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ファング・ウィズ・ヴァンパイア

「お父様……。何を……、なさっているのですか……?」


 この声は、エリザ!?

 いや、本当にエリザか……?

 声の主はドス黒いオーラのようなものを身に纏い、その佇まいはあまりにも私の知っているエリザとかけ離れている。


「ああ、吾輩のかわいいエリー。駄目じゃないか、まだ棺で寝ていないと」


 エリー……。

 やっぱりあれはエリザなのか。

 娘に対する父親のセリフとしては、そのトーンに恐怖が感じられる。

 私が思うよりも嫌な状況になっているのかもしれない。


「目が……覚めてしまいましたの。そうしたら……棺が壊れてしまって」

「そ、そうか。それでは新しいものを用意しよう」


 マデウスが使用人たちに指示を出している。

 その間にもエリザはゆっくりと一歩ずつ階段を下りて来ていた。


「……!」


 エリザと目が合った。

 むこうも私の顔を見て驚いている様子だが、私はもっとだ。

 エリザの目は夜の闇のように真っ黒で、その中に赤い月のような瞳が浮かんでいる。

 何よりも、禍々しく凄まじいオーラを感じる。

 これがあのエリザなのか。


 いや、同時にある疑問も解けた。

 あの時エリザに感じた違和感、それはこの力だったのだろう。

 太陽光すら克服した真の力、だから日中でも難なく傷が塞がったんだ。


「メ……ル……?」


 エリザは私を認識したらしく、しばらくこちらを見ていたが、途中からマデウスの方へと向き直った。

 気のせいか、体を取り巻くオーラが増えているような感じがする。


「お父様、メルの格好は何でしょうか……、使用人の格好をさせて……ボロボロになって……」

「い、いや、それは誤解だよエリー!」


 メイドの格好はともかく、ボロボロなのは私自身のせいだ。

 責任を擦り付けるのは悪いからマデウスを援護してやろう。


「そうだよ! ちょっと遊んでただけだ。ボロボロなのも家事中に転んだだけだ!」


 叫んではみたが、こちらの声が届いているのか心配になってきた。

 そしてエリザも引き下がる気は無いらしい。


「どうして……家事をさせているのですか? ケガまでさせて……どうして!」

「……いかん!」


 間一髪だった。

 その瞬間、マデウスが私たち4人を抱えて瞬間移動した。

 1秒でも遅かったら粉々にされていたかもしれない。

 その証拠にエリザの放った攻撃でロビーはめちゃめちゃだ。


「君たち、ケガはないかね?」

「あ……はい」


 どういう事だろう。

 マデウスはその身を挺して私たちを助けてくれたようだ。

 追い出そうとしたり下働きさせてみたり、邪魔に思っているのなら放っておけばよかっただろうに。


「娘に会わせられないというのはあれが理由なのだ。君からの話で娘が微量ながら人血を摂取したことがわかった、それが引き金となって覚醒したのだろう」

「覚醒?」

「そうだ。我がヴラドヘイム家は代々女が強い、私は婿養子でね。あの子にも魔王たる力が眠っていたのだ。だが制御が効いていないようだな、君の事を心配しながら行動が伴っていないのがいい証拠だよ」


 そう、エリザは私に使用人をさせてケガまでさせた事を怒っていた。

 だがその魔法はロビーを丸々吹き飛ばしている。

 マデウスが助けてくれなければどうなっていた事か。


「でも、どうしてあたしたちを助けたの?」

「そりゃ助けるだろう、娘の友人なんだから。娘に会わせるわけにもいかないけど無下に追い返すわけにもいかない、下働きをさせるわけにもいかないからゲームで穏便に帰ってもらおうとしたのだが……それが仇になってしまったようだね」


 そうだったのか、言ってくれればよかったのに。

 いや、自分だけでなんとか解決しようとしたのか?

