第二章 今日から始める職業体験-3-
それから瞬く間に二週間が過ぎ去り束の間の休暇となった龍馬は部屋でぐったりと倒れていた。
「…………」
一言も発する事無くベッドの上で色々と考えていると部屋の戸をノックする音が聞こえて返事をして姿勢を正すとエリスが顔を見せた。
「今、大丈夫かしら?」
「今日は非番なんで暇ですけど、どうかしましたか?」
よかったとエリス笑みを浮かべて部屋に入り、龍馬が椅子を引くとそこに座る。
「私も今日非番でね、この間ちょっと迷惑かけちゃったからお詫びにお昼一緒にどうかなと思ってね。どうかな?」
特に用事も無いしせっかく訪ねて来てくれたのだからと龍馬は二つ返事で答えを出す。
「じゃあ、準備が出来るまで外で待ってるから」
そういって部屋を出るエリスに龍馬は声をかけることが出来ずに机に置いた時計を手に取る。
「まだ九時半だけど」
まぁ、いいかと龍馬は身だしなみを整えていきながら気が付いた。
もしやこれはデートではないのか!
そう思った瞬間手が止まり体が固まった。
いや、いやいや、いやいやいや!
弟にお昼を奢る姉の心境だろう。そうだ。そうに決まっている。
今までの対応を思い出して異性として意識されてないのだろうと思い落ち込みながらも仕方ないよなと納得しながら手を動かし準備を終えて、部屋を出た。
「お待たせしました」
「こっちこそ、ごめんなさいね。急に押しかけて来ちゃって」
申し訳なさそうに手を合わせて謝るエリスだが妙に可愛くて龍馬は視線を逸らしてしまう。
「いえ、エリスさんが来なければきっと部屋で無駄に一日過ごしてましたし寧ろお礼を言いたいくらいですよ」
社交辞令とも取られそうなことを言ってしまったかと思いつつも照れ隠しもあり気なので態度には出さず横目でエリスの方を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべたエリスが龍馬の頭に手を載せる。
「全く、嬉しいこと言ってくれるんだから」
口元を手で隠しながらエリスは龍馬の頭をうりうりと撫でる。
「悪い気はしないんですけど恥ずかしいです」
大人しく遊ばれながら少しだけ抵抗を示すとエリスはぱっと手を放してごめんねとまた謝る。
「いえ、怒ってはないので」
一瞬でもデートと意識してしまったせいで余計に照れくて業務的な言葉使いになってしまう。
「そう? じゃあ行こうかしら」
手を後ろで組み楽しそうに歩くエリスの隣を歩きながら話しつつ城下町へと降りていった。
「ところで、まだお昼には早いですよね」
少し落ち着きを取り戻した龍馬が思っていたことを切り出した。
「そうね。でも、用事があったらどうしようかと思って朝から来たんだけれど。それに後で集合って言うのもすこし他人行儀な気がして、だから一緒に散歩でもどうかしらと思ったんだけど、やっぱり迷惑だったかしら?」
「そんなことないですよ。ちょっと気になっただけですから」
聞かないほうが良かったかなと思いながらエリスの横顔に視線を向けた。
少し眠たげな印象を受ける瞳だけど、長いまつげのおかげで嫌な印象は受けない。長くポニーテールに纏められた灰色の髪は甘い香水の様な良い匂いがするし、輪郭を隠すように伸びた長い横髪が風に靡いて銀色に輝き綺麗だ。
そもそも背が高くてスタイルも良くて本当に俺みたいなただの学生さんが隣を歩いてて良いのだろうかと自己嫌悪に陥りそうだった龍馬は無意味にエリスを目で追うのをやめた。
「んーっ。良い天気。龍馬君はよくお出かけはするのかしら?」
「いや、あんまりしなくて、日々勉強って感じで。でもたまにはこうして外で陽に当たるのも気分転換には良いかなって思ってるところです」
「そうなの。じゃあまた龍馬君の暇な時に誘っても迷惑じゃない?」
なっ!と叫びそうになるが平然を装い龍馬はちらりとまたエリスのほうを向くと目が合ってしまった。
駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
心の声が口から飛び出しそうになるが必死に押さえ込み視線をそらして、明らかに動揺が見て取れる態度にエリスは思わずくすりと笑うがそれに気が付くほど余裕が無い龍馬が答えを出す。
「エリスさんがよければ、そうですね。はい。その、……お願いします」
何がなんだかわからない龍馬は馬鹿なことを口走っていたがそれすら理解できてなかった。
優秀で学問にも明るく勤勉で初心な可愛い後輩候補にエリスはニコニコと嬉しそうに笑みを浮かべて龍馬の言葉によかったと返した。