけど、ただの罪滅ぼしならちょっと行きすぎじゃないかな?」


たとえ不手際で異界から呼び寄せてしまったとしても偶発的な事故だろうならこちらに非は無いと言い切り適当に路銀を手渡し放り出されても反論できない。


そもそも城らしきこの一室から窺えるのは民主的な政治思想ではなく王政による政治体系が想定できる。だったらなおさらぞんざいな扱いをされてもおかしく無い。


なら何かしら罪滅ぼし以外の要因があると考えるのが妥当だろう。


メティーシアは少し困った様子で視線を逸らし何か考えているようすだった。


「その質問には私が答えよう」


突然声がして入り口のほうを向くと一人の男が立っていた。


短く整えられたブロンド髪に澄み渡る青空のような瞳に唇の左下の小さな黒子が色気を感じさせる長身の男性。


ここまであたかもな男が他に居てたまるかと龍馬は身構えた。


「礼を失するような入り方だったが理解してくれたまえ。そして、初めまして私はハイゼン・ネインバー。この碧国の王帝だ」


やはりと龍馬は立ち上がり姿勢を正す。


「俺、じゃなくて私は斑鳩 龍馬と言います」


そう言うと王帝ハイゼンは手を差し伸べて龍馬はその手を取る。


手を離し王帝は龍馬の前に座ると龍馬にも座るように促す。


「先程の質問に対する答えだがその通りだ。君は気づいていないようだが君と共にこちらに流れ着いた茶色の箱と白い袋がある。そのどちらも我が国には無い思想で作られたものと想定できる。故にその異界の知識を提供してもらいたい」


定番の展開じゃないかと龍馬は心の中で頭を抱える。


馬鹿じゃないのか? ただの学生の知識なんて素人同然だぞ? 恐らく口にしているのはダンボールとビニール袋のことだろう。


そんな当たり前の物の作り方なんて知るわけが無い。そもそも、ダンボールがどうやって作られているとかビニール袋のビニールがどうやって作られて素材がどう加工されているとかなんて知るわけが無い。


自らが持ち合わせているものが相手の要求に耐えないものだと理解しているだけに龍馬の動揺は仕草に現われて、指を忙しなく動かしていた、無論机の下でばれないようにだが。


「なるほど、そういうことですか」


口から適当な言葉を吐き頭の中を整理する。


動揺する時間は終わったはずだろうと言い聞かせて龍馬は思考をクリアにする。


相手が何を求めているか、今の自分に何が出来るか、持っているカードだけでこの場のやり取りを有利に進めなくてはならない。


「ちなみに一緒に流れついたという物はどちらに?」


「保管庫で厳重に保存してある。後で取りに行くと良い」


とりあえず幾つか身を守るために使えそうなものがあると言う事実だけでも安堵できる要素ではあった。


「ありがとうございます。では後ほど伺います。それで先程の提案についてですが、私の持ち合わせている知識であれらを再現することは不可能です。ですので提案そのものが成立していないということになります」


色々考えたが所詮齢十八の若造、腹芸が出来る訳でもないなら大人しく誠実に行こうと龍馬は腹を据える。


まずはここで今後の遺恨になりうる要素を排除していく、それだけで切り捨てられたとしても少なくとも後々に問題になるよりは圧倒的にマシだと龍馬が判断したからだ。


「確かに、あの二つを再現することが目的であればそうなるであろうな」


解っているとでも言いだけな王帝の口ぶりに龍馬は何かあるのかと勘ぐる。


「はい。ですので私としましては他の、たとえば城内の雑務でも清掃でもそのようなことで雇っていただけると非常に助かるのですが」


向こうの要求に足りえないのであれば少しでも仕事を任されこの城内の一室に住まわせてもらうのが現実的、文字も読めない可能性が高く何処から来たとも知れぬ者を雇い入れ住ませる気のよい人間が他に居るとも限らない。


「なるほど、だが私の提案は元々客人として世話をさせるつもりだったのだが?」


「それでは城内に働く者たちの反感を感じさせるかと、それは私としても居心地に欠けます」


ただ飯食らいの異界人など誰が好き好んで世話などするか、そんなアウェーな中で踏ん反り返って生活なんて少なくとも俺には不可能だと龍馬は内心呟く。


「君の言うことも最もだ。多少配慮に欠けていた提案であったな」


解りやすく笑みを浮かべて口にする王帝に龍馬は何かしらの意図があるのかと考える。


どう考えてもこの対応はあからさまにおかしい。何か向こうにとって得になることが無ければこのような問答にさえ意味が無い。そもそも王帝という国のトップらしき人物が目をかけて直接会いに来るレベルの話じゃない。じゃあ目的は何処にある?


