空飛ぶ学院案内
朝、食堂で朝食をとる。
今まで気の向くままにだらけた生活を送ってきたものだから、こう決まった時間に何かするというのは少々息苦しい。
妙な霧に囲まれているせいでこの学校がどこにあるのかは見当もつかないが、出される食事は悪くない、と思う。
「今日も似たようなメニューね~」
「ホント、味もいまいちだし」
聞こえてくる評判はあまり良くないのが気になるけど……
あれ、もしかして私は味音痴だったのだろうか。
「メルったら、ぼんやりしながら食べるのはお行儀が悪いですわ」
向かいに座るエリザに注意された。
昨夜はあんなに泣いていたのにもうケロッとしているんだな……あれからちょっとエリザの距離が近い気がする。
誰かに好かれるというのも悪い気はしないが、こういう時はいつも心の奥がザワつく。
「昨日は始業式だけで終わってしまいましたけど、今日からは授業が始まりますわ。何をするのか楽しみですね」
……ここに来て3日目、逃げ出すのがこんなに難しいとは思わなかった。
当然、授業なんて受ける気はさらさらない。
始業式の後に受ける授業を選ぶような説明があったような気もするが、私には関係の無い事だ。
「授業ね……どうでもいいや、そもそも何の授業を受けるかとか申請してないし」
「大丈夫です! そう言うと思いまして、わたくしと同じ授業を申請しておきましたの。これで一緒に授業を受けられますわね!」
マジか……どうしてみんなして外堀を埋めにかかるんだ。
というか私の名前で申請出したのか?
何を勝手な事してくれてんだよ。
「そういえば、わたくしたちこの学校の事をまだよく知りませんでしたわ。まだ授業まで時間がありますし、足りない物の確認もかねて見て回りませんか?」
長居をする気は無いんだけど……そんな無邪気な犬みたいに見つめるな。
まあ、何か武器に使えそうなものがあるかもしれないし、仕方がない、行ってみるか。
エリザに促されるまま、食堂を出て校舎を散策してみる事にした。
まるで中世にタイムスリップしたかのような古臭い建物、かと思えば自販機があったりしてアンバランスさを感じさせる。
とりあえず電気は通っているらしい、原始的な生活を強制されずには済みそうだ。
「これは何でしょう? 飲み物が入った箱のようですけど……」
おいおい、自動販売機も知らないのか?
今までどこで生活してたんだか。
「これは自動販売機と言って、自動で買い物ができる箱なんだよ」
試しに1本買って……あれ、私の知ってる自販機と違うな。
なんというか、近くで見ると随分古いというか。
商品も訳の分からない草の汁だとかキノコの粉末ばかり。
本当に電気が通ってるのか心配になってきた。
「いや、何でもない。とにかくこれはやめとこう」
「はあ、そうですか……わかりましたわ」
得体の知れないものには近づかないほうがいい、気がする。
「あ、メル! ありましたよ、きっとここですわ!」
しばらく歩いた後、エリザの示す先に小さな店を発見した。
囲いの中には、いくらかの商品に埋もれた古めかしいロボットが置かれている。
このロボットも商品なのかと思ったが、どうも店員らしい。
そういえばさっきの食堂も同じようなロボットが給仕してたな。
ここの雑用はこいつらがやっているのだろうか、古いのかハイテクなのかわからなくなってきた。
「いろいろな物がありますわ、これがお店というものなのですね」
「……そうだね」
あえてツッコミは入れない。
ざっと商品を見回してみたが、私の希望には沿ってくれないようだ、そりゃあ学校の売店に武器なんてものは置いて無いだろうけど。
そのくせ宝飾品と思われる売店に似つかわしくないものは置いてある、当然高い。
手に取ってみようとしたらロボットが銃口を向けてきたから本物なんだろう。
少々がっかりしている私とは対照的に、エリザは目を輝かせてペンやノートを買っている。
「オカイアゲ、アリガトウゴザイマス、マタノオコシヲ、オマチシテオリマス」
あのロボット、カタコトだけど喋るしちゃんと接客してる……すごいな。
「なあロボット店員さん、そこの宝飾品本物なの? あと他に隠しで置いてあるものとかない?」
「……」
ロボットは何も答えない。
答えろよ、店員だろ、客を差別するんじゃねえよ。
「お買い物ってこんなにも楽しいのですね。はい、これはメルのぶんですわ」
お前は楽しそうでいいな、不愛想な店員にも答えてもらえるし。
で、なんか多めに買ってると思ったら私のぶんかよ。
そんなに気を使わなくてもいいのに。
「お前な……そんなに無駄遣いするんじゃないよ」
「あっ、すいません……お買い物をした事がなかったのでつい……」
こりゃ相当な箱入り娘だな、それとも吸血鬼にはそういう習慣が無いのだろうか?
