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蝙蝠の王

「うわっ」

「きゃあっ」


 ドサドサと4人の体が折り重なる。

 〈門〉の出口が少し高い場所に現れたらしく、着地に失敗してしまったようだ。

 そして最初に入った私が当然一番下になっている。


「おい、重いぞ。早くどいてくれ」

「あ、ごめん……。いたた」


 グダグダなスタートになってしまったな。

 とにかく周囲の状況を確認しないと。


「ねえ、これって……」


 周囲は壁のようになっている。

 そして驚くジルが見ているのはその壁の間を抜けた先。


「……街っすね」


 〈門〉の出口はいわゆる路地に開いたらしい。

 魔界というからにはどんな荒廃した世界だろうと思っていたのに、目の前にあるのは元の世界と大して変わらない街並みだった。

 都会というわけではなく中世から近代といった様子だが、なんせ普段が古臭い建物での生活なのでこれが普通に思えてしまう。

 もっとも、ここが魔界だということには違和感を覚えずにはいられないのだけれど。


「思ったより普通だったけど、やっぱり違う世界みたいよ。見て」


 変わったところはいくつか目についた。

 空に太陽はなく、かといって雲もない、ただ赤く濁ったような空が広がっている。

 そして何よりも違うのはやはり住人だ。

 多種多様というか、人に近いものから怪物にしか見えないものまで様々。

 観光地じゃないがこれぞ魔族といわんばかりだ。


「うう、怖いっす……。こんなの、見つかったら大変す」

「そうは言ってもウチらエリザの家知らないし~。誰かに聞かないとね」

「ソニア!? あなた勝手な事を――」


 ジルの制止も聞かず、ソニアが通りに出て行ってしまった。

 確かに人間に近い姿の魔物もいるけど、もし危ない奴らだったら対処しきれないぞ。

 放っておくわけにもいかないから付いていってやるけど。


「あの~、この辺でヴラドヘイムさんのお家ってどこか知りませんか~?」


 もう適当な誰かに話しかけてる、いい根性してるよ。

 人に近いフォルムの相手だけど角があるし肌が青い。

 だが話しかけてしまったからには仕方がないか、なるようになるさ。


「この街でそれを知らない者はいませんが……観光客でしょうか。珍しいですね」


 話しかけた相手は当たり前のように受け答えをしてくれた、話が通じる事がこんなに有難いとは思わなかった。

 その言い方からするとこんな所にも観光客はいるんだな。

 とりあえず珍しがられてはいても怪しまれてはいないようだ。


「ちょっと友達に用があって家を探してるんだけど、知ってるんなら教えてもらえないかな」

「友達ですか……ああ、どうりで」


 話を聞いた魔族の女は私の顔をまじまじと覗き込んでいる。

 どうりで、とはどういう意味だ?


「どこかで見たような顔だと思っていたのですが、お嬢様のご友人のメル様……でしたか? お久しぶりですね、メイドのネリーです」

「……! お前、あの時の!?」


 そうだ、私もどこかで見たような奴だとは思っていたんだ。

 こいつはいつか学院に現れた悪魔、ネリーだ。

 あの時と違ってメイド服だから気が付かなかった、というか本当にメイド服着るんだな。

 エリザの家でメイドをしているという事だったから案内には最適だろう。


「いきなりこれか、ソニアのラッキーはまだ続いてるようだな。……あれ、ミデットは?」


 振り返るとミデットの姿が無い。

 まさか迷子になったわけじゃないだろうな。


「ミデットならポーチの中だよ、怖いからハインリヒの修理をするって言ってた。ソニアちゃんの幸運が続いてるのと一緒でハインリヒの不運も続いてるみたいだから難航してるみたいだけどね~」


