第三章 いざ! 華国へ!-3-
居城へ着くや否や美しく着飾った女官に連れられていく龍馬とオーリック。
五分もしないほど歩いてたどり着いたのは仰々しく意匠の凝らされたデザインの大きな扉の前、どう考えても謁見の間か玉座のある部屋の二択に龍馬の緊張の糸が張り詰めていく。
女官達がゆっくりと扉を開いていく。
心の準備ができていなかった龍馬は必死に平静を装いながら部屋の中へと足を踏み入れた。
部屋の奥、美しくも輝かしい玉座に一人の男が王気を放っていた。
現状、華国の帝王は病に伏せており、事実上は皇位継承第一位にして帝王の長男、エル・ガイウス・ブラウキングスが玉座を支配していた。
龍馬はガイウスの言葉に出来ぬ存在感に飲まれていた。
帝王譲りなのかティアレと同じくせっ毛の赤い髪にルビーを思わせる輝きを放つ瞳に鋭い眼光。玉座にありながらもその背丈が高くスマートであることを感じさせる風貌。
すべてにおいて完璧としか言い様の無い様はまさに帝王の継承者たるに相応しかった。
「貴様が件の漂流者か」
眉一つ動かさず言い放つ。表情一つ読み取れない。存在そのモノの格を思い知らされ、返事をすることすら出来ずに居た。
「碧国の外交官。この者は言葉も通じぬのか?」
その言葉には怒りも嘲笑も落胆も、何一つ感じない。
計り知れないプレッシャーに龍馬は微動だにできない。
対してオーリックはいつもより少し緊張気味だがいつも通り軽口を混ぜて答える。
「いえいえ、陛下の御姿と威光に言葉を失っているだけでしょう。少々お待ちいただけますでしょうか?」
対してガイウスは構わんとだけ口にして龍馬に視線をくべる。
オーリックは弱ったなと思いつつも龍馬の背を軽く叩いて呼吸を正させる。
ちょっとしたことだが龍馬が落ち着きを取り戻すのには十分だった。ほっとしてオーリックはガイウスにお待たせしましたと口にして頭を下げる。
「よい。で、問いに答えよ」
先程のガイウスの問いに対して龍馬は何とか言葉を紡ぐ。
「は…っい……。私が、っ先日の魔力暴走の折に……流れ着いたっ漂流者であります。名はっ斑鳩 龍馬と申しますっ」
緊張のあまり変な喋り方になってしまうがガイウスは気にする様子も無く左様かと答えて続けて口にした。
「災難であったな」
予想だにしない言葉に龍馬は目を見開き即座に答えた。
「いえっ! 陛下にその様なことを言っていただくほどの者ではありません!」
その言葉にガイウスは初めて眉を吊り上げた。
「なるほど。碧国の外交官よ、この者は自らの価値を知りえていないようだが、その辺りはどうするつもりなのだ?」
少しだけ目元が鋭くなったように見え、オーリックは間を置かずに答えた。
「彼には自らの価値は伝えております。しかしその上で彼は謙虚でありました。我が国としても賓客として持て成す予定でありましたがこの通り、自らに役割を求め実直にこなすことをよしとする気質の人物でして」
オーリックの言葉を遮りガイウスは龍馬に問いかけた。
「よい。知って居ながら、謙虚であるというのであれば構わぬ」
肝が冷える思いでオーリックは肩をなでおろした。
「時に、貴様は華国に来るつもりはないか?」
直後にギョッとしたくなるガイウスの言葉に即座に肩に力が入る。
「へ、陛下っ!」
オーリックの制止を無視してガイウスは続けた。
「同盟国とは言うが我が帝国の庇護下にある国の不始末はこちらで負っても構わぬ。生涯遊んで暮らせるほどの金と不自由の無い暮らしを保障してやるが、どうだ?」
とてつもない提案に龍馬は瞬きが増える。
「ありがたい申し出ですが、私は碧国にこの身を捧げることを条件に庇護を受けております。なので、その恩義を忘れて陛下のご好意を受けることは出来ません」
龍馬の言葉にガイウスは小さく頷きオーリックに視線を向ける。
「好い男を拾ったな。この義理堅さは賞賛に値する。この頃は自らの役目を果す事無く、私腹を肥やす者ばかりで辟易としていたところだ」
初めてガイウスが頬を緩めて龍馬へと視線を戻す。
