第三章 いざ! 華国へ!-1-
翌日、龍馬は黒髪の容姿端麗で艶やかな琥珀色の瞳をした男の如何にも人当たりの良さそうな外見の外交官、オーリック・ベルムと共に馬車に揺られていた。
「あの、オーリックさん?」
「ん? なにかね?」
あからさまな笑顔で答えるオーリックにどうしてこうなったと頭を抱えたくなっていた。
事の起こりは数時間前。
龍馬がいつも通り目覚めて朝風呂に向かおうと部屋を出た直後、オーリック本人が待ち構えていた。
「おはよう龍馬君」
ニコニコと実に楽しそうにするオーリックに龍馬は嫌な予感を感じていた。
「おはようございます。オーリックさん」
「うん。朝から業務連絡で悪いとは思うけど、五時間後に華国、いわゆる帝国へ向かうから準備して部屋で待っていてくれたまえ。使用人の娘には伝えておくから気にせず風呂に使ってくるといい」
急過ぎる展開にはいと頷いて龍馬はいつも通り風呂場へと向かう。
半分寝ぼけた頭をシャッキリさせてから部屋に戻るとメティーシアが大きな鞄に衣類をつめているところだった。
「戻ったけど、それは?」
聞かなくても解っていることだが聞かずには居られなかった。
「お帰りなさいませ。こちらはオーリック様よりお聞きしましたので華国までの衣類と日用品になります」
明らかに片道一時間とかそういう次元じゃない。何なら泊り込みで一週間近くは華国で過ごす勢いだ。
「ちなみにだけど、華国までどれだけ時間が掛かるのかな」
「まず国境を越えるのに二日、そこから華国の帝都まで二日の計四日ですね」
現代社会の整備された交通網にひたすら感謝した瞬間であった。
それから約束通り龍馬はオーリックと共に華国へと向かう馬車に乗せられていた。
「正直いきなり連れてこられて全然追いつけていないんですけど」
ぐったりした様子の龍馬を見てオーリックはあからさまな笑みを崩さず答える。
「なーに、ただの外遊さ。君がうちに着任しているし。それに内政省に宛がわれたら外に出向く機会も減るだろう。なら早いうちに色々知っておいて損は無いだろう?」
その言には一理あるがあまりにもいきなりすぎると龍馬は肩を落として疲れた様子を隠そうともしなかった。
「それに、君はこの国だけじゃなくてこの世界のことを知らなさ過ぎる。それは仕方の無いことだが、私としては働くと決めた以上は赤子のようにゆりかごに揺られて安寧に過ごしてもらうつもりは無くてね。嫌な奴だろう?」
今度はあからさまではなく、楽しそうな笑みで笑う。
「……負けましたよ。どの道、選択権は俺には無いですから。何処へでも連れて行ってください」
「そう来なくてはね!」
はっはっはっと笑うオーリックに龍馬はこれから数日はこの人と共に旅路を歩むのかとうな垂れる。
それからさらに数時間馬車は歩みを止める事無く街道を進んでいく。
その間、龍馬はオーリックに色々と勉強を見てもらっていた。
「さて、私もここまで君が勉強熱心だとは思わなかったよ」
今度はオーリックが疲れ気味な様子で口にした。
「少し馬車を止めて休憩にしようか。馬もそろそろ疲れ気味だろうし」
適当なこと言ってオーリックは龍馬の乗る馬車から逃げるつもりだった。
そもそも馬は途中の町で替え馬用意してるのだから無理に休憩を取る必要も無かったりする。
無論龍馬はそんなことを知りはしないが。
オーリックは御者に馬を止めるように伝えて数分後には連れ立った5台の馬車が街道の脇にそれて脚を止めていた。
「龍馬君、私は多少執務があるので馬車を移らせてもらうよ。代わりに君の従者にこちらへ入ってもらうように伝えておくよ」
そういい残してオーリックはスタコラサッサと逃げていった。
「こんなところまで仕事とは流石に忙しいのかな」
真に受けた龍馬は呆けてこんなことを口にしたが原因は自身にあることに気が付かなかった。
逃げたオーリックは自らの馬車で確かにアレックスが気に入るだけあるなと龍馬の真摯さを好意的に受け取ったが関わりたくないタイプだとげんなりしていた。
そして、代わりに龍馬の元にメティーシアが現われ、オーリックの代わりとして馬車を共にすることに。
「如何ですか龍馬様」
穏やかな口調でメティーシアは龍馬に問いかけて、それに答える。
「そうだな。うーん、長時間の移動って久しぶりだから少し疲れてるかな。座ってるだけなのに結構疲れるもんだなってのが感想」
思い出す長時間移動は精々新幹線くらいだがあれはあれで疲れるけどこっちは整備されているといっても完璧ではない街道ばかりで時折大きく揺れる馬車に余計に体力を奪われていた。
「そうですか。確かにあまり長距離の移動は多くは無いですからそう感じられるのも道理でしょう。ですが、こうして外の世界に触れて、城下町以外の景色は如何でしょうか?」
メティーシアの言いたいことを理解して頷く。
「きっと俺がオーリックさんに連れ出されなければ見れなかったかもしれないモノだろうね。疲れてはいるけど、良い経験になってるよ」
悪い人じゃないのは解った。ただ、酷く行動が早くてついて行くのに体力が必要な人だというのも解った。
澄み渡る青空に撫でるように吹く風、暖かな日差し。
これらがひどく気持ちが良い。
「帝国。華国の帝都まで何とか持ちそうだし頑張るよ」
そう言って龍馬は笑った。
「はい」
メティーシアも笑顔でそれに答えた。