 見ればソニアがポーチを下げている。

 移動部屋にもなるとは便利な道具だな。


「お嬢様にご用があるのでしょう? 屋敷までご案内します、ついて来てください」


 向きを変え歩き出したネリーに置いていかれないよう付いていく。

 歩いているように見えるのにけっこう足が速い。


「普段はあまり屋敷から出る事はないのですが、たまたま買い物に出る用事があったのです。あなた方は本当に幸運ですね」

「いや、まあね……」


 本当にそう思うよ。

 反動を考えるとハインリヒには悪い事したな。


 ネリーに連れられ歩く街並みはとても平和だ。

 私達の事も誰も気にする様子はない。

 住人の姿はともかく言われなければ魔界だとは思わないかもしれない。


「なんだか……思っていたのと全然違うわね。もっと怖い所だと思っていたけど。」

「怖い所もありますが、この辺りは平和そのものです」


 まっすぐ前を向いたまま歩みを止めることなくネリーは言う。


「ここは魔界でもごく浅い場所、そしてヴラドヘイム家の領地でもあります。人間界のものがいろいろと流れ込んでくることもありますので文化的にもそちらと大差は無いかもしれませんね」


 いろいろ、の部分に含みがあるな。

 わざわざ魔界まで来る人間もいるという事か。

 そのおかげで私達が怪しまれないのなら有り難い事だがね。


「怖い所っていうのは?」

「そうですね、ヴラドヘイム領外はだいたいそうです。旦那様以外の魔界貴族の方々はあまり人間に友好的とは言えませんから。もっとも、ご自分の領土にしがみついて出てこようとはされないので心配はいりません」

「……」


 それからネリーは黙ってひたすら歩いていった。

 話しかければ答えてはくれるが、自分からは話を振ってこない。

 無口だなこいつ。

 私もお喋りが好きなほうじゃないけど、だんだん間に耐えられなくなってきた。


「あ、あのさ」

「見えましたよ、あれがお屋敷です」


 声をかけたのとネリーが喋ったのはほぼ同時だった。

 なんだ、もう着いたのか。

 思い切って話しかけてみて損した。


 それで、あれがエリザの実家……?

 ネリーが示すその先を見て、私も他のみんなも唖然としている。


「うわ、でっか……」


 その建物はまるでビルのように巨大なお屋敷だった。

 窓の数からとんでもない数の部屋がある事がわかる。

 個人で住むには大きすぎないか。


「それではみなさま、失礼いたします」

「わ、ちょっと待ってよ」

「……? なんでしょうか」


 ここまで連れて来てくれたのは助かったけど、ここで置いていかれても困る。


「あたし達エリザに会いに来たんだけど、取り次いでもらえないかな~って」

「お嬢様ですか……それは難しいかもしれませんね」

「えっ、どうして!?」

「2つほど問題がございます。1つは旦那様です」


 旦那様、つまりエリザの父親だな。


「旦那様はお嬢様が出ていかれてから毎日挙動不審になっておられました。とある方に説得されての事だったのですが、それでも理由を付けては連れ戻す口実を考えていらっしゃいましたね」


 とある方というのはおそらく『先生』だろう。

 あいつの人脈半端ないな。


「それで、お嬢様が帰ってこられたのは良いのですが……。旦那様ともまともにお会いになられていないので、やはりピリピリなされています。客人に会う気にはなられないでしょう」