 やっぱり親子で似てるのかもな。


「落ち着くまで眠らせておかなければ。さあ、君たちは早く帰りなさい。ネリー! この子たちを頼んだぞ」

「かしこまりました」


 うわ、またいつの間にかネリーがいる。

 何なんだこいつ。


「えっと、いつの間にそこへ? ロビーがあんなことになってるのに」

「私たちヴラドヘイム家の使用人はみな力ある魔族、自分の身は自分で守れます。さあ、こちらへどうぞ」


 ネリーが通路へと案内する、私たちを逃がしてくれるらしい。

 ありがたい事だけど、それには乗れない。


「メル、行くんでしょ?」


 ジルが声をかけてきた。

 三人とも杖を出して準備万端の様子だ。

 もちろん、私も。

 その様子を見て、ネリーも私たちの気持ちを察してくれた。


「そうですか、止めはいたしません。……お嬢様をよろしくお願いします」

「もちろん、そのつもりさ」


 エリザと話をしにここまで来たんだ。

 ここで引き下がっては何の意味もない。

 私は、いや、私たちはエリザのいるロビーへと足を踏み入れた。



 ***



 崩壊したロビー、その階段の途中にエリザはいた。

 目が虚ろだ、エリザが今どこを見ているのかよくわからない。

 エリザの正面からマデウスが呼びかけているが反応は乏しいようだ。


「さあて、どうするかな。うかつに出て行っても消し飛ばされそうだ」

「そうは言っても話をしない事にはどうにもならないわ、何とかしないと」


 しばし全員で作戦を練る。

 とはいえ見習い魔女の集まり、大したことはできないけれど。


「ま、最悪エリザのパパもいるんだし、なんとかなるんじゃね?」

「手持ちのカードだけでなんとかするっす、がんばるっす」


 あまり良い作戦は思いつかなかったが、これ以上時間をかけても状況は変わらなそうだ。

 とにかく行動に移そう。

 私たちは一斉にエリザへ向かい、マデウスの前へ飛び出した。


「な……君達!?」

「来るぞ!」


 やはり今のエリザは私たちのことがわからないらしい。

 突如現れた複数の人影に対し、エリザがすっと手を伸ばす。

 一瞬、風が吹いたかと思うと、凄まじい衝撃波となってこちらへと襲い掛かった。


「ぬうん! 防御モード始動!」

「マルテルメ!」


 まずポーチから飛び出したハインリヒが盾となり、さらにジルの防御魔法で包み込む。

 ぶっつけ本番だがこの二重の防壁はなんとか攻撃に耐えられている。

 とりあえず作戦成功だな。


「私だって役に立つのよ? 一週間かけて構築したこの防壁魔法、シンプルだけど強度には自信があるんだから」

「ハインリヒの調整もバッチリっす! あたいが追加した魔法シールド、ジルの防壁魔法と合わせれば大丈夫っす!」

「んで、ソニアちゃんの出番だね~。スキャンド・レクト!」


 ソニアがふたつのピコハンを打ち鳴らし、鐘の音を周囲に響かせる。

 清らかな音にエリザの攻撃の手が止まった。

 よし、効果ありだ! 今ならこちらの声が届くかもしれない。


「エリザ、聞こえるか! あたしだ、メルだ! 話をしにきた!」

「……」


 くっ、聞こえてるのかどうかわからない。

 ならば、ソニアの魔法が効いているうちに距離を詰めるしかない!

 私は防壁をすり抜け階段を駆け上がった。


「ぐっ!?」


 何かが一瞬見えた、コウモリのようなものが。

 気付けば腕が斬られている、高速でコウモリを飛ばしてカッターにしたのか?

 そんな事もできるのかよ。


「いかん!」


 さらに大量のコウモリが機銃のように飛び掛かってくる。

 だが私の体は無事だった。

 マデウスが身を挺して盾になってくれていたのだ。


「どうして……」

「娘の友人だからな、ケガをさせるわけにはいかん。それに、自分がやったとなれば娘の悲しみは計り知れないだろう」


 マデウスは私の方を向き、ニッコリとスマイルを見せた。


「吾輩は吸血鬼の王だ、この程度の傷など何でもない。君達と違ってすぐに再生するしな」

「あ、それあたしもです」


 さっき斬られた腕の傷が塞がっていくのを見せると、マデウスはなんとも微妙な表情を浮かべた。


「そう、なんだ。最近の子はすごいね、ハハ」


 思うように格好がつかなかったらしい。

 悪い事しちゃったかな。


 それはそうとまた階段の下だ。

 距離を詰めたいのに詰められない。

 コバンの時のようにはいかないな。


「メルっち、そろそろ魔法が切れるよ!」


 ソニアが叫ぶ。

 あのコウモリは自動迎撃装置だったのか。

 そうこうしている間にエリザが再びこちらに目線を向けた。


「……フラーム・スフレトル……」


 この呪文は!

 私はマデウスごと青い炎に包まれた。

 いつかゴーレムに使った炎の魔法だ!


 熱いというか冷たい、全身がヤスリで削り取られていくような痛みだ。

 このままでは焼き尽くされてしまう。

 私はマデウスに目線を送り、マデウスもそれに応えた。


「いいだろう、このままでは共倒れだ。……行きたまえ!」


 マデウスが力いっぱい私を放り投げ、さらに衝撃波で追い打ちをかける。

 この威力なら無理やりにでもエリザの元へ届くはずだ!


「エリザァア!」


 激しい炎と衝撃波の中、常人ならとっくに粉々になっているだろう。

 だが私の体はそれに耐えていた。

 それどころか感覚がどんどん研ぎ澄まされていく。

 死に瀕して本能が抗っているのか、周囲の時間がゆっくりに見えるほどだ。


 髪がほどけて広がる。

 手の爪が鋭い、私はまた獣のようになっているようだ。

 そして私は勢いそのままエリザに飛び掛かり、肩口に思いきり喰らい付いた。


「ギャアアア!」


 悲鳴が響く。

 エリザは必死に振りほどこうとするが、私は決して力を緩めない。

 この牙も、この腕も、決して。

 はは、これじゃどっちが吸血鬼かわからないな。


 エリザ、お前は私を正気に戻すために魔法で攻撃したのを悔やんでいるんじゃないのか?