「……あっ」


思わず龍馬の口から言葉が漏れた。


「どうしたのかね」


わざとらしくそういう王帝は龍馬が答えに到ったとこに感づいている様子だった。


「いえ、何でもありません」


そうだ、つまりこれは俺自身の人となりを試しているのだ。


龍馬の到った思考はそれ以外なかった。王帝が直接会いに来ると言うことはそれだけ重要視していることは用意に考えられる。そこからその人物がどういう対応をするのか、それでこちらの教養や人格など今後の対応に対する値踏みをしているとしか考えられない。


「失礼を承知でお聞きしたいことがあります」


もう、馬鹿正直に行こうと龍馬は思い切って口を開いた。


「構わない、何かね」


「真に私に求めるモノはなんでしょうか?」


試されていた故に試すようなニュアンスを孕む問いに王帝はふっと笑うと声を上げて笑う。


「あはははははっ! はーっ、はっはっ。いや、失礼した。まさかそう来るとは思わなくてな。なるほど、頭は悪くないが些か恐れ知らずというか馬鹿正直と言うべきか」


一頻り笑うと王帝は龍馬の目を見て答えた。


「想定通り私は君を試していた。悪劣な奸物か思慮に値せぬ下郎かそれともと。そして君が示したのは私の想定を上回る紳士さであった。であればこちらもその紳士さに紳士的に答えよう」


一呼吸置き訪れる静寂に龍馬は息が詰まる思いで耳を傾けた。


「不慮の事故で君はこことは異なる世界からやってきた。その時、君を呼び寄せた原因であるドラゴンの魔核に蓄積された魔力が君に宿り事態は収束へ向かった」


すでに意味不明な内容だが龍馬は大人しく最後まで話を聞こうと相槌を打つ。


「そしてその魔力は君から引き離すことが困難である。なぜなら取り付いたドラゴンの魔力は君の体内に新たな魔核を生成し肉体に定着している。故に我々としては君を手放すということは避けたい。であるから君にはこの国で生涯を過ごして貰いたい」


短い話であったが余計に状況が混乱した。


えーっとだからなんだ、まず魔核って何? とにかく解らないことを質問して回答を得た。


順番に龍馬は頭の中で処理していく。


一つ、魔核とはすべての生命が保持する魔力を吸収し保存する器官であると言うこと。


一つ、魔法が存在しそれは魔核と結びつきがあるということ。


一つ、時間を掛ければ掛けるほど魔核の質が高まるということ。


一つ、ドラゴンはこの世に十体として存在しない極まりし存在でありその魔力を宿す魔核は確実に回収したいということ。


結論、無理に魔核とやらを取り除く気は無いし協力的であればそれなりの生活は保障しますよ。


でも、死んだら体内にある魔核を取り除いてそれを保管させてもらいます。


内容だけ見れば特にこちらに不都合はないと龍馬は頷く。


そもそも死んだ後のことなんて考えたことも無いし、ここで無理やり殺されないなら特に問題ないのではと楽観的な思考が頭に巡る。


「今すぐに答えを出せとは言わぬ。だがこちらの要求を呑んでもらうことを期待してはいる」


王帝のその言葉に龍馬はわかりましたと答えると王帝はゆっくり考えたまえと残して部屋を去った。


直後、メティーシアに名前を呼ばれて龍馬は視線を向けた。


「この城内で生活していただく間、身の回りのお世話を言いつけられておりますので、外で控えておりますので用がおありでしたら何時でも声を掛けてください」


そう言ってメティーシアも部屋の外へと出て行きパタンと部屋の戸が閉められた。


気を使ってくれたのかと龍馬は頭を掻く。


「少なくとも野垂れ死にだけは免れたかな」


ほっと一息ついて考えるがどう転んでもここで厄介になる事になるだろう。


だがよく考えてみるとこうして寝床も食事もあるし部屋に関しては悪くないどころか前の生活より質が上がる可能性すらある。


ふと、元の世界のことを思い出す。すでに両親は他界して肉親は居ないにしても世話になった人には何も言え無かったのは少しだけ気になる。


どう足掻いても手紙すら届けられないのだから悩んでも仕方ない。とは簡単に割り切れそうに無いなぁと龍馬は頭を垂れてため息を吐く。


少しだけ、少しだけ寝よう。


そう思い龍馬は外のメティーシアに声を掛けてからベッドに横になり静かに眠りについた。

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