金属ジャイアント
不届き者に制裁を加えようと試みたが、その後被害者のエリザが必死に擁護した事によって、協議の結果命だけは助ける事となった。
愚かなる老人は慈愛の心によって救出されたのである、女神ではなく吸血鬼の。
「はぁ……みなさん怖いですわ。大事に至らなくて何よりでしたけど」
「最近の娘は恐ろしいの、本当に殺されるかと思ったわい」
少し頭が冷えてきたが、さっきはかなり頭にきていたからな。
私ひとりだったらそれに近しい状況になってたかもしれないぞ。
まあいい、そんな事よりさっさとお使いを終わらせたい。
「やれやれ、ゴーレムのパーツだったな。マリネッタめ、もっと物を大事にせんか」
ブツブツと文句を言いながらも、老人はゴーレムのパーツを取り出し置いていく。
「あの、マリネッタ先生とはどういうご関係なのですか? もしかして親子なのでしょうか」
エリザ、それ気になるか?
「何を言っとる、ワシらは夫婦じゃ」
「えっ!?」
私を含めてその場にいた全員がつい声を出してしまった。
気になるか? なんて思ってすまないエリザ。
「で、でも、マリネッタ先生はせいぜい30代後半っす、歳の差ありすぎっす」
確かになあ、このじいさんどう見ても70はいってるし。
「……ワシとアイツは同い年じゃよ。まったく、若いころは一緒に年を取ろうなんて言っておったくせに、別居してからは研究のために時間がいくらあっても足りないなどと言い訳して古代の霊薬なんぞ飲みおった。せめて別居前に飲めというんじゃ」
なるほど、別居されるわけだ。
そんな老人の小言はともかく、必要なパーツは出そろった。
……のはいいが少々多すぎる、山積みの金属部品をどうやって持って帰れというんだ。
「おい、この量を5人で運ぶのか? あの道のりを?」
体力には自信があるが、これを運ぶ気にはなれないな……どうしたものか。
「大丈夫っすよ、これがあるっすから」
そう言ってミデットが見せてきたのは、彼女がいつも下げている小さなポーチ。
なんだ、私をからかっているのか?
「何か顔が怖いっすけど……これは『アーティファクト』と言って不思議な力を持った古代魔道具のひとつっす、小さいけど部屋ひとつぶんくらいの収納力があるっすよ」
「ふーん、便利なものがあるんだな。というか、それがあれば5人も来る必要はなかったんじゃないのか……?」
その場が沈黙に包まれる。
今さら言っても仕方がない、だいぶ日も落ちかけているし、とにかくそのポーチに部品を詰めて帰るとしよう。
ズズズ……
ん? 何か妙な音が聞こえる。
と、思ったその時、工房の壁をブチ抜いて巨大なものが勢いよく飛び出してきた。
「うぉっ! 何だこりゃあ」
それは金属でできた巨大な腕のように見えた。
というか他のものには見えようがない。
「こ、これは開発中の対ドラゴン用ゴーレム! まだ上半身しかできとらんのに、なんで動き出しておるんじゃ!?」
対ドラゴン用って、そんな用途があるのか。
そんな事よりそのゴーレムの動きがかなり怪しい、どうも見境なく近くのものを攻撃しようとしている気がする。
「お前さんが工房を蹴飛ばすから暴走したんじゃろ! こんなものが町に出たらえらいことじゃ、責任取ってなんとかせい!」
私のせいか……? 何とかしろと言われても、こんなでっかい金属の塊どうしろっていうんだ。
「お前ら、魔法使えるんだろ? なにかいい方法ないのか!?」
「魔法って言っても、私たちは見習いの学生よ! こんなとんでもないモノ……」
ジル達が杖を振って魔法を使おうとしているが、あまり効果は期待できなさそうだ。
くそ、頼りにならないな。
こうなったらどうにか蹴っ飛ばして……
「ぐはっ!」
しまった!
ゴーレムの巨大な手のひらと地面に挟み込まれてしまった!