「でも、それはわたくしの気持ちとして取っておいてください。さあ、そろそろ時間ですわ、授業にまいりましょう」
しまった、適当にサボるつもりが買い物に付き合ったせいでタイミングを逃した。
……ひょっとして狙ってやったのか? エリザの小悪魔的な笑顔を見るとそんな気がする、吸血鬼だけに。
エリザに連れ出され、授業の場所となる校庭へと出た。
他にもいくらかの生徒がすでに整列している、だが遅刻ではないようだ。
その前にいる教師が、私達の到着を確認すると咳払いひとつして話し始める。
「さて、初めての者もいるので復習も兼ねて行います。魔女にとってホウキは欠かせない存在、一生の友となる事もあります。まずは基礎から行っていきましょう」
ホウキね……よく魔女がまたがって飛んでいるアレか。
興味が無い事はない、身ひとつで空が飛べるならこんな便利な事は無いからな。
「魔法のホウキ……憧れてしまいますわ。ね、メル?」
「お前は自力で飛べるだろ、必要あるのかよ」
「それは……ほら、夜の間だけですし。それに、ホウキに乗って飛ぶのって面白そうじゃありませんこと?」
吸血鬼の力で飛ぶのとはまた違うのだろうか、乗り物が楽しいと思えるのと同じかな。
「皆さんホウキは持ちましたね。それではホウキに自分の魔力を流し込むように集中して……慣れないうちは杖や呪文を使ってもいいですよ」
他の生徒たちは個人差があるものの、みなホウキを浮かせたり乗ったりしている。
だが私はつい数日前までフツーの世界で生きてたんだ、呪文も知らないし、そんなマネができるわけないだろう。
「……?」
ホウキを握っている手に違和感を覚える、まるで水中で浮きを握っているような感覚だ。
「あなたは……ミス・ディードでしたね。ぼんやりしていないで、集中しなさい。呪文は『フィ・ローダ』です、さあ、やってごらんなさい」
「いや、なんかホウキが変なんですけど……フィ・ローダとか言われても――」
びっくりした、意識が飛ぶかと思った。
『フィ・ローダ』の呪文とやらを口にした途端、持っていたホウキがロケットのように高速で真上に飛び上がったのだ。
当然、それを持っていた私の体も同様に、はるか上空へと持っていかれた。
「うおっ……! なんなんだこのクソホウキ……!」
私に魔法の才能があったのか?
だがたとえホウキで飛べても、まるで制御できないのでは話にならない。
物凄い速さで方向もわからず振り回され気持ち悪くなってきたぞ。
ドスン!
くっそ、さんざん振り回されたあげくに結局墜落した……全身が痛い。
「……うっぷ」
おえ……ゲロ吐いちゃった、まだ世界が回っている……
「ミス・ディード! 大丈夫ですか!?」
フラフラと立ち上がる私の周りに皆が集まってきた。
ゲロまで吐いてちょっと恥ずかしい。
「ケガは……ないようですね、不幸中の幸いといったところですね」
交通事故にあったような衝撃だったのだが、痛いだけで大したケガはしていない。
自分の頑強さに改めて驚かされる。
「……あ、ホウキ」
誰かの声で気が付いたが、私のホウキは体の下敷きになり見事に粉砕されていた。
最後はクッションになってくれたのか……事故の原因とはいえありがとう一生の友、お前の一生は今終わってしまったようだけど。
「メル! ああ、心配ばかりかけさせないでください!」
「こら、抱きつくな、暑苦しい」
そんな様子を見ていた教師がため息まじりに口を開く。
「その様子なら大丈夫そうですね、念のため医務室へ行ってから魔工研究室へ行きなさい。ホウキを修理しなければ授業になりませんからね」
そう言うと教師は皆を引き連れて授業へと戻っていった。
私でもホウキで空が飛べるのなら持っておいて損はない、とりあえず修理はしておこう。
操縦に関してはまた考えればいいさ、良かったな一生の友。
バラバラになったホウキ、いや、ホウキだったものを持って魔工研究室へと向かう。
医務室のほうは面倒だから今回はスルーしよう、特にケガもしてないしな。
「学校案内によると、『魔法工学を取り扱っている研究室』とあります。魔道具の開発や修繕を行っている場所のようですわ」
……そんな事より、何故エリザが一緒に来ているのか、という事のほうが気になる。
お前のホウキは壊れてないんだから来なくてもいいだろう。
「メルの事が心配だったものですから……医務室への付き添いを許可していただきましたの。あ、でも医務室には行かれないのですか……? うう、わたくし役目を果たせず不甲斐ないですわ……」
そんな顔をしても医務室には行かないぞ。
もうすでに研究室に到着したしな。
「さて、それじゃさっさと修理してもら――」
ガツン!