「龍馬と言ったな。これから貴様は多くの物を目にし、手にし、耳にするだろう。それによりその精神が黒ずむことは無いように勤めよ。貴様の心は得がたい物だ。大切に育むと良い」
ガイウスによる賛辞に龍馬の全身に鳥肌が立つ。
生まれて初めて他人に褒められてこれほどまでに嬉しさを感じたことは無かった。
「はいっ!」
強く答えるとガイウスは少し笑い再び口を開く。
「少し、人払いをせよ。この者たちとだけで話したいことがある」
そういうと同時に控えていた者たちが王の間から姿を消していく。
「さて、碧国の外交官よ。ここからが本題だ」
そこでガイウスが求めたのは事後説明であった。
概ね聞いていた内容と合致していた為、そこまで長い話にならずガイウスはオーリックの説明に相槌だけで受け答えするだけで終わってしまう。
「結果的には好転したといった所か」
ため息が零れそうな口ぶりにオーリックは肝を冷やしながらも笑みを崩さなかった。
「良い。結果としてではあるが恙無く事を閉めたのであれば構わん。それよりも貴様だ」
ガイウスの視線の先には龍馬が驚いた様子で返事をした。
「はいっ!」
「余の一族から一人、女を寄越す。番にでも妾にでも好きにして構わんが必ず孕ませよ」
「……はい?」
何一つ脈絡の無い発言に何か重要なことを聞き逃していたのかと変な返事をしてしまう。
「陛下! いきなりそれでは彼も文化が違います故に理解が追いつかないかと」
すかさずオーリックがカバーに入る。
「なるほど。性急すぎた言ではあったか。良い、説明してやろう」
そこからガイウスの説明に龍馬は唖然とした。
現状、帝国の血縁者の血が濃くなり始めているが故に絶対に交わりの無い血を受け入れることで分家の血を薄くして何代か先で血を混ぜた時に血が濃くなりすぎるのを防ぐためともう一つ。
ドラゴンの魔核を持つ龍馬はその魔核を子に遺伝させることが出来る可能性があるということが大きな要因でガイウスは先の様な言葉を放っていた。
要点を纏めた結果、龍馬は逃げることの適わない異性関係を要求されていた。
「貴様の美的感覚が余らと同じ感覚であれば安心せよ。どの娘であろうが醜くはなかろう」
「で、ですが相手の意思とかは」
「王族は国を維持するための道具に過ぎぬ。個人の意思など挟まれる余地はない」
「そんな……」
ガイウスは少し嬉しそうな難しいような掴みどころ無い表情で口を開く。
「国とは民の為にあるものだ。決して王や王族の為にあるものではない。人が営みを絶やすことの無いようにその暮らしを保障し、その庇護を与える見返りに高貴な立場を請け負っているに過ぎないのだ。必ずしも民の暮らしに国は必要ない。生きていく上で国と言う枠組みが必要なのは王族だけである。つまり、余を含め王族は国家の為にはその身を投げ出す義務がある」
それはそうだとしても言葉に詰る龍馬にガイウスは過去の自分を見ていた。
自らもそうであった時期を思い出し、少し微笑む。
それが稀有な優しさであることを知っていたからだ。そういうものだと飲み込み民を導くと王としてすべてをその背に乗せて歩むことを決意する前の自分がそうであり、その優しさを教えてくれた人が居たからこそガイウスは自らを律し王であることを真っ当出来ているのだ。
「悲観することはない。余とて望まぬ者を寄越すのは最後の手段としている。細事は気にせず貴様は安心して娘をその腕に抱けばよいだけだ」
釈然としない龍馬に対して、これ以上ガイウスの不評を買いたくなかったオーリックが口を挟む。
「如何でしょうか陛下、私共が滞在している間に彼と会ってみて、彼の傍に居てもよいと思う方を見出して頂くのは」
自薦と言う形でガイウスの意向にそうと言うのであれば龍馬もあからさまな不満を態度に出すことも無いだろうとオーリックは落としどころを見出す。
元々そのつもりだったガイウスだったがあえてオーリックに乗る形で龍馬に口を開く。
「それで貴様が納得できるのであれば構わん」
「はい。私はそれで陛下が良いと仰っていただけるのであれば」
オーリックの提案を無碍にするのも憚られると龍馬は肯定した。
そうして、ガイウスとの謁見は終わりを告げた。