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始業式の狼

 大きなシャボン玉に入れられたまま会場に到着した。

 おかしな登場のせいか、それとも噂でも広まっていたのか、多くの生徒がこっちを注目している。

 だがそれも当然だろう、こんなメルヘンな登場をしたのは私も生まれて初めてだ、目立つなというほうが無理というもの。

 目立つのは嫌いだというのに、実に面倒くさい。


「みなさん、ごきげんよう。これより始業の儀を開始いたします」


 こんな奇抜な会場入りをしたというのに、気にも留められず始業式が始まった。

 何だよ、登場のしかたは特に気にするような事じゃなかったのか。


 壇上からはちょっと偉そうな装束の女が全員に語りかけている。

 あれが学院長だろうか。

 それにしては若く見えるが、それも魔法のおかげなのかな。


「いてっ」


 突然シャボン玉が割れて放り出された。

 くそ、どうせなら式が始まる前に出せっていうんだ。


「そこのあなた、神聖な儀の最中です、静かになさい!」


 ほらな、じゃないとこうやって怒られるだろう。

 あのラシールとかいう女も覚えてろよ。


 その後、始業の儀とやらは滞りなく終わった。

 正確には全く話を聞いていなかったからいつの間にか終わっていたというところだけど。

 それにしても、わざわざご指名で始業式に連行するとは……そんなに私を魔女にしたいのか。


「メル……」


 他の生徒が皆立ち去り、会場に私ひとりになったところでエリザが話しかけてきた。

 相変わらず気配が読めなかったが、ずっと後ろにいたらしい。


「あのね、メル……」

「よお、さっきは邪魔が入ったが、あれじゃ不完全燃焼だろう? いっちょ続きといこうじゃないか!」


 何かを話そうとするエリザの言葉を遮り、レムスが割って入ってきた。

 やっぱりデカいなこいつ、セリフといいとても魔女とは思えないぞ。


「えーと、レムスだったっけ。ここは魔法の学校だと聞いたんだけど、レスラーの養成もやってたのか?」

「あれ、名乗ってたか? まあいいや、その通り、オレはレムスだ。ここは正確にはサン・アルヴン魔術学院、部活も無くはないがレスリング部は無いぞ」


 皮肉だよ、気付けよ。

 いい奴なのかもしれないが、こんなバトルジャンキーは御免だな。


「……まあいいや。それにしても魔法学校で肉弾戦を挑まれるとは思わなかった、お前、本当に魔法使えるのかよ」

「当然、オレは3人しかいない規範生徒会のメンバーだからな。言うなれば魔法の成績はナンバー3だ。これはまあ、趣味みたいなものさ」


 趣味でケンカを売られてもたまったものじゃないんだけど。

 とにかく、面倒だがやる気なら仕方がない。

 あのパワーに捕まらないように打撃を散らして撹乱し、隙を見て急所に有効打をブチ込むしかないだろう。


「お、なかなか速いしいいパンチだ。やるな」


 うるさいな、変な学校に放り込まれてから連日殴り合ってる身にもなれってんだ。


 ガシッ!


 ……げっ、デカいくせに思ったより素早い。

 一瞬の隙を突かれて間合いに入られた!

 とっさに受け止めたものの、またしても力比べの体勢となる。

 始業式前の続きに付き合う気なんか無いぞ。


「パワーでオレに張り合える奴がいるなんて嬉しいね! だが一番はオレだってことは揺るがないけどな!」


 相変わらず工業機械みたいな怪力しやがって。

 だが今度は心の準備がある、どうしようもないくらいに押し込まれる前に動けばいいだけの話だ。


「……おおっ!?」


 そのバカ力を利用させてもらった。

 相手の押し込む力も利用して後方へと蹴り出し、ブン投げる。

 巴投げ……いや、モンキーフリップかな?

 ともかく、レムスの巨体は宙を舞い、派手な衝撃音と共に床へ叩きつけられた。


「いってえ……そんな手があるとは、なかなかやるじゃ――」


 ここで再び心地の良い打撃音が鳴る。

 投げ飛ばした程度じゃあまた立ち上がってくる事なんて想定済み、隙をつくったと割り切って、すかさずアゴに蹴りを叩き込んだのだ。

 めいっぱい脳ミソを揺さぶってやった、これにはさすがのレムスもたまらず片膝をつく。


「……まだ……まだああ!」

「おいおい……勘弁してくれよ」


 片膝はついたがすぐにまた立ち上がってきた……冗談だろう。

 やっぱりこの手の奴は脳ミソも筋肉なのか?


「お前最高だな……ここからは魔法もアリの全力といこうじゃないか」


 そう言うとレムスが何かを取り出した。

 魔法の杖……いや、バット……じゃないな、ハンマーだろそれ。

 それで魔法使うのかよ、脳筋すぎるだろ。


「あなた達、何をやっているのです」


 ほーら、こんな所で大暴れしてるから教師に見つかった。

 まあ、ちょっとヤバかったから助かったけど。


「またあなたですか、ミス・ディード。昨日も問題を起こしたそうですね」


 声の主はさっき壇上で見かけた学院長だ、氷のように冷たい目でこっちを見ている。


「それからレムス、あなたは規範生徒なのですよ。トラブルを収めるにしても、もう少しスマートにやっていただかなければ困ります……もう戻りなさい」

「……はい、申し訳ありません、学院長」


 レムスが一礼して立ち去っていく。

 去り際にこっそり私にウィンクなんかしやがって、あいつまた来る気だな。


「聞いているのですか、ミス・ディード!」


 ……呼ばれる名前に違和感がある、前にも聞いた名前だ。


「えっと……名前、間違ってません? あたしを呼ぶならオクリだと思うんですけど」

「何を言っているのです? あなたの願書には『メル・ディード』と書いてあります、間違いなどありません」


 誰が出した願書か知らないが、誰なんだよその名前。

 ……いや、出したのはたぶんあの『先生』だな。

 適当な名前で出しやがって。


「本来はあなたのような生徒は受け入れていないのです。『先生』のご意向で退学にならないからといって、何をしてもいいわけではありませんよ」


 何て言った? 退学にならないだって?

 くそ、最悪の場合は退学処分になって出ていこうと思ったのに、当てが外れた。

 というか学院長より上なのかあの化物。

 もしかして政府うんぬんもウソじゃなかったりして……いや、まさかね。


 その後、学院長直々のお説教を長々と受け、日が暮れる頃にようやく解放された。

 キレるほど体力が残ってなかったのはお互い幸運だったかもしれない。

 もっとも、魔法を使われたらどうにもならなかっただろうけど。

 私にとって知らない事が多すぎるな。


「メル……!」


 部屋に戻ると、先に戻っていたエリザが立ち上がり駆け寄ってきた。


「お、おいおい、どうした」


 エリザの顔は涙でグシャグシャになっている、部屋で泣いてたのか?


「わ、わたくし……メルが危ない目にあっていても……何もできなくて……命の恩人なのに……じ、自分が不甲斐なくて……」


 嗚咽まじりにエリザが声を絞り出す。

 やれやれ、そんな事考えてたのか。


「えーと……気にするなよ、あたしにとっては生徒同士のイザコザなんてよくある事だ。それにあの時、先にかばってくれたのはお前のほうだったろ」


 頭を撫でてなだめ、なんとか泣き止ませる。

 まったく、こういうのは苦手だ。

 ベッドに座らせると泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった……人のいい吸血鬼もいたもんだよ。

 まだ少し早いが私も疲れたので寝るか……毎日いろいろありすぎだろこの学校。


 あ、くそ、制服がベトベトだ。


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