部屋のドアに手を伸ばしたと同時にドアが開き、飛び出してきた人影の頭が勢いよく私の顔面に直撃した。
「痛った……何すんだ!」
「ひぃい! ごめんなさいっす!」
思わず反射的に襟首をつかんでしまった。
見るともっさりとした感じの女が涙目でブルブル震えている。
おっと、ついまたやってしまった。
そこまで脅かす気はなかったんだけど。
「何やってんだい、騒がしくするんじゃないよ!」
部屋の奥から別の女が姿を現す。
ここの担当教員だろうか。
魔法学校という場所に似つかわしくない作業着で、いかにも姉御肌といった容貌だ。
「おや、見ない顔だね、新入生かい? ここに来たって事は何か用があるんだろうけど、とりあえずその子を放してやってくれないか?」
おっと失礼、もっさり女の襟首をつかんだままだった。
手を放すともっさり女は大急ぎで作業服の教師の後ろへと隠れてしまった。
「こいつはミデット、私の弟子みたいなものかな。気弱でドジなものだからよくトラブルの原因になったりするんだが、ま、私に免じて許してやっておくれ」
後ろに隠れたもっさり女……ミデットが激しく頷いている。
ドジなのは自覚があるなら気を付ければいいのに。
「私はマリネッタ、魔法工学を担当している。作業用ゴーレムは見たかい? あいつらはみんな私が作ったんだ、大したものだろう?」
「あたしは……メル、です」
「はじめまして、わたくしはエリザと申します」
あのレトロなロボットは作業用ゴーレムと言うのか、どう見ても機械だったが魔法工学という事は魔法で動いているのだろう。
……どっちでもいいけど。
「んで、何か用事があって来たんじゃないのかい?」
「あ、そうだった……と、これなんですけど」
持っていたホウキの残骸を差し出すと、マリネッタ先生の表情が変わった。
具体的には心の中で『げっ』とか言ってそうな顔だ。
「……また派手に壊したね、こんなホウキを見るのは初めてだよ。たまに折るやつはいるけどここまでのはお目にかからないね」
ホウキの残骸は作業台のようなものに並べられ、ぼんやりとした光に包まれる。
「こりゃあ少々時間がかかるね……また日を改めて取りに来るといい」
すぐには直らないのか、しばらくホウキで空を飛ぶのはお預けだな。
それにしても、この教師は他のやつと比べて多少は話しやすい感じがする。
せっかくだから知っておきたい事を聞いてみるのもいいかもしれない。
「えっと……マリネッタ先生? 『先生』って知ってます?」
「んー? 何を言って……ああ、あの人の事か」
よし、知っているようだ。
私をこの学校にぶち込んだあの化物女、どういう奴なのか情報が欲しい。
「何代か前の学院長だったとか噂は聞いたことはあるが、私はよく知らないな。シャーロット、いや、学院長なら何か知ってるかもしれないよ、機会があったら聞いてみな」
あの学院長そんな名前だったのか。
でも気軽に話しかけられるような雰囲気の奴じゃなさそうだしな。
いいや、『先生』の情報はまた今度にするか。
「わかりました……それじゃあホウキ、お願いします」
「あ、ちょっと待った」
部屋を出ようとすると後ろから呼び止められた。
こういう時はあまりいい話じゃないというのが今までの経験だ。
「せっかくだから、君たちにもお使いに行ってもらおうかな? 新顔くんたち!」
ほらやっぱり、用事を言いつけられた。
いったい何をさせられる事やら……