「くっそ……重い……!」
工房の壁をメリメリと裂いてゴーレムがその姿を現す。
上半身しかないくせに器用に動き回りやがって。
指の隙間があったおかげでギリギリ潰されないように踏みとどまってはいるが、あのデカ女と違ってこっちは本当の機械だ、下手をすればミンチにされるぞ。
「フラーム・スフレトル!」
何かが聞こえた、これは呪文か? おそらくエリザの声だ。
その呪文とともにゴーレムの体が青白い炎に包まれ、巨体が大きくよろめく。
おかげでミンチにはならずに済みそうだ。
「メル! お怪我はありませんか!?」
やはりエリザだ。
だがその目は血のように赤く、普段のトロ臭さは感じられない。
……ああ、そうか、もう日が暮れていたのか。
「あ、あなた、新入生よね? 魔法の経験があったの……?」
「あんな凄い魔法を出せるなんて、凄いっす、驚きっす!」
そりゃあ、そうなるよな。今のは私でも驚いた。
「えっと……その、じ、実家が魔法の家系で……ごにょごにょ」
思わず強力な魔法を使ってしまったのだろう、ごまかすのに苦労しそうだ。
私を助けるためか……感謝するよ。
「ちょっとみんな~、まだ終わってないみたいだけど~」
巨大ゴーレムはその体をよろめかせたものの、まとわりつく炎を振り払い早くも体勢を整えつつある。
ちっ、エリザの魔法は決め手にはならなかったのか。
「あのゴーレムは生き物ではありませんから、魂の炎では焼き尽くせなかったのですね。何かほかの手を打つ必要がありそうですわ」
生き物だったら焼き尽くしてたのか、怖っ。
おっと、なんて事言ってる場合じゃないな。
「や~れやれ、ここはソニアちゃんの出番ですかな~」
さっきまであまり何もしていなかったソニアが急に張り切り、何かを取り出した。
手に持っているのは……ピコハン、か?
「ソニアちゃんの幸運魔法~、いっくよ~! ヒミオグ・ヘヴティ!」
「ちょっと、ソニア! それは……!」
ピコン!
いてっ、いきなり頭を殴られたぞ。
「おい、こんな時に何してやがる!」
「むふふ、これがソニアちゃんの幸運魔法。今のあなたは何をやってもうまくいく、チョー凄いラッキーガールになってるよ~」
本当かよ……見た目で判断するのは良くないが、信用しづらいなあ。
そうこうしている間にも、巨大ゴーレムが体勢を立て直し再びこちらへ手を伸ばす。
他にいい案は思いつかないし、信じてやってみるか。
「い……よっと!」
今度は潰されないように身をかわしながら、ゴーレムの腕を側面から蹴り上げる。
だが相手は金属の塊、いくらなんでも体重差があり過ぎる。
かなりスピードを乗せたがそれでも有効打にはなりえないだろう。
……と、思ったのだが、蹴った瞬間からゴーレムはピタリと動きを止め、そればかりか
関節が次々とゆるみ、音を立てて崩れ去った。
どれだけ当たり所が良かったんだか、幸運魔法、本物だな……
「メル! 大丈夫!?」
皆が駆け寄ってくる。
簡単なお使いのはずが大騒動になったな……もう夜だ、時間が無い、急いで帰らないと。
「メル……あなた体は大丈夫? どこかおかしくない?」
「ん、大丈夫だけど」
ケガはしていないが……ジルのその様子は何か違う事を心配している感じだな。
「実はね~、ソニアちゃんの幸運魔法はラッキーの反動があるっていうか~、なんでもタダで良い事は起きないんだよね~」
「前に幸運魔法をかけてもらった事があるけど、懸賞に当たった代わりにお腹を壊して数日寝込んだのよね……あなたにも何か起きるんじゃないかと思って」
おいおい……そういうデメリットがある事は事前に説明しておいてくれ。
でも今のところどこもおかしい所は無いが……
ポトリ
ん? 何か落ちた音がした。
足元には欠けた指輪が転がっている……こ、これは、まさか。
「げっ……! これは呪いの……!」
間違いない、あの氷の学院長にはめられた『誓約の指輪』だ!
だが気付いた時にはすでに手遅れ、指輪から黒い煙が噴き出し、私の全身を包み込んだ。
「くっそ、ふざけんな……!」
煙に包まれると何とも奇妙な感覚がする。
呪われたことが無いから新鮮でもあるが、そんな事を言っている場合ではない。
少しして、煙はだんだんと消えていった。
体のほうは……別になんともない。
何だ、私を脅すためのウソだったのか?
ハラハラさせやがって……だがこれでいつでも逃げ出せるな。
「メ、メル……」
なんだろう、周囲の視線が妙だ。
みんな笑いをこらえているような顔でこっちを見ているぞ……これは嫌な予感がする。
「……げげっ!」
視線をたどり、そっと頭の上に手をやると、何やらおかしな感触がある。
なんと私の頭にネコミミ、いや、イヌミミが生えてしまっていたのだ。
「きゃーっ! メル! とってもかわいいですわ!」
「こら、やめろ! 頭をなでるな!」
なんてこった。
こんな姿では町に出るわけにもいかない……くそ、やっぱり学校へ戻るしかないのか。
笑ったジルとミデットを1発、ソニアを3発ほど殴り、興奮するエリザを抑えながら学校への帰路へついた。
もう遅いから泊っていけというじじいを腹立ちまぎれに締め上げると、幸運なことにいいものを貸してくれると言う。
運転手一体型のゴーレムカー、これなら学生だけでも安心。
こんなものがあるなら最初から出せと暴れそうになったが、今はそれどころではない。
はたしてこの頭治るのだろうか……心配事は尽きない。