 こっちだって不機嫌な吸血鬼の王になんか会いたくない。

 しかし、エリザが父親にも会っていないというのは気になる。


 ……それも私のせい、なのだろう。


「エリザは……どうしてるんだ?」


 私の質問にネリーは答えず、ただ私の顔を見ている。


「それは、ご自分で確かめられた方がよろしいかと。可能ならば、ですが」


 どういう意味だろう。

 だが、これ以上は聞いても無駄そうだ。

 ネリーの態度がそう物語っている。


「でも~、実際どうやって会いに行くの? お客に会うつもりがないならそもそも入れないっしょ?」


 確かに、ソニアの言う通りゲストとしては無理そうだ。

 かといってこの巨大な屋敷、セキュリティもあるだろうし、たとえ忍び込めたとしてもエリザを見つけるのは至難の業だろう。

 誰にも見つからずともなればなおさらだ。

 ここはやはり内部の協力が要る、そんな目で見ているのをネリーのほうも気付いたようだ。


「私に期待されているのでしょうか? 私はただのメイド、あなた方を招き入れる権限はございません」


 しかし答えは冷淡なものだった。

 うーん……、期待はできないかな。

 ならせめてエリザの部屋の場所でも聞いておきたい。


「そうだ、いい事思いついたんだけど」


 ジルが唐突に声を上げた。

 珍しく目を輝かせている、何か閃いたようだ。


「いい事って何だよ」

「もちろん中に入る方法よ。これくらいならネリーさんも協力してくれると思うんだけど……」

「……」


 閃きの内容を話してもネリーの表情は変わらない、だが協力はしてくれるようだ。

 そのアイデアが功を奏すればいいのだけれど。



 ***



 屋敷の中を歩いていくネリー。

 当然ながら私達の姿はそこにない。


「ぐむむ……せまいっす」

「我慢しろ、狭いのはお前のゴーレムのせいだろ」


 私達は4人ともミデットのポーチの中にいた。

 ジルの発案でこの中に隠れ、ネリーにエリザのところまで運んでもらおうという作戦だ。


「あらネリー、今日こっちだっけ?」

「いえ、忘れ物を取りに来ただけです」


 外の話し声が聞こえる。

 これくらいならとネリーが協力してくれて助かった。

 バレた時は完全に見捨てると念を押されてはいるがこのさい仕方ない。


 しばらくするとドアを開閉する音が聞こえ、ネリーが呼びかけてきた。


「出てきてください、今なら誰もいません」


 ネリーに呼ばれてポーチから出る。

 部屋ひとつ分の収納は便利だが、ガラクタの山とハインリヒのせいで狭かった。

 おかげでちょっと体が痛い。


「この先にお嬢様はいらっしゃいます。……それではお気をつけて」

「ありがとう、助かったよ」


 お礼を言うと、ネリーは一礼して去っていった。


 ここはどこかの部屋の中か? かなり広い。

 この先にエリザがいると言っていたな……。

 部屋の中は薄暗く、壁に蝋燭の火が灯るのみ。

 まるで墓地のような雰囲気だ。


「この部屋何なのかしら……、本が多いようだけど」

「こんなに薄暗かったら目が悪くなっちゃうね~、エリザもジルみたいになっちゃうよ」

「はは、メガネのエリザか。そっちはけっこう似合ってて可愛いかもしれない」

「何よ、私のメガネが似合ってないみたいじゃないの」


 ジルはジルなりにメガネも含めて自分の容姿に自信があるらしい。

 私はそういう事に興味がないから気にした事はないけれど。


「お前の事はメガネをかけた姿しか知らないからなあ、似合っていると言うより本体か?」

「そうそう、ジルはメガネが服着て歩いてるようなもんだから。誰よりも似合ってるって事じゃないかな~」

「それ、褒めてるのよね……?」


 などとバカな話をしていると、ミデットが何かを発見した。


「あれ、あそこに誰かいるっすよ」


 奥の方に人影がある。

 エリザなのか?

 無意識のうちに小走りで駆け寄った。


「やあ、いらっしゃい。吾輩の屋敷へようこそ」


 ……違う、エリザじゃない!

 吾輩の屋敷だって?

 じゃあこいつがエリザの……?


「吾輩はマデウス・ヴラドヘイム四世、吸血鬼の王にしてヴラドヘイム家の現当主である。君達にはエリザベートの父親だと言った方がわかりやすいかな?」


 やっぱりそうか。

 そこにいたのはダンディで顔色の悪い大男、このいかにもな吸血鬼がエリザの父親か。

 くそ、まんまとネリーに騙されたらしい。


「フフ、ずいぶん怒っているようだがネリーを恨まないでやってくれ。我が領地で起こる事は全て吾輩に報告が入る、もちろん君たちがやって来たこともすぐにね。吾輩がここに連れてくるよう命じたのだ」


 どうりで。

 いくらソニアの幸運魔法だからって都合が良すぎると思ったんだ。


「連れてくるように命じた……というのはどういう意味だ?」

「当然、話を聞きたかったからだよ。制服でサン・アルヴンの生徒だという事はわかっていたのでね、以前から話を聞きたいとは思っていたのだ。特に、今は」


 以前から、か。

 エリザがサン・アルヴンにいるのを知っていたかのような口ぶりだ。

 ネリーがこの間の事を喋ったのかもしれないが、もしかしたらエリザが思い込んでいただけで最初から知っていたのかもしれない。

 ネリーも『先生』も信用ならないからどちらもあり得るだろう。


「そう、聞きたいのだ。何があったのか。あの女の口車に乗せられて大事な一人娘を外に出して以来、あの判断は正しかったのかと日々悩んでいた。ところが、急に帰って来たかと思えば吾輩とも話をせぬほど塞ぎ込んでしまっているではないか! さあ、何があったのか知っている事を話せ!」