 もしそうなら、今度は私がお前を正気に戻すために、こうして牙と爪を振るっている。

 これでおあいこだ、そうだろう?


 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 周囲は驚くほど静かになっていた。

 手が元に戻っている。

 牙も引っ込み、私はただエリザを抱きしめたまま立っていた。


「……うふふ、いつもと逆ですわね」

「エリザ!? お前、正気に戻ったのか!」


 慌てて顔を確認する。

 エリザの瞳は赤いままだが、学院で夜に見せるいつもの目だ。

 私は嬉しくなって、またエリザを抱きしめた。

 思いきり、ぎゅっと。


「メ、メル、嬉しいですけれど……ちょっと痛いですわ」

「え、ああ、ごめん」


 我ながらつい恥ずかしい事をしてしまった。

 大慌てでエリザを離したところに、みんなも駆けつけてきた。


「エリザ! 正気に戻ったのね!」

「よかったっす……あたいたちがわかるっすか!?」

「いやいや、エリザもなかなかヤバいね~」

「うむ、私の防壁でなければどうなっていた事か! さすがは私だ!」


 みんな思い思いにエリザが戻ってきたことを喜んでいる。

 ハインリヒにまで囲まれて、エリザはかなり恥ずかしそうだ。


「……おぼろげながらに覚えています。血の影響で急速に覚醒してしまったわたくしは自らの力の制御ができなくなってしまい、急遽実家へと戻ったのです。力が安定するまで眠りにつくつもりでしたが、わたくしの中の何かがそれを許さなかったのです」


 それであんな大暴れしていたのか。

 エリザらしくないとは思っていたよ。


「みなさまが来てくださった事はとても嬉しいです。……でも、一歩間違えば大切な友人をこの手にかけてしまうところでした。またいつ何かが目覚めるかはわかりません、だから――」


 ぎゅっ


 エリザの話を遮るようにその鼻をつまんだ。

 何を下らないことを言い出すつもりだ?


「そうか、それじゃああたしと同じだな。あたしもいつ暴れだすかわからない半人狼さ。あの時偶然にもお前が覚醒してなきゃ、あたしがお前を殺してたかもしれないんだ、お互いさまだよ」

「メル……」

「なに、化物同士なんだ。あたしが暴れたらお前、お前がおかしくなったらあたしが止める。いいんじゃないか、それでも」


 ジルたちもこちらを見て頷いている。

 誰も反対する者はいない。


 その様子を見ていたマデウスにネリーが問いかけた。


「よろしいのですか、旦那様」

「……ここまでの友人など、人生でいくらも出来はせん。あの女の口車は正しかったという事か」


 マデウスはむこうを向いて隅に隠れてしまった。

 ありゃきっと泣いてるな。

 ネリーがハンカチを取り出している。


「さて、学院へ戻ろう。珍しく学院長も待っててくれるんだ、見ておいた方がいいぞ」

「ふふ、メルったら……」


 エリザは一歩下がり、深々と頭を下げた。


「改めまして、エリザベート・ヴラドヘイムです。これからもよろしくお願いしますわ」

「ああ、メル・ディードだ、よろしく」


 もうこの名前にも慣れたな。

 さっさと〈門〉を開くとするか。


「えっと、サン・アルヴンへ!」


 杖の引き金を引くと空間に穴が空いた。

 これが学院へと続いているはずだ。


「お父様、行ってまいります」

「……しっかり学ぶのだぞ、娘よ」


 エリザの言葉にも、やっぱりマデウスはこちらを見ない。

 どれだけ泣いてるんだこの魔王は、思ったより人のいいおっさんだったな。

 夏休みにでもまた来てやるとしようか。



 ***



 朝が来た。

 昨日は先生連中から遅くまでいろいろな事を聞かれて大変だった。

 ただでさえ疲れていたのに勘弁してほしい。


 ジルたちはまだ眠れるからいいけど、私は血の呪いのせいで熟睡できないから眠りが浅いんだよ……まだ眠い。


「メル、おはようございます。よく眠れましたか?」


 ぼんやりしているとエリザの声が聞こえてきた。

 考えてみればエリザが居なくなっていたのはたった一晩、しかも私はその日この部屋に戻っていない。

 それでも、日常が戻ってきたような気がしてなんとも不思議な気分だ。


「おはよう、エリザ」


 差し込む日差しがエリザの笑顔を照らす。

 私のおかしな日常は今日もまた始まった。

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