 はじめは穏やかな印象すら感じたが、話していくにつれその口調は激しいものに変わっていった。

 気とか魔力とかを感じられるわけじゃないが、こいつがとんでもなく強いというのは肌で感じる。

 現に他の3人は足がすくんで言葉も出ないようだ。


「エリザは……」

「メ、メル!?」


 話をしようとする私にジル達は驚きを隠せない。

 怒れる吸血鬼の王に真相を話したらどうなるか、私でも想像はできる。

 だけど……エリザの事で嘘はつきたくなかった。


「エリザは……あたしが傷付けてしまった。事故だったとはいえ大ケガを負わせたのは間違いない。その上、あいつを突き放して心も傷付けた。原因は全部あたしだ」

「……」


 私はあの時あった事を詳しく話した。

 その間エリザの父、マデウスは私の話を黙って聞いていた。


「戻って欲しいなんて虫のいい事を言うつもりはありません。だけど……、一言謝りたいんだ」


 私は姿勢を正し、マデウスに大きく頭を下げた。


「お願いします、エリザに会わせてください」

「……頭を上げたまえ」


 マデウスは大きく息を吐くと、クルリと背を向けた。


「事情はわかった。だが君は何か勘違いをしているようだな」

「勘違い?」

「偉大なるヴラドヘイムの血を引くものが、君のような野良犬の爪で傷付くわけがあるまい。事はもっと重大なのだ。さて……君達はもう帰りたまえ、娘に会わせるわけにはいかん」


 野良犬呼ばわりかよ。

 だがそんな事より会わせるわけにはいかないだって?


「どうしてです、何故会わせてくれないんですか!」

「どうしても、だ。帰りたまえ、さもなくばこの場でカラカラの死体に変えてやってもいいのだぞ?」


 再びこちらを振り返ったマデウスは恐ろしい形相で私達を威嚇する。

 だが、こんなもので諦めるわけにはいかない。


「帰りません……どうか、お願いします」

「ふん、強情だな。そこまで言うなら帰らないのは勝手だが、娘に会えるとは限らんぞ? それに、ゲストとして招く気は無い。居座るなら下働きでもしてもらう事になる。それでも良いなら勝手にするがいい」


 せっかくここまで来たんだ、できる事はなんでもやってやるさ。

 おっと、その前にやっておく事があったな。

 魔法の杖を変形させて、と。


「ジル、〈門〉を開くからお前らは帰れ」

「何言ってるの、それは1回限りでしょう? あなたはどうするのよ!」

「なんとかするさ、一人ならどうとでもなる」


 実際の所はアテなんかなかったが、まあどうとでもなるさ。

 ここまで付いて来てくれた事は感謝している。

 だからこれ以上巻き込むわけにはいかない、全部私のせいなのだから。


「んふ~、水臭い事言っちゃって~。せっかくここまで来たんじゃん? ウチらも一緒にやったげるって」

「うう、そ、そうっす、やるっす……!」


 意外な答えだった。

 いや、私は少し期待していたのかもしれない。

 それはエリザのためか、それとも私のためか。

 ……どちらでもないか。


「いいのか? どうなっても知らないぞ」

「あのねえ、私達は魔界まで来ちゃってるのよ? 今さらでしょ」

「それもそうか……話は決まったな」


 マデウスの前に一歩踏み出す。

 今度は4人で。


「下働きでも何でもかまいません。エリザに会えるまで、お世話になります」

「……いいだろう。 ネリー!」


 名前を呼ばれると、マデウスの後ろの暗がりからネリーが姿を現した。

 そんな所にいたのか?

 この屋敷はどういう構造になってるんだか。


「お呼びでしょうか、旦那様」

「話は聞いていたな? この者たちを案内してやれ」

「かしこまりました。それでは」


 突然、床が大きく開いた。

 落とし穴!?


「うわああ!」


 私達は穴に飲まれ真っ逆さまに落ちていった。

 案内って言ってたじゃん、雑すぎるだろ!

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